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第6話

Author: 霧島柳乃
梨央は地面に叩きつけられ、右脚に刺すような激痛が走った。

目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失う。

次に目を覚ましたときには、もう病室の中だった。

ベッドの脇には理玖が座っていた。

彼は彼女を見下ろしながら、冷えた声に複雑な色を滲ませる。

「梨央、お前はそんなに欲求不満だったのか?」

梨央の顔から、みるみる血の気が引いていった。

理玖の目つきはさらに冷たくなる。

「それとも、ああいうことをしてでも悠月の宴会をぶち壊したかったのか?

あんな汚いやり方で、自分の立場を誇示したかったのか?」

彼の瞳に浮かぶ冷たさと嫌悪を見ているうちに、どんな言い訳も口にする気力を失っていく。

「違う……私は……」

けれど理玖は、三年前と同じように、やはり彼女の言葉を信じなかった。

ただ低く言う。

「梨央、お前はどうして、こんなふうになったんだ」

梨央は虚ろな目で彼を見た。

「私が、どんなふうになったっていうの?

腹の底で何を考えてるかわからない女?

手段を選ばない女?

恥も外聞もない女?」

理玖の目には失望が浮かび、そのまま立ち上がった。

「悠月はお前に刺激されて、うつがぶり返した。

泣いて、そのまま気を失った。

だが、目を覚まして最初に、お前のことを心配してた。

あとでちゃんと、本人に謝れ」

遠ざかっていくその背中を見つめながら、梨央は苦しそうに目を閉じた。

薬の効き目が切れるにつれ、意識も少しずつはっきりしてくる。

そしてようやく、自分が誰かに薬を盛られたのだと気づいた。

恥をかかせるために。

理玖に、もっと嫌われるよう仕向けるために。

梨央の脳裏に、悠月の顔がよぎる。

三年前、自分と理玖があの夜を迎えてしまったときも、誰もが梨央を責めた。

計算高い女だと。

悠月を裏切ったのだと。

潔白を証明したくて、梨央は必死に黒幕を探した。

たったひとつだけ辿り着いた手がかりが、悠月だった。

けれどあのときの彼女は、どこかで何かが食い違っているのだと思っただけで、まさか本当に彼女だとは考えもしなかった。

だって理玖はあれほど彼女を愛していて、妻に迎えるつもりでいたのだから。

しかも悠月は、あの出来事のあと深く傷つき、被害者として国外へ去っていった。

自分の恋人を、ほかの女と同じベッドに送り込むような真似をする人間が、どこにいるというのだろう。

梨央はしばらく黙って考え込んだあと、スマホを手に取り、ある番号へ電話をかけた。

「調べてほしいの。

悠月がこの数年、海外でどうしていたのか」

梨央が傷めたのは右足だった。

幸い、捻挫ですんでいて骨は折れていない。

翌日には退院の手続きを済ませ、一人で足を引きずりながら階下へ降りた。

ロビーまで来たところで、理玖が悠月を抱えたまま、慌ただしく中へ駆け込んでくるのが見えた。

悠月はぐったりと彼の腕の中に身を預け、顔には涙の跡が残っている。

だらりと垂れた手首には、細い赤い線が一本走っていて、ひどく目を引いた。

梨央の姿を見つけると、理玖は悠月を下ろし、そのまま早足で彼女の前まで詰め寄ってきた。

彼の手には、何枚もの便箋が握られている。

次の瞬間、それを彼女の顔へ容赦なく叩きつけた。

便箋はばさりと降りかかり、そのままひらひらと床一面に散っていく。

そこに書かれているものを、梨央は見なくてもわかっていた。

どれも、自分がかつて理玖に宛てて書き、一度も渡せないままだった恋文だ。

いつもは冷静で感情を表に出さない理玖が、珍しく怒りを露わにしている。

「梨央、この前言ったばかりだろ。

悠月はお前のせいでうつがぶり返したんだ。

それなのに、こんなものを家中に貼って、またわざと刺激したのか!

俺はもうお前と結婚して、お前の望みを叶えたはずだ。

悠月はほんの数日ここに身を寄せてるだけなのに、それでも追い詰めて死なせたいのか?

三年前はお前のせいで国外へ追いやられて、今度はお前のせいで手首を切った。

お前はいったい、何がしたいんだ!」

梨央は足元に散らばった恋文を見つめ、ゆっくりとかがみ込んで拾い上げた。

たしかに、全部ゴミ箱へ捨てたはずだった。

なのに今、あの隠していた私物と同じように、また目の前に現れている。

梨央は理玖の背後に立つ悠月へ目を向けた。

その瞳の奥にある、わずかな得意げな色と嘲りを、彼女は見逃さなかった。

もう十分だった。

何が起きているのか、わからないはずがない。

悠月は、皮膚が破れることすらない細い傷ひとつで、理玖をここまで取り乱させ、病院まで飛んで来させた。

一方で、自分の左手には無数の傷痕が残っているのに、彼は一度だって気づかなかった。

理玖は、うつむいたままの梨央を見て、被害者ぶっているようにしか思えず、胸の苛立ちを抑えきれなくなっていく。

「何とか言え。

ちゃんと説明しろ!」

梨央は顔を上げ、力の抜けた声で答えた。

「私は、やってない……」

また同じ言葉を繰り返す。

どうせ今回も、信じてもらえないとわかっていた。

けれどその言葉が口をついた次の瞬間、梨央の目は大きく見開かれた。

理玖と悠月の背後、少し離れた場所にいた一人の男が、突然バッグの中から果物ナイフを取り出したのだ。

それまで平凡でおどおどして見えた顔から、怯えは一瞬で消え去り、代わりに凶暴で歪んだ表情がむき出しになる。

男はナイフを振りかざし、周囲の人間へ無差別に切りつけ始めた。

病院にいた医師や患者たちが一斉に悲鳴を上げ、場はたちまち大混乱に陥る。

しかもその男は、理玖たちのすぐそばにいた。

なのに理玖は背を向けていて、まるで気づいていない。

梨央は顔色を変え、反射的に駆け出した。

「危ない!」
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