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第805話

Author: 栄子
誠也も綾の視線に気づき、彼女の方を向いた。

そして目線で問いかけた。

綾は微笑んで首を横に振った。

誠也は時計を見て、ふと閃いた。

「優希、もう9時だ。安人と一緒に寝る時間だぞ。明日は幼稚園だろ?」

「うん、分かった!」優希は言った。「お父さん、母さんにスマホを渡して!母さんにおやすみって言いたい!」

誠也はスマホを綾に手渡した。

綾は娘を見て、優しい表情で言った。「優希、おやすみ」

「母さん、おやすみ」

安人も近づいてきて、綾に手を振った。「母さん、おやすみ!」

「安人もおやすみ」

そういうと、ビデオ通話が切れた。

綾はスマホをしまい、「そろそろ戻ろうか?」と尋ねた。

誠也は綾の手を取り、「ああ」と言った。

......

帰る途中、二人は薬局の前を通りかかった。

「ちょっと待ってて。買い物してくる」

男の熱い視線に、綾はすぐに察した。

顔が赤らみ、眉をひそめた。「民宿に、あるじゃない......」

誠也はニヤリと笑い、綾の耳たぶを軽くつまんで、二人にしか聞こえない低い声で言った。

「サイズが合わないんだ」

綾は絶句した。

彼女は敢えて聞こえないふりをしたかった。

誠也は綾の手を離し、薬局の中に入った。

綾は目を逸らし、急いで前へ進んだ。

誠也が買い物を終えて出てきた時には、綾はもう先に進んでしまっていた。

背が高く足も長い男は、すぐに彼女に追いついた。

そして、しっかりと綾の手を握った。

綾は彼のもう一方の手をちらりと見た。

誠也は彼女の視線に気づき、小さく笑った。「照れると思ったから、ポケットにしまったよ」

綾は何も言えなかった。

......

民宿に戻ると、綾はパジャマを抱えて浴室へ駆け込んだ。

普段面倒だと思っている、お風呂、洗顔、パック、スキンケアなど、寝る前の女性がやることを全てこなした。

誠也は彼女の考えに気づいていた。

しかし、何も言わなかった。

彼女がようやくすべてを済ませると、誠也はパジャマを持って浴室へ向かった。

だが、入る前に、ズボンのポケットから例の品を取り出し、ベッドサイドテーブルにきちんと置いた。

そして、綾の方に目を向けた。

その目線には何かを暗示するものがあるようだった。

綾は黙り込んだ。

浴室のドアが閉まると、綾は恥ずかしくて顔を覆った。

今夜は眠
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