「やりましたなユートルディス殿! このライトニングビーストの首は、馬車の上に張り付けにしましょう。一気に士気が上がりますぞ!」
「よ、よきゃっちゃにぇ……」
※よ、よかったね……悪趣味がすぎる。
その馬車に乗る俺の気持ちを考えて欲しい。ランデルは、誇らしげな表情で巨大な人面獅子の頭を馬車の屋根に縛りつけていく。
鼻歌混じりに作業をしているランデルからは、狂気しか感じられない。 幾重にも縄で頑強に締め付けられたライトニングビーストの生首は、面白可笑しくデコボコに変形していた。まるで、お笑い芸人が輪ゴムや透明なテープで顔面をぐるぐる巻きにして、変顔を作っているかのようだ。 あんなに誇り高そうな態度をしていた四天王を思うと、少し可哀想になった。 もし俺がこの世界で死ぬのなら、こいつにイタズラされないように跡形も無く消え去りたい。コメ:うわぁ……。
コメ:俺達は何を見せられているんだ。コメ:馬車が血で染まっていく。コメ:サイコパスかな?wコメ:気持ち悪くなってきた。馬車は、簡単な作りの木製の車体にアーチ状に加工した金属が取り付けられ、そこに幌を括り付けている安っぽい見た目をしている。
お世辞にも頑丈とは言えない手作り感満載の馬車なので、巨大なライトニングビーストの生首の重さで幌がヘコんでしまった。 二頭身にデブォルメされて、随分と可愛らしくなったものだ。「しかし、凄まじかったですな。四天王が放ったカオスライトニング・ゼラとユートルディス殿の『オーディンマストダイ』でしたか? 技のぶつかり合いは鳥肌ものでしたぞ!」このジジイの言っている事が何一つ理解できないんだが。
オーディンマストダイって何? 一般人の俺に技もなにもないんだが。「いや、おうてぃにきゃえりちゃいっちぇいっちゃんだけぢょにぇ」
※いや、お家に帰りたいって言ったんだけどね「これは失礼、『オーディニ
そういえば、先日のミノタウロスは最高に美味しかった。 肉は筋繊維が太くて硬すぎる為、噛み切れないので食べないらしいが、内臓系はどの部位も絶品らしい。 俺は、ミノタウロスのミノというダジャレのような部位を頂いた。 塩を振るだけのシンプルな味付けであったが、歯応え、旨み、脂身、全てにおいて究極のミノと言えた。 怪我をした騎士には、優先的にレバーが与えられていた。 彼らがレバーを噛み締めるたびに、恍惚とした表情を浮かべていたのは忘れられない。 ちなみに、一番美味いのは大腸らしいのだが、切り開いて川で洗ったりと下処理が大変なので、食べるまでに時間がかかってしまう。 早く食べられる部位は、身分が上の物に優先的に提供されるという仕組みらしい。 その理論でいくと、一般男性の俺が大腸を食べられるはずなのだが、勇者として祭り上げられているピエロなので、俺の願いが叶うことは無いだろう。 小さく切り分けられたミノタウロスの大腸が網の上に乗ると、焚き火でその上質な油が溶け出し、なんとも香ばしい良い香りのする煙が立ち昇っていた。 こんがり焼けた大腸を口に含み、飛び上がって体でその美味しさを表現する奴らを見て、次があれば俺もあれを食べさせてもらおうと決意した。 ワイバーンも美味かったしな。 次は目玉以外を食べさせてもらいたいが。「ユートルディス殿、今回圧倒的な力を見せて頂き、騎士達の士気は最高潮に達しております。是非、次のオウッティ山脈では残虐の王ネフィスアルバの討伐を我々にお任せ下され!」 これは願ってもない申し出だ。 アホランデルから初めてまともな提案が出てきた気がする。 しかしだ、ここは最新の注意を払って返答しなければならない。 俺の滑舌とエスパー翻訳ジジイの相互作用で、どんな曲解をされるか分かったもんじゃないからな。 ここでお願いしますと言うと俺が行かされるので、ここは短く分かりやすい返事をするとしよう。 お願いしますと言うと俺が行かされるっておかしいけどな。「うん!」※うん! 流石に伝わっただろう。
「勇者殿、こちらが本日の昼食になります!」 いつもの麦がゆと……何だこれは? 握りこぶし大で、そら豆に似た形状の茶黒い物体が串に刺さっている。 気のせいじゃなければいいのだが、こんがり焼けたその物体からは、嫌な臭いのする湯気と微弱な黒くて禍々しいオーラが立ち昇っている。コメ:キモwww コメ:またゲテモノじゃねえか! コメ:さすがに不味そう。 コメ:なんか黒いオーラ出てない?w「きぇみょにょしゅうをぎょうしゅきゅしちゃようにゃきょうりぇちゅにゃあきゅしゅうをはにゃちゅきょりぇはにゃにきゃにゃ?」 ※獣臭を凝縮したような強烈な悪臭を放つこれは何かな?「はっ、こちらはライトニングビーストの睾丸を串焼きにしたものです! 先の四天王との激戦で、勇者殿が疲弊されているかもしれないとランデル殿に相談しまして、精のつきそうな部位をお持ちしました!」 ちょっとこいつが何を言っているのか理解できない。 俺は今、本当に正しい解答を聞けたのだろうか。「えっちょ、ききみゃちぎゃいじゃにゃいちょいいんぢゃきぇりょ。きょりぇはにゃにきゃにゃ?」 ※えっと、聞き間違いじゃないといいんだけど。これは何かな?「はっ、こちらはライトニングビーストのキンタマを串焼きにしたものです! 戦の疲れに一番効くのは獣のキンタマですので、多少臭いますが、食べやすい調理法を選んだつもりです!」勇太:イカれてんのかこいつらは! 睾丸が何か分からなかったから聞き直したんじゃないんだよ! 可愛く言い直されても困るんだが! コメ:別に可愛くないけどなw コメ:四天王なんて食えるのか? 勇太:多少ってレベルじゃないくらい臭いですよこれ。 コメ:見てるだけで吐き気するw コメ:腹壊しそう。「えっちょ……りゃんぢぇりゅ? きょりぇっちぇしゃっきにょしちぇんにょうぢゃよにぇ? いみゃみゃぢぇぢゃりぇきゃちゃびぇちゃきょちょありゅにょ?」 ※えっと……ランデル? これってさっきの四天王だよね? 今まで誰か食べたことあるの?「はっ
食事中に俺の話を聞きたいと言われて連れてこられたはずなのだが、俺はほとんど喋らなかった。 ランデルが泣きながら口をゆすいでいたせいで、進行を取れる人間が居なくなってしまったからだ。 俺を前にした兵士達は、自分の考える勇者ユートルディスはこうだみたいな話題で盛り上がっていた。 ユートルディス談義が白熱し、何故か取っ組み合いの喧嘩にまで発展し、俺の目の前に地獄絵図が広がった。 怒号と悲鳴が響き渡り、呆然と立ち尽くしていた俺は、最終的に俺の為に争うんじゃないという美少女みたいなセリフを言わされる羽目になった。 さて、四天王の首が張り付けられた悪趣味な馬車に、俺とランデルが二人で乗っている訳だが。 小休止という名の地獄が終わり、四天王ネフィスアルバが潜むオウッティ山脈へと向かっている。 緩やかな下り坂なので、馬車の速度が上がり、デコボコした路面が俺のお尻を終わらせにきている。 衝撃を和らげるクッションのような何かが欲しいと思い、座席とお尻の間に手を入れてみたところ、鎧の重さで手の骨がゴリゴリと音を立てて砕けそうになった。 それだけでもきついのに、もう一つの問題が生じている。 馬車の幌に、狂乱の一角獣ライトニングビーストの体液と血液が染み込み始めている。 そのせいで、凝縮された凄まじい獣臭と血生臭い不快な香りが馬車の中に充満している。 馬車の揺れと不快な臭いでいつ吐いてもおかしくない。「にゃありゃんぢぇりゅ、びゃしゃにょうえにょやちゅぎゃきゅしゃきゅちぇひゃきしょうぢゃきゃりゃ、しょりょしょりょありぇしゅちぇにゃい?」 ※なあランデル、馬車の上のやつが臭くて吐きそうだから、そろそろあれ捨てない?「お気づきでしたか。ユートルディス殿がおっしゃる通り、そろそろ物資の残りが怪しくなってきておりますので、途中街に寄り補給したいと考えております!」勇太:あの、今のって会話になってました? 各々が自分の意見を述べただけでしたよね? コメ:平常運転だね! コメ:いつもの聞き違いではなかった。 勇太:もしかして、俺がキンタマを食わせたことを怒ってるんで
どの世界でもエロ談義は男同士の絆を深めてくれるんだな。 言葉では言い表せない不思議な感覚で、自分という存在が受け入れられたような気持ちになる。 何気ない友人との会話の中で、好きな異性のタイプとか、実はこんな性癖があるとか、秘密を打ち明けた時に、分かるわーと共感し共感される謎の一体感だ。コメ:うわ、最低ですね。登録解除します!コメ:勇太くん好きだったのに幻滅しました。コメ:エロ求めてねえんだわ。じゃあな!コメ:はあ、こういう勘違いキャスターいるんだよな。視聴者が何を求めてるのかを理解してくれよ。コメ:そういう流れになるならエロ専のチャンネルにしな。俺は勇者ユートルディスの冒険が見たかったのに。 打ち解けたと感じた俺とランデルは、好みの女性のタイプやら何フェチかなど、そっち方面の話題で盛り上がった。 途中、コメントが荒れて視聴者が激減しているのに気付いたが、おかまいなしに話を続けた。 今だけは配信なんてどうでもよく、ただただ楽しいひと時を過ごす方が有益だと判断したからだ。 全然要らない情報だが、ランデルは腰のクビレに興奮するらしい。 目つきの悪い気の強そうな女性がタイプで、それを上から屈服させるのが堪らないと言いながら気持ち悪い顔をしていた。 どうやらランデルは、エスの者だったようだ。 これも全然要らない情報だが、俺はお尻フェチだ。 ケツはデカければデカいほどいい。 学生の時は、後ろから見るジャージ姿がたまらなかった。 獣人と呼ばれる動物の特徴や特性を体に宿した人間がいるらしく、その中でも猫人族が凄いらしい。 容姿は人間とほぼ変わらないが、柔軟性のあるしなやかな体が、男たちのあらゆる欲望を受け入れてくれるのだとか。 また、猫獣人の特徴として、舌のつくりが違うらしい。 ブラシのように突起状になっており、ザラついているのだが、それが大量の唾液を纏った時に、恐ろしい兵器に変わるという。 細かく小さな突起群にぬるりと撫でられた時、男たちは自然と喜びの声を上げてしまうのだとか。 そういった理由
三日経ち、視聴者が七人になってしまった。 特に何も起こらなかったというのもあるが、ランデルとの会話のほとんどが下ネタだったというのが大きいみたいだ。 視聴者が期待していたのは、従来のキャスターと異なる新しいスタイルの英雄であり、鼻の下を伸ばした欲望丸出しの成人男性ではなかった。 異世界で勇者ユートルディスになってしまった一般人が、何度も死戦をくぐり抜ける奇跡の冒険に胸を熱くしていたのだ。 俺の人間性やユーモアだったり、ランデルの男らしさや強さに魅力を感じてくれていた方々も居たのだが、何日も同じような下品な話しを続けていれば、見る気も無くすのは当然だ。 コメントがお叱りや非難する声で溢れていたのは気づいていた。 しかし、ランデルと仲良くなって初めてまともに会話が出来たこと、男としての本能で自制が効かなかったことで、視聴者を蔑ろにしてしまったのだ。 いくら後悔や謝罪をしたところで視聴者は戻って来てはくれないだろう。 その人達はもう俺の配信を見ていないのだから。 今更リセットをして新しい冒険を始めたところで、俺という人間の印象が固定されてしまった以上、何をしようが覆されることは無いだろう。 今回の反省を次に活かそうとしても、一度離れてしまった人の心が戻ってくるような甘い仕事ではない。 俺のキャスターとしての人生は終わったに等しい。 後は、自分の好きなようにラドリックという異世界での冒険を楽しむだけだ。 その内に、自分という人間性を含めてやっぱり俺の配信が見たいという視聴者が戻って来てくれるのを願うしかない。 というわけで、仲良くなったランデルと暇つぶしに推理ゲームをすることにした。 お題に対して解答者は質問をしていき、出題者はそれについて「はい」か「いいえ」で答える。 これを繰り返すことで、お題が含む謎を解き明かし、答えを導き出すという遊びだ。 例えば、『中身の見えない箱の中に、金貨が一枚、銀貨が三枚、銅貨が五枚入っており、この中から一枚がランダムに貰える。男は、自分が確実に金貨を貰えると分かった。何故か?』という問題があった
「おんにゃは、しゃいきんにゃきゃよきゅにゃっちゃゆうじんきゃりゃきいちゃ、しぇきゃいいちおいしいりょうりをぢゃしゅおみしぇにいきちゃいちょおみょっちゃぎゃ、しょにょみしぇにょびゃしょぎゃわきゃっちぇいりゅにょに、ちゃぢょりちゅきゅきょちょにゃきゅしょにょしょうぎゃいをおえちぇしみゃっちゃ。にゃじぇきゃ?」※女は、最近仲良くなった友人から聞いた、世界一美味しい料理を出すお店に行きたいと思ったが、その店の場所が分かっているのに、辿り着くことなくその生涯を終えてしまった。何故か?勇太:みなさんも一緒に考えてみて下さいね。「なるほど。その店は、友人から聞いたすぐ後に無くなってしまったのでは?」「いいえ」※いいえ「その友人なのですが、最近知り合ったという部分が重要ですかな?」「ひゃい」※はい ほうほう、このジジイ初っ端からなかなかいい質問をしてくるじゃないか。 俺との会話が成り立たないだけで、騎士を率いているし、本当に頭が良いのかもしれない。「その問題に出てくる女というのは、その女じゃないと成り立ちませんか? 例えば、男でもよいのでしょうか?」「ひゃい」※はい「ほう、では何か辿り着けなかった理由があるのですな?」「ひゃい」※はい「ふむ……」 こういう時だけ会話が成り立っているという事実に腹が立つんだが。 しかし、質問自体は的確だし、このゲームが初めてとは思えないくらい、いい線をいっている。勇太:みなさんも気になった事があれば質問してみて下さい!「その店が辿り着けない場所にあったのでは?」「いいえ」※いいえ「その店は、誰でも気軽に食べに行けるような店なのですか?」「ひゃい」※はい「むむむ……」 困ってる困ってる。 ただでさえ厳つい顔のランデルが眉間にシワを寄せて悩んでいるせいで、鬼のような形相に変化し
「全隊止まれ! これより物資の補給に入る! 補給部隊は、物資調達後自由行動! それ以外は、部隊毎に交代で馬車の見張りをするように! くれぐれもライトニングビーストの首を盗まれないように気をつけろ! 解散!」 隊列を指揮する騎士の号令で目が覚めた。 どうやらジークウッドの街に到着したようだ。 生首を大事にする考え方は理解出来ないが、そんな事はどうでもよくなっている。 いつもはお尻の痛さと精神的苦痛で、不快な気持ちになりながら馬車を降りていたが、今日は違う。 ランデル大先生の助言を聞いたり、自分の中でのイメージトレーニングに忙しく、道中が楽しく充実していたのは初めてだった。 ここ数日は、常に視聴者が五人前後いるのだが、俺がコメントをしても返事をしてくれない。 今までが上手くいきすぎていただけなのだと思いたいが、とても寂しかった。 今日は全てを忘れて楽しみたいと思う。 一人旅だと思えば気が楽だ。 こんなに胸が高まっているのはいつ以来だろうか。 小学生の時、友達が秘密基地にエロ本を持ってきた時だろうか。 中学生の時、修学旅行で、先生の見回りを掻い潜り、女子の部屋でトランプをやった時だろうか。「明日の朝出発しますので、ユートルディス殿はワシと一緒に行動しますか?」「うん!」※うん! この世界に来てから、一番の笑顔で、一番元気に返事をしたかもしれない。 鎧を脱がせてもらえたのも嬉しかった。 絡まれたりしたら嫌だし街にも詳しくないので、ここはランデル先輩と一緒に行動した方がいいだろう。 ランデルが、金貨を一枚手渡してくれた。「この金貨が一枚あれば、二ヶ月は余裕を持って生活出来ます。平民の年収が金貨九枚前後といったところでしょうか。ユートルディス殿の体力が続く限り楽しんで下さい!」「にゃりゅひょぢょ、ありぎゃちょう!」※なるほど、ありがとう! こんな小さなコイン一枚が結構な大金みたいだ。 無くさないように気をつけないと。「では、行きましょ
「いやー、美味かったですなユートルディス殿。特に、タラバスパイディーはワシの大好物なんです!」「りゃんぢぇりゅにはきゃんしゃしにゃいちょいきぇにゃいにゃ。よきゅわきゃりゃにゃいちゃべみゅにょびゃきゃりぢゃっちゃきぇりょ、じぇんびゅめちゃきゅちゃうみゃきゃっちゃ!」※ランデルには感謝しないといけないな。よく分からない食べ物ばかりだったけど、全部めちゃくちゃ美味かった! 俺とランデルは、三杯目のエールを飲みながら料理の余韻に浸っていた。 少し酔っ払ってしまったが、とても楽しい気分だ。「さて、そろそろ目的の場所に向かいますが、人間の店にします? ……それとも?」「じゅうじんっしょ?」※獣人っしょ?「「だははははははははは!」」 ランデルも酔っ払っているのか、笑い上戸になっている。 馬車の中で、獣人の凄さをこれでもかという程聞かされていたので、ここは獣人の店以外ありえない。 この世界でしかできない事を、俺はやるのだ。「それじゃあそろそろ?」「いっちゃいみゃしゅきゃ?」※行っちゃいますか?「「わはははははははははは!」」 何が面白いのか分からないが笑いが止まらない。 お酒を飲んで楽しくなっているのと、これから起こるであろうハッピーな出来事への期待で最高に楽しい。 会計を済ませて酒場を後にすれば、いよいよお待ちかねのご褒美タイムだ。 初めてだと緊張して下半身が敵前逃亡してしまうと聞いたことがある。 酒が入ると弱虫になってしまうと聞いた事もある。 しかし、今の俺は緊張よりもワクワク感で一杯で、なんなら既にいつでも出撃できる状態になっている。 会計の時に、牛獣人の胸を食い入るように見続けて気持ちを昂らせたからな。「さあユートルディス殿、本日のメインイベントといきましょう!」「おしゅしゅみぇのみしぇはありゅにょ?」※オススメの店はあるの?「ユートルディス殿、このランデル、不詳の身ではありま
「よし、逃げるぞ!」 王様の口から、王とは思えないセリフが聞こえた。 闇皇帝を倒した後の事は、何も考えていなかったようだ。 ランデルが部屋を飛び出し、王様が後に続く。 俺は体が重くて走れないので、異変に気付いた黒い騎士に見つかったら捕まってしまうだろう。 この心配が杞憂に終わるといいのだが。 ゆっくりと歩いているが、今のところ人の気配は無いようだ。「どういうことだ!」「こ、これは!」 玉座の間から叫び声が聞こえた。 王とランデルが眷属に囲まれているのかもしれない。 ようやく追いついた俺は、二人を囮にして逃げる事を考え、壁に隠れながら様子を伺う。 部屋の中央で周りを見渡す王様と、訝しげな表情で黒い鎧を抱えるランデルの姿が見えた。 先程まで壁沿いに立っていた眷属達の姿が見えない。 その場所には、黒い鎧が散らばっている。 闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオが死んだ事で、その眷属も一緒に消滅したのかもしれない。 城の外に出てみると、空は青く澄み渡っていた。 光を遮っていた闇のカーテンは消滅しており、陽光が街を照らしている。 ドラキュリオ帝国が滅びた事を表していた。「王よ、どうせなら闇皇帝のコレクションを持ち帰りませんか?」「それもそうだな! ランデルよ、天馬車に詰め込むのだ!」 不穏な会話が聞こえた。 立場のある二人が空き巣のような真似をする筈がないと耳を疑ったが、ジャックス王国最強騎士とその王様は、剣を抱えてエッサホイサと往復を始めた。「おいランデル! 金貨もあるぞ!」「やりましたな!」 暗殺のような形だったが、戦争に勝ったと考えれば勝者の権利を享受しているにすぎないのだろう。 だが、ホクホク顔で走り回る二人を見ると、犯罪の片棒を担がされたような気持ちになる。 空き巣というより、これは強盗殺人かもしれない。 天馬車に限界まで剣を詰め込んだ重鎮二人が、やり遂げた顔で額の汗を拭いている。
戦闘が終わると、兵士達が街道に散らばる緑の死体を一箇所に集め始めた。 ゴブリンの死体は食べる訳にもいかず、放置しては腐敗による悪臭や他のモンスターを呼び寄せる原因にもなる為燃やすしかないらしい。 魔法使いが火を放つと、肉の焼ける嫌な臭いが広がった。 立ち昇る黒い煙がどこか怨念を含んでいるようで、背筋に寒気を覚えた俺は、その光景を見続ける事が出来なかった。「わっ……私は、パパの顔って可愛い? ……と思いますけどねっ!」 アルが気を遣って俺を励ましてくれたが、あんまり頭に入ってこなかった。 コメ:おい! 何か言うことがあるんじゃないか? コメ:ふぅ。 コメ:勇太、見えてるんだろ? コメ:リーダーどこー? コメ:ふぅ。 コメ:緑色の勇太が居たなー? んー? 勇太:オレ ゴブリン オマエラ スマン コメ:馬鹿馬鹿しくてワロタwww コメ:しょうもなw コメ:俺は結構好きwww 俺の心に大きな傷を残した悲惨な事件があった気がするが、何事もなかったかのように行軍が再開された。 馬車が森を抜けると、小高い丘の上に聳え立つ巨大な城と、その麓に栄える街並みが見えた。 これからは城下町に行く機会が増えるだろうし、タイキンさんのように商品紹介なんかをやってみるのもいいかもしれない。 城での生活は長くなりそうだが、視聴者が楽しめるような企画を考えていくつもりだ。 『王様にドッキリをしかけてみた』なんてどうだろうか? 不敬すぎて首を刎ねられるかもしれないな。 さっきのゴブリンリーダーのように。 馬車は跳ね橋を渡り、巨大な城門を潜り抜ける。 そのまま街中を通り、緩やかな坂道を登っていく。 石畳の広場で馬車が停止した。「これより王に面会する! 部隊は解散せよ!」 兵士達が俺に一礼しながら去って行く。 中には俺に握手を求める者までいた。 いよいよ、新しい生活の始まりを感じる。
中に入ると広場になっており、赤い絨毯が敷き詰めてられていた。 もしかすると、この世界の城は全てこのスタイルなのかもしれない。 壁沿いに黒い騎士が立っており、壁には光を取り入れる為の窓が無い。 入り口と反対側に一段高くなった場所があり、骸骨が集められたかのような意匠を施された禍々しい石の玉座が配置されていた。「ジャックス王ヨ、久しいナ! また少し老けたのではないカ? 死が恐ろしければいつでも眷属にしてやるのだゾ?」 広場全体に響き渡る声。 石の玉座に無数の蝙蝠が集まると、蠢く黒い塊は人になった。「だーっはっはっはっは! 冗談を言うな! ドラキュリオ皇帝、急な頼みで申し訳なかった! 寛大な配慮に感謝する!」 ジャックス王は、その光景がさも当然かのように会話を始めた。 親交が深いのか、仲が良さそうに見える。 とても今から殺し合いを始める雰囲気とは思えない。 闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオは、誰もが見惚れる完璧な容姿をしていた。 緩やかに波打つプラチナブロンドの長髪、吸い込まれるようなシャンパンゴールドの瞳、白磁のような肌、そして非の打ち所がない造形美。 紫色の燕尾服が、スラリとした長身を際立たせている。 欠点があるとしたら、ねっとりとした話し方がナルシストっぽくて気持ち悪いところだろうか。コメ:はぁ……闇皇帝様……しゅきぃコメ:なんというイケメン!コメ:勇太がゴミに見えるなwwwコメ:ゴブリンとヴァンパイアを比べてやるなってw勇太:見た目はそうですけど、あの喋り方キモくないですか?コメ:おまいうコメ:だから張り合うなってwwwコメ:蟻が象に挑むようなもんだぞw「早速本題に入りたいのだが、内容が内容なのでな。落ち着いて話せる場所に案内して貰いたいのだが?」「いいだろウ! 私のコレクションでも見ながら話さないカ? たまには自慢させておくレ!」 王が言う本題とは何なのだろうか。
強い風を感じて目が覚めた。 いつの間にか椅子の上で横になっていたようで、目の前にはランデルと王様が座っていた。 前後左右に揺れている感覚があるが、箱馬車の中にでも居るのだろうか。 白い車内に赤い椅子とメルヘンチックだ。 どうやら、気絶している間に連れ出されてしまったらしい。 ふと視聴者数を見ると、四千人に減っていた。 最近は、何もなくても二万人前後が見てくれていたのだが、アルとナタリアが周りに居ないとここまで少なくなってしまうみたいだ。 一時期、一桁台にまで落ちてコメントが無くなってしまった事を考えれば、俺だけの配信でもこれだけ集まってくれるのは素直に嬉しいのではあるが。コメ:お、起きたか?コメ:大変な事になってるぞ!コメ:外見ろ外!コメ:勇太くん、リセットせなきついで?コメ:今回はさすがに死んじゃうかも。コメ:早く外見ろ! なんだかコメントが騒がしい。 目の前のランデルも王様も和やかに会話をしているというのに、何故リセットする必要があるのだろうか。 寝転がりながら窓を見ると、今日の天気は快晴のようだ。 こういう日は、俺の心も晴々とした気持ちになる。 少し肌寒いが、青々とした空がとても綺麗だ。 さぞ景色も輝いて見えることだろう。 起き上がって窓の外を見てみると、俺は空に居た。「にゃんぢゃきょりゃあああああああ!」※何だこりゃあああああああ! 木も、街も、山すらも小さく見える。 切り立った岩山、青々とした平原、森の中に佇む奇岩、上空から見る世界は壮大で、言葉に出来ないほど美しい。 時折雲を突き抜け、景色が流れるように変わっていく。 なかなかスピードが出ているようだ。 ……どうしてこんな事になっているのだろうか。「ユートルディス殿、お目覚めですかな?」「勇者よ、まもなくだぞ。気を引き締めよ!」コメ:だから言ったじゃん!wコメ:睡眠時三
「ハゲちゃん、お城に着いたらベッドで寝れるかな? あたし、またフワフワしたい!」「城のベッドは、もーっと柔らかいじゃろうな。しばらくは毎日気持ちよく眠れるのうナタリア」「本当? あたし楽しみ!」 ジークウッドの街でベッドを経験してから、ずっとこんな感じだ。 初めてベッドに横になったナタリアは、寝そべりながら空に浮いているみたいと感動していた。 俺達は今、森の中を走っているのだが、ここを抜けたら城が見えてくる。 闇皇帝ドラキュリオを倒すには色々としがらみがあり、準備期間中は城で過ごすことになるというランデルの話を聞いたナタリアが期待に胸を膨らませているのだ。 このまま順調に進めば、昼過ぎには城に到着するだろう。 俺としては、ベッドよりも国お抱えのシェフが作るご飯の方が気になっている。コメ:当たり前の幸せすら与えてやれない勇太を許してあげてねナタリアちゃん……。コメ:こっから一年近く城で暮らすんだっけ?コメ:近くにダンジョンとか無いのか? 同じ場所で同じ日常を見続けるのはきついぞ?コメ:いやいや、勇太が戦えるわけ無いだろwコメ:ゴブリンてスライムより弱いんだっけ?コメ:ワロタwww コメントの言う通り、俺も長期間冒険が出来ない事を危惧している。 変わり映えの無い毎日という、俺が捨てたものを見せてしまう事になる。 この世界に来る前とは違い、今の俺にはアルとナタリアという家族がいる。 つまらない日常とはならないだろうが、それは俺にとってであり、視聴者からすると退屈かもしれない。 俺が選んだラドリックという世界にも、タイキンさんが活躍しているようなダンジョンは存在している。 元々、タイキンさんのような配信をしたくてこの世界を選んでいるからだ。 城の近くにダンジョンがあるかは分からないが、俺に倒せるのはスライムくらいだろう。 いや、スライムすら倒せないかもしれない。 ゲームのようにレベルという概念があればいいのだが、それが無い以上は難し
宿の近くで飯屋を探していると、一際賑やかな客引きが居た。「楽しい食事を体験してみない? 旅の思い出になること間違いなし! 今だけオープン記念でお得に食べれるよ!」「ダディ、楽しい食事だって! あたしあそこの店がいいかも!」「ちゃしきゃにきににゃりゅにぇ!」※確かに気になるね! まだ空席があったようで、すぐに案内してくれた。 オープンしてまだ三日しか経っていないらしい。 コース料理の店なので、酒場でワイワイやりたい客層が多いジークウッドの街ではイマイチ客の入りが良くないのだとか。 店内は、テーブル席が六つの暖かい雰囲気で、厨房に居るやけに体つきがいい角刈りの男がミスマッチだった。「メヂールのカルパッチョだ。緑の皿から食え」 角刈りが料理を運んでくれた。 マグロに似た薄切りの魚が花の形に盛り付けられ、サラダが添えられている。 ドレッシングで半円状に模様が描かれていて、見た目でも楽しませてくれるようだ。 とても目の前で腕を組んでいるゴリラのような男が作ったとは思えない。 何故この男は料理を運んだ後も俺たちのテーブルの近くで仁王立ちしているのだろうか。 そして何故全く同じ見た目のカルパッチョが二皿ずつあるのだろうか。 |縁《ふち》が赤と緑の二種類の白い皿がある。「早く食え」 角刈りが急かしてくる。 この店が流行らないのはこいつのせいなんじゃないか?「何これ! 全然違う!」「本当ですねっ! 見た目も味付けも全く同じなのに、何故でしょうかっ?」 二つの皿を食べ比べたナタリアが驚きの声を上げている。 アルは、片方の皿から一口食べて目を瞑り、別の皿から食べて首を傾げている。「ほう、分かるかい?」 ゴリラの表情は変わっていないのだが、声のトーンが一つ上がった気がする。 よく見るとソワソワしていて、少し嬉しそうだ。コメ:勇太早く食えよ!コメ:ウホウホ言ってる奴をお前の舌で黙らせろ!
「ランデル殿に伝令、ジークウッドの街に到着しました!」「見張りは交代で、それ以外は自由行動! 今日は羽目を外して、精一杯英気を養え!」 オウッティ山脈を出発してから六日経ち、夕暮れ時にジークウッドの街に到着した。 兵士達も疲れや色々な物が溜まっているだろうということで、今日は街で一泊する。 こういう時は鎧を脱がせてもらえるし、久々に野営の硬いゴザのようなマットではなく宿屋の柔らかいベッドで眠れるのは嬉しい。 ナタリアは生まれて初めてベッドで眠ることになる。 そう考えると不憫でならない。コメ:ずっと思ってたんだけど、配信方式が視界共有だと勇太くんが寝る時に画面が真っ暗になるから、睡眠時は三人称にしてくれん?コメ:あ、俺もそれ思った!コメ:ワーキャスの自動設定で変えれるで?勇太:俺と一緒に寝て、俺と一緒に冒険して、みんなで同じ時間を過ごせると思ってたんですが。コメ:誰がお前の生活リズムに興味あんねん!wコメ:アルちゃんとかナタリアたんの寝顔見たいんじゃこっちは!コメ:これがゴブリンの思考かwwwコメ:ゴブトルディスはよ設定変えろ!コメ:ゴブトルディス草 ナタリアとランデルのディベートから、コメントが面白がってゴブリン呼ばわりしてくる。 まだこの世界のゴブリンを見た事が無いのにも関わらずだ。 結構傷ついてるんだからな!「ユートルディス殿! 前回は一緒に行動しましたが、今回はどうします? ワシはいつものアレに行きますが」「おりぇはありゅちょにゃちゃりあちょきょうぢょうしようきゃにゃ。きゃにぇぢゃきぇきゅりぇ!」※俺はアルとナタリアと行動しようかな。金だけくれ!「そうですか。ユートルディス殿も丸くなったもんですな……」 一緒に夜遊びしたのは一度きりの筈なんだけど、このジジイは俺の何を知っているのだろうか。 日本で暮らしている時も安月給だったから、楽しみといえば配信を見るぐらいしか無かったのだが。 まあ、こいつは俺をゴ
コメ:なんか緊張してきたなwコメ:議題がしょうもないけど楽しみだわ。勇太:俺がカッコいいとかダサいとか自分で言うの恥ずかしいんですけど。コメ:たしかにwwwコメ:じゃあ何でその議題にしたんだよ!wコメ:何で勇太だけ罰ゲームになってんの?w「しょきょみゃぢぇ! しぇんきょうにゃちゃりあ、いきぇんをぢょうじょ!」※そこまで! 先攻ナタリア、意見をどうぞ!「カッコいい男って、あたしは思いやりがあって頭がいい人だと思う。 今着ている服はダディが買ってくれたんだけど、あたしがママみたいに可愛い服を着たいって気付いてくれて、服屋さんに連れて行ってくれたの。 高級店で高い服だったのに、あたしが店の中で悩んでたのを見てくれてて、似合うからって三着も買っちゃって。 その時ね、あたし実は見てたんだよね。 会計の時に、ダディのお金が無くなっちゃったのを。 ダディったら、自分の服も買わなきゃいけないのを忘れて、全部あたしとママの服にお金を使っちゃってたんだから。 気付かないフリして次のお店に行ったんだけど、そこの服も可愛くって、ついダディに欲しい服を見せたら、買うって言うの。 お金も無いのにどうするんだろうと思ったら、機転を利かせてハゲちゃんに買ってもらっちゃったんだよ? あたしのダディは、優しくて、頭が良くて、世界一カッコいいんだから!」「……うん、うん。ちょっちょみゃっちぇにぇ」※……うん、うん。ちょっと待ってねコメ:え、勇太くん泣いてる?wコメ:きしょwコメ:ナタリアちゃんええ子や!【一万円】コメ:俺もこんな娘が欲しい。【二万円】コメ:この短時間でこんなに上手く話を|纏《まと》められるの凄すぎんか?【一万円】コメ:このプレゼンに勝つの無理じゃね?wコメ:いい話だけど、勇太は頭良くないよな?コメ:言っちゃダメ!www「しょりぇぢぇは、りゃんぢぇりゅきゃりゃしちゅぎを!」※それ
「伝令兵はすぐに出発しろ! 補給はジークウッドの街で一度のみ、最短で城へと戻るぞ!」 待機部隊と合流し、短い作戦会議の後すぐに出発する事になった。 もちろん俺はその作戦会議に呼ばれていない。 これから二週間近くかけて城に戻るのだが、馬車の中でランデルから作戦について教えて貰った。 足の速い馬五頭を選び、先に五人の伝令役を城に向かわせることで、ジャックス王に闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオ討伐の準備を整えて貰うらしい。 俺達が城に到着するより五日程度早く伝令兵が報告する予定だ。 ジャックス王国含む三カ国程度で同盟を組み、一気にドラキュリオ帝国を攻め滅ぼす大規模な戦争になるかもしれないとランデルが言っていた。 ジャックス王国には既に魔王軍のスパイが潜入している為、秘密裏に動く必要があり、実際に戦争が起こるまでには一年以上かかる可能性があるとも言っていた。 異変に気付いたドラキュリオ帝国側が何か手を打ってくる事もあり得るので、不測の事態に備えた緊張状態がしばらく続きそうだ。 この話を聞いていたアルは、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた。 アルが言うには、ヴァンパイアである闇皇帝は太陽の光に弱いので、夜もしくは自身が発生させた闇の中以外では全力で戦えないらしい。 昼間に闇の外から焼き殺すか、俺が聖なる勇者の力で闇を祓えば一瞬で終わると自信満々の顔で言い放っていた。 ナタリアが俺に尊敬の眼差しを向けていたので心が痛かった。 ちなみに、全力の闇皇帝にはアルでも勝てないらしい。 俺なら勝てるらしいが。 ナタリアのマルーン色の目がキラキラと輝いていたので、罪悪感で胸が苦しくなった。コメ:へぇ、勇者ユートルディスってそんなに強いんだね!コメ:俺達は|欺《あざむ》かれていた?コメ:まあ、四天王の半分はユートルディスがなんとかしちゃってるもんな。勇太:ジャンケンなら勝てるかもしれませんね。コメ:つまんなすぎて草コメ:ユーモア忘れてきた?コメ:勇太くんおもしろーい!(真顔)「ねえねえダディ!