ログイン容姿端麗、品行方正、成績は標準でスポーツ万能。
──そりゃ~、女子の中に入ればねぇ…… それが猫柳春菜の評判だ。 「春菜様、もうお帰りですの?」 「えぇ……今日は祖父に呼ばれておりますの」 「残念ですわ」 女子に囲まれ、ハーレム状態の僕。 ……はぁ、これが女子の姿じゃなければね。 学校の校門前に、家から迎えの車が来ている。 さっさと乗り込んで、家に帰りたい。 そう思っていた矢先、 「おい!」 突然、呼び止められた。 声の方に振り向くと、均整の取れた筋肉に覆われたモデルみたいなスタイル、 顔面偏差値の高い男が立っていた。 「狗飼様だわ!」 「え? なんで狗飼様が?」 周りの女子が騒ぎ出す。 「狗飼……様?」 首を傾げる僕を、値踏みするかのように頭の先からつま先まで舐め回し、 「なんだよ。臀の青いガキかよ」 と呟いた。 (はあ? いきなり呼び止めて、なんだそりゃあ?) 心の中で中指を立てながら、顔面では上品な笑顔を浮かべる。 「あの……どのようなご用ですか?」 可憐な美少女を装い、口元に手を当てて小首を傾げた。 するとソイツは鼻で笑い、僕の顎を長い指で掴んで、 「まぁ……乳臭いが、幼児体型だから良しとしてやろう」 などと言い出した。 随分な言い草と、俺様な態度に腹が立った。 顎を掴む手を叩き落とし、 「私を、猫柳春菜だと知っての行いですの?」 睨み上げる。 するとソイツはニヤリと笑い、 「なるほど。ただの従順なお嬢様じゃ、ないみたいだな」 そう言うと、今度は顎を掴んで強引にキスして来やがった! (ファーストキスだったのに!) 『パァン!』 僕の平手打ちが、ソイツの頬に炸裂した。 「痛てぇな。婚約者に、なんてことをするんだよ」 「こ……婚約者ですって?」 驚く僕に、 「あぁ。代々、猫柳家は狗飼家に娘を嫁に出す決まりがあるんだよ」 そう言って僕の顎を乱暴に掴み、 「俺の名前は狗飼来人だ。婚約者の名前くらい、きちんと覚えておけ」 そう言い残し、待たせていたらしい車に乗り込んで去って行った。 僕は突然の出来事に、呆然としていた。来人はあの日、契約結婚の話をした後、 一度も猫柳家を訪れなかった。 再会したのは結納の場。 それから会うこともなく、結婚式を迎え、現在に至る。 結婚してからも、来人がこの別邸を訪れることはほとんどない。 気まぐれに顔を出す程度で、夫婦とは名ばかりの関係だった。 それなのに── 時々、こうして無防備に懐へ踏み込んでくる。 僕は線を引くために 「旦那様。どのような方とお付き合いなさっても構いませんが…… 口の固い方をお選びくださいませ」 そう言って通り過ぎようとした瞬間、 腕を掴まれた。 「……嫉妬か?」 甘く囁かれ、睨み上げる。 「ご冗談を。手を離してください、旦那様」 鼻で笑うと、来人は静かに告げた。 「一つ言っておく。 俺にとってセックスは浄化の手段だ。 祐希は、受けた瘴気を身体で浄化してくれているだけだ」 顔を覗き込まれたが、僕は腕を振り払った。 「興味ありません。 旦那様は、旦那様のお好きなように」 そう言い残し、部屋へと戻る。 「……はぁ」 深い溜め息が零れた。 来人の瞳は、普段は薄茶色だ。 だが異能を使う時だけ、金色に輝くらしい。 それなのに── 僕と話す時、あの目はいつも金色に見える。 その瞳に見られると、全てを見透かされている気がして怖くなる。 正直、来人には感謝している。 本来なら本邸で暮らすはずの僕を、こうして別邸で生活させてくれていること。 嫁ぐ時に一人では可哀想だと、猫柳家で身の回りの世話をしてくれていた鈴本を、そのまま付けてくれたこと。 嫁いだ当初、僕を侮辱した使用人を全員解雇し、 本邸でも別邸でも、 「狗飼春菜は、狗飼来人の妻である。 春菜への侮辱は、来人への侮辱に値する」 そう言って、はっきりと釘を刺してくれた。 だから僕も鈴本も、狗飼家で何不自由なく暮らせている。 感謝しているはずなのに── 僕の中で、何かが強く警告していた。 来人に、近付くな。 その声だけが、 胸の奥で、何度も反響していた。
その日は、朝から本邸がどこか騒がしかった。 「春菜様、いらっしゃいますか?」 本邸からの使いが、別邸まで息を切らしてやって来た。 ただ事ではないと察し、鈴本と顔を見合わせる。 「なにごとですか?」 玄関へ向かいながら問いかけると、使いの者は顔を強張らせて言った。 「若様が……来人様が、巨大な瘴気に襲われ、危険な状態でございます」 その言葉を聞いた瞬間、身体が勝手に動いていた。 「来人様は、どちらに?」 返事を待つことなく、用意されていた車に押し込まれる。 車は二十分ほど走り、大学病院の特別病棟へと辿り着いた。 特別室の扉が開いた瞬間、思わず息を呑む。 ──酷い。 何も知らない僕でさえ分かるほど、来人の状態は深刻だった。 全身は黒く変色し、呼吸は浅く弱い。 心電図の電子音と、呼吸器の無機質な音だけが、部屋に響いている。 そっと、来人に触れようとしたその時 「なりません!」 鈴本に腕を掴まれた。 「離しなさい」 静かに、けれど有無を言わせぬ声で告げる。 「春菜様! 瘴気はあなたの命まで蝕むのですよ!」 叫ぶ鈴本を、真っ直ぐ見据え 「聞こえないのですか。離しなさい」 怒鳴らなかったが、その場にいた誰もが息を呑み、 口を閉ざした。 やがて、鈴本は観念したように手を離した。 僕はそっと来人の頬に触れ、絞り出した 「旦那様……」 の声が、思わず震えていた。 すると、来人の瞼が微かに揺れた。 纏わりつく瘴気の痛みが、皮膚越しに伝わってくる。 まるで、無数の針で刺されているような痛みだった。 「……あなたは、こんなにも痛みを背負って、この国を守っていらしたのですね」 狗飼家の仕事は極秘任務だ。 だが僕は、この家に嫁ぐことが決まった日に、母から全てを聞かされていた。 ──何かあった時、あなたの力が必要になる。 僕は決意を固め、静かに口を開いた。 「来人様を助けたいのです。 人払いを、お願い出来ますか」 その瞬間だった。 「ふざけるな!」 半身を黒く染めた竜ヶ峰が叫んだ。 「お前……来人に何をする気だ!」 (瘴気に侵食されている割に、元気だな) 心の中で毒づいていると、低く鋭い怒声が響いた。 「竜ヶ峰!」 視線を向けると、現当主が睨み据えていた。 「春菜は来人
来人の恋愛対象が男だと知り、僕はひどく焦った。 今は女だと思われているから、まったく興味を持たれていない。 けれど──もし僕が男だと知られたら。 考えただけで、喉がひくりと鳴る。 そんな時、ふと脳裏に浮かんだのは竜ヶ峰の顔だった。 とにかく感じの悪い男だが、驚くほど整った容姿をしている。 来人と同じ二十五歳。 大人の余裕と、抗いがたい色気を併せ持った男。 ……それに比べて。 鏡に映る自分は、童顔で華奢な身体。 思わず、乾いた笑みがこぼれた。 そもそも僕なんて、最初から来人の視界にすら入っていない。 「はぁ……」 溜め息をついた、その時だった。 「どうした?」 背後から低い声が落ちてきた。 振り向くと、紺色のシャツの前をはだけさせた来人が立っていた。 鍛え上げられた体躯。切れ長の目が、僕を見下ろす。 「いえ……何でもありません」 首を振ると、来人は一歩、距離を詰めた。 「オヤジに呼び出されたらしいな」 低く、甘い声。 そのまま、ふいに頭を撫でられる。 「すまないな。嫌な思いをさせて」 ぽつりと落とされた言葉に、胸が揺れた。 「……いえ。妻の務めを果たせていないのですから」 百八十センチを超える来人を見上げる。 男に興味のない僕から見ても、彼は格好いい。 気だるげな雰囲気は、だらしなさではなく色気になり、 紺のシャツと黒いスラックスが逆三角形の体躯を際立たせている。 額に落ちた前髪が、 ──触れてはいけないと思うほど、来人を魅力的に見せていた。 そんな事を考えていると── 来人との距離が、近すぎると気付いた時には 「……なんだ。務めを果たしたいのか?」 気付けば腰を抱かれ、顎を軽く掴まれていた。 「妻殿が望むなら、叶えなくもないぞ」 揶揄うような囁きに、頬が熱くなる。 「ご冗談を……。あなたの情夫から聞きました。女性に興味はないのでしょう?」 顎を掴む手をそっと払い、小さく笑う。 来人は面白がるように目を細め 「ああ……祐希から聞いたのか。 まぁ、そうだが…… 不思議だな。お前なら、抱けそうな気がする」 そう甘く囁かれ、背筋がひやりと冷えた。 だが次の瞬間、来人は低く笑い── 「安心しろ。約束通り、お前
本邸は、だだっ広い平屋造りの和風建築だ。 長い廊下を進み、当主との謁見の間へ通される。 襖が静かに開き、 姿を現した当主は──渋い、イケおじだった。 「楽にしなさい」 そう言われ、顔を上げる。 「結婚して半年。 まだ夜伽を済ませていないらしいな」 「……申し訳ございません」 頭を下げると、当主は深く溜め息をついた。 「そなたは悪くないと聞いておる。 毎晩、来人の帰りを待っているそうだな」 ──それも、契約の一つだ。 来人は結婚初夜 「お前には、何の落ち度もない状態で離婚できるようにする」 そう言って、見える形での行動を指定された。 だから僕は、 帰らない旦那を待つ“健気な妻”を演じているのだ。 「来人様は悪くありません。 私に魅力がないだけでございます」 そう答えると、当主は眉をひそめた。 「これほど愛らしい妻を放って遊び歩くとは……嘆かわしい」 「……申し訳ございません」 「謝らなくて良い。 もし来人が、このままそなたを無碍にするなら、自由にしてやろう」 だから ──もう少し、頑張ってはもらえぬか。 その言葉に、僕は静かに頷いた。 部屋を出た瞬間、 胸に溜まっていた息を吐き出す。 「……ふぅ」 その時だった。 「――あれ? 本妻様じゃん」 現れたのは、来人の付き人。 竜ヶ峰祐希。 嘲るような笑みを浮かべ、近づいてくる。 「珍しいね。本妻様が本邸にいるなんて」 立ち去ろうとした瞬間、腕を掴まれた。 「せっかくだからさ、来人に会っていきなよ」 嫌な予感しかしない。 引きずられるように辿り着いた、本邸最奥の部屋。 障子が、ゆっくりと開く。 そこにいたのは── あられもない姿で眠る、来人だった。 事後。 それ以外の言葉が、見つからない。 「ごめんね」 竜ヶ峰は、楽しそうに笑いながら 「来人はさ、男しか抱けないんだ」 と、僕の耳元に囁いた。 その言葉が、 胸の奥に、深く突き刺さった。 「残念だったね。本妻さん」 クスクスと笑う声だけが、 いつまでも耳に残っていた。 ──僕の頭は、真っ白になった。 ──僕の頭は、真っ白になった。
「春菜様、旦那様がお呼びでございます」 その声を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに強張った。 あれから、半年の月日が流れた。 僕は性別を偽ったまま、狗飼家に嫁いでいる。 ──そして今も、バレていない。 理由は単純だ。 この結婚は、いわゆる白い結婚だから。 結婚初日。 狗飼来人は、僕にこう言い放った。 「結婚はする。だが、夫婦として暮らすつもりはない」 あまりに一方的で、あまりに冷たい宣言だった。 狗飼家と猫柳家の婚姻は、 “異能”を持つ子を生み出すための、古い儀式だという。 狗飼家は“攻”の力。 猫柳家は“守”の力。 両家が婚姻することで、 攻守を併せ持つ存在が生まれる──それが血の掟。 だが、来人は違った。 彼は生まれながらにして、 「攻」と「守」──両方の力を持っていた。 だからこそ、来人は言ったのだ。 「この掟を、終わらせたい」 そこで持ち出されたのが、契約結婚だった。 三年間、夫婦として暮らす。 ただし、夫婦関係は持たない。 子供も作らない。 そして三年後、僕は── “お払い箱”という名の、自由を手に入れる。 それが、最初から決められていた役割だった。 互いに干渉しない。 それが、僕たちの契約内容だった。 戸籍? もちろん、出していない。 形だけの結婚。 形だけの花嫁。 そして今、僕は 狗飼家当主に呼び出され、 本邸の長い廊下を歩いている。 この先で告げられる言葉を思いながら── 胸の奥に、言いようのない違和感を抱えたまま。
「じいちゃん! 婚約者って、どういうことだよ!」 帰宅するなり、僕は祖父の部屋に突撃した。 ちょうどお茶を飲んでいた祖父は、思いきりむせる。 「な、なんでその話を……!」 明らかに動揺している。 「今日、狗飼来人っていう 超・俺様クソ男が、学園に来たんだよ!」 怒りに任せて言うと、祖父は目を見開いた。 「なに!? 春馬、何もされなかったか!」 「されたに決まってるだろ! いきなりキスされたんだ!」 「なんじゃと!? うちの可愛い春馬に……チッスじゃと!?」 「いや、じいちゃん。 チッスじゃなくて、キスな」 驚きすぎたのか、祖父は入れ歯を飛ばしかけながら叫んだ。 「何なんだよ、あのクソ男……」 吐き捨てるように呟いた僕に、 「あらあら、春馬。 言葉が男言葉になってるわよ」 そう言って、母さんがひょいと顔を出す。 「また熱が出ても、知らないからね?」 どこが心配してる態度だ。 「それでね、その“クソ男”なら…… 今、離れの応接室でお待ちよ」 母さんの言葉に、祖父が深く溜め息をついた。 「約束は、春馬が学園を卒業してからのはずだったがな……」 そう言って立ち上がる。 「春馬、制服姿はまずい。 着替えてから、離れに来なさい」 じいちゃんはそう言い残し、部屋を出て行った。 渋々、自室へ向かおうとすると、母さんがこそこそ声を落とす。 「ねぇ春ちゃん。 やっぱり、狗飼家の人って嫌な感じ?」 「……は?」 意味が分からず見返すと、母さんはにっこり笑って言った。 「実はね、ママが本当は 嫁がされる予定だったのよ、狗飼家に」 「え……?」 「でもね、怖くて嫌でさ。 だから春ちゃんのパパと、駆け落ちしちゃった♡」 ……さらっと爆弾を投下しないでほしい。 「じゃあ何。 僕が母さんの尻拭いってこと?」 「え~? 春ちゃん、ママが可哀想じゃなかったの?」 「じゃあ母さん。 僕は可哀想じゃないわけ?」 しかも、性別詐称までしてるんだけど。 「大丈夫よ。 女子校に三年間、完璧に通えたじゃない」 両手を合わせて、小首を傾げる母さん。 「それに春ちゃん、 パパとママの良いとこ取りで、顔