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last update Last Updated: 2025-09-24 06:30:22

「相沢さん」

 背後から穏やかな声がかかる。

 振り返ると、湊さんが静かな笑みを浮かべて立っていた。

「素晴らしいプレゼンでした。あなたのデザインにかける情熱が、伝わってきましたよ」

「……ありがとうございます」

 私は、貼り付けたようなビジネススマイルで応える。

「クライアントのご期待に沿えるよう、全力を尽くしますので」

 それだけ言って、私は逃げるように会議室を後にした。

 彼の瞳に宿る色があまりにも優しくて、それ以上、見ていられなかった。

 私のデザインコンセプト『ヘリテージ・モダン』の核は、ただ一つ。

 長い時間を旅してきた、本物のアンティークチェアである。

 それは単なる家具じゃない。空間の魂であり、物語そのものだ。

 最新のデザインと最高の素材で満たされた部屋に、たった一つだけ、本物の歴史を置く。その古びた木の温もりが、張り詰めたモダンな空間に、人間らしい安らぎと深みを与えてくれる。

 お客様が部屋の扉を開けた瞬間、まるで旧知の友人に迎えられたような、そんな感覚を覚えてほしい。それが私の狙いだった。

 そのための椅子探しは、困難を極めた。

 何週間も、国内外のオークションカタログを読み漁り、アンティークディーラーに片っ端から連絡を取った。休日は埃っぽい倉庫街を歩き回り、来る日も来る日も、理想の一脚を探し続けた。

 そして、ようやく見つけたのだ。

 有名なディーラーでも、高級なアンティークショップでもない。郊外にある、忘れ去られたような個人倉庫の片隅で。

 それはまるで私を待っていたように、静かにそこに佇んでいた。

 ひやりとした空気が漂う倉庫に足を踏み入れれば、埃っぽい匂いの中に、古い木の香りが混じっていた。

「……あった。あれだわ」

 私は祈るような気持ちで、倉庫の奥へと進む。

 布を被せられたシルエットに、心臓が高鳴る。

 布を取り払うと、優美な曲線を描く椅子が現れた。

 写真で見た通りの完璧なフォルム。

 百年の時を経て使い込まれたことで生まれた、なめらかな木肌の艶。これ以上にない、理想の一脚だった。

「すみません、こちらを購入したいのですが」

 倉庫のオーナーに声をかけると、彼は申し訳なさそうな顔を向けてきた。

「あぁ、お嬢さん。すまないねぇ、それ、ついさっき売約済みになっちまって」

「え?」

 頭が真っ白になった。

 そんなはずはない。何度も電話で、今日まで取り置いてくれると約束したのに。

「約束が違いませんか」

「手違いでね。本当にすまない」

 プロジェクトの魂が指の間からすり抜けていく。

 顔面蒼白のまま、私は事務所への帰路についた。

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