Share

36話

Author: 東雲桃矢
last update Last Updated: 2026-01-29 14:53:28

「自力で部屋に戻ります」

「それならせめて、車椅子を使ってくれないかな?」

 ラウルは部屋の隅にあった車椅子を、カミリアの前に置いた。カミリアが車椅子に乗って出ていこうとすると、後ろのハンドルを掴まれてしまった。

「なにするんですか」

「君のこれからの予定を伝えてなかったからね。午前は僕の先生、午後は皆の先生。それでいいかな」

「それで構いませんから離してください」

「それじゃあ、気をつけて」

 ラウルが手を離すと、カミリアはいそいそと医務室から出ていった。

「はぁ、嫌になる……」

 カミリアは車椅子から降りると、壁に手をつき、びっこを引いて歩いた。痛みはあるが、歩けないほどではない。車椅子を使っているところを見られるより、よっぽどマシだ。他人に弱さを見せるのを嫌うカミリアにとって、車椅子は屈辱でしかなかった。きっと両足の骨折でもしない限り、彼女が車椅子に頼ることはないだろう。

 やっとの思いで自室につくと、本棚から適当に1冊取り出して窓際の椅子に座る。パラパラとページをめくるも、読書をする気分になれず、テーブルに本を置く。

「なんでこんなにイライラするの……」

 イラ立ちのあまり、髪を掻き乱してため息をつく。ラウルが騎士団に来てから、カミリアは振り回されっぱなしだ。心とペースを乱され続け、ストレスが溜まっている。

「なんであんなのが騎士団に……」

 思い返すのは、食堂を騒がしくしたり、軽率に好きな男性のタイプを聞いてくるラウル。剣の実力は確かだが、人間性は最悪だ。

『でも、仕方ないだろ? 好きな子のことはなんでも知りたいんだから』

 先程言われた言葉とお姫様抱っこされた時の彼の体温を思い出してしまい、頬が熱くなる。

「何考えてるの、私ったら……。あんな女たらし、なんてことないじゃない」

 自分に言い聞かせると、瞼を閉じて深呼吸する。自分に息遣いに集中していくことによって、雑念が消えていく。

 気持ちが静まり返った頃、誰かがドアをノックした。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   45話

    「それぞれのメリット・デメリットについて話をしよう。まず、人海戦術のメリットだが、兵器や資金力などを必要としない。だが、デメリットはかなり大きい。数に頼るあまり、ひとりひとりの気が緩む。他人任せにして逃げ出す兵士もいるだろう。連携もロクに取れない。何より、多くの命を犠牲にする。だから、私は人海戦術は絶対に使わない。この騎士団がどれだけ大きくなろうが、君達ひとりひとりに変わりはいない」 少し感情的になってしまったかと思いながら、彼らを見る。騎士達は小声で隣同士の者と話し合いながら、ノートを取っていた。(今のところ順調、ってことでいいんだよね……?) カミリアは資料にざっと目を通して、顔を上げる。「次に、少数精鋭についてだ。少数精鋭のメリットは、連携が取りやすい、数が少ないため、敵に見つからずに任務を遂行しやすいなどがある。大勢に囲まれたとしても、日々鍛錬をしている精鋭なら、立ち向かっていけるだろう」 カミリアは言葉を途切れさせ、この場にいる騎士達を見回す。彼らの顔は真剣そのもので、真面目にカミリアの話を聞いている。「私は、この騎士団がどんな困難にも立ち向かえるよう、ひとりひとりに精鋭になってもらいたいと思っている。王族や国民の命はもちろん、仲間や自分自身の命を守れるよう、日々の鍛錬と勉学を怠らないように。軍学のすべてを覚えろとは言わない。基礎知識だけでもいい、たったひとつの戦術だけでもいい。その知識が、きっといつか皆の役に立つ日が来るはずだ」 話をしているうちについ感情的になり、一気に話してしまった。カミリアは小さく息を整えると、再び彼らを見回した。熱い視線を送られて驚くも、自分の言葉が彼らの心に届いたと思うと嬉しくなる。「今日の授業はここまで。……初めてで正直自信がないんだが、どうだった?」 恐る恐る聞いてみると、騎士達はカミリアを囲んだ。彼らの目はきらきらと輝いており、くすぐったい気持ちになる。

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   44話

    「ラウル団長、私からも質問をしていいですか?」「どうそ」 カミリアを撫で終わると、ラウルは優雅な仕草で紅茶に口をつける。カミリアはその様子を観察するが。剣を握った時の彼とは別人に見える。「どうしてそんなに強いんですか?」 ラウルの動きが止まり、一瞬だけ顔が強張る。だが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。「君には負けるよ」「私に余裕で勝っておいて、よくそんな嫌味が言えますね」「嫌味なんかじゃないさ。本気で言ってるんだ」 カップを置いて言うラウルの顔は真剣そのもので、カミリアは思わず息を呑む。「僕は、君のような戦い方ができない」「それってどういう意味ですか?」 ラウルは質問に答えず、寂しそうに目を伏せた。どう言葉を続けるか考えていると、ラウルは顔を上げて不自然なほど明るい顔をする。「さてね。それよりもう昼近くだ。授業の準備をしよう」 貼り付けられた笑みが痛々しく見え、カミリアはそれ以上踏み入ることができなかった。 午後、ついに人生初めての授業が始まる。カミリアが会議室の前に座ると、騎士達がぞろぞろと集まってくる。席が半分近く埋まったところで、ラウルに授業を始めるように言われた。(大丈夫、付け焼き刃とはいえ、ちゃんと準備してきたんだから) 自分に言い聞かせて資料で顔を隠し、小さく息を吐いて騎士達と向かい合う。「今日から何日か、君達に軍学について教えることになった。こういったことは初めてなので至らぬ点もあると思うが、よろしく頼む」 硬い表情で挨拶をするカミリアに、ラウルを始め、騎士達は少し微笑ましく思い、彼女を見守る。そうとも知らず、カミリアは手元の資料に目を落とす。「今日は、人海戦術と少数精鋭についての授業をする。説明するまでもないが、人海戦術は数で押し切る戦術、少数精鋭は名前の通り少人数の精鋭で戦うことを指す。私は人海戦術より、少数精鋭で戦う方がいいと思っている」 不安になりながら顔を上げると、騎士達は持ってきたノートにカミリアが言ったことを書き込んでいる。真面目に聞いてくれている彼らを見て、少しだけ安心した。

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   43話

    「女性も差別の対象です。これについては、ドゥム達を見てある程度分かったでしょうが、女性が上の地位に立つと、白い目で見られます。実力ではなく、身体を売って入ったと陰口を叩かれます」「なるほど、男は無条件に女より優れてると思われてるって感じかな?」「はい、そうです。女は愛想を振りまいて、家事だけしていればいい。女が勉強や剣術を学ぶなんて考えられない。大抵のシャムス人は男女関係なく、そう考えていると思います」「随分深刻だな……。女性は男の奴隷ではないのにね」 ラウルの言葉に、カミリアは胸が熱くなる。サウラを例外に、男は皆女性を差別していると思った。ラウルにいたっては、女たらしだと。少しだけ、ラウルの見方が変わった。「髪色と女性以外に、差別はあるのかい?」「はい。私個人としては、これが1番問題だと思っています」 脳裏に過ぎるのは、この前助けた黒髪の少年や、焼印でしなくていい苦労をしている人々のこと。いくら地位があるとはいえ、騎士団長にどうこうできる問題ではないが、悲劇を終わらせるためにも、ひとりでも多くの人に知ってほしい。 理由は分からないが、ラウルならこの問題を明るい方向へ持っていってくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。「ラウル団長、焼印について聞いたことありますか?」 焼印という言葉と聞いた瞬間、ラウルの眉間にシワが寄る。「あぁ、詳しいことは知らないけど、三日月の焼印だろ? あれは一体どういう言われがあるんだい?」「あれは、未婚の子に付けられるものです。この国では未婚を不浄のものと考えていて、未婚のまま妊娠したり、出産したりしたカップルは罰せられるんです。子供には未婚の子である印として、三日月の焼印を、顔に……」「はぁ……本当に酷い国だね……。話してくれてありがとう。辛いことばかり聞いてごめんね」 そう言ってラウルはカミリアの柔らかなブロンドの髪を撫でる。カミリアは戸惑いながらも、おとなしく撫でられる。恥ずかしさはあるものの、不思議と心地よく、振り払おうという気は起きなかった。

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   42話

    「美味しい……!」「気に入っていただけたようでよかった。美味しいお茶とお菓子があるから楽しい話をしたいところだけど、昨日約束したとおり、シャムスについて教えてくれるかな? 特に、どういったものがどう差別されているのかを」 真剣な顔で言うラウルに、胃がキュッと締まる感覚がする。シャムスの差別にはカミリア自身も苦しんできた。今までのラウルの行動を見てきて、彼は差別をすることはないだろうと思う反面、万が一のことがあったらという不安も少しある。「まず髪色ですが、黒髪と赤髪が差別の対象になっています。ブロンドが至高とされており、ブロンドの人間が、黒髪や赤髪の人間を虐げるのは日常茶飯事です」「確か、黒髪は夜空、赤髪は夕空を連想させるから、だっけ?」 ラウルの問いに、カミリアは大きく頷く。髪色差別で思い出すのは、子供時代のハーディと、この前街で見かけた黒髪の少年。彼らには罪はないのに、髪色だけで虐げられるのはおかしいと、話をして改めて思った。「自警団にいた頃、被害者は黒髪や赤髪がほとんどで、加害者は決まってブロンドの人間でした。稀に髪色差別をされている者が加害者になることがありますが、彼らは……」 加害者にならざるを得なかった彼らを思い出し、胸が苦しくなる。彼らはただ、普通に暮らしていただけなのだ。それなのに髪色を理由に暴力を振るわれ、愛する者を目の前で殺されたり犯されたりされる。その結果、相手を殺害してしまうという痛ましい事件をいくつも見てきた。「なるほどね、髪色差別だけでも考えられないくらいに酷い……。大丈夫? 気分悪くしたりしてない?」 顔を上げると、ラウルが気遣わしげにのぞき込んできている。このままではダメだと心の中で自分に言い聞かせ、ラウルを見つめ返す。「大丈夫です、続けましょう。このことは、できるだけ多くの人に知ってもらいたいんです」「カミリア……。君は本当に強くて優しい人だね。ありがとう、続けて」 カミリアは小さく頷くと、紅茶で口を湿らせた。

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   41話

     朝食を終えると、ワゴンに食器を乗せた。外に出ようとしたところで、誰かがドアをノックする。誰なのか察したカミリアは、ワゴンを部屋の隅に寄せてドアを開けた。ラウルが入ってくるのと同時に、はなやかな香りがする。「やぁ、カミリア。開けてくれてありがとう」「それはなんですか?」 ラウルが持っているトレーを見ながら聞く。トレーの上にはティーポットとふたり分のティーカップ、そしてクッキーがある。「お茶をしながら話そうと思って、紅茶を淹れてきたんだよ」「そうでしたか。お気遣い、ありがとうございます」 言葉とは裏腹に、カミリアの頬は引きつっている。子供の頃に1度だけ、紅茶を飲ませてもらったことがあったが、口に合わなかった。独特な風味に、気分が悪くなったのを今でも覚えている。「あ、もしかして紅茶苦手?」「えぇ、実は……。子供の頃に飲ませてもらったことがあるんですけど、あまり美味しくなくて……」「もしかしたら、癖のある茶葉だったのかもね。紅茶は種類豊富だし、中には癖が強いものもあるから。一応飲みやすいダージリンにしてみたけど、無理しなくていいよ。なんなら、君が好きなものを持ってくるよ」 ラウルはテーブルにティーセットを並べると、自分の分を淹れながら言う。せっかくの好意を無駄にしてはいけないと、カミリアは首を横に振った。「いえ、いただきます」「そう? 口に合わなかったら無理して飲まなくていいからね」 ラウルはもうひとつのティーカップに紅茶を注ぐと、カミリアの前に置く。ダージリンの優しい香りがふわりと広がった。(香りはいいんだけど……) カミリアは恐る恐る口をつける。爽快感のある引き締まった渋みが、口いっぱいに広がる。クッキーとの相性も良さそうだ。

  • 氷の戦乙女は人たらし公爵に溺愛される〜甘く淫らに溶かされて〜   40話

     翌朝、カミリアが身支度を整えていると誰かがドアをノックした。「カミリア、僕、ラウルだけど。開けて大丈夫?」 カミリアは手早く髪を梳かすと、入室を許可した。ラウルはワゴンを押して入室し、テーブルの上に朝食を並べてくれた。「おはよう、カミリア。昨日、車椅子を乗り捨てていったみたいだけど、足は大丈夫?」「はい、大丈夫です。あの、昨日はすいませんでした。ちょっと気が立っていて、団長の言葉を勘違いしてしまって……」 カミリアが謝罪をすると、ラウルはキョトンする。おかしなことを言ってしまったのかと内心焦っていると、ラウルは優しい笑みを浮かべる。「どれのことを言ってるのか知らないけど、僕は気にしてないよ。一応言っておくけど、僕が好きなのは君だけだからね。誰にだって好きって言ってるわけじゃないよ」 恥ずかしいことをサラリというラウルに、カミリアの頬が上気していく。「そのことではありません。シャムスに女性騎士が、という話です。団長の疑問は当然なのに、ドゥム派のことでちょっと敏感になってしまって……。本当に」 人差し指を唇に添えられ、言葉が続かなかった。ラウルを見上げると、慈しむような眼差しを向けられていた。「さっきも言ったけど、僕は気にしてないよ。だから、謝らないで。それに、僕はそんな顔じゃなくて、笑顔が見たいなぁ」 歯が浮くようなセリフにどう対応していいのか分からず困惑していると、ようやく人差し指が離れる。「僕も朝食食べてくるよ。お腹空いちゃった。食べ終わったらここに来るから、話をしようね」 そう言ってラウルは軽やかな足取りで部屋から出ていった。 脱力したカミリアは、ベッドに座り込み、唇にそっと触れる。微かに残る触れられた感覚に、胸が締め付けられる。だが、悪い気はしない。「私ったら、何してるの……。これは、そう、驚いただけで……」 誰もいないのに言い訳している自分に気づき、なんとも言えない羞恥がこみ上げる。「ごはん、食べなきゃ」 自分に言い聞かせて黙々と朝食を食べることによって、羞恥を打ち消した。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status