Masuk第二十三回 音□□ 私は楽器の演奏者。木管楽器は吹けないけど、金管楽器は殆ど吹く事が出来るの。そうね、基本はトランペットとホルンかな?トランペットは分かると思うけど、ホルンって分かる?ほら、あるじゃない?カタツムリみたいな感じの楽器。あれね。 ホルンは左手でピストンを押しながら、右手で軽く支える。チューニングをする時は管を動かすよりも、唇と腹筋と、右手の位置を少し変えて調節した方がいいんだってさ。管を動かすとね、一つの音がピッタリでも、他の部分でずれていくから、一番は腹筋と唇の形を変更する事。 楽器を吹く事ってね。不思議なのよ。だって私の身体自体が楽器なのに、それを響かす、他の楽器があるなんて不思議じゃない? この考え方が変わっているのかもしれないけど、自分の身体が資本って訳よ、要するに……。 毎朝五時起き。寝起きが最悪で、寝坊助な私にとっては地獄なのよ。早起きって。仕方ないんだけどね。弁当も自分で作っているし、色々する事があるから起きないと。六時から、朝練があるからね。頑張らないと、皆に迷惑かけちゃうからね。 ――そんな事言ったって、いつも寝坊するんだけどね。 一番ひどい寝坊は夕方の五時に目が覚めた時だった。凄く眠たくて二十四時間寝てたから、廃人に近いのかもしれないね。 電話をかけて『寝坊しました』と担任に言うと『あんた今何時だと思ってるの?』と怒られた。何度かけても留守電になるから、何かあったのかと心配していたらしく、訪問しようとしていたらしい。 (……よかった。目覚めて) 「すみません。最高記録更新してしまいました」 ジョーク交じりでも、一応真剣に言ってみたんだけど通用する訳なくて、溜息の連続が受話器から聞こえてくる。聞いていると、こちらも溜息を吐いてしまいそうだ。 試しに私も先生の真似をしてみたんだ。 「私もここまで寝たのは、初めてです。本当参りますよね……はぁ」 『……溜息吐きたいのは先生の方なんだけど』 「あ、すみません。ついつい。真似してみました。と言う訳で部活だけは出ます。では明日は登校するので。さよならー」 強制的に会話を終わらして、逃亡する。学校生活でもよくする手法の一つでもあるから、私からしたらいつもの事だ。なのだからたいした事ないのだから、何も心配する必要なんてない。
第二十回 私の育った環境□□ 私の好きなものは自然。植物とか凄く好き。松の木も凄く素敵ね。私の家には庭園があるの。家は本家と母屋に分かれていて、本家に向かう所に真ん中に石の道が出来ていてね、大きな石たちが加工されているの。 子供頃よく後輩、先輩、友人、関係なく『ケンケンパ』してたなぁ。凄く懐かしい。その道を挟むように複数の木々が植えられていてね、庭師の方々が千手しにくるの。祖父が生きている時は盆栽もあったらしいけど。私の記憶は曖昧で、そこまで覚えていない。鹿威しのいい音がいつも聞こえてきてね。縁側でお茶を飲みながらその光景を楽しんでいる私がいたの。紅葉の木と銀杏の木を見つめていると心が安らぐんだ。 ――本当、いい風景を残してくれたなぁ。 家の中はね部屋が全て合わせると衣裳部屋を合わせると九部屋あるの。衣裳部屋と言っても、贈り物を管理する部屋になっているし。機能はしてないけどね。トイレは二か所あるから困る事もないんだ。 もう一つの家は二階建てで、幼い頃住んでいた家でもあるの。途中で本家に移り住んで、私は『応接間』を自分の部屋に改造しちゃったけど、誰も怒らなかったのが不思議だよね。 私の部屋には二か所窓がついている。一か所はね、側面全部窓な訳。でも下に戸棚があるから上部分だけ。半分上が大窓で、半分下が全部戸棚。だから収納に困る事はなかった。 今考えたらあの戸棚を改造して本棚にすりゃよかったかな?とか考えるけと後の祭りだよね。 いつも夜になるとね、カーテンを開けて、戸棚の上に座るの。そして丁度星空と月が綺麗に見えるからさ、いつもそれを見つめながら、お茶を飲んでた。 ――私の特等席。 自然に囲まれているのって凄く素敵なんだよ。空気も美味しいし、なんたって朗らかなのだから。よくその大窓から家を抜け出してさ、バレないようにコンビニに行ったりしたっけ。 女の子なんだから夜道は危ないよ?と周りは言うけど、だから何だってーの?やばいと思ったら相手の急所を蹴り上げて、逃げるのみ、これに限るってもんよ。 満月に見守られながら、歩いていると夜風が優しく頬を撫でる。まるで守られているみたいで安心する。もしかして知り合いが守ってくれてるのかもしれないね。 うーんと、両手を上にあげて背伸びを
第十七回 オムツ□□ 子供の頃から私のオムツをかえていたのは誰だと思う?普通親だよね。私よく分からないけど、祖母と時々母がかえていたと思うの。それでも確実な事があってね、それ以外の人で私のお守りを定期的にしていてくれた知り合いのお兄ちゃんがいたんだ。 私は気が付くと、いつもそのお兄ちゃんにべったりでね。遊ぼっ遊ぼっ!って懐いていたみたい。まるで子犬のように……。私が懐くってよっぽどだよ?普通はそこまで心を開かないし、懐かない。ましてや子供の頃の私は用心深く、自分の心を閉ざしてたから余計にね。 今日は何して遊ぶ?何しようかな?と考えてるとゾクゾクと寒気がしてね、まだオムツだった私は、フルフル震えていた。 そんな私に気付いたのはそのお兄ちゃんなの。 『どうしたの?塁ちゃん』 近づいてきて、顔を覗き込むお兄ちゃんは、いつもと違う私の異変に気付き心配している。 「なんでもないもんないもん!」 プイッと顔を逸らして駄々っ子に変身してしまった私を元に戻せるのは誰なんだろうかな?ふふふと微笑みながら、幼き自分の姿を見つめている現在の塁。 プルプル震える、身体が勝手に反応してしまう。堪える事が出来なくなった私は、『瞳』をウルウルさせながら、お兄ちゃんの耳にこっそりとヒソヒソ話をする。 「おしっこ……」 『え』 「漏れる」 『え』 「お兄ちゃん……うう」 『よしよし。ちょっと我慢出来る?』 「……出る」 『え』 「うわああああああん」 そしてこの場には私とお兄ちゃんしかいない。濡れたオムツは気持ち悪くて、余計泣いてしまう私がいた。 そんな私のオムツをかえてくれたのは、勿論お兄ちゃん。優しくしてくれて、大丈夫だよ、って言葉で安心させてくれる、優しいお兄ちゃん。 ◇◇◇◇◇ バタバタと廊下が煩い。いつの間にか泣きつかれたのかスヤスヤ寝ていた私は、その足音で目覚めた。ムクリと起き上がると、私を守るように、あやすように、傍で一緒に眠っているお兄ちゃんの姿があった。 (泣いてた事内緒にしてもらわないと……恥ずかしいよ) ショックと羞恥心で伝るのを忘れた私は後悔をしていた。あの時我慢なんてせずに、正直にトイレに行
第十五回 コイントス□□ 今日もいつもの日常が始まる。学校に行く前からずっとこれだよ、本当勘弁してほしい。私はチューインガムをムシャムシャとかみ砕いている。少し機嫌が悪いように感じるのは昨日の賭けに負けたからだ。 賭けが何の賭けだって?コイントスだよ。表が出たら私の勝ち。裏が出たらあいつの勝ちな訳。それで終わればよかったんだけどさ、それには続きがあるのよ。勝ちと言っても、それで賭けが終わる訳ないの。だって『罰ゲーム』が必要でしょ?じゃないと面白くないじゃん。 ――自分の提案で自爆するとか、マジ笑える。 私が勝った場合は、半年間お昼ご飯を奢る事。あ、勿論、私にだからね。勝者がおいしい思いをするの当たり前でしょ。 正直、自信満々だった訳。私、勝負事にはめっちゃ強いし、あんな奴に負けるなんて絶対に、世界が滅んでもあり得ないって思ってた訳よ。私の中では敗北の文字なんてありはしなかった……そうあの時までは。 放課後だった。私とあいつの二人きりの教室は静かだけど、二人の会話が雰囲気を台無しにしている。少女漫画とかなら、ここれアクションが……とかあるはずなんだけど。これ漫画じゃないし、こんな奴とそんなラブロマンスなんてあって、たまるかっつーの。 『何ボーッとしてんの?ビビってんのか?』 「はっ!まさか。あんたこそチビリそうなんじゃないの?」 『ホント、減らず口だな。可愛くねぇ』 「それはこっちの台詞なんですけどー」 『俺、結構モテるんだよ』 「ほー自慢ですか?」 『くわああああああ!ムカつく!!!!!!』 そうそう、この発狂が聞きたくて、いつもいつも言葉で追い詰めて茶化してる。女子にチヤホヤされてる奴が、こんな風に獣みたいな唸り声とか叫び声あげるのって楽しくて、魅力的でしょ?
第十二回 感謝□□ いつからだろうか『笑顔』が苦痛になったのは。楽しくて笑っているのではなく、周りに合わせて笑っているだけ。自分を守る為に……。 私は学校に着いて、一息つこうと教室へと向かうと友人の一人が後ろから抱きついてくる。『おはよう』と微笑みながら、いつものスキンシップをする。基本群れるのは好きではない、ある程度の距離を取りながら人間関係を作る。じゃないと余計な情で動いてしまうし、友人達が間違った行動をした時に、止める事も出来ない。だって、価値観が同じになったりすると、他の人達の考えや気持ちを見る事も出来ないし、話を聞く事も無理になってしまう。 だから私のあだ名は『旅人』だったの。いつもトラブルがあるとサッと現れて、一言で解決するとか、周りは言っていた。 『塁は正論しか言わないから。皆、何も言えなくなるのよ』 「そう」 『本当、ドライだね。さすが、期待してる』 「他人の為に動くなんて、しないから」 『そう言って、いつも私達を守ってくれるのは誰かな?』 「気のせいでしょ。私は私の役割を果たしているだけだから」 『あんたを敵に回す奴なんているのかね?私達は塁の過去を知っているし、切れた時のあんたは最高に綺麗。血まみれだしね』 「口、縫っていい?」 『マジにとんなよ。冗談だって~』 「そっちこそ、マジにとんないでくれない?ブラックジョークでしょ?」 笑顔の私と冷酷な私が存在してる。長い付き合いの友人からは沢山の仮面を持ちすぎと言われるけど、これはこれで都合がいいの。 ――でもね。私だって笑顔になりたい、本当の笑顔を取り戻したいの。 帰宅すると、静かな空間しか存在していない。微かに聞こえるのは蛇口からポタリと堕ちる雫の音。そこに
第十回 フラッシュバックと無力□□ 夜は地獄の時間。私にとって苦痛の時間。全身が張り裂けそうな痛みと首を絞められるような感覚が残り、今日も明けない夜が始まるんだ。 誰も助けてくれない、いつもベッドの中で涙しながらも、唇を噛み締めて、誰にも気付かれないように感情を溢れさせていた。 恐怖でカタカタと震える身体の抑え方を知らなくて、フラッシュバックを体感しながら、人間の悪の部分に埋もれて……頭が壊れそうだった。 耐えれない私は、泣き声をあげる代わり、自分の右手の中指で左腕の肉を切り裂く。なんとなく意識を保っている状態だけど、痛みなんて、何も感じなかった。あるのは恐怖と過去の自分の悍ましさだけ。 ――あんなの私じゃない、違う。 両耳を両手で遮って、私の唸り声と人の叫び声と、ギュッと瞼を閉じ、見たくないものを見ないようにしたの。 それでも見える。それでも聞こえる。それでも、私は幼少に戻る。インナーチルドレンがケラケラと微笑みながら『貴女も潰れてみる?』なんて私に囁くの。 ――やめて、もう。お願いだから。 毎晩毎晩、何日も何か月も何年も、永遠に続く地獄の記憶。それから逃げる術はない。ある訳ないんだ。 頭がボーッとする。まるで脳に直接麻酔を打たれたみたいに、自分の心も体も固まって、視界から色が消える。全てがモノクロの世界。懐かしい世界でもあるんだ。 『逃げれると思うの?あの時から、そしてあたしから……』 ふふふと嗤う幼少の私の姿を模った亡霊は、私を自由にするつもりはないらしい。永遠に自分のものとして、おもちゃとして、操り人形として、生きて苦しめるつもりなのだろうか。 ――こんなの望んでないのに、どうして? 背中の十字架は重くて重くて、私の身体は耐えられない、壊れそうだ。周