LOGIN「……気に入らねえが、納得はした」
そう言って、迅はあやめを見る。
「いいだろう。俺も冬弥の【愛人】になろう」
「迅!」
樹が立ち上がる。
「お前、正気か!?」
「正気だよ」
迅はあっさりと言った。
「むしろ、正気じゃなきゃこんな条件飲めねえだろ」
「それは、そうだが……幼馴染二人が愛人って……」
「いっそのことお前も愛人になるか?」
冬弥のきょとんとした言葉に、樹は唖然とし、迅はブハッと吹き出した。
「冬弥、お前、嫁に似てきたな?」
冬弥は首を傾げる。
「別に俺は可愛くはないぞ」
(可愛いって……ったく)
「はいはい。愛人に妻の惚気は厳禁だって知らないのか?」
「そうなのか」
「……お前の愛人
「冬弥さん……」情事の名残で火照った体を摺り寄せ、上半身を重ねるように乗っかるあやめに、冬弥は首を傾げる。「どうした? 物足りなかったか?」あやめの体力を考えて早く切り上げたが、まだいけるなら冬弥のほうは一切問題はない。むしろ、大歓迎。「……それは、勘弁してください」(どう見ても誘うようなこの態勢で、つれないことを言うな)冬弥は内心で面白がりながら、いまにも目を閉じそうなあやめを見る。眠気を堪えるのか、それとも甘えているのか。冬弥の裸の胸にぐりぐりと顔を押しつけるあやめ。(……煽るな)無意識の甘え方にゾクッとしつつも、あやめの体力を分かっている冬弥は深く息を吸って自分を落ち着かせる。呼吸に合わせて胸が膨らんだからか。あやめが楽しそうにふにゃっと笑い、すりすりと胸に頬を摺り寄せる。「あやめ……」「……眠い」「鬼か……ったく、話なら朝起きてからでも聞くぞ?」「でも、いまが効果的だって……」むにゃむにゃと、半分寝惚けながら、あやめは冬弥の体にギュッと腕を回す。柔らかな体が強く押しつけられて、冬弥は息を飲む。(全く……)「誰に教わった?」「綾乃か、藤原さんか……あれ、どっちだっけ……?」(この時点で、ろくでもなさそうなんだが)「それで、お願いって?」あやめはふわっと笑った。(ここで、この顔って、狡くないか?)「神崎芸能のワンフロア、まるっとください」.*.「何の前線基地です、これ?」あやめが欲しがったというのが大きいが、無理なお願いではなかったので冬弥はあやめのために神崎芸能のワンフロアをまるまる空けた。どうするのかと思ったら、リフォーム会社がきた。「イメージは、宇宙艦隊のブリッジだそうだ」「あー、確かに」―― みんなで共有できる場所が欲しかったんです。壁をぶち抜いてだだっ広くした部屋は、中央を丸く、階段二段分低くして、周りをぐるりと通路で囲い、その周りにいくつかもの部屋がある。「誰がどの部屋か、分かりやすいですね」ガラス越しに、それぞれの個性が覗き見える部屋がいくつかある。「これ、普通のガラスじゃないんですよね」「ボタン一つで白く濁る素材だそうだ。そうするとシェードになって、外から見えなくなるらしい」「はあ……ここは、鷹宮さんの部屋ですね」鷹宮昴の部屋は、驚くほど何もない。白い机、椅
【俺様社長と俺様俳優】は、都内の某女子高の漫研が公式のSNS上で公開しているショート漫画。マイノリティーを理解しようという動きが最近なのであって、男性同士の恋愛を嗜む腐女子という存在は決して新しい存在ではない。1970年代の少女漫画文化や同人誌文化を背景に発展した自称的な呼び名である。男性同士の恋愛を歓迎する女性は、年齢を問わない。ふたりをモデルにした二次創作、攻めと受けを逆にしたものや、α×αの葛藤など、テーマを変えた作品はあちこちに飛び火し、某女子高の漫研の公式SNSのフォロー数は激増している。.「理解できない」と言った龍神会の年かさの幹部の細君にも、その腐女子が一定数いる。今までは夫が口うるさく言いそうなので隠れて嗜んでいたが、今回はモデルが身近であるため『必要だから』と言って夫の前でも堂々と楽しんでいる。一部の妻は「恥ずかしい趣味だ」と言われたようだが、彼女たちは夫が隠していた成人男性向けの薄い本やDVD、それを軽蔑する娘と孫娘の顔をリビングにずらっと並べてみせた。家庭のことを丸投げされた上に、外で必要以上に愛人と過ごす夫への意趣返しである。その光景に、夫たちは何も言えなかった。.「女を舐めていたってことなんだろう」「高校の漫研ってもっと趣味かと思っていましたが、すごいっすよね。この子ら一人一人がクリエイターとして起業してるんすよね」「時代ということだろう。女とか、高校生とかで線引きした時点で勝ち目はない」樹は持っていた学校説明用資料の冊子を見る。「頭のいいお嬢様高校って目で見ていましたが、認識を改めます」「そうしろ。何と言っても、あやめや花沢綾乃をうんだ学校だからな」「聞いた話ですけど、姐さんの先輩がAURELIUSのチーフパターンナーらしいっす」「それで、あのジャケットが作れたのか」「姐さんの同窓ネットワーク、すごいですね」「経済制裁もそこからと思うと、笑えんな」.
「しかし……」冬弥の支配力は確かだが、塩沢は食い下がった。ここで自分の存在をアピールしなければいけないという意地が、食い下がらせていた。「男、ですよ?」しかし、塩沢の意見にあるのは、理屈ではない。感情だった。長年染み付いた、彼の価値観だった。「気に入らん、ということか」冬弥が問う。沈黙。肯定も否定もない。それに、冬弥は笑い出した。「愛人を持つ気はないといった俺に、お前は愛人は必要だと言った。気に入らないという感情は我侭だとな」冬弥の言葉に、塩沢と、そのほか幾人もがハッとする。「それなのにお前は、気に入らないという理由で反対するのか?」冬弥としても、倫理的な問題や感情論はさておき、愛人のメリットを理解することはできる。冬弥たちにとって【愛人】は道具であり、ときに交渉材料だ。「時間の無駄ですね」「あやめ?」ため息を吐いたあやめは席を立つ。そして、塩沢を見た。上から見下ろされた塩沢は、その感情が一切ないあやめの表情に唾を飲む。「女は道具。ならば、男も道具です。それに何の問題が?」「それは……」無表情を、あやめは一転して笑顔に変える。「理解できないのは分かります」「……え?」「マイノリティの価値観を理解することは、最近始まった学習ですからね」理解を示すような突然の言葉に、塩沢の理解が追い付かない。理解が追い付かないまま、会話を続ける。「そ、そうです。目新しいからと言って……」「でも、確実にそこに存在するものです。いまどき、小学生でも学習していることです」「しかし、組のトップが男色など」「冬弥さんの場合は両刀になります、お間違いなく」
「……理解に苦しみますな」低く、重い声。神崎組本部で開かれている幹部会の会場に染み入るような言葉は、反対の意志を持って会場中に浸透していく。冬弥は上座に座り、淡々と視線を巡らせる。並ぶ顔ぶれは、長年血と金で組を支えてきた者たちで、冬弥は彼らを信用している。ただ今回の問題は、年かさの男たちばかりということ。歴史と伝統に誇りを持つ者たち。だからこそ——。(変化を嫌う).「愛人を持つこと自体は、問題ではありません」蛟組の水原が、慎重に言葉を選んで発言したが……。「何を言っている!」辰組の塩沢が、鼻息荒く声をあげた。先代の塩沢喜介の息子の彼は、龍神会の分家の元筆頭として歴史と伝統に大変な誇りをもっていた。「塩沢の親分?」「……言葉を遮って、申しわけない」ただ、その誇りが時代錯誤となり、多くの組員が蛟組に『転職』してしまっている。いま龍神会の筆頭は辰組ではなく蛟組。構成員の数だけで言えば、蛟組はおろか、第二位の虹月組にもかなわない。「しかし……迅は、美形ですが、男、ですよ?」しかし、返り咲くためには黙っていられない。「男と……そういう関係を持つなど、聞いたこともない!」今回のテーマは『反対』しやすい内容になっている。塩沢は反対の意志を強く推し、その一言に、場の全員が無言で同意した。塩沢の口が緩み、塩沢は冬弥を見た。「若、今回の件は再考願いたい」.(想定通りだな)
静かな部屋に、小さな寝息が満ちていた。柔らかな光の中、ゆりかごに横たわる楓は、まるで世界のすべてを知らないまま、安らかに眠っていた。その傍らに立ち、迅は珍しく無言のまま直立不動だった。「どうした?」「……これが、お前の息子か」迅がぽつりと呟く。冬弥は腕を組んだまま、短く答えた。「ああ」その声には、どこか誇らしさが滲んでいる。迅は一歩、ベビーベッドに近づいた。視線を落とし、楓の顔をじっと見る。「……小せえな」思ったよりもずっと。触れたら壊れそうで、手を伸ばすことすら躊躇われる。そんな存在だった。「抱いてみますか?」
「……気に入らねえが、納得はした」そう言って、迅はあやめを見る。「いいだろう。俺も冬弥の【愛人】になろう」「迅!」樹が立ち上がる。「お前、正気か!?」「正気だよ」迅はあっさりと言った。「むしろ、正気じゃなきゃこんな条件飲めねえだろ」「それは、そうだが……幼馴染二人が愛人って……」「いっそのことお前も愛人になるか?」冬弥のきょとんとした言葉に、樹は唖然とし、迅はブハッと吹き出した。「冬弥、お前、嫁に似てきたな?」冬弥は首を傾げる。「別に俺は可愛くはないぞ」(可愛いって……ったく)「はいはい。愛人に妻の惚気は厳禁だって知らないのか?」「そうなのか」「……お前の愛人がどういう愛人なのか、分かった気がする」迅の言葉に、冬弥は苦笑する。「どいつも、こいつも、俺よりあやめが好きだな」迅はまた笑って、持っていたグラスを置いた。「……姐さん」迅の呼び方が変わり、あやめは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたあと、顔を整えた。「跡目への無礼、大変失礼しました」「はい」あやめは微笑む。迅の目も、緩んだ。「これから、よろしく」迅はグラスを持ち、あやめもグラスを持つ。あやめのグラスの中身は入っていないが、その所作は完璧だった。「ええ。よろしくお願いいたします、今宮さん」「やめろ、その呼び方」あやめは首を傾げる。迅は苦笑する。「迅でいい」「では、迅さん」「“さん”もいらねえ……」「そ
倉庫の外。サイレンの光が点滅する中で、あやめを抱きかかえてやってくる冬弥の姿に鷹見が気づいた。「若、姐さんは……」あやめが冬弥の上着に巻かれていることで、いろいろ想像をしたのだろう。「大丈夫です。服を破かれたくらいで、何もありませんでした」正確には脅されたり、髪を引っ張られたりと散々ではあったが、今は冬弥の腕の中にいる。(それに……)あやめは、鷹見の周囲で倒れている男たちに唖然としていた。「派手にやったな」
誘拐からあとから、変わったとあやめは感じていた。でも、変わったと確信したのは、「もういいって言われただろ」と若い組員が言ったときだった。―― もういいって、言われた。 (だから、か)「姐さん、どうかしましたか?」早苗の声に、あやめは早苗を見る。鷹見も、早苗も、あやめのことを”姐さん”と呼んでいたが、まだ完全には認めていなかった。そのことを、あやめは寂しく思う半分、誘拐がなければ受け入れられなかったかもしれないと、あやめは納得もしている。
「鷹見」「はい」「仮にも俺の義姉だ。丁重に扱え」「分かりました」 鷹見が立ち上がる。大きな体をし、頬に大きな傷のある鷹見が見下される威圧感に、さくらが息を飲んだ。だが、さくらは怯まなかった。一瞬でも怖気づいたことを恥じり、その恥を怒りに混ぜて立ち上がり、テーブルを叩いた。「こんな茶番、認めない! 私は柊の長女よ! なんで、あやめばっかり! なんで、みんな、あやめの味方をするの! ふざけないで!」「……お
月のきれいな夜。あやめは、四阿にいた。冷たい風が吹いていた。あやめは、薄手のカーディガンを羽織りながら、街の灯りを見下ろしていた。神崎邸は高台にある。かなり遠くまで東京が見える。 あやめの背後で足音がした。振り返らなくても、あやめには誰かはわかっていた。「冬弥さん」「あやめ、寒くないか」「少しだけ。でも、平気です」冬弥は無言で隣に立ち、あやめと同じように夜景を見下ろした。しばらく、ふ