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第5話

Author: Hare Ra
「社長にお任せします」聖羅がそう答えた。

祐樹は笑いながら、再び椅子に腰を下ろした。まもなく彼はスマホを取り出し、人事部に連絡を入れ始めた。聖羅を秘書として採用するための辞令を作成させるためだった。

「明日から、出社してもらうよ」祐樹はそう言うと、必要書類を人事部に提出するよう聖羅に指示した。

「ありがとうございます」

聖羅は挨拶をして部屋を出ようとしたが、ドアへ向かう足を止めさせるように、祐樹が再び口を開いた。

「今夜、食事に付き合ってくれ」

「え?」聖羅は思わず立ち止まり、戸惑いを露わにした。

明日から出社と言われたばかりなのに、今夜は食事の同席を求められるとは。

「あの、明日からとおっしゃったのでは……」

「ああ、忘れてた。友人から夕食に招かれていてね。君の歓迎会代わりだと思ってくれ」祐樹はすかさず言葉を挟んだ。

聖羅は黙り込んだが、すでに働くことを承諾してしまった以上、断るわけにもいかず、小さく頷くしかなかった。

祐樹は聖羅が部屋を出ていく後ろ姿を、満足げな笑みを浮かべながら見送った。

夜になり、聖羅は膝丈のピンクのワンピースに着替えた。とても美しく見えた。

「耕平が、また気を変えて反対しませんように」聖羅は鏡の前で身なりを整えながら呟いた。

今夜、祐樹と外出することについては、すでに夫には伝えてあった。ちょうど耕平もまだ帰っておらず、残業で遅くなると連絡が来ていた。

まもなく、祐樹が迎えに来た。車へと歩いてくる聖羅の姿を、彼は瞬きも忘れて見つめていた。

「完璧だな」祐樹が小さく呟いた。

夕食の場は、5つ星ホテルのレストランだった。そこにはすでに、一人の男が待っていた。

「よう、祐樹。恋人を連れてきたのか」

その男――和田大輔(わだ だいすけ)が、からかうように笑った。

「彼女は俺の秘書だ」祐樹は聖羅を紹介した。

「相変わらずだな。気軽な商談だと言いながら、ちゃっかり秘書を連れてくる。まあ、綺麗な人だからいいけどな」大輔はそう言いながら、聖羅に向かってウィンクしてみせた。

聖羅は俯いた。この夕食が、単なる食事ではなく、祐樹と大輔の商談も兼ねていたのだと、ようやく理解した。

「その方が話が早いだろ」祐樹が答えた。

食事の間、大輔は何度も聖羅に流し目を送ってきた。そして極めつけに、聖羅が食事に気を取られている隙に、太ももに手が伸びてきた。大輔の手だった。

聖羅は驚いたが、騒ぎを起こして商談を台無しにするわけにはいかない。何しろ、これからは祐樹の秘書として働くのだ。

「すみません、社長。少しお手洗いに」

聖羅は突然立ち上がった。

「ああ、どうぞ」祐樹が答える。

その場を離れられたことに、聖羅は思わず安堵の息をついた。

だが、数歩も進まないうちに、見覚えのある人影が目に飛び込んできた。ちょうど食事を終えたところらしい、一人の女性と親しげに寄り添う男。

耕平だった。今日は残業で遅くなると言っていたはずの夫が、同僚である鈴木美咲(すずき みさき)と、あまりにも親密な様子でいた。

ちょうどふたりは食事を終え、席を立とうとしていた。聖羅は声をかけたくなかった。ふたりの関係が一体どういうものなのか、まずそれを見極めたかった。

「改めて、昇進おめでとう、あなた」

美咲が甘えるように耕平の腕に絡みつきながら言った。

「今夜はお祝いしましょうね、あなた」

「ああ、もちろんだ」

ふたりは楽しそうに笑い合っている。一方、聖羅は胸が締め付けられるようだった。

なるほど、耕平がいつも何かと理由をつけて残業していたのに、ろくにお金を持っていなかったのは、これが本当の理由だったのだ。

聖羅はそのまま後をつけた。驚いたことに、耕平と美咲は駐車場ではなく、ホテルの方へ向かっていく。ふたりはキスをしながらエレベーターへと乗り込んだ。

「耕平……」聖羅は思わず呼びかけた。

そのまま立ち尽くす。胸の奥がざわめいていた。ずっと裏切られていたのだと、今になって思い知る。数ヶ月前、耕平のシャツに赤い跡を見つけたことがあった。あのときは、悪い方に考えまいと無理に自分を納得させていたのに。

結局、自分は騙されていたのだ。

聖羅は踵を返した。

ドンッ!

誰かにぶつかり、体がぐらついた。逞しい腕が支えてくれなければ、そのまま倒れていたかもしれない。

「社長……」聖羅は驚いて呟いた。

「お手洗いが長いから、心配になって様子を見に来た」祐樹が答えた。

聖羅は慌てて、まだ支えられたままの体を引き離す。心臓が落ち着かないほど激しく鳴っていた。

「戻りましょう」聖羅が言った。

祐樹は首を振った。「その必要はない。大輔はもう帰った」

聖羅は申し訳なさを感じた。「申し訳ございません、社長」

「気にしなくていい。帰ろう」

聖羅は頷き、祐樹の後をついていった。頭の中は、耕平と美咲のことでいっぱいだった。祐樹も、あのふたりを見ていたのだろうか。

「まっすぐ帰る?それとも、どこかに寄っていこうか」車に乗り込んだところで、祐樹が尋ねた。

「少しだけ、どこかを歩きたいです」聖羅が答えた。

「分かった。どこに行きたい?」

「どこでもいいです」

祐樹は頷いた。それ以上は何も聞かず、聖羅の心境を察したかのように、車をショッピングモールへと走らせた。

「映画でも観るか?」祐樹が誘う。

聖羅は頷いた。今はどこへでも構わない。ただ、この胸のもやもやを紛らわせられればそれでよかった。

ピロン!

スマホにメッセージが届いた。耕平からだった。聖羅はすぐに開いて読んだ。

【今夜は帰らない。仕事がまだ残ってる。友達の部屋に泊まる】

聖羅は荒く息を吐いた。また、耕平は嘘をついている。

これまでも何度か、同じ言い訳で帰ってこないことがあった。実際には、美咲とホテルに泊まっていたのだ。

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