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大学生青年と吸血鬼少女の強奪Ⅴ

Auteur: kumotake
last update Dernière mise à jour: 2025-07-21 19:27:44

「......でも、琴音さんは別に、人間を襲うわけじゃないんでしょ?」

 そう言った僕の声は、自分でも驚く程に小さくて、弱々しかった。

 まるで、さっき相模さんが言ったようなことに、彼女が含まれていないことを確認するような言葉を選んでいて、それでいて声は明らかに、僕自身が言った台詞が、相模さんに肯定されることを願っているような......

 何かに縋っているような、そういう物言いを、僕はしていたのだ。

 しかしそんな僕の気持ちとは裏腹に、相模さんはそれを、真っ向から否定する。

「いいや、それは彼女も例外ではないよ。少なくとも吸血鬼の異人である彼女にとって、人間は······だ」

「でも......琴音さんは......」 

「『人間の生き血を吸ってはいない』って、そう言われたのかい?たしかに彼女は、生きている人間から直接吸血を行ったことは一度もない」

「それならまだ琴音さんは、人間をそういう風には、見ていないんじゃないんですか......?それにもし仮に、琴音さんが人間をそういう風に見ているのだとしても、それは琴音さんのせいではないでしょう......」

 僕の言葉を聞いた後に、相模さんはゆったりと、言葉を返す。

「でもね荒木君、彼女が二十年弱、吸血鬼の異人として生きている間に、人間の血液を栄養源として生きていたという事実は確実だ。もっとも、それは彼女のような、人間の血液以外を栄養源に出来ないで生きる、吸血鬼を含めた様々な異人が、摂取しやすいように加工されたモノだけれどね」

 そう言いながら相模さんは、また一口、今度はほうれん草のソテーを口に運んで、しばらく咀嚼した後に、それを飲み込んだ。

 そして飲み込んだ後に、彼はそのまま続きを話す。

「けれどどんなに形を変えようと、どんな事情があろうと、していることの根本は同じなのさ。それにさっき君が言ったように、彼女がそういう体質で、そういう性質なのは、たしかに彼女のせいではないのかもしれないけれど、それでも、自分がそのまま生きることを選んでいるのだから、彼女はそれに対して、少なくとも自覚的であるべきだ」

 そう言って彼は、今度はお茶を一口飲んで、そして意図的に間を空ける。

 しかしそんな彼の言葉に、理屈に、僕は未だに納得できていなかった。

 だってそれでは、あまりにも理不尽ではないか。

 生まれる境遇も、姿も、形も、性質も、体質も、それらは何一つ、自分で選んでいるわけではないのだから。

 彼女が吸血鬼になりたくて、なったわけではないのだから。

 それなのに、それらのことに対して全て、『自覚的であるべきだ』なんて、そんなのはいくら何でも、理不尽が過ぎるじゃないか。

 そんな風に思いながら、しかしそれでも、それを言葉に出来ぬまま、僕は只、相模さんには視線を向けずに、俯いてしまっていたのだ。

 しかし彼は、そんな態度をとっている僕に対して一言、こう言った。

「しかしながら荒木君、一体君はいつまで、そうやって他人事みたいな顔を、しているつもりなんだい?」

 その後ファミレスから解放された僕は、相模さんとの会話を思い出しながら、あの暗い夜道を再び歩いていた。

 街灯は少なく、音も聞こえない住宅街。

 もしかしたら考え事をする時は、こういう場所が向いているのかもしれない。

 そんな風に思えてしまうくらいに、この暗い夜道の静けさが、心底ありがたいと思えてしまった。

 そう思えるくらいに、あの人との会話は、体力を使うのだ。

『一体君はいつまで、そうやって他人事みたいな顔を、しているつもりなんだい?』

 相模さんに最後に言われた、未だに消化できていないその言葉は、僕の中に深く、重く、残ってしまっていた。

 他人事......

 そんな風な顔をしていたつもりは、なかったのだけれど、彼にそう言われた瞬間、まるで図星を突かれたような気がしてしまったのも、たしかな事だった。

 実際、僕が彼女について考えるときは、いつも心のどこかで、『彼女は異人なのだから』と、そんな風に思っていたし、自分が半分、異人になっていることを意識したことは、正直に言ってほとんどなかった。

 強いて言うなら、昨日のパンケーキ屋でのあの会話の時ぐらいは、自分が半分ほど異人になっているということを、意識した。

 しかしそれでも、今日の朝には、そんなことはすっかりと忘れて、自分は人間のつもりで、彼女に会っていたのだ。

 しかもさっきまでの相模さんとの会話も、思い返してみれば......

『でも、琴音さんは別に、人間を襲うわけじゃないんでしょ?』

 どうして僕は、彼女が人間を襲うかもしれないことを心配して、自分が人間を襲うかもしれないことを、心配しなかったのだろう?

『琴音さんが人間をそういう風に見ているのだとしても、それは琴音さんのせいではないでしょう......』

 どうして僕は、彼女が人間をそういう風に見ているかもしれないことを心配して、自分が人間をそういう風に見ているかもしれないことを、心配しなかったのだろう?

 他人事

 相模さんから言わせれば、そういう事なのだろう。

 異人という者に半分、文字通り、片足を突っ込んだ状態の僕は、滑稽にもそれに気付かずに、滑稽にも、たとえそれに気付いても忘れてしまって、自分はまだ真っ当な、まっさらな人間だと思い込んでいる。

 まだ二日といっても、もう二日、僕は半分が異人の状態で生きている。

『異人っていうのは、本来はかなりヤバい存在なんだ』

 相模さんから言われたその言葉が、頭の中で反響する。

「あぁ、たしかに、ヤバいですね......」

 夜道を歩きながら、その反響する声に一人、独り言を返す僕の声は、当たり前だけれど、誰にも届きはしなかった。

 ゴールデンウィーク三日目

  昨日の相模さんとの話が、未だに頭の中から離れない僕は、一昨日と昨日とは違って、自分から彼女に向けてメッセージを送った。

『今日、話したいことがあるんだけれど、時間空いてる?』

 敬語を使おうか迷ったけれど、二日間連日で休日を共有しておいて、今更変に距離を取った話し方をするのも、それもなんだか不自然な気がしたから、彼女がいつも僕に送るような物言いでメッセージを送った。

 送ってから数時間後、『いいよ』と一言だけ返信が送られてくる。

 しかしながら、こちらがメッセージを送った時間は午前中で、向こうから返信があったのが昼の十二時を過ぎた辺りだった。

 一応言っておくが、僕がその間何もせず、ただ彼女からの返信を待っていたわけでは決してなく、この二日間ですっかりおざなりになってしまっていた洗濯や掃除、ついでに洗い物などを済ましていたのだ。

 そしてちょうど、都合良くそれらのことが片付いた頃に、彼女から返信が来たのである。

 そしてその後、続けて彼女からメッセージが届く。

『場所と時間はどうしようか?』

 あぁ、そういえば何も考えていなかったな......

『そうだね、どこか静かに話せるところがあればいいんだけれど......』

 そう送ったメッセージに、またすぐ返信が来る。

『それじゃあさ、行ってみたい場所があるんだけれど、そこでもいい?』

 そのメッセージとともに、住所が書かれたURLが一緒に送られてくる。

 しかしその住所が送られて来たタイミングとほぼ同時に、僕は彼女に『いいよ、そこにしよう』とメッセージを送ってしまっていたのだ。

 まぁ、SNSでやり取りをするときには、誰だって割とありがちなことだし、それにこれまでの二日間、琴音さんは、特に変な場所には行きたがらなかった。

 一日目はパンケーキ屋で、二日目は映画館。

 もしかしたらとは思うけれど......

 琴音さんは、人間が常に多く出入りする場所を選んでいる気がする。

 そしてそれは、おそらく普段の、吸血鬼の異人としての体質や性質を持ち合わせた、吸血鬼としては完全な彼女では、立ち入ることが決して許されていない場所なのだろう。

 そう考えると、別に何の不信感もなく、むしろ合点がいってしまう。

 なぜなら、その理由はあまりにも明確だし、簡単なことだからだ。

 だってそうだろう......

 人間の生き血を栄養源としている者を、人間の多く居る場所に解き放つなんて、そんなの、シマウマの群れの中に、ライオンを放つことと同じだ。

 相模さんの言っていた管理とは、つまりそういうことなのだろう。

 誰しも餌には、なりたくはないのだから......

 けれどこれまでの二日間、それをあの人の管理から許されているということは、今の彼女と、それに僕の状態なら、人間を襲う心配は無いと思われているのかもしれない。

 そういうことなら、安心できる。

 それならたとえ、どんな場所を彼女が指定したとしても、何も心配する必要がないのだ。

 そう思いながら、僕は身支度を整えて、そして扉を開けて外に出る。

 外に出ると、鈍色の空が視界に入った。

 そういえばテレビでも、今日はすこぶる天気が良くないと、そう言っていた気がする。

 まぁ、会う場所はたぶん屋内だろうから、あまり関係はないけれど、それでも、傘くらいは持って行った方が良いだろうと思い、玄関にある安っぽいビニール傘を手に取って、僕は最寄りの駅へと、歩き出したのだ。

 時刻はさほど進んでいない、夕方と昼間の間くらいの時間帯で、僕と彼女は、今日会う予定の場所の真ん前に、立っていた。

 この時の『立っていた』という状態が、一体どういう状態なのか、もしかしたら詳細までは、想像しづらいと思う人が多々いるのかもしれない。

 だからこの状態を、もっと詳しく説明するならば、僕に至って言えば、『立ち尽くしていた』という方が適切だ。

 そしてそんな状態で、隣で同じように、しかしながら僕とは違い、恐らくただ単に、そこに居るべくして存在している彼女に向けて、まるで何か、苦言を呈するような口調で、僕は彼女に言った。

「あのさ、琴音さん......ほんとに入るの......?」

「えっ、なんで?」

 僕の口調とは、明らかに正反対のそれで彼女は言う。

 どうやら事の重大さを、あまり理解して居ないようだ。

「いや、こういうところは、本来好きな人っていうか......恋人同士で来るような場所で......」

 うわ......中学生みたいな言葉しか出て来ないや......

「えっ、でも誠、ソッコーでOKしてくれたじゃん。ぶっちゃけちょっと引いたけれど、来たことあるんでしょ?」

 そう言われると何も言い返せない......

 あのとき彼女から送られてきたURLの確認を怠ったばっかりに......てっきりカラオケとかボウリングとかダーツとか、そういう場所だと思ってた......

 あぁ、後悔先に立たずというのは、きっとこういうことなのだろうな......

 そう思いながら、しかしそれを言葉にできるわけではない僕は、彼女の問い掛けには無言のままだった。

 そういえば、僕たちが今どういった建物の前に居るのかを、まだちゃんと言っていなかったような気がする。

 随分前に、『この物語は僕が語り部となって語る御話で......』なんてことを言っているのだから、これも語らなくてはいけないのだろう。

 そう、僕たちは今、LOVE♡HOTEL の前に居るのだ。

 あぁ、語るに落ちるというのは、きっとこういうことなのだろう。

 噂通りというか、世間話通りというか、こういう場所は本当に、店側の人間とは一切遭遇することなく、『受け付』と呼ぶべきタッチパネルから始まって、エレベーターを介したら、部屋まで辿り着けるモノなのだ。

 もちろん、支払いも自動精算機でのお支払いである。

 ここまで誰とも逢わないというのも、なんだか不思議なモノだ。

 部屋に入ると、内装自体は、普通のビジネスホテルとあまり変わらない。

 所々にそういう要素が見られるが、それらを気にせず、普通の部屋として使用すれば、むしろ普通のホテルよりも様々なアメニティーがある分、お得な方だ。

 もっとも、·········ということが、僕にとってみればこの場合、かなり難しい問題なのだが......

 それに引き換え琴音さんは、まったくの無自覚なのか、それともそういうことに疎いのか知らないが、彼女は僕の言う·········ということが、すんなりと出来てしまう。

 なんだろう、二人でこんな所に来ているのに、そういうことを考えていること自体、本当は何かしらがズレていて、おかしい気がするけれど......

 しかしながら、部屋の中にカラオケが出来る機械や、最新ゲーム機が常備されているのはうれしいことだ。

 これでとりあえずは、気を紛らわすことが出来る。

 しかしそれにしても......

「琴音さん、さっきから何しているの?」

 そう言いながら僕は、部屋に入るなりすぐさまベッドにうつ伏せにダイブして、そこから一歩たりとも動こうとしない、そんな不可解な彼女を見ていた。

 なんだろう、もう忘れ去ってしまいそうになるけれど、彼女はかなり容姿端麗で......いや、それでは言い表すことが難しいほどに、とてつもなく綺麗で特別な、そんな存在を見たかのような......初めて彼女を見た時は、そんな風に思ったのだ。

 そしてそんな彼女が、自分からこんなラブホのベッドに横たわっているのだから、それは本来ならかなり、僕としては戸惑うべきだし、彼女も軽率にそういった行動をするべきではないと思うのだ。

 しかしながら僕がそういう風にならないのは、ついでに言えば、彼女がそういう行動をした理由は、言うならば一つの人間的な行動原理に収束される。

 それは『性欲』、『食欲』と並ぶもう一つの、人間らしい欲求だ。

「もしかして......」

 そう言いながら、僕は彼女の顔を覗き込むようにすると、そこにあったのは、瞳を綺麗につぶって、小さな寝息を立てている、女の子の姿だった。

 っていうか、なんで寝ているんだよ......

 そう思いながら、まさかの出会い頭に、こんな形で置いてけぼりを喰らった僕は、とりあえずベッドの近くにあったソファーに、座ることにしたのだ。

 彼女が眠りから目覚めたのは、それからほんの、数時間後のことだった。

「......ん~」

「おはよう、琴音さん......」

「......うん、おはよう......」

 あまりにも無防備というか、無頓着というか、彼女は僕の前で、起き抜けの表情も、乱れた髪の毛も、少し開けた洋服も、隠そうとはしなかった。

 まぁ出会い頭に、教室で僕が寝ていた時に、その毛布の中に潜り込んでいたような子だから、きっと無頓着の方なのだろう。

 そう思いながら、僕は携帯で動画を見ながら、彼女に言う。

「シャワーでも浴びて来たら?目が覚めるよ」

「......うん、そうする......」

 そう言いながら彼女は、眠い目を擦りながら、トボトボとシャワーがある部屋に入って、扉を閉めた。

 そこから、さらに数十分後......

「あ~さっぱりした~」

 そう言いながらバスルームの扉を開けて、バスローブ姿の彼女は、髪の毛の水気をタオルで拭き取りながら出てきた。

 その姿をチラリと見たら、視線を再び携帯の画面に戻して、そのまま言葉を返す。

「それはなにより」

「誠も入ったの?」

「いいや、僕は入っていない」

「じゃあ、私が寝ている間何していたの?」

「言いたくない」

 そう僕が言うと、彼女は少しだけ、ワザとらしく間をあけて、からかう様な声色で言う。

「......もしかして、エッチなことしてた?」

「フリーWi-FiでYouTube見てた」

「つまんね~」

「そう思うから言いたくなかったんだよ......っていうか、来て早々に爆睡かますって、相手が僕じゃなかったらどうなってたか......」

「あーそれな、ほんとごめん」

「いいよ」

 そう言うと、僕は彼女に視線を向ける。

 さっきまでの私服姿と違って、バスローブ姿の琴音さんが、僕の目の前の、正面の椅子に座る。

 この状況、たぶん普通なら、彼女のことを恥ずかしくて直視できないか、性欲に任せて彼女のことを抱いているかの、二者択一だと思う。

 けれど後者は、たぶん僕の性格上、出来そうにない。

 そもそも、そんなことが出来るなら、このゴールデンウィークに差し掛かる前に、恋人の一人くらいは出来ているだろう。

 そしてそれが出来ていないなから、今まさにこんな状況なのだろう。

 だから僕は、普段の人間であった頃の僕ならば、間違いなく前者なのだ。

 しかし今の僕は、····なかった。

 いいや......·····なかったと、この場合は言うべきなのだろうか......

 そもそも今の僕は、半分異人で、半分人間の、文字通りの半人前だからかもしれないけれど......

 それでもまさか、ここまで『者』という単語が、人間ではないモノを阻害しているなんて、この時まで僕は、思っていなかったのだ。

 つまり、僕が何を言いたいのかというと......

 彼女のその姿に対して、まったくと言っていい程に僕は、何も感じなかったのだ。

 

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