Mag-log in研究室で爆発が起きた瞬間、恋人の黒瀬拓真(くろせ たくま)は、施設の一番外側にいた橘小春(たちばな こはる)に駆け寄り、彼女をしっかりと庇った。 爆発音が止むと、真っ先に彼女を抱えて病院へ向かった。 地面に倒れ、血まみれになっていた私のことなど、一度も振り返らなかった―― 十八年間も育ててきた「あの子」だけが、彼の心をすべて埋め尽くしていた。 他の誰かが入り込む余地なんて、最初からなかったのだ。 私は同僚に運ばれて、なんとか一命を取り留めた。 ICUを出たあと、泣き腫らした目で恩師に電話をかけた。 「先生、やっぱり私……秘密研究に同行します。一ヶ月後に出発して、五年間誰とも連絡を取れなくても大丈夫です」 その一ヶ月後、本来なら私の待ちに待った結婚式のはずだった。 だけど、もう結婚なんてしたくなかった。
view more「陽翔、私、本気で彼に会うつもりなんてなかったの。ただ……」誤解されたくなくて、私は言いかけた。けれど説明の言葉を言い終える前に、陽翔が愛おしそうに私を見て、優しく言った。「君は本当に、不器用でただひたすら人に尽くすバカだな。そんな君が、口では正義を語りながら実際にはクズな奴に出会って、たくさん傷ついたんだろ?」「もう、全部終わったことだよ」拓真の言葉はいつも甘いけど、あの頃の私は本当に馬鹿だった。彼の言葉を信じて、あの恋に何年も無駄に費やした。陽翔は私を抱きしめ、優しく額にキスしてくれた。翌日の昼、私は彼と一緒に実家へ挨拶に行った。普段は誰に対しても物怖じせず、自由奔放な若き軍人の陽翔が、この日は終始おどおどしていて、我が家ではまるで別人のように礼儀正しく、控えめで、従順だった。知らない人が見たら、「こんな猫かぶりもできるんだ?」と驚くだろう。両親はそんな陽翔をすっかり気に入り、楽しそうにあれこれと話し込んでいた。私も横で付き添っていたが、彼がここまでお喋り上手だとは、この時初めて知った。「ホテルなんていらないわ。うちに泊まんなさい!ホテルはキャンセルして!」と母がその場で決定。その間にも拓真から何度も電話があったが、すべて無視した。夜、寝る前にふとスマホを見ると、彼からのメッセージが何十件も届いていた。【理咲、着いたけど君はどこ?】【道が渋滞してる?車が故障したの?】【本当に来るつもりあるの?】他のメッセージは見ず、私は一通だけ返事をした。【今日は急用ができたから、明日の昼12時にしよう。同じ店で】陽翔が私の返信を見て、ニヤリと意地悪そうに言った。「明後日は大雨らしいから、彼を山登りに誘って山頂に着いたら『やっぱ行かない』って言えば?あるいはエジプト旅行に誘って、到着してからドタキャンもありだな」私はそれを「いいかも」と思って、全部実行した。拓真は一ヶ月も翻弄され、最後にはぼろぼろになって我が家の前に現れた。「ずっと俺のこと、からかってたのか?理咲……」「からかってた?そんなつもりはなかったよ。ただ……あなたが私にしてきたことを思い出してただけ」ドタキャン、すっぽかし、彼が得意としていたこと。私がしたことなんて、まだまだ可愛い方だ。拓真の喉仏が上下に動き、しぶ
拓真は現れた男を見て、顔色を変え、信じられないといった様子で私を見つめた。でも私は彼に一瞥も与えず、ただ陽翔の方を見て笑った。「二日後じゃないの?戻って来るの」「手続き通りならね。でも、どうしても会いたかったからさ。やっと見つけた奥さんを逃すわけにいかないって、上に泣きついて、『このままじゃ家庭が築けません』って門の前で毎日泣くぞって脅したんだ」陽翔は私に向き直ると、すっと柔らかい声に変わった。想像もつかない。あのクールな顔でゴネたり駄々をこねたりするなんて、どんな様子なのか。でも、彼なら本当にやりかねない。実際、基地ではよくからかわれた。私が赴任する前の陽翔は、仕事以外では誰とも関わらなかったって。それが、まさかの開花──誰よりも一途で情熱的で、すっかり人が変わったって噂されてた。私との時間を邪魔する者がいれば、彼は何でもする勢いだったから。陽翔は毎日堂々と私の肩を抱き、周囲の目など気にせず、そのまま私にキスをした。「りーちゃん、26時間ぶりだね。めっちゃ会いたかったよ!」「やめてよ、こんな人前で……」「だって、俺は君の彼氏でしょ?君は俺に会いたくなかったの?」そう言うと、彼はまるで子どもを抱き上げるように、私を縦に持ち上げた。周りの視線が一斉にこちらに集まる。私は顔を真っ赤にしながら、彼の肩を軽く叩いた。「会いたかった、だから早く下ろして!」陽翔は小さく笑いながら私をそっと下ろすと、そのまま肩を抱いたまま、美月に軽く会釈して言った。「はじめまして。理咲の彼氏です」「は、はじめまして!私は藤堂美月、理咲の親友です!」三人で軽く会話をしつつ、そのままショッピングモールに足を運んだ。陽翔は、美月に対しても他の異性と同じように、礼儀正しく、だが距離感を保って接する。どんな場でも、誰がいようと、彼の視線は私にしか向かない。数歩進んだところで、またしても拓真が追ってきた。かすれた声で私を呼び止めた。「……君が本当に俺を忘れるなんて、信じられない。理咲、話をさせてくれ。ただの誤解なんだよ!」陽翔が振り返り、軽蔑のまなざしを向けた。「お前が、あの二股野郎か?理咲がいながら、両方手に入れようなんて――自分の立場、まるで分かってないんだな」拓真の顔が羞恥で歪む。「俺は浮気なんて……して
私はすぐに110番通報した。ほどなくして、警察官が二人到着し、拓真を連行していった。その後、彼からメッセージが届いた。【君がまだ俺を想ってくれてるのは分かってる。ただ、五年前に俺が君を深く傷つけたから、今は会いたくないんだろ?大丈夫、誠意はちゃんと見せるから】【違うわ。私にはもう恋人がいるの。関係も安定していて、すでに両親に挨拶も済んでる。これから婚約の準備を始める予定。だから、もう二度と連絡しないで】私は事実をそのまま伝えた。機密研究に従事していたあの五年間—、私は研究基地の警備担当、篠原陽翔(しのはら はると)と出会い、時間をかけて自然に惹かれ合い、すでに三年付き合っている。でも、拓真は信じなかった。【また怒ってるだけだろ?俺たちは十年付き合ってきた初恋同士だぞ。君が他の男を好きになるなんて、信じられない。前はちゃんと君を大切にできなかったけど、これからは行動で示す。絶対に変わってみせるから】でも、彼が本当に変わるかどうかなんて、もう私にはどうでもよかった。彼の番号をブロックして、顔を洗って寝た。翌朝、いつものようにジョギングに出ようと玄関を開けると……目の前に立っていたのは、拓真だった。「君が朝ランするの、分かってたからさ。四時に起きて、エビの餃子焼いて、お粥も作ったんだ。走り終わったらすぐ食べられるようにね」「いらない。元カレとズルズル関係持つつもりはないの、今の彼に悪いから」私は彼を押しのけた。けれど、拓真はニヤニヤ笑いながら言った。「嘘つくなよ。今回、君は一人で帰ってきたって、もう聞いてる」「嘘じゃない。彼は軍人だから、結婚するには申請が必要なの。今その書類の手続き中で、終わり次第すぐに来る」陽翔の身元審査と結婚承認は、一般の手続きよりずっと厳しい。必要書類の一部に不備があって、それを補うために少し時間がかかっているだけだ。拓真はふっと吹き出して笑った。「はいはい、君の言うことが本当だとしてさ。それなら俺、真実の愛のために喜んで略奪愛に走るよ。これで満足?」そう言いながら、またお弁当の箱を差し出してきた。「頭おかしいんじゃないの!」私はそう罵って、弁当箱をゴミ箱に投げ捨てた。それを見た拓真は、驚いたあと、まるで裏切られたかのように傷ついた表情で私を見つめてきた。けれど私
拓真はようやく気づいた。——私は本気で、今日ここを離れたら、二度と戻る気なんてないってことを。「理咲……!」彼は私の名前を呼んだ。あまりにも動揺していたせいで、声が震えていた。……でも、何をそんなに焦ってるの?私だって人間だ。傷つけば、悲しくもなる。彼が何度も何度も小春を優先して、私を見捨ててきたときに、今日という日が来ることを想像するべきだったのよ。私はそっと目を閉じて、彼の方を一瞥すらせず、視界から締め出した。機密研究は、外部との連絡が一切取れない。そして、再び拓真と顔を合わせたのは、五年後のことだった。私は家に戻ると、親戚や友人たちが盛大な歓迎会を開いてくれた。皆が興奮気味に、口々に話しかけてくる。「理咲、五年前の結婚式の日、あれ本当に大騒ぎだったのよ」「スクリーンに映されたあの写真と動画で、黒瀬家の面目丸つぶれ。あんなに節操のない叔父と姪、恥知らずにもほどがあるわ!」「だよね。拓真なんて、あれだけ理咲にひどいことしておいて、直後にヘリで追いかけるとか……。結局拘束されて、半月は出てこれなかったって話よ」「そもそも意味わかんないよね。理咲と付き合ってるくせに、橘小春といちゃいちゃしてさ。で、結婚式ぶち壊れた後、黒瀬家は評判回復のために、二人を結婚させようとしたんだって」「小春はノリノリだったみたいだけど、拓真は頑なに拒否。『理咲以外と結婚するつもりはない』とか言ってたらしいよ、笑わせんなっての!」そんな噂話が飛び交う中、拓真が周囲の制止を振り切って、私の目の前までやって来た。以前よりずいぶん痩せて、顔つきもやつれていて、もう昔のような自信に満ちた面影はなかった。「理咲……やっぱり本当に君なんだな。五年もいなくなって……あんまりだろ」彼はまっすぐ私を見つめ、失ったものを取り戻したかのように顔を輝かせていた。……でも、彼に再会しても、私の中に残っていたのは嫌悪だけだった。「もう言いたいことは終わった?なら、もう帰って」拓真は慌てて続けようとする。「追い出さないでくれ……確かに昔、君の気持ちを軽く扱ってしまった。でも俺は……」その言葉を最後まで言わせる前に、私のいとこたちが前に出てきて、彼の腕を掴んで引き離した。「妹にあんな仕打ちしておいて、どのツラ下げて戻ってきた!?さっさ