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大学生青年と吸血鬼少女の強奪Ⅰ

Author: kumotake
last update publish date: 2025-07-21 19:20:36

 時刻は真夜中の三時頃だろうか......

 草木が眠る丑三つ時というだけあって、普段は大勢の人間が出入りするこの大学という施設も、日が出るにはまだ少しだけ時間がある今に至っては、僕一人しか居ない状況だった。

 しかしながら僕は、真夜中の大学に忍び込んだわけではない。

 そもそも大学という施設は、敷地内に入るだけなら、こんな夜中であろうとも普通に出入りができるのだ。

 特にこの大学に関していえば、神奈川の横浜近くの某所にキャンパスを構える立地の良さと、そこまで高くない偏差値(まぁそれは学部学科によるが)のおかげで、約一万七千人の学生が在籍している、日本屈指のマンモス校である。

 そんな大学だからかもしれないが、住宅街にキャンパスを構える割には、かなり広い敷地面積を誇っているのだ。

 だから割と簡単に、夜中に敷地内に入るだけなら、誰でも出来る。

 けれどまぁ、ここまで自分が通う大学のことを語っている僕だけど......

 わざわざ夜中に、自分が通う大学の敷地内に入っている僕だけど......

 別にそこまで、大学という場所が好きであるとか、そういうコトではない。

 そもそもまだ、入学して一ヶ月ちょっとしか時間が経っていない今では、嫌いになることもないけれど、好きになることはもっとないのだ。

 それでも、わざわざ故郷である九州から、こんな関東の海沿いの街に遥々来て、一人暮らしをしているのだから、嫌でもそのうち、思い出深い場所にはなるのだろう。

 そんな風に、僕は大学の施設には入らずに、敷地内をただ散歩していた。

『どうしてそんなことをしていた?』かと聴かれれば、その答えはあまりにも単純で明瞭だ。

 要は、『眠れなかった』だけなのだ。

 眠れないから、自分が住んでいるアパートの近くを散歩していた。

 その散歩のコースに、たまたま大学があっただけなのだ。

 まぁ、家から徒歩十分のところに大学があるのだから、そういうこともあるだろう。

 だからまぁ、特に何も考えずに、ただ気の向くまま、耳元にはイヤホンで、流行りの音楽を流しながら、歩いていた。

 けれど多分、今思い返してみても、それが良くなかったのだ。

 気の向くまま歩いた先に、普段使用している八階建ての大学施設があったからか、はたまた耳元に、イヤホンで流行りの音楽を流していたからか......

 いや、きっとそれらの状況がたまたま、本当に偶然に、重なってしまったからなのだろう。

 だから僕は、上·か·ら·降·っ·て·き·た·落·下·物·に対して、何も気付くことが出来なかったのだ。

 どんな風に表現するべきなのだろうか......

 明らかに硬い何かが頭を直撃した筈なのに、まるでトマトみたいな柔らかい何かを床に叩き付けたような音と、そういう音には似合わないくらいの......

 いや、もしかしたら似合い過ぎているくらいの鈍痛が、僕の頭を中心として、全身に響き渡った。

 そしてさらに、これもまた僕の頭を中心としているのだけれど、倒れた際に、僕は大きな血溜りを作っていたのだ。

 そして途端に、意識というモノが一気に、遠くの何処かに投げやられてしまったような、そういう感覚になっていく。

 そしてそんな感覚の中で、この状況では明らかに不釣り合いな声が、聞こえた気がしたのだ。

「痛ったぁぁ......あぁ、頭が割れたかと思った......」

 いや、もしかしたらこれも、釣り合い過ぎている程に釣り合っていたのだろう......

「あれ......まさか......やっちゃってた......?」

 そう言いながら、次第に意識が薄れていく僕に近付いて、その声の主は僕に、恐る恐る問い掛ける。

「えっと......もしかしなくても君、今死にそう......だよね......?」

 その言葉に、肯定の言葉を返したいけれど、何故だか言葉が出てこない。

「...っ」

「あぁ、わかったわかった。喋らないでいいよ......たぶん喋るのもしんどいよね......」

 そう言いながら、その声の主は少しだけ考えて、そしてその後に、多分こんなことを独り手に呟いていたような......

 そんな気がする。

 「仕方ない......か......ほんとうはこういうことはルール違反だけど......でも多分、死ぬよりはいいよね......たぶん......」

 そしてその、最後の『たぶん』って言葉を聞いた後に、僕は多分、気を失ってしまったのだろう。

 なんせそこからの記憶が、あのときの記憶が、どんなに思い出そうとしても、思い出せないのだ。

 けれどまぁ、どんな風に考えても、僕は本来、このときに死んでいた。

 考えなくてもわかると思うが、上空からの落下物が、ピンポイントで人間の頭の上に落ちてきて、生きている方がどうかしている。

 なんせ落下物は、加速度的に、殺人的に速度を増して、その速度のまま直撃するのだ。

 そんなの、戦争映画なんかで見るようなミサイルと、なんら変わらない。

 そんなモノ、もしも生きていたら、そいつは人間ではないだろう。

 そう、人間ではない。

 人間とは違う、明らかに異なった体質でもない限り、死んでいて当然の状況だ。

 だから僕は、このとき人·間·と·し·て·は·確·実·に·、死んでいたのだ。

 次の日、何処かもわからない場所で、僕は目が覚めた。

 何処だかわからないというのは、もしかしたら少しだけ、語弊があったのかもしれない。

 なぜなら目が覚めて、少しだけ時間が経てば、そこが大学の施設の中ということだけは、確信できたからだ。

 その理由は、別になんてことはない。

 ただ単に、僕が大学の授業の時に、使ったことがあるという、たったそれだけの理由で......

 だから端的に言えば、『来たことがある教室だから、知っていた』だけなのだ。

 しかしそれでも、どうして自分がこんなところに居るのかは......

 どうしてこんな場所で熟睡していたのかは......

 それだけはどうしても、わからなかった。

「ン......ん?」

 なんだろう、なんか妙に、温かい。

 いや、温かいのはいいのだ。

 なんせ今の僕は、大学内のとある教室に、どこから来たのか分からない毛布に包まって、どこから用意されたのか分からない、真新しい毛布に包まって、寝ているのだから。

 だからまぁ、僕の身体がそれなりに温かい状態になっているのは、さして不思議な状況というわけでも、不可解な状況というわけでもない。

 だけど不思議なのは......

 だけど不可解なのは......

 その毛布の中から感じられる『温かさ』が、明らかに人一人分のモノではなくて、明らかに、僕一人分のモノではなくて、もう一体、何かの生き物の体温を感じざる負えないモノだということだ。

 なんだろう......一体......

 そう思いながら、恐る恐る、その毛布を大きく横に持ち上げる。

 それこそ、自分の身体が全て、その毛布から露わになるほどに......

 それこそ、確実にその体温の正体を、全て目視で把握することが出来るほどに......

「......えっと......」

「ンー、ん~、んー」

 そう言いながら、その露わになった生き物は、完全に寝ぼけながら......

 っというよりも、完全に寝ながら、僕にその姿を現したのだ。

 そしてその生き物の姿は、年齢で言えば僕と同じか、少し年下くらいの、可憐な女の子の姿をしていた。

 しかも何故か、女性の洋服に対して、そこまで造詣があるわけでもない僕がわかる程に、明らかにその女の子は、薄着の格好をしていたのだ。

「んー」

 寝ている薄着の女の子に、意を決して話し掛ける。

「あ、あの......」 

「んー......あと、五分......」

 そう言いながら、その少女はまるで、自分の家に居るかのような決まり文句を言いながら、僕が横に持ち上げて退かした毛布を引っ張って、そしてまたそれに包まりながら、こう言ったのだ。

「寒い......」

 そりゃ、そんな格好をしていれば寒いだろうに...... 

 しかしそれでも、毛布を完全に取られてしまえば、しかもその相手が、薄着の女の子であるというのなら、もう一度その毛布の中に潜り込んでしまうというのは、おそらく......いや、確実にまずいだろう......

 もし何かの拍子に気付かれて、叫ばれて、警察でも呼ばれるなんてことがあったら、僕の大学生活は、スタートして間もないこの時期に、早々に色々な意味で終わりを迎えることになる。

 今はまだ、四月の下旬で、たしか今日は、ゴールデンウィークの一日目だ。

 そう、ゴールデンウィーク。

 黄金色に輝く、連休続きの奇跡の期間。

 そんな素晴らしい日の一日目に、それはさすがに良くない。

 それは......さすがに......

 そう思いながら、僕はもう一度、その少女が包まっている毛布に視線を向けた。

 別に、おそらく女子大生であろうその薄着の女の子に、何かしらの厭らしい行為をするわけではなく(っというか、そんな度胸があるわけでもなく)、その時にただ、唐突に......

 ほんとうに唐突に、昨日のことを思い出したのだ。

「なんで......僕は生きているんだ......」

 そう呟きながら、口元を手で抑えながら、自分が呼吸していることを確認して、生きていることを確認する。

 そして身体を起こして、立ち上がって、辺りを見回して、やはりそこが何も変わらない、何一つ変哲もない教室だということを確認する。

 そしてそこまで確認出来て、目が覚めてこれだけの時間が経過すれば、次第に思考がはっきりとしてくるわけで......

 そうなると必然的に、昨日のことを少しづつ、少しづつ、より鮮明に、より明瞭に、思い出すことになる。

 それがどんなに......

 どんなに、ありえないことだとしても......

 どんなに、あってはならないとこだとしても......

 根拠は何も無かったけれど、それでもこんなタイミングで、こんな変なことが起きているのだから、やはりこの、毛布に包まっている薄着の少女が、昨日のあの一件に関係している気がしてならなかった。

 だから僕は、今度はちゃんと、事情を彼女から聴き出すつもりで......

 ちゃんとその少女のことを起こすつもりで......

 もう一度その毛布を手に取ろうと、前かがみの態勢になった。

 けれどそこで、僕の動きは止まった。

「やぁ、おはよう青年」

 そう言いながら、教室の端の席にいつの間にか座りながら、そして何かを口に咥えながら、男はこちらに笑みを浮かべて居た。

 音も立てずに現れたその男に、僕は心底驚きながら、しかし声は出してはいけないと思ったから、動きを止めたのだ。

「まったく、ゴールデンウィークの初日から、大学に忍び込んで何か面白いことをやらかしていたようだけれど、一体何をしでかしたのかな?」

 そう言いながら、その男は座っていた席から立ち上がり、こちらに向かってゆっくりと、ゆっくりと、歩みを進める。

 そうなると次第に、外の光が男の姿を照らし出す。

 オーバーサイズの黒いTシャツに、黒のスキニーパンツ。

 その服装はどこにでもいるような、大人の大学生みたいな人だった。

 この大学の、先輩だろうか......

 それにしては、何だか妙な雰囲気を持っている人だ......

 なんだろう、なんて言えばいいのか、わからないけれど......

 そう思いながら、僕は歩み寄って来るその男に向かって、何か言わなくてはいけない気がするから、言葉を紡ごうと努力する。

「あ、あの......」

「あぁ違う違う、僕が尋ねているのは君じゃないよ、青年」

 そう言いながら、その男は僕に視線を向けて、静かに微笑をする。

 しかしその後、僕の足元で包まって、丸まっている毛布に視線を向けて、まるでさっき僕がしようとしたように、男は徐に、その毛布に手を伸ばす。

 しかしその男が手を伸ばした瞬間、その毛布は大きく、包まっていた中身ごと飛び上がって、そしてその教室の、教壇の机の上に降り立ったのだ。

 ここで、今僕等がいるこの教室のつくりをザっと説明すると、教壇の部分は少しだけ段差があって、教室全体を広く見渡すことが出来るようになっている。

 だから必然的に、その教壇の机の上になんか立っていれば、僕やこの男を含めた、この教室という空間全体を掌握できるし、また僕やこの男も、その毛布で包まったそれを、見失うことは絶対なく、注視することができるのだ。

 そしてそうなると、その机の上に立って、包まっていたその毛布を自ら剥ぎ取って、中身である薄着の少女は、その姿を自ら晒す。

 外から差し込む朝の光は、暗い教室では、さながらスポットライトのように、彼女を照らす。

 露わになった彼女の姿は、特別だった。

 最初に毛布を取ったときは、驚きのあまり目に入らなかったけれど、彼女の長い髪は、光に照らされてより一層輝きを増して、煌びやかな深紅が激しく揺らいだ。

 そしてその奥に、彼女自身の華奢な身体は、まるで何かのダンスを踊っているかのような、その自ら剥ぎ取った毛布すら、その身のこなしの一部にするような、そんな美しい姿を、僕に見せた。

 いや、彼女が見せたというより、僕が魅せられたのだ。

 注視することができるその彼女の姿を、少なくとも僕は注目していた。

 だから僕は、この後の瞳を開けた彼女の最初の言葉に......

 朝の最初に言葉を交わすのなら、割とまともだった筈の彼女の言葉に......

 なんて返すのが正解なのか、一瞬だけ戸惑ったのだ。

 彼女は僕を見て、こう言った。

「あー、おはよう、夜の人」

 『夜の人』というのが、果たして本当に僕のことを指して言っているのか、正直なところ自信はなかったけれど......

 しかし確実に、彼女は僕と視線を絡ませながら、その言葉を言っているのだから、きっとそうなのだろうと、そう思った。

 だから僕は、当たり前のことだけれど、彼女の言葉に応答したのだ。

「......おはよう......ございます......」

 もっと分かりやすく言えば、ただ彼女に、挨拶を返しただけである。

 その僕たちの様子を見て、横に居た男は笑い出す。

「ハハッ......まったく、君はどんな風にしていても、やはり華やかに周りを演出してしまうんだね、佐柳ちゃん」

 その男の言葉に対して、『佐柳』と呼ばれたその少女は、教壇の机の上に立ったままの状態で言い返す。

「うるさい、専門家。なんで朝の起き抜けに、お前の年齢詐称面を拝まなくちゃいけないんだ。ゴールデンウィークの初日だというのに、これじゃあもう、今日は厄日で決まりじゃないか」

「ひどいな~僕は疫病神か何かなのかい?これでも君が生きやすいように、割と色々、働きかけているつもりなんだけどなぁ~」

 そう言いながら、その『専門家』と言われた男は肩をすくめながら、不敵に小さく笑う。

 そしてその笑顔のまま、僕の方を見ながらまだ言葉を続ける。

「特に今回のような、君の不注意で招いた事故の後始末は、本来なら僕の仕事ではないんだ。それなのにそれまでやらせておいて、そんな言い方はないんじゃないかい?」

「いいや、むしろ言い足りないくらいだ。普段のアンタの言動と行動が、あれくらいのことでチャラになると思うな!」

 そう言いながら、その少女は『専門家』の男のことを睨みつける。

 なんだろう、話にまるで入れないし、話がまるで見えてこない......

 この二人は、そこまで仲がよくない......っというよりも、『佐柳』と呼ばれている女の子の方が、一方的に嫌っているような、なんだか、そんな風に思える。

 けれどここで、この二人の会話をただボーっとして見ているだけには、おそらくいかないと思うから......

 だから僕は、意を決して、話に入ろうと試みる。

「あ......あの......」

「ん?」

 僕の声に、『専門家』の男が反応する。

「さっきから何の話をしているのか、まるでわからないんですけれど、でもその口ぶりから察するに、あなたは昨日の夜、僕に何があったのかだけは、知っているんですよね?」

 その僕の言葉を聞いて、男はニヤリと口元を動かしながら答える。

「あぁ、もちろん知っているよ。なんせそ·う·い·う·こ·と·の専門家だからね、僕は......」

 そう言いながら僕と、その『佐柳』と呼んでいた少女を見比べて、何かを考える素振りをして、わざわざ間を置いて、男はこう言った。

「とりあえず、何か食べようか。目の前のコンビニでも行ってきなよ」

 まるで大学生が、友人に言うような言い方で......

 

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