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6.チーム解消の危機?

last update Last Updated: 2025-08-04 16:00:28

放課後の部活。いつものミーティングスペースで、部長と先輩が言い争っていた。

「だから言っただろ!? こいつとやるのは無理だって」

「無理とは言ってなかっただろ。それに、たかが1週間で諦めるのか?」

「そういうわけじゃないけど……予選はもう2か月後だ。無駄なことに費やしてる時間なんてないだろ」

「そう言って、今までにお前のパートナーを何人クビにしたよ!? そっちの時間の方が無駄だったんじゃないのか」

部長のその言葉に、先輩は見慣れたふくれっ面で黙り込んでいる。部長はテーブルに置かれたペットボトルのお茶を一口飲んで、ため息をついた。

「犬桜高校との練習試合……客観的に見た感想を言わせてもらうけど、小神野は神谷の動きを少しも気にしてないし、神谷はそんな小神野の動きに戸惑ってるように見えた」

小神野先輩は本当のことを言われたのが気に食わなかったらしく、黙ったまま校舎前の銅像みたいに動かなくなってしまった。先輩はその見た目から勝手に省エネのダウナー系だと思っていたけれど、どうやら意外と感情的らしい。いつも気分が乱高下しているので、遊園地のフリーフォールでも見ているみたいだ。

部長の言った、俺が先輩の動きに戸惑っているっていうのは本当の話だった。俺は素直にうなずいて言う。

「先輩の動きは正直、今まで一緒にやってきたどのプレーヤーよりも読めない感じがします。セオリーなら右から行くだろってところを、左から攻めに行く。予測不能だし、合わせにくいです」

「……お前、敵の動きはちゃんと読めるのにな?」

「うっ」

「ふたりとも、上手いんだから、お互いのことをもうちょっとよく見られないのか?」

「……前のパートナーは、俺の動きに合わせてくれた」

先輩はようやく口を開いたかと思ったら、不満げにそう言った。

「それは、相手が先輩だったからだろ。今は小神野が先輩なんだから、お前が神谷に合わせてやれよ」

「……何だよ、そのわけのわかんない理屈。神谷が俺に合わせればいいだけの話だろ」

「お前なぁ……」

部長はたまらず、頭をばりばりと掻いていた。その反応はわからなくもない。

「合わせる合わせないの話は置いておくとしても……お前は、じゃあ、試合中に神谷が何考えてるかわかるのか?」

「それは……」

「わかんないなら、お互いをもうちょっとよく知る必要があるんじゃないかって話だよ」

「……『仲良くなれ』って言いたいのかよ」

「べつに、そういうわけじゃないさ。でも、試合で勝ちたいなら、最低限パートナーとして意思疎通ができる関係になっておく必要があるんじゃないのかな」

「『仲が良くないのに、意思疎通ができる関係』なんて……可能なんですか?」

思わず口を挟んだ俺に、部長はあごに手を当てて考えていた。

「そうだなぁ……。例えば……長年連れ添った夫婦、的な? ケンカは多いけど、お互いの考えてることはよくわかるだろ」

言っていることは、わからなくもなかったが……初対面で目指すのがそこっていうのはハードルが高すぎる。……そもそも、長い時間を一緒に過ごせば、仲が良くても悪くてもある程度の意思疎通はできる気がした。

(あっ……そういうことか……)

どこか腑に落ちたように感じながら、俺は部長の話の続きに耳を傾ける。

「とにかく、ここからメンバーを変えるつもりはないからな。今後どうするのか、ふたりでしっかり考えること。あと、チームの雰囲気がギスギスするから、しばらく部活は出入り禁止な」

「はっ!? そんなん横暴っ……!」

「文句言う元気があるなら、さっさと協力プレーができるようになってくれよ。防衛チームの3人、お前らの言い合いで耳が痛むんだってさ。物理的に」

部長は犬でも追い払うみたいな仕草をして、俺たちを部室から追い出した。入部して1週間で出禁は、たしかにレジェンドかもしれない。

「どうします?」

隣でドアを見つめている先輩に聞くと、先輩はくるりと踵を返した。

「帰る」

「ちょっ……! 帰って、どうするんですか」

「練習するんだよ。練習する以外に、上手くなる方法なんてあるのかよ」

「今は、俺たちのコミュニケーションが上手くいってないって話じゃないですか! 個人で練習して、連携が上手くいくようになるんですか!?」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!!!」

胸倉をつかまれ、壁に思いきり押しつけられた。先輩の、こういうところも好きじゃない。

先輩にとっては、高校生活最後の1年だ。プロチームとの契約の話もあって、部活であと何回大会に出られるかもわからない。

焦りがあるのはわかるけど……こうやって、いつも俺のことを敵視してるみたいに、下から見上げてくるのも気に食わなかった。

俺はつかまれた手を取って、睨んでくる先輩の唇に口づけた。意味なんてない。単なる嫌がらせだ。

「……っ!!!」

先輩は案の定、顔を真っ赤にして俺の手をふり払った。俺は思った通りの反応に満足する。

「……俺に、考えがあります」

先輩はいっそう目つきを鋭くしながら、「信じられねぇ……」とつぶやいていた。口を制服の袖で、唇の皮がむけるんじゃないかというほど必死になって拭いている。

「……考えって、何だよ」

「とりあえず、一緒に俺の家まで来てください。そのあと、先輩の家に行きます」

「練習するってことか」

「行けばわかりますよ。……あとで話しますから」

俺はまだ動揺している先輩の手を取って、引きずるようにして歩き出した。

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