Masuk防音の1LDK。私が暮らす居住空間は、そんな至って普通の部屋だ。
以前終電を逃した同僚を一度だけ泊めたことがある。別にそこまで人を拒絶しているわけでもないし、交友関係の狭い私にも気さくに話しかけてくれる人物であったことから、そのときは二つ返事で了承した。流石に忘年会の二次会後、一時間半かけて帰宅させるのは酷だろう、と。ただその際に、一人で住むに少し広いのでは、なんて言われ、初めてここが一人暮らしには余りある空間なのだと気づいた。恐らくは物がないゆえ、そういう印象を与えたのだと思われるが。もちろん、訳あって少し広めのダイニングと居室がついている部屋を借りているのであって、別に贅沢をしたくて借りているわけではない。
知り合いがよくこの部屋へやってくるが、部屋の大きさについて一度も言われたことがなかったため、同僚にそう言われたときは少し驚いた覚えがある。
しかし今日ほど、部屋が少し広いことに感謝したことはないだろう。なにせこれから最低三日間、姉と似た顔の見ず知らずの少女と暮らさねばならないのだ。ただでさえずっと顔を合わせているには気まずい関係性である。あちらが後ろめたい姿勢なのもあり、普通のワンルームではお互いに気が滅入ってしまったことだろう。
元々籠るための居室である。三日ほどならなんとかなるはずだ。
そういえば、記憶の中の姉の部屋は結構散らかっていたことが多かった気がする。そのたびに母か私が言うのだが、本人はどこ吹く風という感じだった。
というのも、私は物が散らかっていると気になってしまう人間だ。そのため整理整頓はしているほうだと自負しているのだが、自分以外の者が部屋に上がるとなるとどうしても気になってしまう。この部屋にやってくる人物というと母か知り合いたち、ということになるのだが、母はそんな頻繁にこちらに来るわけではないし、その他何人かは散らかっていてもあまり気にしない者のほうが多い。
ほとんど初対面のような自分の部屋を散らかすような人物は然う然ういないとは思うのだが、親である姉がそうだったため、彼女も部屋は散らかすような人物なのだろうかと少し気になってしまった。
「差し支えないなら端のベッドを使って頂戴、私は部屋で寝るから」
言って、居室の入り口を指し示す。
「ベッド、使ってしまっていいんですか」
「私はいつもそこの部屋で寝ているの、だから気にすることじゃないわ」
その言葉を受けて腑に落ちたのか、分かりましたと控えめに言った。まあ本来は寝るための部屋ではないのだが、母や知り合いが来た際にも同じような貸し方をしているので問題ないだろう。
「着替えはある?」
「はい、この中に」
ずっと制服では皺がつくだろうと思いそう聞くと、彼女はキャリーケースを一、二回程度軽く叩いてそう答える。キャリーケースを重そうにしながらベッドの近くに運ぶのを見て、そういえば制服以外は持っているのだろうかという疑問に至ったがゆえの問いだったのだが、どうやら問題ないらしい。
数日程度なら私が貸す、というのも選択の一つか。まあもう済んだ話である。何か買い足す必要のあるなら、それは明日考えよう。今日はもう遅い。
「とりあえずシャワー浴びてきなさい、疲れたでしょう」
「えっ、でも」
妙に気まずそうな顔をしていた。家主を差し置いてシャワーを浴びることに気が引けるのか、それとも馴れない場所だからか、困惑した表情で腕を組んだりほどいたりしている。
「私は少しする事があるから後で入るわ、だから」
制服用のハンガーを渡しながら言う。彼女は眉間に皺を寄せて、初めは「えっと」と考えあぐねるように視線を漂わせていたが、最後には納得したようにハンガーを受け取った。部屋に置いてあるハンガーラックに制服を掛けておくよう言って、私は居室へと籠もる。着替えるためでもあるが、なにより同性同士だろうと初対面の人間にまじまじと見られながら着替えるのは気まずいだろう。
この部屋は1LDKではあるが、この居室に限っての主は私ではない。黒い鼓を持つドラムと、シンバルなどから成る私の愛器。これだけは姉に負けまいと縋ってきた、血肉とも言えるドラムセットがこの一室の主だ。あの日から叩く意味を失ってしまったが、このドラムと防音部屋を維持するために労働していると言っても過言ではない。泊まった同僚に、この部屋は何に使っているのかと問われた際、物置になっていると答えた。そこはもったいないと返されてしまったわけだが、別にドラマーであることを言いふらす理由はない。変に話題になり、会社で注目されても困るのだ。私がドラムを叩いている理由と、切っ掛けからして。
まあマンションという集合住宅である以上、流石に電子ドラムだが。本来ならもちろん、きちんとしたものを叩きたい。ヘッドホンなどせず、シンバルは金属製のものを。ラバーではなく皮の音がほしい。
ただ、それは無理な話だ。
例え防音室の中だろうと、振動はどうしようもない。集合住宅の中でドラムセットなど叩こうものなら、一発で苦情をもらってしまうだろう。強制退去なんて勧告されたら困る。この電子ドラムでさえ、設置するのにマンションオーナーの許可が必要だったのだから。
ドラムスローンに腰掛けた瞬間に、社会の歯車とは違う別の自分に切り替わる。スティックを握り、ペダルを踏みしめることだけが、私に生きているという感覚を与えてくれる。
手首を解しながら、ハイハットを軽く叩く。
今日もまだ生きている。
これは呼吸だ。
目の前の鼓をゆっくりと時計回りに叩いていく。
今日もまたいつも通りに叩ける。
徐々にスピードを上げながら、今度は反時計回りに叩いていく。
握るスティックを通して、バスドラムが、タムが、シンバルが、脈動を打つ。
私はまだここにいると。
ウォーミングアップをある程度終えた頃には、彼女に対してうるさくして迷惑だろうなんて配慮は頭から消えていた。もうシャワーは浴び終えただろうか、洗面台に投げ捨ててあるドライヤーは使っていいと言ったほうがよかっただろうか。そんなことが頭をよぎる前に、その手は練習用にしている洋楽のリズムを刻み始めていた。
生きるための鼓動を確認するように。これに縋ることをやめてしまったら、きっと私は息をすることを忘れてしまうだろう。
一曲叩き終わり、すぐに二曲目を叩き始める。去年辺りに流行ったロックバンドの自己主張。明日また仕事があるなんて関係ない。でないと、私のこの何とも言えない鬱積はどこに叩きつければいいというのか。
テンポが崩れていくのが分かる。このまま演奏すれば明日に響くかもしれないと、曲の終盤になってようやく思い始めた。
脳内が鎮まっていく。
そういえば、彼女はシャワールームから出たのだろうか。そんなことを考えながら、最後のタムを思い切り叩いて曲を締めた。いつの間にか私の呼吸は乱れていて、口は開き肺が大げさに上下している。あぁ、どうして呼吸というものはこうも難しい。
途端、胸を穿たれたような違和感がある。そのとき初めて、彼女が部屋にいることに気がついた。
暮れかかった空が、墨が滲みゆくように夕闇を去来させていく。やがて宵闇は翼を広げるように浸食していき、一切を黒へと変えていくのだろう。 久々に帰った実家はとても広く思えた。家は一軒家で大豪邸というほど大きい造りでないはずなのだが、この部屋に両親二人で住んでいるのだと考えると、私と姉が暮らしていた部屋がとても大きな穴のように感じられる。 これから会う母が燈を見てどんな反応をするかなんてわかりきっていた。きっと私と同じように姉の面影を見るのだろう。そう思いながら、がちゃりという重低音と共に玄関の扉を開けた。「ただいま」 そう言うと少ししてから母が居間から生首だけを覗かせる。「あぁ、お帰り。病院には」 行ったか。そう軽口を叩こうとしたのだろうが、その視線が私の後ろにいる燈を捉えたことで発せられることはなかった。驚きのあまり声が出ないようだ。母がそう思うほどに、燈の相貌は姉とそっくりなのだと改めて知覚する。「……夕」 ようやく出た言葉は、私が一言一句そうだろうと予想した通りの言葉で思わず笑いそうになってしまう。髪の色など問題ではない。その顔が、纏う空気そのものが私は火原夕の娘なのだと主張しているのだから。「白幡燈と言います」 燈がそう名乗っても、まだ夢から帰ることが出来ないようだった。母が空返事することから脱したのは、それから五分も後のことだ。埒が明かないので奥にいるであろう父を呼ぶと、そこからさらに十分もの時間を重ねることなり、燈が自分の事情を話し始める頃には既に薄暮時など塗り潰されてしまってからだった。 単刀直入に言えば、燈は私の家に住まうことになった。 両親は是非家に来てほしいという主張だったのだが、通う高校が私のマンションからのほうが近いということと、何より燈自身がそれを望んでいたこと。これからは隣にいてくれるんですよね、とは私への殺し文句。後々考えてみれば、燈からしてみれば告白のように感じてもおかしくない言葉だったと思う。 きっとこれからは燈と生きていくことになるのだろう。姉と同じ顔をもつ女性と。も
面倒なことを何も考えずに叩いた昨日のドラムに、初めて朝を清々しいと感じた。まるで清涼剤でも飲んだかのように胸のつかえを透かしている。だからこそ、先ほどから何度もバイブしているスマホを手に取りたくなかった。宮原さんから二日連続で朝早く電話が来る可能性は低いので、恐らく明峯さんがライブイベントの話の旨を読んだのだろう。起きたらいきなり明日の昼歌えと連絡が入っているなんて、不機嫌に決まっている。 宮原さんは電話に出なかったのだろうな、なんて思いながら私はスマホを手に取った。「沙綺」 声色が内包する、明らかな不機嫌さ。いつもなら私以外明らかにまだ眠っている時間に電話を掛けてきたことを鑑みるに、ふと目が覚めてしまってスマホを手に取った際気づいたのだろう。何より睡眠時間を優先する明峯さんがこうして早朝に電話してくるなど、まさに晴天の霹靂だ。「何故貴女がいながら勝手にライブイベントに出る事が決まっているの」「すいません」 明峯さんの喉のコンディションのことを主張しつつ、特に抵抗らしい抵抗をしなかったため素直に謝罪する。さらに言うならセットリストを作成したのはほとんど私のため、助長した可能性があることを否定出来ない。厄介なことになりそうなので私が作製したということは言わないが。「まぁいいわ、どうせ由良が勝手に何も考えずに引き受けたんでしょ」「オーナーに出てくれないかと頼まれたと言っていましたが」「オーナーに? あぁ、それは確かに無下には出来ないわね」 その意見だけは四人とも同意見だった。「喉のほうは大丈夫でしょうか」「いつも通り。いけなくはない」「そうですか」「もう何時間も寝られないわ、どうしてくれるの」 まったく、という言葉を残して電話は切られた。普段冷静な明峯さんだが、睡眠に関してだけは少ないと途端に不機嫌になるのは昔からだ。普段四時間程度の私としては昨日丸一日眠ったのだからもう充分だろうなんて思うのだが、明峯さん曰く休日であれば最低十二時間は必要らしい。そんな明峯さんだが、ライブの日やバンド練習だけは五分前には待っているのだから不思
魂まで一緒に吐き出す勢いで、静かに吐息を肺量の底を傾けて吐き出す。「あの」 燈が口を開く。 話し合いをしている間、気まずそうにベッドの上へ移動させてしまったので申し訳ないと思っていた。「悪いわね、騒がしくして」「そんな」と何か言いづらそうに目を伏せる。次の一言を言い出そうか迷っているようで、ここではあちらから口を開くのを待つのが正しい様な気がして、私は口をつぐむ。厳かに何秒か過ぎ、その間燈は瞬きすらしようとしない。「出ていきますから、ちゃんと」 力なく貼りつけられた笑みには、強がりの気持ちがこれでもかというほど含まれていた。「……居ていいのよ、別に」 後ろめたさが波状のように湧き上がってくる。 違う。 そんなことを言わせたかったわけじゃない。「でも、困ってたんですよね? 皆さんに相談するくらいに」 小鳥のようなか細さで。 発言した燈は居心地が悪そうに俯いてしまう。それは宮原さんの言葉からだろう。困っていた、宮原さんが何の悪げなく言った言葉に燈は彼女達がいた一、二時間程度の間息の詰まる思いをしていたのだろうか。いいや、悪いのは私だ。 訝しむのは仕方ないじゃないか、いきなり姪ですと言われすぐに信じられるほうが難しい。だが彼女が姉の娘なのだと受け入れた時点で、私は全てしくじっていた。 彼女は姉ではないのに。 いきなり押しかけてきて、明らかに申し訳なさそうにしているのに。彼女の境遇のほうが、目に見えて苦しいというのに。私の迷惑にならないように耐え忍んでいたというのに。 それでも私は、姉の面影を重ねて意識して遠ざけるようにしていた。「それは……」 言葉に詰まる。 間違っていないからだ。 そもそもバンドメンバーに相談なんて、ほとんどすることがなかった。呑み込んでいるつもりだったが、誤魔化せず吐露してしまったくらいに重荷になっていたのだ。
時間の存在を忘れてしまうくらいドラムを叩いていると、起動していたメトロノームのアプリが一瞬止まり、何度かバイブした。この部屋にいると時間がどれほど経過したか分からなくなることが多い。私がドラムで呼吸することも類似して、水中を走ることで呼吸をする回遊魚みたいだなんて自嘲する。 通知の元は宮原さんからのメッセージアプリだった。曰く、もう家に着く頃だという。きっと明峯さんはいないのだろうな、なんて思いながら洋室を出る。燈は部屋にいなかった。先ほどの反応から見れば当然だろう。ダイニングは朝食を食べたときと比べて変わりなく、唯一違うとすればレモンのような香りが漂っている。 ゆっくりと呼び出し用のベルが鳴った。宮原さんと深谷さんがやってきたのだろう、草のような息をひとつ吐いたあと、低い音を伴ってドアノブをゆっくりと回す。「いらっしゃい、宮原さんに深谷さん」 扉を開けると、幾人かのシルエットが視界に入り込む。長い茶髪を束ねた宮原さんを先頭に、風船のように膨らんだビニール袋を両手に持った深谷さんの姿がそこにはあった。しかし、やはり明峯さんの姿はない。「よっ。悪いな、急に」「本当に」 ちくりと刺したつもりの言葉は、しかし「はは」という適当な笑いで流される。「それと……」 そう言って視線を後ろへ向けると、私を鳥のように覗き込む燈が現れる。どうしてここに燈の姿があるのだろう。もしかすると外出したところを彼女達に捕まって、ここまで連れて来られたのだろうか。たしかに二人は私の実家にあるアルバムを見たことがあるため、姉の容姿を知っている。そのため可能性としてはあり得ることだ。「コンビニに寄るところで会ってさ、思わず捕まえた」「思わず、じゃないです」 アルバムで一度見た面影だけで声を掛けて連れてくる宮原さんもそうだが、そんな妙な声掛けに着いていく彼女も彼女だ。私の名前を出されて警戒心が緩くなったのだろうが、もう少し危機感を持ったほうがいいと思う。「いやぁ、コンビニでこんなに散財したの初めてだわ」「はぁ、とりあえず中へどうぞ」
スマホに宮原さんの名が映し出されたとき、時計はまだ七時にもなっていなかった。休日のこんな朝早くに電話してくる知り合いなど勤め先の者か宮原さんくらいなので、何事かと身構えてしまう。宮原さんが電話をしてくる時間は朝か深夜で、明峯さんと深谷さんは大体寝ているため私に掛かってくる場合が多い。特に明峯さんは仕事と音楽に関わる時間帯以外はほとんど電話に出ないため、少なくとも私から電話を掛けた記憶がない。 二回ほどバイブしたところで、充電ケーブルに差してあったスマホを手に取って電話に出る。「おはようございます」 耳にスマホを押し当てると、機械の中で少し音を変えてはいるが木の葉の戦ぐ音が潮騒のように聞こえた。恐らく樹の下にいるのだろう。宮原さんは朝にランニングをしていると聞いた覚えがあるので、そのコースの道中だろうか。「おはよう、やっぱり沙綺しか電話出ないな」 その口ぶりからすると、既に二人には電話をした後のようだ。社会人の休日なんてそんなものだろう、土日は一日中の大半眠っている明峰さんは例外として。好き好んで六時前から起きている物好きなど、私を除くと知り合いでは宮原さんくらいだ。「どうかしたんですか?」 ただ話したいからという理由で電話をしてくる相手でもないので、単刀直入に聞く。「いや実はさ。いつもお世話になってるライブハウスのオーナーが、イベントに出てくれないかって」「いつですか」「明日」 唐突過ぎて迷路にでも吸い込まれた気分だった。「それこそ二人に連絡を取らないと。深谷さんはともかく、明峯さんは今日中に連絡が取れるかどうか」 それに明日は私自身予定があるため、時間によっては断らなければならない。通常ライブハウスのイベントは夜に行われることが多いが、明日は日曜日なので昼に開催される場合もある。母は夕方頃に来ると言っていたため、即座に断るにはまだ早い。「真央にはぶっつけ本番で歌ってもらうしかない」「いえそれは……」 難しいだろう。通常はライブに向けて喉の調子を整えてくものだが、今回に限っては前日、もしすると明峯さんであれば当日にそれを知ることになるかもしれない。 だが確かに今回の依頼者であるライブハウスのオーナーには、私が高校生の時代から贔屓にしてもらっているため、無下には出来ないことも確かである。「とにかく昼頃、有香を連れて沙綺の家に行
スマホに宮原さんの名が映し出されたとき、時計はまだ七時にもなっていなかった。休日のこんな朝早くに電話してくる知り合いなど勤め先の者か宮原さんくらいなので、何事かと身構えてしまう。宮原さんが電話をしてくる時間は朝か深夜で、明峯さんと深谷さんは大体寝ているため私に掛かってくる場合が多い。特に明峯さんは仕事と音楽に関わる時間帯以外はほとんど電話に出ないため、少なくとも私から電話を掛けた記憶がない。 二回ほどバイブしたところで、充電ケーブルに差してあったスマホを手に取って電話に出る。「おはようございます」 耳にスマホを押し当てると、機械の中で少し音を変えてはいるが木の葉の戦ぐ音が潮騒のように聞こえた。恐らく樹の下にいるのだろう。宮原さんは朝にランニングをしていると聞いた覚えがあるので、そのコースの道中だろうか。「おはよう、やっぱり沙綺しか電話出ないな」 その口ぶりからすると、既に二人には電話をした後のようだ。社会人の休日なんてそんなものだろう、土日は一日中の大半眠っている明峰さんは例外として。好き好んで六時前から起きている物好きなど、私を除くと知り合いでは宮原さんくらいだ。「どうかしたんですか?」 ただ話したいからという理由で電話をしてくる相手でもないので、単刀直入に聞く。「いや実はさ。いつもお世話になってるライブハウスのオーナーが、イベントに出てくれないかって」「いつですか」「明日」 唐突過ぎて迷路にでも吸い込まれた気分だった。「それこそ二人に連絡を取らないと。深谷さんはともかく、明峯さんは今日中に連絡が取れるかどうか」 それに明日は私自身予定があるため、時間によっては断らなければならない。通常ライブハウスのイベントは夜に行われることが多いが、明日は日曜日なので昼に開催される場合もある。母は夕方頃に来ると言っていたため、即座に断るにはまだ早い。「真央にはぶっつけ本番で歌ってもらうしかない」「いえそれは……」 難しいだろう。通常はライブに向けて喉の調子を整えてくものだが、今回に限っては