LOGIN「先輩、あなたたち本気で付き合っているのですか?」「なにを言ってるの。まさか遊びなわけないでしょ?」志音はあっけらかんとしていた。「昴は佑弦くんの事を気にしない妻が必要だし、私も子供を産むつもりはないから、私たち、お互いの利害が一致しているだけあって、結婚相手としては最高じゃない」「じゃあ、彼のことを愛しているんですか?」「愛?」志音は眉を上げると、両手で頬杖をつき、優希を見つめた。「優希ちゃん、誰もがあなたみたいに恋愛に一途になれるわけじゃないの。あなたみたいに幸運に恵まれるわけでもないし。あなたと哲也さんが色々あった末に今があるのは、あなたが頑張ったからよ。私には無理だわ。あんな風に誰かを必死に愛するなんて。それに、私の周りには、そこまでして愛したいって思える男性もいないんだから」「夏暉さんじゃダメなんですか?」優希は志音をじっと見つめて言った。「一昨日、彼がひどく酔っ払って、哲也が迎えに行ったんです。その時、ずっとあなたの名前を叫んでいたそうですよ」志音は目を伏せた。「私と彼は、とっくに終わったのよ」優希は彼女を見つめた。「2年以上も付き合って、別れてまだ3ヶ月も経ってないじゃないですか。本当に吹っ切れたなんて信じられません」「吹っ切れたわけじゃないの。ただ、がっかりすることが重なって、気持ちが冷めてしまったの。もう人を愛する気力がないのよ」優希には分かっていた。志音はもともと、心を開くのに時間がかかるけど、一度好きになったらとても一途な人だ。簡単には人を好きにならないし、一度好きになったら、そう簡単には忘れられない。湊のことで数年も片思いをして、今度は夏暉に2年以上の時間を費やした。31歳。仕事では成功しているが恋に傷ついた女は、将来を理性的に考えるようになるのも仕方がないことだ。ただ、その分、もう簡単には誰かを愛せなくなるのも事実なのである。優希は、愛していないのなら、愛のない相手と安易に一緒になるべきではないと思っていた。愛情のない結婚でも、お互いに敬意があれば、なんとかやっていけるかもしれない。でも、利害が絡んで関係がこじれてしまえば、とても面倒なことになるに違いない。昴はこの数年、女性スキャンダルが絶えないこともあって、優希には、彼がいい夫になるとは到底思えなかった。そこまで考えて、優希は口
それからレストランの2階、個室にて。優希は、ステーキを口に運び、ゆっくりと味わっていた。そして優希の向かいに座る志音は、桜のすっぴんの美しさについて、まだ夢中で話しているのだった。「あんなに綺麗だと、芸能界っていろいろ危なくないかな?っていうかどんな両親から生まれたら、あんな美人になるんだろうね......いや、それより兄弟はいるのかな?よし、調べてみようっと......」そう言うと、志音はスマホを取り出し、桜のプロフィールを検索し始めた。優希は呆れながら笑った。「それで、もし兄か弟がいたらアタックするつもりですか?」「もちろん!彼女が美人だから、兄弟も絶対イケメンでしょ?」志音は顔を上げて言った。「あなただってそうでしょ。あなたも、兄も妹も、みんな美形じゃない。まあ、これはご両親の遺伝子がいいからだけど。やっぱり、美形の遺伝子は安定して受け継がれるのよ!」そう言われ、優希は返す言葉もなかった。「あっ!本当に弟がいる......えっ?彼女、M市出身なんだ。しかも実家は恵美町って書いてある。あそこって海沿いの街よね?不思議ね、日に焼けやすい場所だから、あっちのほうの子は地黒な子が多いって聞くのに、あんなに色白なんて。もしかして美容注射でもしてるのかな?」優希はため息をついた。「先輩、それってすごい偏見じゃないですか?海沿いだって色白の子はたくさんいるし、もともと焼けにくい体質の子だっているでしょう。そういう子は、ちょっと焼けてもすぐ元に戻るんですから」「ちょっと言ってみただけよ。だってネットのインタビューを見ても、M市出身なんて全然見えなかったから意外だったんだもん。それにしても、声は本当に可愛らしいのに、言うことはきつくて、容赦がないわよね!」「おしゃべりはそれくらいにして、早く食べてください。せっかくの料理が冷めてしまいますよ」優希はそう言って、自分の食事を続けた。「食べてるってば!」志音は食事を続けながら、ふと思い出したように言った。「でもさ、彼女があんなリスクを冒してまで会いに来たってことは、あなたのことをすごく信頼してるってことじゃない。本当に、引き受ける気はないの?」「芸能人の案件がどれだけ面倒か、あなたも分かってるでしょう」優希はそう言ってスープを一口飲んだ。そしてクリーミーなスープをスプー
優希は振り返った。「どうしたの?」「さっき、日向にキスしただろ」「......もう、いい加減にしてよ。そんなことまで張り合うの?」「当たり前だろ」そう言うと哲也は頬を寄せてきた。「日向がしてもらったことは、父親である俺もしてもらわないとな」優希はため息をついて、哲也に顔を寄せた。唇が哲也の頬に触れようとした、その瞬間。彼は不意に顔の向きを変え、頬にキスをしようとしていた優希の唇に、強くキスをした。そんな彼に、優希は思わず言葉を失った。一方、哲也は彼女が反応できずにいる隙に、もう一度キスをした。すると、優希は彼の脇をつねった。「外なんだから!」だが、してやったりと得意げな哲也は、さらに優希をからかった。「夫婦がキスするのは法律違反じゃないだろ?」優希は彼を睨みつけた。「もうあなたと話しても無駄みたい。先に行くから。運転、気をつけてね」「仕事、頑張りすぎるなよ。昼は何が食べたい?誰かに届けさせるから」「大丈夫。お昼は先輩と約束してるから」優希は哲也に手を振って、車のドアを閉めた。それから、哲也は車の窓を開けて、優希がビルに入ってエレベーターに乗るまで見送ると、ようやく視線を戻して、車を走らせた。こうして、ファントムは、大通りへと走り去っていった。......一方、優希がオフィスに入るとすぐ、光葉から内線があった。受付に来客があり、訴訟の相談で優希を訪ねてきたという。「近々担当する刑事事件があるから、今は受けられないの。先輩あるいは他の人に相談するように伝えてくれる?」「でも、どうしてもあなたご指名だそうです。それに、その方、ちょっと特別な人みたいなんです」と光葉は言った。その言葉に、優希は資料をめくる手を止めた。「特別?」「最近、ネットで話題の春日桜(はるひ さくら)さんです」桜?優希はアイドルの追っかけでもなく、芸能界にも興味がない。しかし、桜という人物は、偶然にも知っていた。なにせ、彼女は年明けにネット配信のドラマで炎上してトレンド入りしたのだ。さらに、事務所がどう働いても止められない彼女の口からでまかせによって、そのスキャンダルはなんとまる1ヶ月もトレンドの上位に居続けたのだった。多分、炎上も人気のうち、ということだろう。ネットで叩かれれば叩かれるほど、桜の人気はうなぎのぼ
それから幼稚園に着いて車が停まると、さっきまで泣き止んでいた日向がまたわんわん泣き出した。それを見た哲也は無理やり連れて行こうとしたけど、優希がそれを止めた。「あなたは先に結翔を連れて行って。私が日向を説得するから」「優希、日向は、あなたが甘いって分かってるからぐずっているんだよ」哲也は優希を見て、珍しく真剣な顔で言った。「日向の性格は、3歳になったらちゃんと躾けるって約束しただろ。だけど、3歳をすぎてもうすぐ幼稚園生になるんだ......それでもまだ甘やかすのか?」優希は唇を引き結んだ。彼女は、哲也が怒っているのが分かった。日向の教育方針については、二人の意見がいつもぶつかってきた。優希は、日向は結翔とは性格がまったく違う、手のかかる子だと思っている。だから、結翔と同じ育て方じゃだめだと考えていた。二人は双子なのに、生まれ持った性質は正反対。結翔は小さい頃から物分かりが良くて、感情の起伏が少ない、いわゆる「お利口さん」だった。一方、日向のほうは生まれた時から繊細で、お世話も結翔よりずっと手がかかった。優希は、子供の性格が違えば育て方も違って当然だと考えていたけど、哲也はそれに同意しなかった。結婚して3年、彼らが喧嘩することは滅多になかった。数少ない喧嘩の原因は、いつも日向のことだった。でも、子供たちの前で優希が哲也と口論することはほとんどなかった。今みたいに、哲也が冷たい顔で何かを言っても、優希は心の中で少し不満に感じても、子供たちがいることを考えて、穏やかな声で言った。「そんなに焦らないで。大丈夫よ、幼稚園にはちゃんと行かせるから」そう言って、彼女は腕の中の日向を見下ろし、さらに声のトーンを和らげた。「日向は、ちょっと緊張してるだけなのよね。結翔も一緒だから、本当は幼稚園に行きたいんだよね?ね、日向?」日向は潤んだ大きな瞳をぱちくりさせ、こくりと頷いた。その様子を見て、優希は息子の頭を撫でた。「日向、すごいじゃない。結翔みたいに、とっても勇敢だね!」すると、父親の膝の上に座っていた結翔は、母親に褒められて、彼女そっくりの瞳を一層輝かせた。そして小さな手で、日向の顔の涙を拭ってあげた。「日向、泣かないで。ママが言ってたよ。幼稚園はね、お勉強するところなんだって。お勉強して、大きくなったらパパみ
哲也は隣に座り、嬉しそうにはしゃぐ優希を、愛おしそうに見つめていた。そして、イベントの最後、観客が一体となって盛り上がるタイミングになると、色とりどりのテープが会場に舞い降り、照明がふっと暗くなった。マイクを通して、ステージから歌手の声が会場にいるすべての人に届いた。「今から、あなたの人生で一番愛する人に、情熱的なキスを――」すると、会場にいる若いカップルは、次々と抱き合って熱いキスを交わした。優希はこの壮大な光景に思わず驚き、とっさに志音と安人もここに来たら、恋人が見つかるかもなんて思ったから、写真を撮って二人に送ろうとしたのだった。しかし、スマホを構えた途端、大きな手に手首を掴まれた。優希がはっとして顔を上げた瞬間、男の大きな手がうなじに添えられた。そして哲也の端正な顔が目の前でどんどん大きくなっていき、やがて唇にいつもの感触が伝わってきた。優希のまつ毛が震えた。一方、哲也は彼女の唇を吸いながら、低い声で囁いた。「俺の人生で、一番愛してる人。目を閉じて、うん?」そう言われ優希の瞳がかすかに揺れ、思わず胸が高鳴った。そして哲也は目を閉じると、彼女の唇をこじ開けて舌を滑り込ませた。それは、強引だけど優しいキスだった。優希も目を閉じ、ぎこちなく、そして拙く彼に応えた。ステージでは、歌手が最後の曲を歌い終え、マイクを片手に高らかに叫んだ――「『あなたを愛し続けることが、人生で一番素晴らしいことなんだ』って、きっと時間が証明してくれる!今夜ここにいるカップルの皆さん、これからも素敵な毎日を、隣にいるその人と迎えられるように!!」かつて若気の至りによって、二人は一度すれ違ってしまった。でも幸運なことに、時を経て運命に導かれ再び互いにめぐり逢えたのだ。こうして、26歳の優希と29歳の哲也は、今日という日を一緒に過ごすことができた。そして未来も――優希は、これからも二人はずっと離れずに、命が尽きるその時まで、一緒にいるのだと固く信じていた。......3年後。幼稚園の入園式の日。今日は、4歳になる双子の兄弟が幼稚園に入園する初日だ。哲也と優希は、わざわざ休みを取って、二人の付き添いに来たのだ。正確に言うと、もし夫婦が今回、他の人は来ないでと強く言わなかったら、今頃は両家の親族がみんな集ま
寝室で、優希は眠っている間も眉をひそめていた。哲也がそばに来て座り、大きな手で彼女の額に触れた。体温は少し高いけど、幸い、医師は2日ほど休めば大丈夫だと言っていた。優希はぼんやりと目を開けた。哲也の姿が見えたが、まだ頭がはっきりしない。「どうしてまだ仕事に行ってないの?」哲也は苦笑いして、「もうお昼だよ」と言った。「え?」優希は目をこすった。「私、そんなに寝てたの?」「熱があるんだよ」優希は黙り込んだ。「俺のせいだ」哲也は彼女の頬を撫でた。「昨日の夜は、つい夢中になってしまった。これからは気をつけるよ」もともと微熱で赤らんでいた優希の頬は、哲也の言葉でさらに真っ赤になった。「よく言うよ......」優希は彼をちらりと見た。「昨日の夜、最後の時はもうやめてって言ったのに、あなたが無理やり......」そしていざ言葉にしてみると、優希の頭に昨夜の光景が浮かんできた。そう思うと優希は恥ずかしさのあまり、布団を引き上げて顔を隠した。一方哲也は、彼女のそんな仕草がたまらなく愛おしく感じた。「これからはしないよ。一晩に、多くても1回だけにするから」すると、優希は布団を少しだけ下げて、両目だけを覗かせて言った。「週に1回」「......それは、ちょっと難しいかもな」「じゃあ、2回」それを聞いて、哲也は困ったように言った。「優希、俺たちはまだ新婚1年目だぞ。しかも、この1年でまともにできたのは昨日の夜だけなんだ。俺に禁欲しろとでも言うのか?」「でも、あなたももうすぐ30歳でしょ」優希はぶつぶつ言った。「男の人は25歳を過ぎたら一気に衰えるって言うじゃない。今から気を付けないと、体が持たなくなるよ!」そう言われ哲也はきょとんとして、一瞬、困惑した表情を浮かべた。だけど、優希はそれに気づかず、目をこすりながら、「ちょっと喉が渇いたな」と言った。すると、哲也ははっと我に返り、優希の視線に応えた。「水を汲んでくるよ」「うん、ありがとう」優希は彼に甘く微笑んだ。それを見て哲也は優希の頭を優しく撫で、立ち上がるとリビングへ行って水を一杯汲んできた。優希は、その水を一気に飲み干した。水を飲むと、彼女も少し気分がすっきりしたようだった。「何が食べたい?シェフに作らせるよ」優希はお腹を
車のドアが開き、綾と悠人が降りた。すると向こうのベンツの運転席のドアが開き、清彦が急ぎ足でやってきた。「綾さん、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」清彦は、誠也と綾が隠れて結婚していることを知らなかった。綾は清彦の態度を気にしなかった。彼女は、悠人を清彦に渡すと、踵を返して建物の中に入った。車から降り輝は、小走りで彼女の後を追いかけた。清彦に手を引かれてベンツへと向かっていた悠人は、振り返ると、ちょうど輝と綾が一緒にエレベーターに乗り込むところだった。彼は眉をひそめ、大きな瞳に不満が浮かんだ。-満月館。黒いベンツが庭に停車し、清彦が降りて後部座席の
「綾、お前は今は冷静じゃない。これ以上、話しても無駄だ」誠也は諦めたようにお味噌汁をテーブルに置き、悠人に手招きした。「悠人、こっちへ来い」悠人は不安そうに綾を一瞥してから、誠也の元へ行った。誠也の隣に立つと、悠人は彼の手を握り、小さな声で尋ねた。「お父さん、母さん怒ってる?喧嘩したの?」「喧嘩してないよ」誠也は悠人の頭を撫でて言った。「悠人は、二階で遊んでくれるか?」悠人は、本当は行きたくなかったが、父と母の雰囲気が悪いのは分かっていたし、それに何より、母が自分にものすごく冷たい。少しむくれていた。母は、今まで一度もこんなに冷たかったことはないのに。今母はとても怖
「電話で話しても同じことじゃない」綾は冷淡に言った。彼女は本当に誠也に会いたくなかったのだ。だが誠也は断固とした態度で言った。「今夜は酒を飲んだから、出かけない。南渓館に戻ってきてくれ」そう言うと、通話は切れた。綾は携帯を握りしめ、指先は白くなった。星羅は心配そうに尋ねた。「何て言ってたの?」「南渓館に行ったら、直接話をするって言われた」「クズ男!」星羅は眉をひそめた。「わざとでしょ?この前、あなたはもう南渓館には戻らないって言ったのに、今更、南渓館で条件を話し合うなんて!ムカつく!」綾は目を閉じ、気持ちを落ち着かせた。最後に南渓館に行った時は、とても不愉快
星羅はさりげなく後ずさりながら、端の方に寄ってスマホを取り出した。そして、ラインでこっそりメッセージを編集し始めた......「お前がそう言ったからって、俺が信じるとでも思ってるのか?」誠也は綾を睨みつけ、呼吸がさらに荒く速くなった。「綾、お前はそんなことを絶対にしないはずだ。できないはずだ......ゴホッ!ゴホッ!」誠也は言葉を言い終わらないうちに、突然激しく咳き込み始め、次の瞬間、口から血が噴き出してきた――「碓氷さん!」丈は驚きの声を上げ、愕然として倒れ込む誠也の大きな体を支えた。「ストレッチャーは?早く、救命室へ――」騒然とした中、誠也は救命室へ運ばれていった