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第3話

작가: 小鳥遊梓
last update 게시일: 2026-07-16 18:00:19

 防音の1LDK。私が暮らす居住空間は、そんな至って普通の部屋だ。

 以前終電を逃した同僚を一度だけ泊めたことがある。別にそこまで人を拒絶しているわけでもないし、交友関係の狭い私にも気さくに話しかけてくれる人物であったことから、そのときは二つ返事で了承した。流石に忘年会の二次会後、一時間半かけて帰宅させるのは酷だろう、と。ただその際に、一人で住むに少し広いのでは、なんて言われ、初めてここが一人暮らしには余りある空間なのだと気づいた。恐らくは物がないゆえ、そういう印象を与えたのだと思われるが。もちろん、訳あって少し広めのダイニングと居室がついている部屋を借りているのであって、別に贅沢をしたくて借りているわけではない。

 知り合いがよくこの部屋へやってくるが、部屋の大きさについて一度も言われたことがなかったため、同僚にそう言われたときは少し驚いた覚えがある。

 しかし今日ほど、部屋が少し広いことに感謝したことはないだろう。なにせこれから最低三日間、姉と似た顔の見ず知らずの少女と暮らさねばならないのだ。ただでさえずっと顔を合わせているには気まずい関係性である。あちらが後ろめたい姿勢なのもあり、普通のワンルームではお互いに気が滅入ってしまったことだろう。

 元々籠るための居室である。三日ほどならなんとかなるはずだ。

 そういえば、記憶の中の姉の部屋は結構散らかっていたことが多かった気がする。そのたびに母か私が言うのだが、本人はどこ吹く風という感じだった。

 というのも、私は物が散らかっていると気になってしまう人間だ。そのため整理整頓はしているほうだと自負しているのだが、自分以外の者が部屋に上がるとなるとどうしても気になってしまう。この部屋にやってくる人物というと母か知り合いたち、ということになるのだが、母はそんな頻繁にこちらに来るわけではないし、その他何人かは散らかっていてもあまり気にしない者のほうが多い。

 ほとんど初対面のような自分の部屋を散らかすような人物は然う然ういないとは思うのだが、親である姉がそうだったため、彼女も部屋は散らかすような人物なのだろうかと少し気になってしまった。

「差し支えないなら端のベッドを使って頂戴、私は部屋で寝るから」

 言って、居室の入り口を指し示す。

「ベッド、使ってしまっていいんですか」

「私はいつもそこの部屋で寝ているの、だから気にすることじゃないわ」

 その言葉を受けて腑に落ちたのか、分かりましたと控えめに言った。まあ本来は寝るための部屋ではないのだが、母や知り合いが来た際にも同じような貸し方をしているので問題ないだろう。

「着替えはある?」

「はい、この中に」

 ずっと制服では皺がつくだろうと思いそう聞くと、彼女はキャリーケースを一、二回程度軽く叩いてそう答える。キャリーケースを重そうにしながらベッドの近くに運ぶのを見て、そういえば制服以外は持っているのだろうかという疑問に至ったがゆえの問いだったのだが、どうやら問題ないらしい。

 数日程度なら私が貸す、というのも選択の一つか。まあもう済んだ話である。何か買い足す必要のあるなら、それは明日考えよう。今日はもう遅い。

「とりあえずシャワー浴びてきなさい、疲れたでしょう」

「えっ、でも」

 妙に気まずそうな顔をしていた。家主を差し置いてシャワーを浴びることに気が引けるのか、それとも馴れない場所だからか、困惑した表情で腕を組んだりほどいたりしている。

「私は少しする事があるから後で入るわ、だから」

 制服用のハンガーを渡しながら言う。彼女は眉間に皺を寄せて、初めは「えっと」と考えあぐねるように視線を漂わせていたが、最後には納得したようにハンガーを受け取った。部屋に置いてあるハンガーラックに制服を掛けておくよう言って、私は居室へと籠もる。着替えるためでもあるが、なにより同性同士だろうと初対面の人間にまじまじと見られながら着替えるのは気まずいだろう。

 この部屋は1LDKではあるが、この居室に限っての主は私ではない。黒い鼓を持つドラムと、シンバルなどから成る私の愛器。これだけは姉に負けまいと縋ってきた、血肉とも言えるドラムセットがこの一室の主だ。あの日から叩く意味を失ってしまったが、このドラムと防音部屋を維持するために労働していると言っても過言ではない。泊まった同僚に、この部屋は何に使っているのかと問われた際、物置になっていると答えた。そこはもったいないと返されてしまったわけだが、別にドラマーであることを言いふらす理由はない。変に話題になり、会社で注目されても困るのだ。私がドラムを叩いている理由と、切っ掛けからして。

 まあマンションという集合住宅である以上、流石に電子ドラムだが。本来ならもちろん、きちんとしたものを叩きたい。ヘッドホンなどせず、シンバルは金属製のものを。ラバーではなく皮の音がほしい。

 ただ、それは無理な話だ。

 例え防音室の中だろうと、振動はどうしようもない。集合住宅の中でドラムセットなど叩こうものなら、一発で苦情をもらってしまうだろう。強制退去なんて勧告されたら困る。この電子ドラムでさえ、設置するのにマンションオーナーの許可が必要だったのだから。

 ドラムスローンに腰掛けた瞬間に、社会の歯車とは違う別の自分に切り替わる。スティックを握り、ペダルを踏みしめることだけが、私に生きているという感覚を与えてくれる。

手首を解しながら、ハイハットを軽く叩く。

 今日もまだ生きている。

 これは呼吸だ。

 目の前の鼓をゆっくりと時計回りに叩いていく。

 今日もまたいつも通りに叩ける。

 徐々にスピードを上げながら、今度は反時計回りに叩いていく。

 握るスティックを通して、バスドラムが、タムが、シンバルが、脈動を打つ。

 私はまだここにいると。

 ウォーミングアップをある程度終えた頃には、彼女に対してうるさくして迷惑だろうなんて配慮は頭から消えていた。もうシャワーは浴び終えただろうか、洗面台に投げ捨ててあるドライヤーは使っていいと言ったほうがよかっただろうか。そんなことが頭をよぎる前に、その手は練習用にしている洋楽のリズムを刻み始めていた。

 生きるための鼓動を確認するように。これに縋ることをやめてしまったら、きっと私は息をすることを忘れてしまうだろう。

 一曲叩き終わり、すぐに二曲目を叩き始める。去年辺りに流行ったロックバンドの自己主張。明日また仕事があるなんて関係ない。でないと、私のこの何とも言えない鬱積はどこに叩きつければいいというのか。

 テンポが崩れていくのが分かる。このまま演奏すれば明日に響くかもしれないと、曲の終盤になってようやく思い始めた。

 脳内が鎮まっていく。

 そういえば、彼女はシャワールームから出たのだろうか。そんなことを考えながら、最後のタムを思い切り叩いて曲を締めた。いつの間にか私の呼吸は乱れていて、口は開き肺が大げさに上下している。あぁ、どうして呼吸というものはこうも難しい。

 途端、胸を穿たれたような違和感がある。そのとき初めて、彼女が部屋にいることに気がついた。

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