Masuk智美と詩乃はエレベーターに乗って部屋へ戻った。エレベーターの中で、詩乃が聞いた。「ねえママ、お花を送ってきたおじさんって、ママにアタックしてるの?」智美は、この子はなんて大人びたことを言うのだろうと思いながら、思わず笑って聞き返した。「そんな言葉、どこで覚えたの?」詩乃はあっけらかんと答えた。「美穂おばちゃんとお買い物した時ね、たくさんのおじさんがおばちゃんにラインを聞いてたの。おばちゃんのお友達が、あの人たちはみんな、おばちゃんをアタックしてるんだって教えてくれたんだもん」智美はしばらく言葉を失った。美穂の美しさは誰もが認めるところだ。二人目を産んでもなお、その魅力は少しも翳らない。和也がいつもそばを離れないのも、どこかに行かれてしまうのが心配だからだろうと智美は思った。智美はちょっと意地悪をしたくなって、詩乃に聞いた。「もし詩乃に旦那さまができたとして、他の男の子がおもちゃをくれたら受け取る?」娘は当然「受け取らない」と言うだろうと思っていた。ところが詩乃は至って真剣な顔で言った。「両方ともじゃダメなの?」かっこいい男の子にたくさん優しくされたいと、詩乃は純粋にそう思っているようだった。智美は返す言葉もなく、苦笑いするしかなかった。その夜、悠人が帰ってきた。普段と変わった様子はなかった。智美は、花のことはもう気にしていないのだろうと思い、あえて話題にはしなかった。着替えを持って浴室へ向かい、詩乃のことを悠人に任せた。智美が浴室に入るのを見届けてから、悠人は詩乃にそっと尋ねた。「お花を持ってきたおじさん、詩乃は見た?」詩乃は首を横に振った。「ううん、見てないよ」「ママ、お花を部屋に持って帰らなかった?」「フロントに置いてきたよ」と詩乃が答えた。悠人はほっとして、詩乃に言い聞かせた。「これからママに近づいてくる知らないおじさんがいたら、パパに教えてね」詩乃は不思議そうに首をかしげた。「でもそれってみんなママのことが好きなんでしょ?パパはそんなの嫌なの?」悠人は呆れながらも吹き出しそうになるのをこらえて言った。「そりゃ嫌に決まってるよ。詩乃、もしその人たちが詩乃に優しくして、パパの代わりになろうとしたら、詩乃はそれでいいの?」詩乃はしばらく迷ってから言った。「かっこいいおじさんがたくさん優しく
悠人から電話があれば、智美は必ず出る。出られない時でも、必ず折り返しのメッセージを入れるようにしていた。しかしスマホに目をやると、バッテリーは完全に切れていた。詩乃の世話に追われ、スマホの充電などすっかり頭から抜け落ちていたのだ。智美から事情を聞いた悠人は、ようやく胸を撫で下ろした。「部屋の中で何かあったんじゃないかと、気が気じゃなかったんだ」と悠人は言った。羽弥市と違い、見知らぬこの土地では何かと安全面での不安が残る。おまけに以前智美が事故に遭ったこともあり、悠人の心はどうしても落ち着かなかったのだ。本気で心配させてしまったと気づき、智美は申し訳なさそうに言った。「ごめんなさい。次からは必ずすぐ出るようにするから」悠人はうなずくと、詩乃の頬をそっと撫でてから浴室へと向かった。先ほどはあまりに肝を冷やしたせいで、背中は汗でぐっしょりと濡れていた。シャワーを終えて出てくると、詩乃が絵本を一冊抱えてきて、「読んで」と言わんばかりに差し出してきた。悠人は辛抱強く娘の隣に腰を下ろし、穏やかな声で読み聞かせを始めた。絵本の中で王子様とお姫様が結婚する場面に差し掛かると、詩乃がふと顔を上げた。「ねえパパ。詩乃、大きくなったらパパと結婚してもいい?」詩乃にとって、周りのどんな男の子よりもパパがいちばんかっこいいのだ。悠人は詩乃の頭を優しく撫でた。「パパはもうママと結婚してるんだよ。詩乃は、詩乃と同じくらいの年の男の子と結婚するんだ」詩乃はしばらく考えてから言った。「でも、みんなパパよりかっこよくないもん」「詩乃が大きくなれば、きっとかっこいい男の子に出会えるよ」と悠人は小さく笑った。「そんな人いないもん。パパよりかっこいい子なんているわけないもん」と詩乃は食い下がる。悠人はそれ以上言い聞かせようとはしなかった。子どもの考えなど日に日に変わるものだ。大きくなれば、今言ったことなどきれいさっぱり忘れてしまうだろう。智美はバスタブにお湯を張り終えると、詩乃を抱き上げて浴室へと連れていった。パチンと泡をつぶして遊んでいた詩乃が、ふと顔を上げた。「ねえママ、なんでパパと結婚したの?」「パパがいつも、ママの好きなことをさせてくれて、応援してくれるからよ」詩乃はしばらく考えてから、真剣な顔で言った。「じゃあ詩乃
加恋の結婚生活は、うまくいかなかった。一年と持たずに離婚届に判を押した。自分より明らかに甲斐性のない夫と、生活のあらゆる面でどうしても折り合いがつかなかったのだ。それからずっと独身を貫いているが、次の相手を探そうという気にはなれなかった。どれだけ夜が孤独でも、自分を安売りするくらいなら、一人のほうがずっとましだ。悠人が離婚するのを、心のどこかでずっと待っていた。自分と彼なら釣り合うが、智美との差はあまりにも大きい。あの結婚が長続きするはずがない――そう信じて疑わなかったのに、二人の絆は年を重ねるごとに、ますます揺るぎないものになっていった。もう未練は捨てるべきだとわかっている。頭では、痛いほどわかっているのだ。でも、未練が捨てきれないのだ。加恋はグループチャットを閉じると、スマホを伏せた。棚からウイスキーの瓶を取り出し、グラスに注いだ。夜景が広がる窓の外を虚ろな目で眺めながら、胸を締め付けられるような孤独を、たった一人で抱え込んでいた。……翌日、悠人が浜市支社の幹部との長丁場の会議に入っている間、智美は詩乃を連れて店舗巡りに出かけた。浜市にある店舗は三つだけで、一日もあれば余裕で回ることができた。詩乃にとって、大好きなママが外で仕事をしている姿を見るのは初めてのことだった。スーツを凛と着こなし、真剣な顔つきでスタッフと話している智美の姿が不思議でたまらず、詩乃はずっと目を離さなかった。周りの大人たちが口々に「岡田社長」と呼んで頭を下げるのも、どこかおかしくて、誇らしいような気分になった。夜になり、悠人がまだ会議から戻らなかったため、母娘の二人でホテル近くのレストランで食事をとった。智美が小さく切り分けてくれたステーキを頬張りながら、詩乃はふと言った。「ママ、私も大きくなったらママみたいになって、みんなに岡田社長って呼んでもらいたいな」智美はくすっと笑いながら、紙ナプキンで詩乃の口元についたソースを優しく拭ってやった。「社長って、どういう意味かわかってるの?」詩乃は少し考えてから、自信満々に言った。「すごいってこと!」「ママが社長って呼ばれるのはね、ママがお仕事のリーダーだからよ。詩乃ちゃんだったら……詩乃社長になるのかな」詩乃の瞳がぱっと輝いた。「ねえ、ママ!これからは詩乃ちゃんって呼ばないで、詩乃
到着ロビーに真一の姿が見えたとき、香月は息を呑んだ。彼の隣に、金髪碧眼の美しい女性がぴったりと寄り添っているのが目に入ったのだ。女性は真一の腕に自分の腕を絡ませ、親しげに体を傾けている。香月は、血が滲むほど強く唇を噛みしめた。目を赤くして駆け寄り、すがりつくように問い詰めた。真一は香月の顔を見るなり、露骨に面倒くさそうな表情を浮かべた。今の彼は隣の新しい女性のことで頭がいっぱいで、香月のことなどすでにお荷物でしかなかったのだ。懐から小切手帳を取り出して無造作に数字を書き込むと、香月に向かって放り投げるように渡した。「手切れ金だ。きれいに終わりにしよう」香月は信じられなかった。「あんなに尽くしてきたのに、どうして急にこんなひどいことができるの?」未練など微塵もないのだろう、真一の声は氷のように冷たく、容赦がなかった。「付き合っていただと?俺がいつお前に本気だと言った。お互いに利用し合っていただけだろうが。お前は俺から欲しいものを手に入れて、俺も同じように楽しんだ。金を受け取ったら、大人しく引き下がれ」愛しているときは限りなく優しく甘やかしてくれる男だが、熱が冷めたときの切り捨て方もまた、血も涙もないほど容赦がなかった。香月は膝から崩れ落ちそうになった。やっとの思いでつかまえた太いパトロンを、こんなふうにあっけなく手放すわけにはいかなかった。すがりつこうと手を伸ばした。「嫌、別れないわよ!」真一は心底うんざりした顔で背後のボディーガードに目配せし、香月を強引に引き離させた。「ついてないな」吐き捨てるように呟く。そして、新しい女の手を優しく引いて、ターミナルを悠々と歩き去っていった。香月はその後ろ姿に向かって、何度も何度も叫び続けた。端から見れば、まるで正気を失って取り乱した女のようだった。真一という後ろ盾を失えば、芸能界での仕事はみるみる先細っていく。その現実が、香月にはどうしようもなく怖かった。……問題が片づいて、智美もようやく肩の荷が下りた。ジュリーも通常の軌道に戻り、以前のペースで順調に動き始めている。最近、騒動にかまけて詩乃との時間がおろそかになっていたことが気がかりだった智美は、この数日、意識して早めに仕事を切り上げ、詩乃と過ごす時間を作った。普段は周りの大人に対し
香月はもったいぶるのをやめ、白状した。「ジュリーのデザイナーを一人買収したのよ。だから、あのドレスは確かに盗作よ」智美は思わず絶句した。まさか、そこまでやっていたとは。だが、デザイナー個人の不正として公表したところで、それでジュリーのブランドイメージがすぐに回復するわけではない。「わかったわ」智美は芹那に電話をかけ、デザイナーが買収されていた事実と、香月がPRへの協力に同意したことを伝えた。芹那は電話口でしばらく考え込んでから言った。「GBNNのPR部門と交渉してみます。彼らが公式に動いてくれれば、今回の炎上を最小限に抑えられますから。ただ、多額のコストがかかりますし、何よりGBNN側が求める『見返り』を用意できるかどうかが鍵になりますね」智美は小さくため息をついた。「まずは先方と話してみてください。どんな条件を提示してくるか、確かめてから考えましょう」GBNNの本社はイギリスにある。芹那は自ら直接ロンドンへ飛び、経営幹部と対峙した。しかし相手の態度は強硬で、どれだけの報酬を積もうと、一地方の騒動に協力するつもりはないと冷たくあしらわれた。諦めて帰国しようとした、まさにその瞬間だった。その幹部の態度が、突如として百八十度変わったのだ。手のひらを返したように揉み手ですり寄り、芹那を必死に引き止め始めたのである。不思議に思った芹那が訳を尋ねると、幹部は興奮気味に打ち明けた。「実は、羽弥市のGビルへの出店を前向きに検討しているのですが、あのビルは岡田グループの管轄でしてね。入居を希望する世界中のブランドが殺到しており、私どもにはどうにも交渉の糸口が掴めなかったのです。ところがついさっき、先方から直接ご連絡をいただきまして。一年間の賃料を免除するから特例で入居してほしい、その条件として、奥様のお困りの件に協力してほしいと……」芹那はそこでようやく合点がいった。悠人が密かに人脈と資源を動かし、背後から手を回していたのだ。幹部は声を潜めて続けた。「ただ先方から、岡田グループが便宜を図ったことは、絶対に表には出さないでほしいと念を押されております」芹那は、悠人が権力を私物化してまで妻を守ろうとすることに、素直に驚いた。だから茉祐子は、何年経っても二人の間に割り込めなかったのか。悠人は本当に、心の底から智美を愛して
翌朝、出社するなり、清二から電話が入った。「岡田さん、少々お時間はございますか?実は代表が急遽翻意いたしまして、ご依頼をお受けしたいと申しております。午前十時にご来社いただくことは可能でしょうか」智美は思いがけなくて、少し驚いた。「ええ、もちろんです。必ず伺います」時刻はすでに九時。エクセレンス・パブリックリレーションズまで車で三十分はかかる。急いで秘書に午前のスケジュールを白紙に戻させ、車で向かった。今度こそ、芹那と対面できた。昨夜よりは打ち解けた雰囲気になっていたが、それでも芹那はあくまでビジネスライクな態度を崩さなかった。清二にコーヒーを二杯用意するよう指示する。清二が智美に尋ねた。「岡田さんは何にいたしましょうか」「ブラックで。ありがとうございます」清二がコーヒーを持ってくると、智美は一口飲んで芹那に目を向けた。芹那はパソコンに視線を向けたまま、淡々と話し始めた。「PR業界に入って八年近くなります。芸能界のスキャンダル処理も数えきれないくらい手がけてきました。人脈もそれなりにある。あの香月なんて、大して名も知られていない。黒い過去を掘り起こすくらい、どうということはありません。もう何人か、この業界で敏腕のゴシップ記者に網を張らせました。あの人たちが嗅ぎ回れば、必ず何か出てくる。もし香月が本当に潔白なら、別の手を考えます。でも後ろ暗いものがあれば、それを交渉の材料にして、こちらのPRに協力させます」智美には筋の通った方針に思えた。「どのくらいかかりますか?」「三日」「出張の件は?」「一週間延期しました」芹那は仕事が早かった。三日も経たないうちに、香月のスキャンダルを掘り当てた。資料を智美に送ってくる。「あなたが直接話をしますか?」「ありがとうございます。そうしますわ」資料を開いて読み終えた智美の表情が、わずかに曇った。香月に連絡を取り、会う場を設けた。約束の時刻から十五分遅れて、香月は来た。智美がコーヒーを半分ほど飲み終えた頃に、いかにも勝ち誇ったような足取りで現れた。ブランドのバッグをテーブルに置き、ソファにゆっくりと腰を下ろしながら、智美を一瞥した。「岡田家の奥様が私に何かご用で?」智美は単刀直入に言った。「ジュリーが盗作したとは、私には思えない。こ
祐介は、本当にあの三浦社長が手を出したとは思っていなかった。数秒呆然とした後、瞬時に顔を曇らせた。「やっぱりあいつか!本当に君に手を出すとは!」歯ぎしりしながら言った。「智美、安心してくれ。必ず仕返ししてやる!」智美は鼻で笑った。「祐介、少しは人間らしい心を持ったらどう?人を陥れたから、相手が復讐しに来て、私まで巻き込まれたのよ。私は法的な手段で、あの人に落とし前をつけるわ。そしてあなたも、自分がした悪事の罪を償うべきよ」祐介は智美がそんなことを言うとは思わず、胸が詰まる思いだった。彼は弁解した。「あの男の言うことを信じないでくれ。俺は何も間違ってない。あいつがデタラメ
美羽は彼女に話題のドラマを紹介した。「『小さな電話』って知ってる?最近すごく話題になってるの。主人公は年上の彼氏なんだけど、顔はすごく整ってるの。ただ、とにかく口が悪いんだよ。自分の口から出る言葉で、自滅しちゃうんじゃないかってくらいひどいのよ。ヒロインは可哀想な子で、喋れないんだけど、実は腹黒なのよ、ははは。内容がすごく面白いの!」智美は見たことがなく、少し聞き入っていた。近くにいた何人かの女性弁護士も会話に加わり、口々にこのドラマへの熱狂ぶりや、主人公への執着ぶりを語り始めた。美羽はため息を一つついた。「もう、私の脳みそ、こういうのばっかり見て、すっかりおかしくなっちゃ
智美は笑って、彼とグラスを合わせた。「確かに、機転が利くわ」智美は十分に食べ終え、のんびりとみんなが遊ぶ様子を眺めていた。その時、美羽が隣で言った。「智美さん、今夜はバーベキューでしょう?ホテルの屋上は人が多いらしいから、ボスと先に行って場所取りしてくれない?」智美は頷いて、悠人を見た。悠人は、美羽が自分たち二人に席を外させようとしているのを察し、静かに立ち上がった。智美に軽く頷いて言った。「行くか。いい散歩になる」こうして智美は彼と外へ向かった。突然、悠人が振り向いて美羽に言った。「社員旅行が終わったら、森社長の案件を引き継いでくれ」美羽の目が一気に輝いた。
彼女は今、誰も助けてくれないことを悟っていた。つまり、自分で何とかして、この窮地から抜け出すしかない。智美はバッグの中を探り、電話機能付きの腕時計を見つけた。これはさっき街を散策していた時、可愛いと思って買ったもので、持ち帰ってアシスタントに同じものを購入させ、生徒への褒美にしようと思っていたものだった。まさか命綱になろうとは。彼女は急いで悠人に電話をかけた。その時、足音が近づくのが聞こえ、彼女は慌てて腕時計の電源を切った。運転手が彼女からそう遠くないところに立っていて、携帯で誰かと電話をしていた。「渡辺祐介、てめえは俺の会社の特許を盗み、会社を破産させ、俺から妻子を奪







