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第379話

Author: 栄子
深夜、満月館に車が到着した。

庭には黒いベントレーが停まっていた。

ナンバープレートを見て、遥の顔が曇った。

ベントレーの運転席側の窓が下げられ、克哉は鋭い視線を遥に向けた。

遥は持っていたバッグを強く握りしめた。

「美弥、車は車庫に入れて。それから、先に家に入って」

「はい」と美弥は答えた。

遥はドアを開けて車から降りた。

克哉も車から降り、車体に寄りかかりながら葉巻に火をつけた。

夜の闇の中、克哉は葉巻を咥え、遥を睥睨していた。

遥は克哉を見て、優しい声で言った。「待ってた?」

克哉は葉巻を指で挟みながら言った。「どこに行ってたんだ?」

「桜井家に戻ってたの」遥は静かに答えた。

克哉の能力は遥も知っていた。彼は平和部隊に所属していたこともあり、黑白両道問わず顔が広く、彼女の行動を調べようと思えば簡単なのだ。

だから、一番良い隠蔽工作は、真実と嘘を織り交ぜて伝えることだ。

「母が10億円必要だって言われて......私にはそんな大金もないし、だから兄に借りに行ったの」遥は小さな声で言った。

「柏か?」

「うん」

「貸してくれたのか?」

遥は頷いた。「ええ、彼は良い人だから」

それを聞いて、克哉は小さく笑った。「遥、彼が本当に良い人かどうか、お前が分からないはずないだろ?」

遥はドキッとした。

克哉は彼女のくだらない事情に構うことなく、言った。「俺は、お前に一つ聞きたいことがあって来たんだ」

「何?」

「来週は航平の命日だ」

遥はハッとした。

忘れてた。

克哉は遥をじっと見つめた。「忘れてたのか?」

「違う......」克哉の視線に背筋が凍る思いがした。「私を訪ねてきたのは、航平のお墓参りに行きたいから?」

「今まで、海外にいて行けなかったのは仕方ない。今年はせっかく北城にいるんだから、墓参りに行こうと思って」

「でも」遥は克哉を見ながら、恐る恐る言った。「航平のお墓の場所は、誠也しか知らないの」

克哉は少し驚いた。「お前も知らないのか?」

遥は首を横に振った。「誠也は、一度も私を連れて行ってくれなかった」

それを聞いて、克哉は冷たく笑った。「誠也って、本当に笑わせるんだけど!」

遥はうつむき、涙声で言った。「誠也を責めないで。多分彼も私に航平を失った悲しみにずっと囚われていてほしくないから、教えて
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