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第5話

Auteur: 蓮霧 燈芙
私は最後に一度だけ、スマホの画面を見つめた。気になっていたのは——白石志乃の裏アカウントに浮上した投稿。

【玲央は、私たちの結婚式で『ピエロの弄び集』を流すつもりらしい。泣き崩れるあの人の顔が、オープニングにぴったりなんだって】

添えられた写真には、山頂マンションの金庫。そこには、整然と99本の録音ペンが並んでいた。

玲央からの着信は鳴り止まず、私は小さく笑って、そっとSIMカードを抜き取った。

彼はまだ、飛行機事故のことを知らない。ただ、私が「弄びゲーム」の真相を知ったと気づいた頃だろう。

疑い、怒り、焦燥?あるいは、不安と混乱?

——もう、何一つ重要じゃなかった。

父は言った。プライベートジェットをレーダーから消すのは、結婚写真から指紋を拭き取るようなものだと。何も心配はいらないと。

私は、玲央の人生から静かに姿を消す。

事故の報せが届くや否や、彼は理性を失ったように事故現場へ駆けつけた。焦げ跡を残す残骸に素手を突っ込み、鋼鉄に裂かれた高級スーツなど意にも介さず、彼は瓦礫を掘り返し続けた。

消防隊員が制止しようとするが、彼の血走った目に、一歩退いた。

「婚約者が、あそこにいるんだ!今日、僕が贈った月のネックレスをつけてるんだ!」

そこへ、一人の大柄な男が近づいた。玲央が顔を認識する間もなく、無言のまま拳を振り下ろした。

彼は倒れ伏すが、殴り返しもせず、ただ、ひたすらに——心の中の人の姿を求めて残骸を掘り続けた。

「月島さんの遺骨は、母親とともにパリで眠ります。あなたが背負った罪は、どんな悔恨でも洗い流せません」

そう告げたのは、私の父の秘書だった。

玲央はその場に膝をつき、荒れ果てた廃墟に崩れ落ちた。

その時、彼の視線が、何かを捉えた。埃まみれの破片の中に埋もれていた、ひとつの指輪。

彼がかつて、私と選んだものだった。

震える手で拾い上げると、その内側には、こう刻まれていた。

【第100回の弄び。あなたの愛にすべてを賭けた】

その文字は、私が最後に刻んだものだった。

玲央の体は、雷に貫かれたかのように震えた。

ようやく彼は悟った——私はすでにすべてを知っていたのだと。

それでも彼は、私を何度も傷つけ、そして白石志乃とその仲間たちが私を踏みにじる姿を、ただ黙って見過ごしていたのだった。

弄びゲームという仮面をかぶっ
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