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第3話

作者:
それから数日が過ぎた。

広すぎる新居に、主人である淳人が戻ってくることはなかった。

けれど日南は毎日のように、明音のSNSで彼の姿を目にしていた。

観覧車の頂上にあるゴンドラの中では、淳人が必死に感情を抑えながら彼女を腕の中へ囲い込んでいる。

カップル向けレストランの窓際では、丁寧に海老の殻を剥いてやっていた。

海辺で花火が打ち上がる夜には、彼女の耳を守るように優しく両手で覆っていた。

どの写真にも共通していたのは、淳人が明音へ向ける眼差しだった。

そこには隠しきれない深い想いが溢れていた。

明音の投稿にはこう添えられている。

【明音、本当に幸せ♡】

すると友人がコメントした。

【こんなにイケメンで優しいのに、お見合い相手なんて目に入るの?】

明音は笑いながら返信する。

【入らないなら入らないでいいじゃない?彼が絶対付き合うなって言うし、一生養うって言ってくれてるんだもん。仕方ないからお見合い相手とはバイバイかな~】

日南は胸の奥に広がる苦さを飲み込み、静かにスマホの画面を閉じた。

この数日、淳人が帰ってこない間に、彼女は荷物の大半をまとめ終えていた。

同時に、淳人の二つ目の後悔をどう叶えるかも考えていた。

――須賀夫婦に、明音との交際を認めさせること。

母親の仁美(ひとみ)は明音の実母だ。

説得はそれほど難しくないだろう。

問題は父親の義一(よしかず)だ。

彼は須賀家の厳格な当主であり、淳人は最も誇る後継者だった。

長年手塩にかけて育て上げた、非の打ち所のない跡取り息子。

だからこそ、彼が道を踏み外すことなど決して許せなかった。

淳人と明音に血のつながりはない。

だが同じ戸籍の家族であることに変わりはない。

前世で二人の間に恋愛感情が芽生えていると知った時、義一が激怒したのもそのためだった。

そして無理やり二人を引き離し、淳人を日南と結婚させたのだ。

どうすれば義一を説得できるのか。

日南が考え込んでいた時、淳人が帰ってきた。

仕立ての良いスーツを身にまとい、手にはドレスを一着持っている。

それを彼女へ差し出した。

「今夜は家族の集まりがある。俺と一緒に来てくれ」

日南は少し驚きながらもドレスを受け取った。

「分かったわ」

彼女は目を伏せたまま素直に頷く。

結婚してから一度も夜を共に過ごさなかったことも、実家への顔出しに付き添わなかったことも、何日も家に帰らなかったことも。

どこへ行っていたのか、一言も尋ねなかった。

そんな彼女を見つめながら、淳人はふいにポケットから小さな箱を取り出した。

「オークションで見かけた。君への土産だ」

日南が箱を開ける。

中に入っていたのは一本のブレスレットだった。

最近、淳人がオークションで20億円もの大金を投じ、限定モデルのネックレスを落札したことは社交界で大きな話題になっていた。

誰もが妻への贈り物だと思っていた。

だが妻である彼女が受け取ったのは、そのジュエリーセットに付属していたブレスレットだけだった。

それでも日南は何も言わない。ただ微笑みながら腕に着ける。

「素敵ね。ありがとう」

淳人は彼女を見つめた。

瞳の奥に一瞬だけ複雑な色がよぎる。

だがすぐにそれも消え去った。

夜になり、二人はそろって集まりへ向かった。

会場では誰もが二人を褒め称えた。

「淳人くんと日南ちゃん、本当にお似合いね。小さい頃から見てきた二人だもの。ようやく結ばれたのね」

「そのうち赤ちゃんも生まれるんじゃない?」

「絶対に可愛い子になる」

淳人はこうした場が苦手だった。

適当な理由をつけて席を立つ。

「電話してくる」

そうして日南だけがその場に残された。

彼女は一人で周囲の冷やかしや祝福に応じ続けた。

ようやく解放され、ほっと息をついた時だった。

背後から聞き慣れた声が響く。

「お義姉さん、お久しぶりです。まだ結婚のお祝いを言ってませんでしたね」

振り返ると、月白色のドレスに身を包んだ明音が立っていた。

そして彼女の首元には、あの限定モデルのネックレスが輝いていた。

日南の表情が数秒だけ固まる。

しかしすぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「ええ、久しぶりね、明音。そのネックレス、とても素敵よ」

明音は首元に手を添え、どこか誇らしげに笑った。

「そうですか?これ、お兄ちゃんがくれたんです。高すぎるからお義姉さんにあげたらって言ったんですけど、お兄ちゃんったら、『これが似合うのはお前だけだ』って」

そう言いながら、彼女は日南の表情を探るように観察していた。

嫉妬でも失望でもいい。何か反応を見たかったのだろう。

だが日南は終始穏やかだった。

「確かに明音によく似合っているわ」

その一言に、明音は逆に言葉を失った。

本当は怒ると思っていた。嫉妬すると思っていた。

あるいは言い争いになると思っていた。

だが日南は何一つ思い通りの反応を見せない。

明音は拍子抜けしてしまった。

日南が立ち去ろうとしたその時、明音が突然彼女の手首を掴んだ。

「お義姉さん。結婚の日、お見合いがあってプレゼントを渡せなかったんです。今日は代わりに――」

日南は断ろうとした。

だが次の瞬間、明音が突然大声を上げた。

「きゃっ!お義姉さん、何するの?!」

そう叫ぶなり、自らプールへ飛び込んだ。

日南が状況を理解するより早く、騒ぎを聞きつけた淳人が駆けつけてきた。

水の中でもがく明音を見た瞬間、彼の顔色は真っ青になる。

「明音!」

必死に名前を呼びながら、ためらいなくプールへ飛び込んだ。

あまりにも焦っていたせいで、飛び込む際にプールサイドにいた日南を強く突き飛ばしてしまう。

彼女はよろめき、そのまま額を石畳へ激しく打ちつけた。

鮮血が瞬く間に流れ落ちる。

その頃には明音がすでに救い上げられていた。

全身ずぶ濡れのまま、彼女は涙ぐんだ目で淳人を見上げる。

「お兄ちゃん......私、何かお義姉さんを怒らせるようなことしたのかな......泳げないって知ってるのに、突き落とされて......」

額を押さえながら、日南は呆然とした。

「違う、私はそんなことしていない......」

だが淳人は冷たい視線を向けただけだった。

たった一瞥。それだけで全身が凍りつく。

――彼は信じてくれない。

そう悟った瞬間だった。

明音がまた悲鳴を上げる。

「ネックレスがない!きっとプールに落ちた......探さなきゃ!」

淳人は慌てて彼女を止めた。

「そんなものはいい。また買ってやる。今は病院へ行こう」

だが明音は首を横に振り、ぽろぽろと涙を流した。

「だめだよ。あれはお兄ちゃんがくれた物だもの。早く見つけないと」

そう言って再びプールへ飛び込もうとする。

びしょ濡れになった明音を見つめ、そして少し離れた場所に立つ日南へ視線を移した淳人の胸に、怒りが一気に燃え上がった。

彼は冷え切った声で言い放つ。

「失くした原因を作った人間が取りに行けばいい」

そう言うと、傍らのボディガードへ目配せした。

ボディガードはすぐに意図を理解する。

そして前へ進み出ると、日南の腕を掴み、そのまま容赦なくプールへ突き落とした。

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