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第17話

作者: 春朧
千夏と悠馬は一緒に撮影現場へ戻った。悠馬は、千夏が怪我をしていることを監督に知られたくなくて、無理をしてでも撮影を続けようとしているのを見て取った。

そこで悠馬は、突然監督に向かってこう言った。

「腰をやっちゃって……ちょっと休ませてもらえませんか」

田中監督は、どんどん図々しくなっていくこの若者を見て、どうしようもないといった顔で手を振りながら言った。

「あなたは出資者様ですからね。お金を出してる方が一番強いんですよ、好きにしてください」

そのあと、悠馬が誇らしげに戻ってきたとき、千夏は不思議そうに訊いた。

「出資者ってどういう意味?それに、私があなたに感謝すべきってどういうこと?」

千夏はとても聡くて、悠馬は時々、彼女には何もかも見透かされている気がしてしまう。

悠馬は耳をかきながら、少し照れくさそうに口を開いた。

「その……田中監督が最初、ヒロインの役を君に残しておきたいって言ってくれたんだけど、資金繰りがうまくいかなくてさ。誰かが出資する代わりにヒロインをやりたいって話になって、監督も困ってて……俺、どうしても君にこの役をやってほしくて、だから出資して一番大きな出資者になったんだ」

青年の少し恥ずかしそうな告白に、千夏は数秒間、呆然としていた。

「それって……私のために?」

その一言に、悠馬はまるで尻尾を踏まれた猫のように一気に逆立った。

「君のためじゃなかったら誰のためだよ!千夏、君って本当恩知らずだな!俺の気持ちを受け取らないのはまだしも、疑ってくるなんてさ!」

千夏はその様子に思わず笑い出し、まるで子猫をあやすように悠馬をなだめた。

「わかってるよ。全部私のこと考えてくれたんだよね」

悠馬は耳まで赤くなり、ぶつぶつと文句を言った。

「ちょっと優しいこと言ったくらいで許すと思うなよ」

その瞬間、千夏の耳に、どこか懐かしい声が届いた。

「千夏?」

二人が同時に振り向くと、男前と美女の並びに、現場のあちこちでスマホを構える姿が現れた。

長い間見つけられなかった千夏を目の前にして、達也は怒りと困惑が入り混じった感情をどうしようもなく抱えていた。誰かがこの現場で大作映画を撮っていると話していたのを聞き、気になって様子を見に来たら、まさかヒロインが彼女だったとは!

信じられない気持ちと、どうしようもない苛立ち。あの離婚届
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