LOGIN「お母さん、もう搭乗手続きが始まるから、切るね」「大輝、ちょっと待って!もしもし、もしもし......」スマホから、通話終了の音が聞こえてきた。大輝は電話を切った。若葉は怒りで震え、もう一度電話をかけ直したが、留守番電話に切り替わってしまった。「このバカ!」若葉は胸を押さえながら、ソファに座って新聞を読んでいる隼人の方を向いた。「大輝ったら、真奈美が入院しているっていうのに、海外に行くなんて!これじゃ、彼女が離婚を切り出すのも当然よ!」隼人は老眼鏡を外し、新聞を脇に置いて、妻の方を見た。「あいつの性格は今に始まったことじゃないだろ。真奈美はいい子だが、二人とも気が強いから、一緒に暮らせば衝突するのは避けられないさ」「じゃあ、大輝のせいじゃないって言うの?」それを聞いて、隼人は背筋は一瞬ぴくッとして、慌てて若葉のそばに行き、彼女の肩を抱きながら言った。「そんなこと言うつもりはないよ。夫婦喧嘩は、妻を建てるのが当たり前だ。ましてや妻が病気で、助けが必要な時に、どんなに喧嘩をしても、まずは妻の体を第一に考えるべきだ。その点では、大輝は確かに悪かった。真奈美が離婚を切り出すのも無理はないだろう」「ふん、これだから石川家の男は!」若葉はますます腹が立ち、夫を突き飛ばしてソファに座り込んだ。「三人産んでも、結局娘には恵まれなれかった。息子なんて私に苦労ばかりさせるんだから!」「落ち着けよ。子供には子供の考えがある。俺たちの時代の考えが、今の若い世代に通じるとは限らないんだ」隼人は若葉の隣に座った。「大輝も大人になったんだ。俺たちが口出しできる年齢じゃない。それに真奈美にもちゃんとした考えがあるだろう。もし彼女が本当に一緒にやっていけないと思ったら、無理強いはできないよ」その言葉を聞いて、若葉は急に力が抜けた。「哲也はどうなるの?せっかく両親と暮らせるようになったのに、もし離婚したら、彼にとってまたひとり親になってしまうじゃない......」「今は離婚しても共同親権で子供を育てる夫婦も多い。彼らがどうなろうと、哲也はいつまでも二人の子供であり、石川家の子供だ。離婚で変わることはない」隼人は妻の手を握り、軽く叩いた。「哲也はもう8歳だ。賢い子だから、ちゃんと話せば分かってくれる」若葉は大きくため息をついた。
結婚して1か月ちょっとで離婚騒ぎなんて、若葉は気が気じゃなかった。真奈美の意思が固いことを悟った若葉は、彼女をなだめようとした。真奈美は大輝と杏のことは若葉に話していなかった。しかし、若葉は薄々感づいていた。きっと大輝が何かやらかしたに違いない、と。病院から万葉館に戻った若葉は、哲也が2階へ上がって寝静まるのを待ってから、自分の部屋に戻り、大輝に電話をかけた。何度かコール音が鳴った後、やっと電話が繋がった。「大輝、このバカ!今すぐ帰って来て!」久しぶりに母親の怒鳴り声を聞いた大輝は、スマホを耳から少し離し、眉をひそめて言った。「そんなに大声で叫ばなくても聞こえるよ」「耳は聞こえてても、頭の方は完全にイカレてるんじゃないの!」「何か用事があるなら、早く言ってくれ」「真奈美と離婚する気なの?」大輝は言葉を詰まらせ、尋ねた。「真奈美が俺のことをチクったのか?」「彼女が私に何か言ってくれればいいのだが、何も言ってこないから困ってるんでしょ。大輝、いい加減にしてちょうだい!あなたはもう36歳よ。もう少し、私に心配かけないでくれない?結婚して1か月ちょっとで、この騒動になるなんて!石川家の面目が丸つぶれじゃないの!」「真奈美もなかなかやるよな。口では離婚するって言って、すぐにあなたのところに言いに行くなんて。お母さん、その言うことを真に受けるなよ。彼女はただ調子に乗っている。俺が彼女の言うことを聞くかどうか見てるんだ。本当に離婚したいわけじゃない」「調子に乗っているのは、あなたの方よ!」若葉はため息をついた。「大輝、私も女なの。真奈美は今、あなたに本当に失望しているっていうのがわかるのよ。本当のところはどうなの?あなたは彼女のことどう思ってるの?」「俺はただ、哲也のために結婚しただけだ。好きとか嫌いとか、そんなの関係ない」大輝はタバコに火をつけ、強がってはみたものの、胸の奥がなぜかモヤモヤした。「本当に好きじゃないの?」若葉は真剣な声で言った。「もしそうなら、私はもう何も言わないわ。だけど、一つだけ言っておくけど、私は真奈美のことは気に入っているの。もし彼女があなたとどうしてもやっていけないと言うなら、離婚しても構わない。その時は、私が彼女を養女にするから......」「お母さん、頼むから、余計なことを言わないでく
真奈美は若葉の言葉に呆気に取られ、どう反応すればいいのか分からずにいた。「真奈美、よく聞いて。あなたは大輝に何も申し訳ないことはしていないのよ。それに何と言っても、哲也がどうやってできたにせよ、大輝は彼の実の父親だから、そう相応の義務を果たす責任があるんだから。結婚のことだってそうよ、どういういきさつであれ、大輝は大人なんだから、彼が結婚したくなければ誰も無理強いはできなかったはず。だから結婚したからには、夫としての義務と責任を果たすのが筋ってもんよ!今、あなたは病気で苦しんでいるのに、彼はあなたを病院に置き去りにして一晩中帰ってこなかった。妻が最も弱っている時、寄り添って支えるべき時に姿を消すなんて、そんなの夫としてあるまじき行為ね!」若葉は真剣な表情で言った。「真奈美、あなたが心の中で大輝を責めていることは分かっている。それは彼が責められて当然のことをしたからよ」それを聞いて、真奈美の目に涙が浮かんだ。「お母さん、確かに彼のことは責めています。でもそもそも私たちの間には、愛情の土台なんて最初からなかったからです。だから一緒に暮らしてたとしても、心が通じ合わないはずです。結婚も衝動的だったって思ってます。彼がプロポーズしてきた時、もっとしっかり考えてれば、こんなことにはならなかったかもしれないなと反省しています」「だから言ったでしょ!」若葉は真奈美をたしなめた。「ビジネスではあんなに頭が切れるのに、恋愛になるとどうしてそんなに馬鹿正直になるの?男なんてみんなあんなものよ。あなたは美人でスタイルもいいんだから、大輝があなたと結婚したのだって、見た目だけに惚れたからよ。なのに、あなたはどうして自分が悪いみたいに反省してるの?大輝があなたに付けこんでいるだけじゃない!」真奈美はハッとした。若葉は真奈美の手をぎゅっと握った。「真奈美、変わるのよ!」真奈美は眉をひそめた。「お母さん、どういう意味......」「今日から、万葉館に引っ越してきて、私たちと一緒に暮らすの。哲也も一緒よ」真奈美は眉をひそめた。「つまり、大輝とは別居するようにということでしょうか?」「そうよ!」若葉は真奈美の手の甲をポンポンと叩いた。「安心して。お母さんと呼んでくれたからには、私は母親として、絶対に惨めな思いはさせないから。私たち石川家には息子
霞はユリの花束も持ってきた。真奈美はその花びらにまだ露が残っているユリの花束を抱きかかえ、香りを吸い込んだ。すると、沈んでいた気持ちが少し軽くなった真奈美は、霞の花選びのセンスがますます良くなったと褒めた。霞は得意げに胸を張った。「当たり前ですよ!長年お仕えしているんですから、社長の好みも分からないようじゃ、私、役立たずじゃないですか!」プライベートでは、霞は明るく無邪気な女の子だった。しかし、仕事となると、霞の能力は非常に高かった。学習能力も高く、逆境にも強い。真奈美は彼女に期待を寄せていた。「私は2、3日で退院できるから、後で会社に戻って私のノートパソコンを持ってきて。今週の定例会議はあなたが司会して。海外との会議は私が対応するから」霞は頷いた。「かしこまりました」それから、真奈美はさらに仕事の指示をいくつか出した。霞は一つ一つメモを取り、付き添いの女性ヘルパーを残して、パソコンを取りに会社へ戻った。......18時過ぎ、若葉はその他の家族と哲也を連れて真奈美の見舞いへやってきた。そして彼女は真奈美のために消化に食事も持ってきてあげてた。若葉は小さなテーブルを置き、その上に持ってきた食事を真奈美の前に並べた。「真奈美、安心して食べて。これらの料理は、お医者さんに相談して家で作ってもらったもの。昨日から何も食べていないでしょう?お腹が空いてない?」実はあまり食欲はなかった。しかし、真奈美は年配者たちからの気持ちを蔑ろにはできなかった。彼女は若葉に微笑んで言った。「おばさん、ありがとう」「まあ、他人行儀にしないで!」若葉は手を振った。「お母さんとでいいわよ。その方が親しみやすいでしょ!」真奈美は一瞬、戸惑った。幼くして両親を亡くし、兄の聡が親代わりとなって育ててくれたのだ。最後に「お父さん」「お母さん」と呼んだのは、いつだったか、もう思い出せなかった。若葉は真奈美を見つめていた。その目には期待が見て取れた。真奈美は胸を打たれ、若葉を見て微笑みながら言った。「お母さん」また「お母さん」と呼べる相手ができたんだ。その言葉を口にした瞬間、真奈美は鼻の奥がツンとして、慌ててうつむくと箸を手に取り、平静を装って食事を口に運んだ。そして、食事を口に入れたまま、唇を強
大輝は真奈美を見て言った。「いいか、病弱な体なんだから大人しくしていろ。もし何かあったら、俺が一生責められることになるんだぞ!」そう言って、大輝は看護師の方を向いた。「先生の指示通りに治療してやってください。俺は用があるので先に失礼します」そう言うと、男はくるりと背を向け、病室を出て行った。病室のドアが閉まった。激しい口論は、これでひとまず終始させられたように思えた。しかし、真奈美は目を閉じると、怒りと悲しみが思わず込み上げてくるのだ、彼女はそれを必死に抑え込んだ。看護師は真奈美の顔色が悪いので、具合が悪くなったのだと思い、慌てて彼女をベッドに寝かせ直した。真奈美は酷く疲れていた。まだ体が回復していないのに、大輝と喧嘩までしてしまい、胸が苦しくて呼吸も荒かった。看護師は点滴を繋ぎ終えると、彼女の顔色が優れないので、額に手を当てた。「また熱が出たんですか?」看護師は体温計を取り出して熱を測った。「37度9で、また熱が上がると困りますね......」真奈美は目を閉じたまま、何も言わなかった。あの時のリストカットをして以来、体はすっかり弱ってしまい、ちょっとしたことですぐに体調を崩してしまうようになった。そんな状態なのに、大輝はまだ彼女に二人目を産ませることばかり考えている。真奈美は目を閉じ、涙が頬を伝って静かに流れていった。......担当医が真奈美の様子を見に来て、薬を変え、安静にするように、そして感情的にならないようにと指示を出した。真奈美は力なく頷き、目を閉じてそのまま眠りに落ちていった。次に目を覚ましたのは午後2時だった。裕也がベッドの脇に座っていた。彼は彼女が目を覚ますと、尋ねた。「水を飲むか?」真奈美は頷いた。寝ている間に汗をかいたようで、喉がカラカラだった。裕也は立ち上がって水を注ぎ、ストローをコップに差した。真奈美はストローを口にくわえ、一気に飲み干した。水を飲み終えると、大きく息を吐き出した。「生き返った」裕也は尋ねた。「おかわりは?」「大丈夫。ありがとう」裕也はコップを脇のテーブルに置いた。真奈美は白衣を着た彼を見て、少し眉をひそめた。「今日も当直なの?」「午前中だけだ。午後は切り上げて帰る予定」「それなら、もう帰って休んだら?」真奈美
「真奈美、離婚を盾にするな」「離婚しないっていうなら、小林さんとはキッパリ別れて」大輝は、真奈美の強気な態度が一番嫌だった。彼は険しい顔で言った。「小林さんに違約金を払うのは俺の勝手だ。真奈美、俺たちの財産は別々のはずだ。いい加減に指図するのはやめろ!」「400億円も使ったのよ」真奈美は冷たく笑った。「そんなので何もやましいことがないっていう方がおかしいでしょ?」「真奈美!」「図星なんでしょ?だから逆上してるわけ?」真奈美は彼を見つめた。目には、かつての愛情はなく、冷めた嘲りが浮かんでいた。「大輝、小林さんと何の関係もなくても、400億円も貢げば、世間では『石川社長が美人女優に骨抜きになっている』って噂になるし、小林さんは何もせずとも、世間からみて、あなたにとって妻の私よりも彼女が大事だと思われるのよ」大輝は眉をひそめた。「そんな話は広まるはずがない......」「広まるわよ」真奈美は冷ややかに言い放った。「広まらなくても、私が言いふらしてあげる。人気女優が略奪愛、石川社長をたぶらかして400億円貢がせたってね」「真奈美!」大輝は怒鳴り、手を上げた――「殴れるもんなら、殴ってみなよ!」真奈美は顎を突き出し、彼を睨みつけた。「さあ、殴ってみなさい!どこまでやれるか見せてみなさいよ!愛人に400億円も貢いで、入院中の妻に手を上げるなんて!」それを言われ、大輝は、上げた手を止めた。彼は本当に頭に血が上っていた。真奈美の言葉の一つ一つが火薬のように、彼の理性を吹き飛ばした。大輝は、ここ数年、自分は感情的になることは少なくなったと思っていた。まさか36歳で真奈美と結婚して、今まで培ってきた教養が水の泡になるとは思わなかった。真奈美は、いつも彼の神経を逆なでするのだ。大輝は手を下ろし、真奈美を見ながら歯を食いしばった。「真奈美、あなたと結婚したことを本当に後悔している!お前みたいな女をいたわってやろうなんて思う人は誰もいないさ!」真奈美は冷たく笑った。「奇遇ね。私もあなたと結婚したことを後悔しているわ。意見が一致したみたいだし、離婚するならいつでも応じるわよ」「ああ、いいとも、離婚してやる!」大輝は怒鳴った。「今すぐ役所に行こうじゃないか!」「そうしよう」真奈美はベッドに座り直した。「言ったわね。後







