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第4話

作者:
大きな水音とともに水しぶきが上がり、周囲から一斉に驚きの声が響いた。

「は?淳人、何を考えてるんだ?相手は新婚の奥さんだぞ!」

「聞いた話じゃ、日南さんが彼から妹さんへのプレゼントだったネックレスをプールに落としたらしい。それで拾わせてるんだって」

「淳人があの義妹を宝物みたいに可愛がってるって噂は聞いてたけど、半信半疑だったんだよな。今なら信じるよ」

日南の身体は一気に沈んだ。

冷たい水が瞬く間に彼女を飲み込み、四方八方から押し寄せる。

まるで無数の見えない手が手足を掴み、深い闇の底へ引きずり込もうとしているかのようだった。

季節は秋。しかも薄手のドレス一枚しか身につけていない。

氷のような池の水に全身を包まれ、彼女は震えながら必死に岸へ上がろうとした。

だが、ボディガードが再び彼女を水中へ押し戻す。

「や、やめて......」

必死に抵抗するものの、助けを求める声はすべて水に呑み込まれた。

「奥様。淳人様のご命令です。ネックレスを見つけるまで岸には上がれません」

意識が朦朧とする中、日南は淳人が明音を抱きかかえて去っていく背中を見つめた。

胸の奥が鈍く痛む。

結局、彼女は潜り続けるしかなかった。

何度も何度も水底を探し続ける。

そして二時間後、ようやくネックレスを見つけ出した。

びしょ濡れのまま岸へ這い上がった時には、唇は青紫色に変わり、全身は寒さで震えていた。

ネックレスを握りしめた手も小刻みに揺れている。

彼女はそのまま岸辺へ倒れ込み、打ち上げられた魚のように、激しく胸を上下させて荒い息をついた。

いつの間にか集まりは終わっていた。

人影は一つもない。

日南はネックレスを握ったまま、ふらつく足取りで会場を後にした。

途中まで歩いてから、ふとスマホを置き忘れたことに気づく。

仕方なく坂道を引き返した。

だが数歩進んだところで、遠くに激しい炎が上がっているのが目に入った。

その瞬間、頭の中で何かが弾けた。

――どうして忘れていた。

前世でも、まさにこの時。

須賀家の本宅は火事になったのだ。

酒に酔った義一が書斎で一人眠り込み、危うく焼死しかけた。

最終的には救出されたものの、全身の三割に及ぶ重度の火傷を負い、後半生を苦痛の中で過ごした。

それを思い出した日南は急いで119番通報を済ませると、そのまま迷わず炎の中へ飛び込んだ。

猛り狂う炎が四方へ走り回る。

むき出しの肌は次々と焼かれ、真っ赤な水ぶくれが浮かび上がった。

床を這う炎が白いふくらはぎを舐めるように焼き、赤黒い火傷の痕を残していく。

激痛で視界は何度も暗くなった。

それでも彼女は立ち止まらない。

まっすぐ義一の書斎へ向かった。

扉を開けると、予想通り中には倒れた義一の姿があった。

「しっかりしてください!」

何度も呼びかける。だが返事はない。

日南は必死に彼を引きずりながら出口へ向かった。

あと少しで外へ出られる、その時だった。

燃え盛る棚が轟音とともに倒れてきた。

日南は咄嗟に義一を安全な場所へ突き飛ばす。

義一は助かった。

だが代わりに、彼女自身がその下敷きになった。

轟音が響く。背中に焼けるような激痛が走った。

視界は真っ黒に染まり、そのまま意識を失った。

......

再び目を開けた時、日南は病院のベッドに横たわっていた。

看護師が傷の手当てをしている。

彼女が目を覚ましたのを見て、ほっとしたように声を上げた。

「やっと目が覚めました。背中の火傷はかなり深いので......傷跡は残るかもしれません」

だが日南は、自分の怪我など気にしていなかった。

「一緒にいた男性は無事なんですか?」

そればかりを繰り返し尋ねる。

病室を聞くなり、彼女は慌ててベッドを降りた。

そして急いで向かった先で、病室の中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。

扉越しに見えた光景は、あまりにも和やかなものだった。

仁美が満面の笑みで明音の手を握っている。

「今回は本当に明音のおかげね。明音がいなかったら、お父さんがどうなっていたことか。あの人ももう若くないんだから」

明音は少し照れたように微笑んだ。

「ううん......私、当然のことをしただけだよ」

その傍らには淳人もいる。

感謝の表情を浮かべながらも、どこか心配そうだった。

「明音、あんな危険な場所に一人で飛び込むなんて。俺に電話すればよかっただろう。もし何かあったらどうするんだ」

明音は甘えるように笑う。

「そんなこと考えてる余裕なかったの。お父さんだけは絶対助けたいって、それしか頭になかったんだから。それにほら、お父さんも私も無事だったでしょう?」

その言葉に皆が微笑んだ。

いつも威厳に満ちた義一でさえ例外ではない。

義一は、淳人と明音の間に恋愛感情があると知って以来、彼女に冷たい態度を取り続けていた。

だが今は違う。

明音を見る眼差しには、以前の不満が薄れ、代わりに感謝の色が宿っていた。

病室の外でそれを見つめる日南の胸が、小さく震える。

なぜ明音が手柄を横取りしたのか。

なぜ自分が助けたことを、彼女自身の功績にしたのか。

その理由は分からない。

けれど、それでいいのかもしれない。

義一の印象が変われば、明音と淳人の未来も変わるかもしれない。

だから日南は真実を口にしなかった。ただ静かにその場を離れた。

......

それから数日。彼女は自分の病室で静かに過ごした。

見舞いに来る者は誰もいない。

彼女自身も外へ出ようとはしなかった。

そしてある日。

ようやく淳人が、自分に妻がいたことを思い出したように電話をかけてきた。

その時、日南は鏡の前で薬を塗っていた。

背中の傷は焼けるように痛み、震える指で何とか軟膏を伸ばしている。

看護師からは言われていた。

傷跡は一生消えないだろう、と。

ようやく通話ボタンを押した瞬間、受話器の向こうから氷のように冷たい声が響いた。

「今どこにいる?」

淳人だった。

「本宅が火事になって、父さんが入院していることも知らないのか?君は須賀家の嫁だろう。一度も見舞いに来ないつもりか?まさかこの前の件をまだ根に持っているのか?!」

日南の指先がわずかに震える。

「違うの。私は――」

言い終わる前に、電話の向こうから明音の声が聞こえた。

「お兄ちゃん、お義姉さんは呼ばなくていいよ。お父さんなら私が付き添ってるもの」

柔らかな声だった。

だが微かな嘲りが混じっている。

「この前怒ってたんだし、きっと気晴らししたいのよ。しばらく自由に遊ばせてあげてもいいんじゃないかな」

その言葉に淳人の呼吸が荒くなる。

明らかに機嫌を損ねたのが分かった。

彼は日南の話を最後まで聞こうともせず、そのまま電話を切った。

ツーツーという無機質な音だけが残る。

日南はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。

やがて小さく苦笑する。

――こんな扱いには慣れている。

それでも毎回、胸のどこかが痛んだ。

......

一週間後。

ようやく日南は退院した。

義一の怪我は彼女ほど重くなく、煙を吸った程度だったため、ずっと前に退院している。

だから退院した彼女が最初に向かったのは、義一のもとだった。

そして彼の前に跪く、声には切実な願いが滲んでいた。

「お義父さん、お願いです。明音と淳人のことを、どうか認めてあげてください」

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