Mag-log in✱ ✱ ✱
「……多分ここ、だよね」
その日の夜、高城藍に呼び出されたその場所に来ていた。
絶対行かないと思っていたのに、結局足が向いてしまった……。悔しいけど、来るしかないと悟ったのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
とバーテンダーさんの声が聞こえる中、一人カウンターに座りお酒を嗜んでいる男性が目に入った。……いた、高城藍だ。
どこからどう見ても雰囲気的に目立つ人だ。 ここから見てもスタイルいいし、背は高いし、モデルみたいだ。
「ちょっと、こんな所までわたしを呼び出して、一体どういうつもり?」
わたしは高城藍に近寄り、そう声を掛ける。
「来てすぐの第一声がそれか?」
「わたしになんの用かわかりませんけど、わたしは忙しいので手短にお願いします」
わたしは高城藍の隣に座ると、ジントニックを頼んだ。
「かしこまりました」
ジントニックを注文したわたしに、高城藍はこう言ってきた。「お酒は強い?」と。
「……嗜む程度ですけど」
「そうか」
「で、わたしを呼び出した理由はなんですか?」
わたしは目の前に置かれたジントニックを飲むと、そう言葉にした。
「単刀直入に言う。君を俺のものにしたい」
「……は?」
なに言ってるの? 訳が分からない。
俺のものにしたい……?
「俺のパートナーにならない?公私ともに」
「はっ? 何をバカなこと……!」
パートナーって……。本気で言ってるの?「どう?いいアイデアだと思うけど?」
そう言われて見つめられて、わたしは思わず彼に「なに言ってるの? あなた、バカなの?」と言葉を返した。
「藤野透子。君はとても魅力的でいい女だ」
また変なことを言われるから思わず「……なんなん、さっきから。あなた酔ってるの?」と聞いてしまう。
「いや?シラフだけど」
「あなた、さっきからおかしいもの。 大体、なんでわたしがあなたなんかと……!」
わたしは高城ホールディングスに恨みしかない。 買収されて夕月園を失って、わたしは若女将としての職を失ったのだから。
恨んで当然としか思えない。それなのに……。
「君はとても美しい。……その辺にウヨウヨいる女よりも、誰よりも美しい。 品があって華やかで、そしてとても気が強そうだ」
「あなたねぇ……!わたしのこと、バカにしてるの?」
何なの、この男は……! さっきからわたしをバカにしてるとか思えない!
「バカになんてしてない。俺の本音だ」
高城藍は、私に顔ごと視線を向けてくる。
「本音……ですって?」
わたしのことを何も知らないくせに、よくそんなことが言えたものね。
本当にこの男は……。見てれば見てるだけ腹が立つ男だわ。こんな男のものになんて、わたしは絶対にならない。協力なんかしないし、二度と関わらない。
「俺は透子、君みたいな女性がタイプなんだよね」
「……はっ?」
ハイボールの入ったグラスを片手にそう語る彼は、わたしをジッと見つめていた。
「……あなたが言うと、ただの女好きにしか聞こえないんだけど」
わたしはそう言葉を返してジントニックを一気に飲み干すと、今度は彼と同じものを頼んだ。
「彼と同じものをもらえますか?」
「かしこまりました」
「で、藤野透子。俺のパートナーになる気は?」
わたしのことを横目で見ながら、彼はそう問いかけてきた。
「だから言ってるでしょ? あなたのパートナーになる気なんてない」そう言った直後に、わたしの目の前にハイボールが置かれる。「へえ? 自分で言うのもあれだけど、俺は結構、イイ男だと思うけど?」はあ?どの口が言ってるの?「言っておくけど、わたしにとってあなたはただのゲス野郎よ?あなたたちのことを今でも恨んでる。夕月園を奪ったこと。それなのに公私ともにパートナーですって?……ふざけるのもいい加減にして」わたしはそう言い放つと、グラスに入ったハイボールに口を付けた。もうこうなったら、とことん飲んで忘れてやるわ……。何かも忘れて、リセットする。こんなの理不尽だもの。 「ゲス野郎って……。言ってくれるね、透子」「勝手に名前を呼び捨てにしないでもらえる」わたしは彼のことを睨みつけると、また更に言葉を続けた。 「あなたたちはどうかしてる。あんなやり方は脅迫と同じよ。間違ってる、そんなの」あんなやり方、卑怯よ。「あなたのお父さん、銀行にも融資しないようにって圧力をかけてたわよね? そこまでして夕月園を奪いたかったの?……そこまでして、わたしたちを追い出したかった?」わたしたちはみんな、夕月園を奪われて露頭に迷うところだったんだ。「……どっちにしろ、夕月園は終わりだった」わたしはその言葉に怒りが湧いた。「ふざけないで……! あなたたちがあんなことしなければ、夕月園はまだ経営出来たかもしれないでしょ? あなたたちがしてることは、最低のことなのよ?そんなゲス野郎な御曹司とパートナーになるくらいなら……わたしは死んだほうがマシだわ!」わたしはそう言い放つと、グラスに入ったハイボールを一気に飲み干して帰ろうとした。 お財布からお札を一枚取り出し「気分が悪いわ。帰る」と言って立ち去ろうとした。ーーーその時。「いいね、透子。ますます気に入ったよ」「はっ……?」彼は反省するどころか、わたしの態度を見て嬉しそうに笑っていたのだった。「なにがおかしいのよ!?」わたしは何もおかしなことは言っていない。 それにわたしが言っていることが間違ってるとは、思っていない。「言っただろ?俺は透子みたいな強気な女がタイプだって」「だから、いい加減からかうのは……っ!」【からかうのはやめて】そう言おうとした最後のその言葉は、彼のその唇によって塞がれ、言うことが出
✱ ✱ ✱「……多分ここ、だよね」その日の夜、高城藍に呼び出されたその場所に来ていた。絶対行かないと思っていたのに、結局足が向いてしまった……。悔しいけど、来るしかないと悟ったのかもしれない。「いらっしゃいませ」とバーテンダーさんの声が聞こえる中、一人カウンターに座りお酒を嗜んでいる男性が目に入った。……いた、高城藍だ。どこからどう見ても雰囲気的に目立つ人だ。 ここから見てもスタイルいいし、背は高いし、モデルみたいだ。「ちょっと、こんな所までわたしを呼び出して、一体どういうつもり?」わたしは高城藍に近寄り、そう声を掛ける。「来てすぐの第一声がそれか?」「わたしになんの用かわかりませんけど、わたしは忙しいので手短にお願いします」わたしは高城藍の隣に座ると、ジントニックを頼んだ。「かしこまりました」ジントニックを注文したわたしに、高城藍はこう言ってきた。「お酒は強い?」と。「……嗜む程度ですけど」「そうか」「で、わたしを呼び出した理由はなんですか?」わたしは目の前に置かれたジントニックを飲むと、そう言葉にした。「単刀直入に言う。君を俺のものにしたい」「……は?」なに言ってるの? 訳が分からない。 俺のものにしたい……?「俺のパートナーにならない?公私ともに」「はっ? 何をバカなこと……!」 パートナーって……。本気で言ってるの?「どう?いいアイデアだと思うけど?」そう言われて見つめられて、わたしは思わず彼に「なに言ってるの? あなた、バカなの?」と言葉を返した。「藤野透子。君はとても魅力的でいい女だ」また変なことを言われるから思わず「……なんなん、さっきから。あなた酔ってるの?」と聞いてしまう。「いや?シラフだけど」「あなた、さっきからおかしいもの。 大体、なんでわたしがあなたなんかと……!」わたしは高城ホールディングスに恨みしかない。 買収されて夕月園を失って、わたしは若女将としての職を失ったのだから。恨んで当然としか思えない。それなのに……。「君はとても美しい。……その辺にウヨウヨいる女よりも、誰よりも美しい。 品があって華やかで、そしてとても気が強そうだ」 「あなたねぇ……!わたしのこと、バカにしてるの?」何なの、この男は……! さっきからわたしをバカにしてるとか思えない!「バカになん
それは夕月園を離れてから、およそ半年後のことだった。「いらっしゃいませ」わたしは京都のとあるカフェで働いていた。 そこは町並みの中にあるカフェで、コーヒーが美味しいカフェだ。夕月園を離れておよそ半年。 夕月園の全従業員が、退職した。わたしも夕月園を退職し、そのままカフェで働き出したのだった。 「お客様、お一人ですか?」と声をかけたその背の高い男性に、わたしはなんとなく見覚えがあった気がした。 あれ……?この人……って。 「藤野透子、だな?」 わたしの顔を見るなり、そう告げてきたその男性。「……なぜ、わたしのことを?」「君に話がある」突然そう告げられたわたしは、不思議に思った。彼がどうしてわたしのことを知っているのか。「……ここはカフェです。何も注文なさらないのなら、申し訳ありませんがお帰りください」わたしはその男性にそう告げた。 だけどその男性は「では、アイスコーヒーを貰おうか」と言った。「……かしこまりました」わたしはアイスコーヒーの注文を取り、カウンターに注文表を置いた。アイスコーヒーを用意したわたしは、その男性の前に「お待たせ致しました。アイスコーヒーです。お好みでミルクと砂糖をどうぞ」とテーブルに置いた。「ありがとう。透子さん」「……あなたは、なぜわたしのことをご存じなのですか?」わたしはアイスコーヒーにストローを刺し、飲み始めたその男性にそう問いかけた。「そりゃあ、あれだけキレイな若女将がいれば有名にもなるでしょう」「……あなた、まさか」わたしはその一言で悟った。「僕は高城藍《あおい》と言います。お見知りおきを、藤野透子さん」高城藍。やっぱりこの男は、高城ホールディングスの……御曹司だ。 高城明人の一人息子……。「高城ホールディングスの御曹司さんが、わたしに何のご用でしょうか」わたしは高城というその男性にそう問いかけると、高城藍はわたしにこう言った。「では単刀直入に言います。あなたをスカウトしに来ました」「は?スカウト……?」それ、どういう意味……?わたしをスカウト? この人は何言ってるの……?「あなたの若女将としての活躍は、以前から耳にしていました。ぜひうちでスカウトしたい」「……お断りします」買収された会社からのスカウトなんて、受ける訳がない。絶対にあり得ない。「なぜ、で
「仕方ないのよ……。夫が死んでから、わたしがここの責任者になったけれど、わたしは経営者としては半人前だったってことよ。……わたしじゃ、力不足だったのよ」「そんな……。そんなことないですよ」 女将の旦那さんは、ガンで十年前に亡くなった。 その後は女将が経営者として、夕月園やわたしたちを守ってきてくれた。従業員たちが働きやすいような環境を作るために、女将自ら従業員の要望を聞き入れ、やりやすいように工夫しながらここまでやってきたのに。「そんなことないです。……女将は、女将は立派な人です。 女将はずっと、わたしの憧れの人です。わたしの目標です。女将の背中を見て働いてきたからこそ、そう思います」わたしは必死で女将に語りかけた。なんとしても買収を阻止したくて……。「ありがとう、透子。……でももう、限界みたいやね」「え……?」 女将の限界とは、何なのだろうか……。「夕月園を運営する資金はもうないわ……。資金を援助してくれていた銀行にも、この前融資を断られてしもうたし……」「……え?」融資を断られた……!?そんな……。 なんで、なんで……!「夕月園には、もう融資は出来ないってね。そう言われてしまったの」「そんな……。じゃあ夕月園は……?」やっぱりもう、おしまいってことなの……? このまま、買収されるしかないってこと……? そんなの、絶対にイヤ……! 無くすなんて、イヤだよ……。 「……もう、無理みたいやね」「そんな……!」不審に思ったわたしは、夕月園に融資を断った銀行を調べてみた。 するとその銀行は、高城ホールディングスの取引先の銀行だということが判明した。きっと高城明人が圧をかけたんだ……。夕月園には融資をするなって、もうそうとしか考えられない。 おかしいと思った、ずっと支援してくれていたのに。 そうか、だから女将が融資を頼んでも断ったんだ。 高城明人が裏で手を引いている。 わたしたちをここから追い出すために……。「融資が受けられないんじゃ、経営の立て直しは無理やわ。……もう、何も出来ることはないわ」「女将……」女将はもう諦めていた。自分には何も出来ないことを悟ったんだ……。「……実は言うと、以前から買収の噂はわたしも耳にしていたんよ。 だけど本当、やったね」「どうして……。どうして教えてくれなかったんですか!
そしてその年の十二月十五日。高城ホールディングスの社長、高城明人が夕月園に足を踏み入れた。 そこで高城明人から言われた言葉は、衝撃的な言葉だった。「夕月園は、我々高城ホールディングスが買収させていただきます」「え、買収っ……!?」「買収って……。一体、どういうことですかっ!?」 夕月園を買収すると言い出した高城明人は、わたしたちをホテル・カナリアで引き取ると言ったのだ。そう。けれどそれは、わたしたちがカナリアで除け者扱いにされるということだった。 だけどそんなことに賛成できるはずもなく、わたしは断固反対した。 「ここはもう終わりだ。こんな古臭い旅館の時代は、もう終わったんだよ」「古臭い……?」そんなことない。夕月園は立派な旅館だった。あんなにもたくさんの人から愛されて、活気のあふれる旅館だった。たくさんの人の笑顔を、わたしたちは最後まで作ることも出来た。 満足して帰られるお客様の笑顔のおかげで、わたしたちはこうして立派に働けていた。なのにそんな夕月園を汚すなんて、わたしは絶対に許せない。 夕月園は歴史ある立派な旅館だったんだから。こんな風に終わらせるなんて、絶対にイヤなんだ。「これからはこんな古臭い旅館なんかより、我々が経営するリゾートホテルの時代なんだよ。……少し考えれば分かるだろ。 ね、女将?」「ちょっと待ってください。ここは古臭くなんてありません!……ここは、ここは歴史ある立派な旅館です!こんなにもたくさんの人に愛されてきたから、夕月園はここまで営業してこれたんです。 それはわたしたちじゃなくて、ここに来てくれるたくさんのお客様がいたおかげです!」わたしは悔しくて、つい立ちあがってそう言葉を吐き出してしまった。「……やめなさい、透子」「でも、女将……!」だけど女将は、それを止めた。「ええから、座りなさい」 冷静さを失ったわたしと、冷静さを常に保つ女将では、歴然の差だった。「……はい」わたしは言われた通りにするしかなかった。「女将、決断は早い方がいいですよ?」「……こんなことして、あなた方になんのメリットがあるというのかしら?」女将の言うとおりだ。こんなことして、この人たちになんのメリットがあるというのだろうか。「メリット? そんなもの、ある訳がない。……ただ目障りなだけだよ、ここがね」「目
創業百五十年の歴史を誇る老舗旅館【夕月園《ゆうづきえん》】インバウンドということもあり、国内だけでなく海外から来るお客様も多いことで有名なこの旅館には、毎年旅行のシーズンになると、観光客が毎日のようにこの旅館に泊まりにやってくる。客足は途絶えることもなく、毎日のように予約は埋まり常に満席状態になる。 本当に忙しい時期になると、予約はいつも三ヶ月から一年先になることも多いため、予約の取れない老舗旅館とも言われていた。 風情ある和室には畳部屋があり、そして部屋の一角には少し大きめの露天風呂がある。そこからの眺めは最高に気持ちが良くて、疲れた体や心を常に癒やしてくれると大人気だ。 旅館の近くには、縁結びの神様と言われる有名な神社もあり、そこで二人の縁を結ぶと、一生幸せになれるとカップルや夫婦にも話題のスポットもある。常に旅行サイトには口コミの高い評価も載っており、サイト以外でも旅行雑誌でも、夕月園は常に名を連ねていた。 何度も雑誌やテレビでも取材を受けていて、その名は京都では知らない人はいないほどであった。しかしその夕月園は、次第に経営難に陥り、客足は減り予約数も徐々に減っていってしまったのだった。その原因になったのは、夕月園から車で十分くらいの所に建設された、新しいリゾートホテル【カナリア】であった。京都の雰囲気には似つかわしくない大型のリゾートホテルの中には、有名なホテルのシェフが作る高級なバイキングレストランやサウナなども完備しており、ホテルの屋上には大きな広々としたプールも完備してある。 京の街には決して相応しいとは言えないその大胆な戦略は、日本だけでなくたちまち海外にまで話題を呼ぶこととなった。そしてカナリアは、その大胆な戦略のおかげもあり若いカップルだけでなく、家族連れにも人気のホテルとなった。今ではカナリアは、京都だけでなく名古屋や沖縄、博多などにも建設しており、高城ホールディングスの社長、高城明人《たかじょうあきと》は世界的にも有名な人となっていた。その息子で高城ホールディングスの御曹司である高城藍《あおい》もまた、将来高城ホールディングスを担うであろうお人だ。そしてそのカナリアが新たな戦略に出たのは、高城ホールディングスが急成長を遂げたすぐ後のことだった。 京都に最初のリゾートホテルを建設し







