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異世界半分自惚れしっかり
異世界半分自惚れしっかり
Author: 七賀ごふん

一階

last update Last Updated: 2025-12-24 11:30:49

失敗した。

それだけは分かった。大好きな人の困った顔を見た瞬間、後悔の河に沈んでいった。

最低だ、俺。もう消えてしまいたい。

『なら何故河を渡らない?』

戻るのか進むのかはっきりしろ。

素っ気なく吐き捨てる、声の主は白い粒に見えた。その隣にはもうひとつ、青白い球体が浮かんでいる。

……よく見ると、俺も同じ姿をしていた。

『拒絶されたことに囚われてるんだろう? だがな、そこにいる奴はお前のことを、ずっと……』

暗澹とした水底で漂う。大人しく続きの言葉を待っていたが、途端に沈黙が流れた。

長い長い静寂ののち、ようやく聞こえた声は喜色が混じり、踊り子のように弾んでいた。

『お前達、ここで言えばいいじゃないか。ああ、肉体がないから声を出せないのか。……仕方ない』

腑に落ちたような呟き。まどろんだ意識の中で、ただ耳を傾ける。

『私は優しいからな、話し合うまでは流されないようここに留めてやる』

渡し賃は─────見物料ということにしようか。

……その先は、水泡と共に攫われてしまった。

ただひとつ確信したのは、俺はこの泡達と同じく、いつでも弾け飛んでしまう存在だということ。

神様の手のひらの上で弄ばれるだけの、脆く小さな存在だ。

優しい優しい神様は、現実逃避がしたい俺を異世界に呼んでくれたみたいだ。

その異世界は、通学中に読んでいた小説と一致する部分があった。冴えない男子高校生が異世界へ飛ばされ、

女性達を虜にする惚れ薬を開発する……という、アホらしいが、サービス展開が多くてニッコリしてしまうお話。ハーレム要素が多いが、ファンタジーの世界観は作り込まれていて、お気に入りのキャラが登場しない時もそれなりに楽しんで読めた。

神様は、あの小説の部分部分を掻い摘んで、適当に繋ぎ合わせたのだろう。俺には分かる。

争いと無縁な王国。その中枢にある城の地下で、一日も休まずに働く。

学校に行かなくていい。気まずい人と顔を合わせなくていい。

確かに幸せだ。……だが異世界と思うからこそ、募る不満もある。もっと驚きと発見、ご褒美展開が欲しい。

「また注文が入った。レアルゼ、明日の正午までに惚れ薬1000mL頼む」

だがここで目を覚ましてから早半年。薄暗く埃っぽい部屋から出られずにいる。

惚れ薬。以前は馬鹿馬鹿しくて吹き出していたワードも、地獄への片道切符にしか思えない。

何故ならそれは、ここに囚われている原因そのものだからだ。

椅子から立ち上がり、モニター越しに返事した。

「はーい……承知しました」

少し大きめの白衣を羽織り直し、プラチナブロンドの髪をかき上げる。

回線を切り、機械のライトしか見えない通路を渡って部屋を移動した。薬を使いやすい位置に並べて、受注の品を作り始める。

「……ふう」

王族も知らない犯罪組織が、城の真下に研究施設をかまえて“惚れ薬”を作ってるなんて……創作と言えど、ちょっとエグい。

というか、完全に罰ゲームみたいな設定だ。監視されてるから部屋から出られないし、未だに一度も陽の光を浴びてない。

せっかく新しい自分を手に入れたのに、俺の物語は一ページも始まってない。こんな小説が現実にあったら、ブーイング間違いなしだ。始まりの村から出発してないどころか、自宅から出ることもできないのだから。

( 段々面白く思えてきたな…… )

一応キャラ設定はされていて、周りからはレアルゼという名で呼ばれている。惚れ薬の開発に携わる研究員で、鏡を二度見するほどの美青年だ。

もっとも惚れ薬のレシピは目を覚ました時から頭の中に入っていた為、俺自身は何の指導も受けてないし、努力もしていない。

果たして、この缶詰生活を幸せと呼べるだろうか。

レアルゼという青年は実際には存在せず、中身は現実世界から逃げてきた高校三年生に過ぎない。

毎日欠かさずため息をつく、御代鈴昌(みしろすずまさ)という青年なのだ。

王子に媚薬を飲ませ、破滅に追いやる。

それが、目覚める直前に聞こえた転生先の使命だ。

パニックを起こす間もなく謎の組織に拘束され、元々ここに居たていで生活が始まった。

ご都合主義に慣れてるせいか、取り乱さずに済んでいる。まさかこんなところで、蓄積された経験値が役立つとは。

しかし強制労働の真っ只中にあり、地上に出る機会がない。しばらくは大人しくしていようと思ったが、さすがにしんどくなってきた。

あの声の言う通りにすれば、現実世界に帰れる。だから王子に会いに行き、薬を盛らないといけない。

とはいえ、俺は現実が好きというわけでもないのだ。

ただ、大好きなひとがいたから。彼に会う為に帰るだけだ。

薬の配合は手が覚えている。だが実際に服用した人を見たことがない、というのも恐怖ポイントのひとつである。

飲んだ者の性欲を高め、恋情を引き出す妙薬。そんなものが本当にあるなら、確かに大枚をはたいても欲しい者達が現れそうだ。

( 一応それを作ってるんだけど……我ながら胡散臭いんだよなぁ )

調合開始から三時間。眼鏡をかけて、気分転換に棚に置いてある紙束を取った。

この世界にも一応新聞のようなものがある。政治関連に医療や法律、外に出られなくとも情報が手に入る。

────目的の人物のことも。

今、世間ではクロック王子のことで持ち切りになっている。

写真で充分に分かる、人形と見紛うほど美しい青年。

弱冠二十歳にして各方面から人格者と讃えられている。

当然絶大な支持と人気を博しており、彼の目に留まろうとしている者が多い。

国中の人間に狙われているのは本当に可哀想だ。

でも彼が襲われたというニュースは見たことがないから、きっと優秀な護衛がいるのだろう。

小さなキッチンへ向かって眠気覚ましの珈琲を淹れていると、媚薬が入った小瓶が視界に入った。

前回の調合分が置きっぱなしになっていた。蓋を開けて中を覗くと、無色透明な液体がちゃぷちゃぷと揺れている。

自分だったら、これを使って好きな人を手に入れて、嬉しいと思えるんだろうか。

「中都先生……」

好きな男の先生がいる。

彼が同性愛者かどうか分からないから告白寸前まで必死に隠し続けたけど。

少し考えて、やっぱり違う、と思った。薬効は一時的なもので、洗脳と一緒だ。やっぱり本心から好きと思ってもらいたい。

小瓶を棚へ戻そうとしたが、急に思い立って一考する。

「ちょっとだけ……飲んでみるか」

深夜のテンションとは恐ろしい。間髪入れず小瓶の中身をグラスの水に入れて飲み干した。

希釈したのはちょっとビビったからだ。空になったカップを置き、深呼吸する。

待つこと数分。

しばらくその場に佇んでいたが、身体の異変は感じられない。薬のことは明日確認して、今日はもう寝るか。

「夜分に失礼します」

立ち上がったのと同時にドアをノックする音が聞こえ、向き直る。すぐには開けず、誰なのか尋ねた。

「もう遅いですし、急用でないなら明日にしてもらえませんか?」

組員や研究員なら先に通信が来る。この訪問者は一度も会ったことがない人物だ。

息を潜めて反応を待っていると、とても落ち着いた声音が聞こえた。

「急を要していたものですから、無礼を働き申し訳ございません。レアルゼ博士ですよね? 貴方の薬を使わせていただいた者ですが、まるで効果が見られず……間違いがないか、どうしても確認していただきたいのです」

今し方自分でも確認したばかりだった為、話の内容に納得する。……だけど、こんな時間に部外者を通したことにはびっくりした。守衛は何をしてるんだろう。

疑問に思ったものの、鍵を回し、扉を引いた。

「良かった。開けてくださり、ありがとうございます」

壁に取り付けてある球体ランプを灯すと、男の輪郭、顔貌が徐々にあらわになっていった。

声の主はアメジスト色の瞳をした、息を飲むほど端麗な青年だった。

おぉ……。

知らない男性に見蕩れるのは初めてのことで、思わず立ち尽くしてしまった。

優しげだが眼光は鋭く、目が合うと惹き込まれそうになる。

上質なコートを纏い、身に付けているアクセサリーはシルバーで統一している。少しウェーブのかかった金髪は、暗がりの中で宝石のような輝きを放っていた。立ち振る舞いからしても、少なくとも一般人ではない。

こんな綺麗な人が存在するんだな。これも異世界パワーか。

改めて関心していると、全身が急激に熱くなった。目も眩み、足を引き摺りながら後ずさる。 

「初めまして。とりあえず中にどうぞ」

外気が冷たい為青年を中に入れ、席に促した。コートを掛けるハンガーを渡し、空いてるグラスに珈琲を入れる。

あれ、これ耐熱だっけ。

渡してから不安になっていると、青年は上品に微笑んだ。

「実はここに来るまでも、とても不安でして……受付の方に警戒されてしまったけど、博士が優しそうな方で良かったです。とてもお美しいし……色々災難だったけど、一日の終わりに良いことがあったな」

えぇ、何だそれ。

「美しい……は、初めて言われました。男性相手にも、よく言うんですか?」

「いいえ? 初めて言いました」

何だ、そうなのか。以前他の職員が同性愛は珍しくないと言っていたけど、さすがに挨拶代わりには言わないもんな。

……それと、こんな犯罪施設に来て“受付”と言うのも違う気がした。

「あの、先にお名前を教えていただけますか?」

「あぁ、これまた失礼しました。私はミコト。普段はクロック王子のもとで働いているんですが、街の視察や調査もしています」

「調査? 警察のような?」

「ええ、一応警察にも所属してます。手広く、危険物の回収なんかも引き受けます。例えば、人々を惑わす薬の出どころなど」

は。

空気が凍りつき、思考までもフリーズしかけた。頭が回り出したのは、胸ポケットにつけた無線機が鳴ってから。

『聞……か、レアルゼ、侵入者だ。……軍の……長がセキュリティを破って……た』

ノイズが入って上手く聞こえないのは、相手が移動しているからかもしれない。

だが幸か不幸か、「侵入者」だけは聞き取れた。

施設内の管理モニターに視線を移す。カメラが故障して映らない部屋もあったが、ほとんどの部屋で武装した人間が研究員達を拘束している様子が映し出されていた。

おいおい、やばいんじゃないのか。

息することも忘れて振り返ると、ミコトの綺麗な唇が怪しく弧を描いた。

「レアルゼさんはこの組織で研究員の主席にいる、実質的な代表者ですよね。しかし実際に会ってみたら、なんとも初々しい方で驚きました」

「な……っ」

要らない要素も含まれていたが、ようやく理解した。

彼は自分の素性を調べ上げ、捕縛する為に尋ねてきたのだ。

指先が震える。これは薬のせいか、それとも……。

「媚薬なんて眉唾物だと思ってましたよ。いやぁ、ほんと面白いものを作りましたね」

「け、警察が面白いとか言っていいんですか」

「大丈夫ですよ。そんなことにペナルティは発生しません」

ペナルティ? 何言ってんだ?

意味が分からず眉を寄せたが、腕を掴まれ、彼の腕の中に引き寄せられてしまった。

「さ、行きましょう。心配しなくても地上まで責任持ってエスコートしますから、安心して」

「……嫌だと言ったら?」

このまま彼にエスコートされたら、絶対牢獄行きだ。それは困る。

ここ以上に元の世界に帰れる確率が下がってしまう。

伏せ目がちにミコトの反応を窺うと、彼は楽しそうに笑った。

「怖めず臆せずな性格でもないだろうに。……絶望させるようで申し訳ないけど、この国で私の命に抗う者は、その場で処罰されても仕方ないことになっているんですよ」

眼前に翳されたのは、国家警察の証だろう金の紋章が刻まれた手帳。中はびっしりこの国の法律が記されており、彼のこれまでの功績や経歴が載っていた。

「犯罪者の処罰権は国王陛下から託されてます」

彼は、想像以上に高い職位にいるみたいだ。

「すごいですね。じゃあ俺をここで処罰するんですか」

もしかして銃で撃ち殺されるんだろうか。どうしよ。ここで死んだとして、現実に帰れるだろうか。

魂まで消滅してバッドエンド、みたいなのは本気で困るる。

怖々窺っていると、彼は手帳を仕舞って肩を竦めた。

「いいや。個人的にとても興味があるんだ。媚薬なんて、この止まった世界にそぐわない物を作る君のことが」

だから絶対一緒に来てもらう。

鼓膜を揺すぶるバリトンボイスで囁く。笑っていないと、彼はただ声を発するだけで威圧感があることに気付いた。

よりによって、大変なひとに捕まってしまった。

「え、っと……」

逃亡する為の良案を頭の中で張り巡らすが、ぼーっとして考えがまとまらない。加えて、さっきから内腿のあたりがぞくぞくする。

まずいぞ。立っているだけで精一杯だ。

今頃薬が効いてきたのかもしれない……!

「レアルゼさん? すごく汗をかいてるけど、大丈夫ですか?」

バランスを崩して壁に寄りかかる。膝の力が抜けてしゃがみそうになった時、ミコトに支えられた。 

腰に当たる手に力が込められる。瞬間、全身に電流が駆け巡った。

「ひあっ……っ!」

例えようのない快感に襲われ、高い声を上げてしまった。

熱の中心が昂り、ズボンを押し上げて主張している。

「レアルゼさん、なにか持病は?」

健康そのものだし、媚薬のせいなのでかぶりを振る。

しかしただならぬ状態だと気付いたようで、ミコトも動揺していた。熱を計るため額に手のひらを当ててきたが、それも逆効果で、強まる苦しさに呻いた。

「いやっ、触らないで……!」

触れる面積が増えるほど敏感になり、痺れていく。そこでとうとうミコトも察したようだ。

「貴方、まさか……媚薬を飲んだのか?」

「んっ」

頬に手を添えられ、口腔内に指を入れられる。反射的に噛んでしまったが、彼は怯まず、舌を優しく引っ張った。

「頬の紅潮と舌の変色。それから過敏。報告書通りだ」

レアの唇を指でなぞった後、ミコトはキッチン台に転がる小瓶を手にした。さきほどレアが飲みきった為、中は空である。

「独りでこれを飲んでどうするつもりだったんです? これは近くに人がいないと作用しないんでしょ?」

「えっ」

そうなのか。全然知らなかった……!

でも、冷静に考えたらそれもそうか。誘惑する相手がいなかったら確かめようがないもんな。

薬に対し笑ってしまうほど興味がなかった。それが結果として自分の首を苦しめている。

「ただの好奇心か、探究心かな。私が今日、この時間にここに来るとも思わずに……。タイミングが悪くてすまないね」

いや、むしろタイミングが良いのか。そう言うと、デスクの上に押し倒された。

膝をついて馬乗りになり、太腿に触れてくる。

「ちょっと、だめ、だって……!」

少し染みができている部分も、指先で押された。

人差し指で、とん、と触れた程度。笑ってしまうほど弱い力だが、そこは性器の先端だった。堪えられず、小さな悲鳴を上げる。

「あっ…………っ!」

ズボンに染みが広がっていく。ぬれた感覚が気持ち悪いのに、射精の快感が強過ぎて何も考えられない。

ベルトを外す音が聞こえる。大変な警鐘だとわかるのに、彼の匂いを吸うと思考が停止する。

もっと近くで嗅ぎたい。気付けばミコトの襟を掴み、自分から彼の胸に顔をうずめた。

「まだ苦しい?」

「くる、しい。助けて……っ」

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