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06:高い壁

last update Last Updated: 2025-09-23 19:29:29

 重厚なマホガニーのテーブルが、会議室の空気を引き締めている。

 私の正面、少し離れた席に黒瀬湊さんが座っていた。

(大丈夫。これは仕事だから)

 心の中で、何度も呪文のように繰り返す。

 あの夜のことは、幻。

 私の心だけにしまっておくべき、ただの秘密だ。

「それでは、スイートルーム改装プロジェクトのコンセプトについて、ご説明します」

 私は努めて明るい声で、プレゼンテーションを始めた。

 用意した資料をスクリーンに映し出し、言葉を紡いでいく。

 手元のリモコンを操作すると、スクリーンに一枚のイメージパースが映し出された。

「コンセプトは、『ヘリテージ・モダン』。受け継がれてきた伝統と、お客様がこれから紡ぐ未来。その二つの時間を繋ぐ、物語のある空間です」

 パースの室内に私が選んだ柔らかな照明と、上品な家具が配置されている。

「インペリアル・クラウン・ホテル様が長年培ってこられた品格と歴史を、デザインの核とします。基調とするのは、温かみのあるアイボリー。アクセントに、気品あるロイヤルブルーを。そして金属部分には、鈍い輝きを放つ真鍮を用いることで、華やかさの中に落ち着きを演出します」

 スクリーンが切り替わり、美しい一脚の椅子がアップになる。

「そして、このコンセプトの心臓部となるのが、各部屋に一つだけ設える、本物のアンティーク家具です。例えば、こちらのチェアのように。長い時間を旅してきた家具だけが持つ温もりと物語が、モダンで洗練された空間に、忘れられない深みと安らぎを与えてくれる。そう私は考えます」

 最後に、私は会議室にいる全員の顔をまっすぐに見据えた。

 湊さんと一瞬だけ、視線が絡む。

「私たちが目指すのは、単なる豪華な客室ではありません。お客様一人ひとりの大切な時間が、未来の『遺産(ヘリテージ)』となるような。そんな記憶に残る体験をご提供することです」

 プレゼンを終えると、室内から小さなどよめきが起こった。

 彼とは極力、目を合わせないように。話しかける相手は、隣にいる所長や他のプロジェクトメンバーに限った。

 時折、彼の視線が自分に注がれているのを感じる。

 そのたびに、心臓が小さく跳ねた。

 気づかないふりをして、私は必死に言葉を続けた。

「――以上が、弊社からのご提案になります。皆様、お疲れ様でした」

 会議が終わり、メンバーたちが席を立ち始める。

 私も早くこの場から立ち去りたくて、そそくさと資料を片付けた。

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