スキル『絶望的な滑舌』を授かったみたいだ。
ヒューコンは、常に体の状態を監視していて、重大な変化が起こった時には自動で教えてくれる。 その機能によって、どんなスキルを授かったのかが分かるのだが、俺が獲得したのは滑舌が悪くなるだけの大ハズレスキルだった。勇太:『絶望的な滑舌』ってスキルを手に入れました。
コメ:ダメそうw コメ:どういうスキルなんですか? 勇太:絶望的に滑舌が悪くなるみたいです。 コメ:どうすんのそれw コメ:終わったな……。目を開けてみると、高級そうな赤い絨毯が敷き詰められた広場だった。
壁には、美しい女性や騎馬に乗った騎士が描かれた巨大なステンドガラスが何枚もはめ込まれており、そこから色鮮やかな陽光が差し込んでいた。 その下には、鈍く光る金属鎧姿の騎士らしき人々や、暗色のローブを身に纏った怪しい人達が立っていた。「何なのだ今の光は! もしや、そなたは伝説の勇者なのではないか?」
声がする方を見ると、黒髪に白髪が混じった偉丈夫が、玉座のような椅子に大股を開いて座っていた。
その男は、仕立ての良い派手な衣装を身に纏まとい、豪勢な装飾品がついた金色の王冠をかぶっている。 筋骨粒々で背が高いのだが、その割りに顔が小さい。 鼻筋が通っており、顎がしっかりした美しい顔立ちをしている。 四十代半ばに見えるその男性は、目が合ったはずなのにしばらく無言を貫く俺を見下ろしながら、心配そうな面持ちで自分のあごひげをなでていた。勇太:勇者じゃなくて勇太なんですけどねw
コメ:草生やしとる場合か! コメ:やめい!w コメ:おもろwふと視聴者数を確認すると、二十一人になっていた。
会話が出来ないのは不安だったが、いざコメントをしてみたら意外と楽しい。「何なのだ今の光は! もしや、そなたは伝説の勇者なのではないか?」
おそらく王様であろう人物が、心配そうにこちらを見ている。
俺がコメントと会話をしていたせいで、まさか自分が無視されているのではと不安になったのだろう。コメ:二回目?w
コメ:勇太さんが答えてあげないからw「ぢょうみょ、きょんにちは!」
※どうも、こんにちは!まずは挨拶と思い口を開いたのだが、自分でも何を言ってるのか分からないほどに活舌が悪い。
コメントの人たちも、ヒューコンの翻訳機能を通した文字でしか俺の言葉を理解できないのではなかろうか。 ……とんでもないことになってきたぞ。勇太:何これ?
コメ:滑舌悪すぎワロタwwww コメ:ハズレ中のハズレやないか!w「おお、やはり勇者であったか! 魔王が猛威を振るいし時、光の中から救国の勇者が現れると伝承にあるのだ! 余はジャックス王国の国王、エディウバ・ジャックス三世である!」
こっちの心情などお構いなしに、エディウバ国王が話しかけてくる。
正直なところ、さっさとリセットしたい。 しかし、自分でも活舌が悪すぎることが面白く、リスナーも楽しそうにしているので、どこでやめるかが問題だ。コメ:救国の勇太w
コメ:それやめてwww 勇太:こっちは救いようのない活舌なんですけどね コメ:馬鹿だこいつw コメ:ワロタどうやら俺がワープしてきたのは、ジャックス王国の王城の中だったみたい。
異世界で初めて会話した相手が国王って、とんでもないことになっている気がする。 魔王を倒す勇者というのは、ロールプレイングゲームのようでワクワクする設定ではあるのだが。俺のスキルがタイキンさんと同じ勇者だったなら、バズりにバズっていたに違いない。 このまま冒険を続けたいところだけれど、流石にこのスキルでは戦えないからなぁ。 アタリのスキルが出るまでこの場所でリセマラするのもありかもしれない。「ところで勇者よ、そなたの名は何と申す?」
「ゆうちゃでぃしゅ!」
※勇太です!しばらくリアルロールプレイを楽しむとするか。
王に問われ、大きな声で自己紹介する。「ほう、『ユートルディス』と申すか。実に勇者らしい勇敢そうな名前であるな!」
だが、絶望的な活舌が悪さして、俺は異世界チックな別人になってしまった。
勇太:え?
コメ:飲み物吹いたんだがwwww コメ:おい、勇者ユートルディスが爆誕したぞwww コメ:面白すぎて切り抜いたわ!w確かに今のやりとりは漫才みたいだった。
切り抜きがバズってくれるかもしれない。 でも、魔王どころかその辺の雑魚モンスターと戦っても死にそうな気がするし、ここはやっぱりリセットしかないと思う。 魔王を倒す勇者……みたいな設定の異世界にワープしてきたからには、配信向きのスキルではないよな。勇太:このスキルは流石にキツイんで、リセットしてもいいですかね?
コメ:このまま魔王倒したら三億のマネーチャットするけど? 勇太:え? コメ:三億キター! コメ:いけ! 勇者ユートルディス!三億だって?
本当かどうか分からないけど、人生が変わる程の大金だぞ……。 動画で、リスナーのチャレンジに成功したら5億円貰えたってのがあった。 このままリセットしたら、こんな一攫千金のチャンスは二度と来ないかもしれない。 命を取るか金を取るか……か。 俺は、平凡を捨てて刺激を取ったんだ。 ここで逃げたらバイトの店長に申し訳ないよな!「勇者ユートルディスよ、世界は魔王により滅亡の危機にある。どうか我々に協力してもらえんだろうか?」
俺の決意を確かめるかのように、王様が協力を要請してくる。
「ひゃい! みゃおうをちゃおしみゃしゅ!」
※はい! 魔王を倒します!答えは当然イエス。どうなるかは分からないが、やれるところまでやってみよう。
コメ:無理だろwww
コメ:お前に何が出来んねん!w 勇太:俺、三億欲しい……。 コメ:馬鹿だこいつw 「ふむ、心強い。ランデルよ!」「はっ! ランデルであります!」
王様に名を呼ばれ、青い鎧に身を包む白髪の老兵が歩み出る。
そして、玉座に続く階段の下でひざまずいた。ベッドで横になればすぐに眠れると思った。 目を瞑れば楽になれると考えていた。 部屋に戻ってきた時は、頭の中が真っ白だったのに。 その白は、白い文字の塊だった。 少しずつ脳が冷えてくると、パズルが崩れるように今日の会話が蘇ってくる。 言葉のピースが溢れてくる。 どれだけ試しても、決して完成しないパズルだ。 途端に思考の渦に飲み込まれた。 ナタリアの友達は、魔王ディアブラ・サイクスだった。 魔王は、ナタリアと結婚する為に誓を立てた。 俺が魔王と戦うまで、この世界は平和である。 そこに、新しいピースが加わる。 この世界に来てからの会話、見た景色、食べ物、色々な思い出が混ざりあって、頭の中がぐちゃぐちゃになる。 もう眠りたいのに。 俺の頭はそう言っている。 でも、心がそれを許してくれない。 パズルを完成させろと急かしてくる。 王様と出会い、ランデルと冒険に出た。 初めて見た魔法はとても美しかった。 ミノタウロスに殺されかけた。 四天王の一人、狂乱の一角獣ライトニングビーストを倒し、世界が平和に近づいた。 そして、アルに出会った。 優しさ、怖さ、愛らしさ、アルという最愛の人を知った。 そして、ナタリアという天使が産まれた。 ネフィスアルバが死に、闇皇帝が消えた。 魔王さえ倒せば、この世界は平和になる。 もう分かっている。 あと一つピースをはめればパズルは完成する。 公園で魔王が契約をした時点で気付いていた。 ただ、考えたくなかっただけだ。 早く眠らせて欲しい。 この苦しみを和らげたいだけなのに。「ただいまー!」 ナタリアが帰ってきた。 目に入れても痛くない、俺の天使。「にゃちゃりあ、きょっちにおいぢぇ?」 ※ナタリア、こっちにおいで?「どうしたの?」 首を傾げたナタリアが、不思議そうに歩
「あたし! あ、あたしは……ディーは初めて出来た友達だし、その……あたしも好きだけど……でも、まだ結婚とかは違うと思う。それに、あたしはダディより強い人がいいなって」「ふむ、そんな簡単な事でよいのか。勇者よ、お手並み拝見だのう?」 ディーが右の口角を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。 小さな体から漆黒のオーラが解き放たれた。 それは渦を巻き、龍がうねるかのように立ち昇っていく。 膨大な闇が衝撃波を発生させ、大地が砕け散る。 ナタリアは咄嗟に後ろに飛んで回避したようだが、俺はそうはいかない。 竜巻に巻き込まれたかのように吹き飛ばされ、錐揉み状に捻れた全身の骨がメキメキと音を立てて折れていくのが分かった。 空に投げ出された俺は、痛みと共に目の前が暗くなっていくのを感じた。 終わった……。 そう思った時、後頭部に感じたポヨンと柔らかな感触が意識を繋ぎ止めた。 誰かに抱き留められたようだが、どうやら俺は死ぬ寸前らしい。 目を開けることすら出来ない。 抱き上げられたまま地上に着地すると、口に何かが入ってくる。 カレーのようなスパイシーな香りだ。 その臭いで脳が覚醒した。 何かを思い出したかのように喉が動き、その液体を飲み込もうとする。 あまりの不味さに体が拒否反応を起こし、吐き出したくなるが、そんな力すら残されていなかった。 ただゆっくりと、俺の体に染み込んでいくのが分かった。 なんだか体の調子が良くなった気がして目を開けると、涙を浮かべて俺の顔を覗き込むアルがいた。 俺はアルに助けられたらしい。 「私もナタリアちゃんのお友達が気になっちゃいましたっ。ナタリアちゃんを探してたら、パパが飛んで来てびっくりしたんですよっ! えへへっ」「ありゅ……」 ※アル…… 胸が締め付けられるような気持ちになり、俺はアルを抱きしめた。 アルの柔らかさが、体温が、生きている事を実感させてくれた。 すぐにナタリア
「にゃちゃりあしゅみゃにゃい! おりぇは……」 ※ナタリアすまない! 俺は……「ダディ、何してるの? あ、ディーを紹介するね! この子、あたしがダディやママと一緒に居ると、恥ずかしくて会いに来れないみたいだから!」 コメントから散々脅されていたので全力の謝罪をしようと思ったのだが、ナタリアは気にしていない様子だ。 それどころか、ディーと話す機会をくれるらしい。 ナタリアに話しかけられたディーは、表情に不満を浮かべて嫌がっている。 ナタリアに腕を掴まれたディーは、観念した様子で俺の前にやって来た。「ひゃじみぇみゃしちぇ。にゃちゃりあにょぴゃぴゃぢぇしゅ」 ※初めまして。ナタリアのパパです「うむ、話には聞いている」 ……それだけ? この少年は、挨拶をしたら挨拶を返すという礼儀を知らないのだろうか。 自己紹介をされたら自分も返すという当然の事が出来ないのだろうか。 ナタリアがディーを紹介するという事は、俺やアルと一緒の時にも会いに来て欲しいという表れでもある。 それほどに、ナタリアは初めて出来た友人を大切に思っているのだろう。 握りしめた俺の右手がプルプルと震えている。勇太:さて、一発くれてやりますかね。 コメ:ナタリアちゃんより強いディーに? コメ:一発貰うのはお前だけどなwww コメ:尾行がバレた上に、ガキにボコボコにされる情けない父親の姿を見せたいのか?w コメ:とりあえず会話を広げようぜ?「じーきゅんは、きょにょちきゃきゅにしゅんぢぇりゅにょ?」 ※ディー君は、この近くに住んでるの?「さあな」 ……さあな? 俺は、「はい」か「いいえ」で答えられる簡単な質問をしたはずなんだけど。 まさか斜め上の回答を貰うとは思わなかった。 二人で楽しく遊んでいた所を邪魔してしまったのは、俺が悪いと思う。 ディーが機嫌を損ねても仕方ないだろう。 でも、今後ナタリアと友達として付き合っていくのなら
ついに街に入った。 建物の影に隠れたり、塀に張り付いたりしてナタリアの後をついて行く。「おじさんおはよう! 後で買いに来るかも!」「おっ、ナタリアちゃん! お出掛けかい? 今日はサンドリザードのいい肉が入ったから楽しみにしてな!」 ナタリアと屋台のおじさんが親しげに会話している。 おそらく頻繁に買い物をする店なのだろう。 対象の行動パターンを把握するのに重要な情報を手に入れた。勇太:こちらアルファー、サンドリザードの串焼きが食べてみたい。 コメ:ブラボー了解。腹ペコ名探偵は任務を続けろ。 コメ:デルタ、ナタリアたんが可愛い!【一万円】 勇太:デルタありがとう! コメ:もういいってそれ!w 城から街の外まで続く真っ直ぐな大通りを、遮蔽に隠れつつ慎重に尾行を続けていく。 すると、何かに気づいたナタリアが建物の角を曲がって路地裏に入った。 俺は、その建物の壁に背中をつけ、片目だけ出して様子を確認した。 そこには、手を振ってナタリアを呼ぶ少年の姿があった。 おそらく、アレがディーという俺の娘についた虫だろう。 ナタリアと同じく中学生くらいの年齢に見える。 センター分けの短い銀髪は清潔感を感じさせ、大きなライムグリーンの瞳が美しい。 闇皇帝に匹敵する整った容姿をしている。 少し吊り上げた口角がニヒルな笑みを作り上げ、白いシャツに白いパンツが王子様のような雰囲気を出している。コメ:イケメンやんけ! コメ:美男美女のカップルだね。 勇太:みんなには、あの男がまともに見えるんですか? 名探偵ユートルディスしか気付いてないのか? コメ:どういうこと? コメ:爽やかな好青年て感じだが。 勇太:シャツのボタンを二つも外して胸元を曝け出してる。アレは不良だ! コメ:勇太くんて、すげえ馬鹿なんだねw コメ:言い掛かりで草 ディーの元にナタリアが駆け寄る。 ディーは、ナタリアが上から手を乗
魔王の調査が始まってから三週間が経過した。 ダメ元でやってみた商品紹介は大不評だったし、城下町探索ツアーも二日で飽きられた。 特にイベントが起きない城での配信は、企画力の無い俺にとって厳しいものであった。 アルとナタリアのファンだけが残り続けてくれている。 あの二人がキャスターだったら、花のある配信になるのだろうが。 以前アルは、産まれてから一カ月で大人の姿になったと言っていたが、ナタリアは少し背が伸びたくらいでそんなに変わっていない。 愛らしい少女のままだ。 俺とアルの子供なので、ここからは人間のようにゆっくりと大人になっていくのかもしれないとアルが言っていた。 親としては、成長を見守れるので嬉しい限りだ。 成長といえば、教育ママと化したアルが、ナタリアにお金の使い方を覚えさせるべきだと言い出した。 金貨を渡して好きに買い物をさせれば、金の価値が分かるようになると。 人間の世界で暮らすナタリアにとって、知らない人と接する事も重要であり、俺やアルが近くにいない状態で色々と経験させるべきだというのが、アルの意見だった。 俺は、一人で行動をさせるのは危ないのではないかと心配したが、プァルラグを瞬殺するナタリアに何か出来るような人間がいる訳がないと説得された。 そんなこんなで、ナタリアは一人で出かけるようになり、寝る前に彼女が何を経験したのかを聞くのが日課となった。 驚くべき事に、初めて買い物に出かけたナタリアは、その日の内に友達を作って帰ってきた。 同じくらいの身長で、ディーと名乗る男の子だという。 道端で腹を空かせて蹲っていたディーに、屋台で買った肉串を分けてあげたのがきっかけで仲良くなったらしい。 彼はいつも一人らしく、おそらく孤児だと思われる。 ナタリアが一人で外出すると、必ず声を掛けてくるみたいだ。 俺やアルと一緒にいる時は姿を見せない不思議な少年である。 毎日のように二人きりで遊んでいるらしい。 友達が出来たのは喜ばしいのだが、俺としては見過ごせない状況である。
四時間くらい空の旅を楽しんでいたら、空が暗くなる頃にジャックス王国に到着した。 明日の朝、今後についての会議をするらしい。 俺達家族にはベッドが四台ある城の客室が割り振られていたようで、部屋に入るとアルとナタリアが笑顔で抱きついてきた。「パパっ! お帰りなさいっ!」「ダディお帰り!」 愛しい家族の頭を撫でまわし、俺は鎧を脱いだ。 その動作が、物語に出てくる一仕事終えて家に帰った騎士のように思えた。 自分とはかけ離れた別の人間になった気がして、少し歯痒かった。 少し疲れたのでベッドに横になった。 すぐさま布団を掻き分け、ナタリアが潜り込んでくる。 あっという間に俺の右腕が枕にされてしまう。 二の腕にほっぺたの柔らかさを感じた。 嫌な予感がする。 アルを見ると、悪戯を考えている子供のような表情を浮かべていた。「私もっ!」 アルがベッドに飛び込んできた。 俺の体は押しつぶされ、車に轢かれた蛙のような情けない声が漏れる。 俺の左腕も枕にされてしまった。 頭を擦り付けてくるので、角が当たって痛い。 二の腕の皮が捲れていなければいいのだが。「ねえダディ、闇皇帝はどうだった? どうやって倒したの?」「しりゃにゅいぢぇいっしゅんぢゃっちゃよ」 ※不知火で一瞬だったよ「えぇー! やっぱりダディは強いんだね! 闇の中のドラキュリオはママでも勝てないって聞いてたから、少し不安だったんだよね」「ナタリアちゃん、パパは誰にも負けまちぇんよっ!」コメ:不知火なんて使えねえだろ!w コメ:子供の前でカッコつけようとすんなwww コメ:判決を言い渡す。美女独占罪で死刑! コメ:ナタリアたん可愛いんじゃあ【二万円】 コメ:僕はアルちゃんに一票!【一万円】 コメ:羨ましくてムカつくから勇太に不知火食らわせたるわ。で、不知火ってどうやんの? コメ