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白髪の誓い、運命の相手は……
白髪の誓い、運命の相手は……
Author: 暁

第1話

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谷口絢香(たにぐち あやか)は、夫の谷口健吾(たにぐち けんご)に内緒で、彼の愛人を海外へ追いやった。

するとその夜、健吾は絢香の両親を拉致し、愛人の居場所を教えなければ両親の命はないと絢香を脅す。

健吾が絢香の目の前に突きつけたスマホの画面に映し出されているのは、椅子に縛りつけられた絢香の両親。二人の胸には時限爆弾が取り付けられ、タイマーの数字が刻一刻と減っていた。

00:59:59。

00:59:58。

スーツ姿で絢香の向かいに座っている健吾が、その長い指で軽くテーブルを叩く様子は、まるで重要でもない契約書のサインを待っているかのようだった。

「絢香、お前にはあと59分ある」その声は穏やかで、優しささえ感じられる。「教えてくれよ。莉子はどこだ?」

絢香は全身の血の気が引いていくのを感じた。喉を締め付けられたように、一言も声が出せない。

健吾がこう尋ねるのは、これで三度目。

一度目、絢香は黙ったままで答えなかった。

二度目、健吾は絢香の顎を掴み、指の腹で唇をなぞった。そして、低い声で囁く。「絢香、そんな意地を張るな」

そして三度目の今……

健吾は自分の両親の命を盾に取った。

「健吾……」絢香の声は震えていた。「あの二人は、私の両親なの。私にとって、何よりも大切な人たちなのに……」

健吾はふっと笑ったが、その目は恐ろしいほど冷たい。「そうか?だったら莉子を追い出した時、あいつが俺にとってどれだけ大事か、考えなかったのか?」

絢香はじっと健吾を見つめていたが、なんだか全てが馬鹿らしく思えてきた。

大事?

外の女はただの遊びで、飽きたら捨てればいいと、そう言っていたのは健吾だったのに。

本当に愛しているのは自分だけ、そう言ってくれていたはずだ。

それなのに今、健吾は青木莉子(あおき りこ)のために、自分の両親を殺そうとしている。

「健吾……」絢香の声はひどく掠れていた。「もし私が言わなかったら、本当に二人を殺すつもりなの?」

少し身を乗り出し絢香を見つめる健吾の漆黒の瞳に、絢香の青ざめた顔が映る。「試してみればいい」

絢香の体は震え、大粒の涙がテーブルに落ちた。

どうしてこんなことになってしまったのか、絢香には理解できなかった。

健吾はあれほど深く、自分を愛してくれていたはずなのに。

当時、絢香はごく普通の家庭の娘だったが、一方の健吾は東都でもトップクラスの財閥の跡取りで、生まれながらの選ばれた人間だった。だから、健吾はプライドが高く、誰かに頭を下げることなど決してなかった。

しかし、そんな男は絢香に一目惚れしたのだった。

健吾の猛アタックは街中の噂となり、99回もの告白はその都度、世間を騒がせた。

ヘリコプターから巨大なバラの花束を降らせたり、街中の大型ビジョンをジャックして告白したり。絢香の誕生日には、街中の花火を彼女一人のために打ち上げさせたこともあった。

絢香の心は動かされたが、彼女の両親は結婚に猛反対した。

財閥一家がどんなものか、よく分かっていたからだ。妻という本宅がありながら、外には愛人を囲う。お金持ちの愛なんて、おとぎ話のようにはいかない。

両親は同じような家柄の相手と結婚させたいと考えていた。しかし健吾は全てのプライドを捨て、絢香の実家の前で丸一日土下座を続け、結婚の許しを求めた。

結局、絢香の両親もそんな健吾の行動に心を打たれたのだった。

結婚後、健吾は絢香を溺愛し、何事も彼女を優先してくれた。

絢香が生理痛で苦しんでいると聞けば、海外出張から夜通しで飛んで帰り、絢香のために温かい飲み物を作ってくれた。

絢香がふと「街の西側にある店のモンブランが食べたい」と口にすれば、健吾は街を半周してでも車を飛ばして買いに行った。

絢香は、本当に素晴らしい人と結婚できたと思っていた。

そう、初めて「青木莉子」という名前を聞くまでは……

それは、秘書との雑談の中でのことだった。ある女子大生が、健吾の講演中にわざと転んで、気を引こうとしたらしい。なんて使い古された手口だろう。

だから、絢香は笑って気にしなかった。それに、健吾に言い寄る女は星の数ほどいたし、何より健吾はこれまでスキャンダルが全くなかったから。

しかし、二度目にその名を聞いたのは、ベッドの中だった。

絢香の体に覆いかぶさった健吾が、昂りのなかでぽつりと「莉子」と呟いたのだ。

その瞬間、絢香は氷の底に突き落とされたような衝撃を受けた。

絢香が問いただすと、健吾は絢香を抱きしめて説明し始めた。確かに莉子を愛人としようと思ったが、それはただの遊びに過ぎないのだと。

「絢香、俺の周りだってみんなそうなんだよ。でも、俺が一番愛しているのはお前だけ。それは永遠に変わらないよ」

しかし、それからの健吾はますます大胆になっていった。

莉子に宝石や別荘を買い与え、プライベートなパーティーにまで同伴させるようになった。健吾と莉子のスキャンダルは、あっという間に街中に広まった。

絢香は泣きながら健吾を責めた。しかし、健吾が昔のように優しく慰めてくれることはなく、ただ冷たく「馬鹿なことを言うな」と言い放つだけだった。

ついに我慢の限界が来た絢香は、莉子を国外に追いやった。

でもまさか、健吾がこれほどまでに激しく反応するとは思ってもみなかった。なにせ、絢香の両親を拉致し、爆弾まで取り付けて、莉子の居場所を言わせようとしているのだから。

「彼女はS国にいる」絢香は震える声で口を開いた。「S国にある私名義の別荘に住まわせてるの」

健吾は数秒間絢香をじっと見つめ、話の真偽を確かめているようだった。やがて健吾はスマホを手に取り、どこかへと電話をかけた。

確認が取れたのか、健吾はジャケットを手に取ると、急いで莉子を迎えに行こうとした。

「私の両親は?」絢香はとっさに健吾の袖を掴む。「話せば解放してくれるんじゃないの!」

健吾は冷え切った目で絢香を振り返った。「街の南にある廃工場だ。自分で探しに行け」

絢香はよろめきながら部屋を飛び出し、車で南の工場へと向かった。

絢香が二人を見つけ出した時、爆弾のタイマーは残り10分を切っていた。

両親は椅子に縛られ、口を塞がれている。絢香の姿に気づいた両親は必死に首を振り、早く逃げろと訴えてくる。

しかし、絢香は駆け寄り震える手でなんとか縄を解こうとした。しかし、爆弾のカウントダウンの音は、無慈悲に鳴り響き続ける。

00:03:21。

00:03:20。

縄は固くどうしても解けない。焦りで涙が溢れてきた。

突然、父親の中山竜之介(なかやま りゅうのすけ)が絢香に体当たりした。絢香はよろめいて後ろに下がる。次の瞬間、竜之介は爆弾に向かって、自らの体を激しくぶつけた――

「お父さん――!!!」

耳をつんざくような爆発音が響き渡り、熱風が絢香の体を吹き飛ばす。

地面に強く叩きつけられ、絢香の目の前が真っ赤に染まった。

……

目が覚めると、絢香は病院のベッドの上にいた。

両親は二人とも重傷を負ったが、幸いにも命に別状はなかったようだ。

絢香は病室のベッドの前で崩れ落ち、泣きながら謝った。「ごめん……私の見る目が無かったばかりに……」

母親の中山明日香(なかやま あすか)は弱々しく手を伸ばし、娘の髪を撫でる。「何馬鹿なこと言ってんのよ。またやり直せばいいでしょ」

絢香は首を振った。「あの人は私を自由にはしてくれない」

莉子の存在を知った当初、絢香はそれを受け入れられなかったため、もちろん離婚を考えた。

しかし、絢香が離婚協議書を作るたびに、健吾はそれを破り捨てたのだった。

莉子はただの遊び相手で、飽きたら捨てるつもり。本当に愛しているのは絢香だから、絶対に手放さない、と。

すると、竜之介が絢香の手を握った。「いや、絢香。お前も知らないだろうし、あいつも忘れているだろうけど……実は、お前の結婚を許したあの夜、俺とお母さんはあいつに離婚協議書を書かせたんだ」

絢香はきょとんとした。

「もしあいつがお前を裏切ったのならば……」竜之介は静かな声で言う。「その協議書が効力を持つはずだよ。お前はすぐに離婚できるし、俺たち家族も……あいつの前から永久に姿を消すことになる」

絢香は一瞬呆然としたが、次の瞬間には涙が止めどなく溢れてきた。

そうだったのか。両親は、とっくに逃げ道を用意してくれていたのだ。

……

翌日、絢香は二つのことを実行した。

一つ目は両親と共に、署名済みの離婚協議書を携えて弁護士事務所へ向かった。

書類を確認した弁護士は頷く。「協議書は有効です。離婚はただちに成立するでしょう」

二つ目。絢香たち一家は、戸籍を抹消する手続きを取った。

この手続きが完了すれば、この世から絢香という人間は存在しなくなる。

そして健吾は、永遠に絢香を見つけ出すことはできなくなるのだ。
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