うちの部活に、天才がやってきた。
俺が高校2年のとき、一度だけオンラインで対戦したことのある相手だ。
その日は家でたまたまゲームをしていて、同じランクだったそいつと偶然マッチした。敵のチームに振り分けられた、ioriというアカウント。『ルーク』と呼ばれる攻守のバランスの取れたキャラクターで戦場を走るそいつが、とにかく凄かった。
俺のやっている『ゼロ・グラウンド』というゲームはFPSであるのと同時に戦略ストラテジーの要素もあるゲームだ。どの拠点を先に落とすか、自由に使えるモブの兵士をどこに配置するか、相手の作戦に合わせてこちらの攻撃をどう変えていくか……。
ioriは戦略ストラテジーにおける天才で、頭の中にスーパーコンピューターでも入ってんのかってくらい先読みが上手かった。きっと、こいつの性格は最悪だろう。そう思うほど、「このタイミングでされたら嫌だな」と思うことを的確にしてくるような奴だった。
(こんなプレーヤー、初めて見たな……)
自分もeスポーツの有名な高校で日々練習をしていて、在学中にプロになるのが目標だったりするが、こんな奴はプロの世界でも見たことがない。拠点制圧の順番、モブ兵士の配置、キャラクターの固有アビリティの使い方……。すべてにおいて「そんなやり方があるのか」と驚いたし、感心させられる自分がいた。
(誰だ、こいつ……)
そう考えながら、劣勢になってしまったこの状況をどう覆そうか思案する。
とりあえず、ルークに奪われた脱落済みチームの拠点を素早く取り戻して、自陣の基地へと戻った。ショットガンを抱えたそいつが、仲間とともに占領ポイントを狙っている。
あやうく、本拠地を取られるところだった……。
俺は地上からは見えにくい給水塔に登って、ioriとその仲間を撃つ。そいつは撃たれてからも俺のことをショットガンでずっと狙っていて――最後の一瞬までこの試合を諦めようとはしなかった。
(なんとか勝ったな……)
そう思ってイヤホンを外した瞬間、『誰?』とメッセージが送られてきた。
『そっちこそ、誰』
俺もお前が知りたい。そう思った。
『神谷伊織、中3。そっちは?』
そこで初めて、名前を知った。
(神谷、伊織……)
歳は俺より2つほど下らしい。
返事をしてくれたことが、素直に嬉しかった。
名乗ろうかと思ってやめたのは、このゲームを続けていればいつか会えるような気がしたからだ。
『次はぜってー泣かす』
神谷が、俺とまたやりたいと思ってくれていることが嬉しかった。
(……こいつは、きっといいライバルになる)
直感的にそう思った。
――だから、うちの部に入ってきた新入生があの神谷伊織だということは、すぐにわかった。使っているキャラがルークだったし、動きがioriそのものだったからだ。テストという名目でプレーしているとき、俺はずっとあいつの横顔を目で追っていた。
あと……神谷伊織は俺が思っていたよりも、ずっとビジュアルが良いみたいだった。サッカー部?って感じの、明るい髪色に爽やかな見た目。モデルとかインフルエンサーとか……そんな風に言われてもまったく違和感がないくらいに顔が良い。3年のうちのクラスでも、背が高くてイケメンの後輩はすぐ噂になっていた。
(俺も、さすがに見入ったもんな……)
入部初日、初めてリアルで会ったとき。
動揺を隠して、なんとか普通に話そうとするので精一杯だった。
俺は周りの誰にも打ち明けてはいなかったけれど、恋愛対象が同性で。神谷伊織は正直、好みのど真ん中って感じで目のやり場に困った。
(そんな奴から『美人』なんて言われたら、顔赤くなるに決まってるし、でも周りにバレたくないし……)
つい反射的に殴ってしまって、嫌われたと思ったけど……同じ部活ならそういう気持ちになるのは避けたかったし、ちょうどよかったと思った。好意がある、なんて死んでも悟られたくない。
それに、神谷は俺のライバルでもある。仮に同じチームでプレーするとしても、絶望的に気が合わなくても……近くに『すごい』と思える奴がいるのは刺激的で、俺はこの状況がかなり気に入っていた。
(だから……こういうのは、本当に困るんだって……!!)
お互いのプレーが噛み合わなくて……部長に今後のことを話され、イライラして神谷に当たっていたら――いきなり唇にキスされた。
本人は、きっと嫌がらせのつもりなんだろう。
それはわかる。わかるけどっ……!
(嫌じゃないんだって……!!)
俺がそう叫びたいのをどれだけ抑えていたか、こいつにはわからないだろう。
嫌がる素振り……できていたと思うけど、ちゃんとできていたという自信はない。
俺の様子を見て満足している神谷に手を引かれて、そのまま家まで連れて行かれた。でかいバッグを手に戻ってきた神谷と、俺の部屋まで来たのはいいのだが……。
「……ということで、今日から俺は先輩の家にお世話になりますっ!!」
そう、宣言されてしまった。
(いや、良くない。これは、ぜっっったいに良くない)
そんなことをされたら、困るに決まってる。だって今の俺は、eスポーツ部で有名な新葉に進学するため、親元を離れてひとり暮らしをしているんだから。
ベッドがひとつしかない、この狭い物件で一緒に暮らす、なんて……。
さすがに、俺の理性が持つはずないのだ。さすがに。
「おい、ふざけんなよ。出てけ」
強めの口調で言ったにもかかわらず、神谷は「もう覚悟は決まってるんで」とでも言いたげな、澄ました顔をしていた。
「嫌です! 今日からよろしくお願いします」
どうやら、譲るつもりはないらしい。
「あのなぁ……人の話聞けって! そもそも、『ということで』って何? 俺は何も聞かされてないんだけど」
「……部長は俺たちについて、『仲良くなる必要はないけど、お互いの考え方についてよく知る必要がある』って言ってたじゃないですか。長年連れ添った夫婦……みたいな例えでわかったんですけど、俺たちに必要なのはただ『時間』なんじゃないかって思ったんです。ケンカしてても、お互いのことが好きじゃなくても……ある程度の時間を一緒に過ごせば、お互いの考えはわかるようになりますよね?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それとも……小神野先輩は、次もまた負けるつもりでいるんですか?」
カチンとくる言い方だった。俺がムカつくと知ってて、わざと煽っているんだろう。
「それはない。……次は絶対に勝つ」
「じゃあ、決まりましたね。予選が始まるまでの2か月間、どうぞよろしくお願いします」
頭がくらりとした。
いや、無理だって。
一緒に練習はするけど、2か月も同居なんてぜったいに無理……。
「……でも、何も一緒に住まなくても……」
『一緒に住む』という言葉に、頭の中でつい妄想が広がってしまう。
ふたりでお風呂に入る……なんてイベントは発生するんだろうか。もし同じベッドに寝られたら、俺は神谷の胸に顔を埋めてパジャマの匂いを嗅ぎた……いや、待て待て。
(落ち着け、俺……)
深呼吸していると、神谷が「しつこいですよ」と渋い顔をした。
「この方が絶対に時間の短縮になります。俺の家からここまで通うのは遠いし、一緒に生活していれば練習の時間だって確保できますから」
熱心に話す神谷は、次の試合に向けて張り切っているように見えた。
ゲームにかける純粋な情熱が、今はまぶしい。ごめん、こんな先輩で……。
「……ていうか、小神野先輩ってひとり暮らしなんですね。まさか、新葉に来るために上京したとか?」
「まぁ、そんなとこ。ひとつ聞いておきたいことがあるんだけど」
「……? 何ですか」
「お前って、俺のこと嫌いなんじゃないの……?」
上目遣いに聞くと、神谷は考えるような仕草のあと、まっすぐにこっちを見て言った。
「……先輩にだけは、負けたくないって思ってますよ。もちろんヤなとこもあるし、ムカつきますけど……べつに嫌いではないです。嫌われてるなーとは思いますけど」
「……俺だって、べつに嫌ってるわけじゃない」
「それは僥倖ですね。……今日はまぁ、お互いに同じ方を向いてるってわかっただけでも収穫です。俺も、あんな試合は二度としたくないんで」
同じ負け試合でも、あんな手も足も出ないみたいな負け方はもうごめんだ。
それについては、俺も同感。次はせめて、お互いの実力くらいは出せるようになっていたい。
「じゃあ、さっそく練習しません? ……俺たちには、あまり時間がないみたいですから」
こうして(?)、俺たちの奇妙な共同生活が始まった。
この選択が俺たちの運命を変えることになるなんて――少しも気づかないまま。
その日は律の店に集まった後、みんなでご飯に行って夜まで遊んだ。別れるときに、チャットのグループをひとつ作った。『新葉高校eスポーツ部』。次に全員で集まれる日がいつになるかはわからないけれど……「またみんなでゲームでもやろう!」という話になった。久々に楽しい集まりだったな、と思う。律と家に帰る途中。ずっとくだらない話ばかりしていたけれど、ふと小神野と神谷――あのふたりの話になって。「久々に会ったけどさ、ぜんぜん変わってなかったね! オカピ先輩といおりん。居酒屋でもずっとケンカしててさぁ……」「あれは、過去一でくだらない争いだったな」前の試合、スナイパーを使って弾を外した神谷に「なんで当てられなかったんだ?」と小神野が素朴な疑問をぶつけたのが始まりだった。次第に言い合いがエスカレートしていった結果、ついにふたりはシュウマイにからしをつけるかどうかでケンカしていた。もう、何でもいいんだろ、それ……。「お酒飲んでたってのもあるかもしれないけどさぁ、まじで笑ったよね」「面白かったな。あれで一緒に住んでるっていうんだから、不思議っていうか」「あれ……玲は気づいてなかった? ふたりの指に、お揃いのリングがあったの」「へっ?」自分の理解の及ばない話に、俺は宇宙空間にいる猫みたいになっていたんだと思う。律が俺の顔を指差して、腹を抱える。「薬指だったから、きっとそういう意味なんじゃないかな」「そういう意味って……えっ、お前まじで言ってる?」「うん。前に一度、配信でも事故ってたからさぁ。指輪つけたままにしちゃって、噂流れてたから知ってはいたんだけど」「まじか……俺、あのふたりが、いちばん仲悪いと思ってたわ……」「不思議だよねぇ。言い合いばっかりしてるくせに、いつも一緒にいるっていうか」律の言葉に、俺はあのふたりのことをもう一度よく思い出してみる。いつからだろう、と思ったが……さっぱりわからなかった。たしかに、ふたりで一緒にいることは多か
「めっっっっちゃびっくりしたね!! まさかオカピ先輩といおりんが野良でやってるとは思わなかった」「だな。サブアカウントはソロでやってて、昨日はたまたまふたりだった、とか……偶然が過ぎるよな」「久々にみんなでできて、楽しかったよねぇ~」俺の部屋。律がジュースを片手に興奮気味に話している。「今度、うちのバイト先にもおいでよってふたりに話してたんだ」「バイト先って……例のeスポーツカフェ?」「そうそう! 店長も現役の選手が来るのは歓迎だって。ふたりが来てくれるなら、イベントでもやりたいよねって話してて」律は大学に通いながら、大学近くにあるeスポーツカフェでずっとアルバイトをしている。カフェが併設されたeスポーツ施設とのことで、ゲーム用のPCがたくさんあり、初めての人でも気軽にオンラインゲームを体験できるらしい。俺もいつも話を聞くだけで、行ったことはなかったから……あのふたりが来るなら顔を出してみてもいいかもしれない、とそう思った。「ふたりとも、いつ来れそうなの?」「来週の日曜日!」「そっか……。じゃ、俺も行こうかな」「まじ!!? 玲も来てくれるの嬉しいんだけど」「そんなに喜ぶことかよ」「ずっと誘ってたのに、来てくれなかったじゃん!!! 当日は萩っちも来るし、笹原部長も来るってさ」「部長も来んの!!?」「彼女ができたから、連れて一緒に来るらしい」「あいつ、彼女できたの!!?」自分でもちょっと思ったけれど、律に「驚くところ、そこ?」と大笑いされた。あの規律にうるさ……厳しい笹原と恋愛なんて、いちばん縁遠いものだと思ってたのに。真面目な性格ではあったから、部内のことに胃を痛めているイメージしかない。「当日、楽しみだね!」そう言って笑う律に、俺は小さくうなずいた。◇◆◇◆◇◆◇大学とインターン先の会社と家、三か所をぐるぐる回っていると翌週の日曜はあっという間にやってきて――。秋晴れ
友達が有名人っていうのは、何だかこう、不思議な感じがする。高校にいるときは、ゲームこそ上手いけれど、ただの部活の仲間って感じで。そいつらを、各種メディアやネットニュースで見る日が来るなんて思ってもみなかった。夏の残暑も落ち着いてきた頃。大学で就活の情報をまとめて家に帰ると、弟・律のにぎやかな声に迎えられた。「ねぇ、玲~!! カシラゲームズ、アジアカップ3位だって!!! もう速報見た?」「まだ。……って、お前もう帰ってたんだ?」「うん。今日はバイト早上がり~。配信見損ねちゃったからさぁー、アーカイブまだ残ってるかな?」「さぁ……どうだろうな?」律は、子どもの頃からゲームで遊ぶのが大好きだ。どちらかというと自分でプレーするのが好きで、誰かのプレーを見るのが好きなタイプではなかったけれど……高校時代の仲間がプロの世界に入ってからは、配信で試合を見たり、チームの情報をこまめに追ったりしているようだった。たまに、小神野や神谷の配信を見に行っては、コメントを残したりしているとか。「あ、そういえば萩っちから連絡来てたよ。『週末、たまにみんなでゼログラやんない?』って」「俊、あいつ今何してんの?」「さぁ……大学とバイトじゃない? 個別塾の先生やってるって言ってたけど」「就職どうすんだろ?」「聞いてみたらいいじゃん」大学4年の今、ありきたりな悩みだけれど、俺は就職先に頭を悩ませていて……。インターンでお世話になっている会社はあるけれど、そこに就職するか、別のところに行くか……。色んな人に話を聞いた上で、今後の進路を決めようと思っていた。「みんなでゼログラやるのさぁ、土曜の夜とかでいい?」律はスマホを片手に、棚からポテトチップスを取り出している。「いいけど」「新マップやってみよ! って話になってんだよねー」楽しげに言うこいつは、高校の頃からちっとも変わってない。悩みもなさそうだし、明るくて、常に人生楽しそうって感じ。…
配信のことで伊織に嫉妬されたあの日は――結局、チームの練習が始まるまでめちゃくちゃにされた。練習が終わった後。ふたりで短い配信をした俺たちは、一緒に住んでることをみんなの前で明らかにした。俺はファンの子たちから『だと思った』『デレデレしてるね』なんて、とんでもなくからかわれることになったけど……俺たちはカシラゲームズの同居組と名づけられ、新たに一定のファンを獲得した。そのうち、俺たちのやりとりは色んな意味で注目を集めるようになって――。久々にチーム5人で練習配信をしたときには、何だか懐かしい気持ちになった。「伊織。工業団地攻めるのに挟み撃ちにするから、給水塔の上に場所取って」「……は? サイレンなのに?」「サイレンでもヴァイパーでも給水塔の上が強いのは一緒だから」「ていうか、アップデート入ってからは向かいの建物の方が強くね?」「おー。やるなら、後で表出な」「望むところ」「いや、その議論は今いらんて……」「始まったよ、同居組の『どっちのポジションが強いかバトル』」防衛隊のノヴァ、ゼノふたりが呆れたように呟いている。コメント欄を見ると『またプロレスかw』と視聴者たちが盛り上がっていた。ハルさんがスナイパーで敵をひとり撃破して、「あとは頼んだっ!」と俺たちに向けて発信する。「伊織っ!! さっさとドローン出せって!!!」「出したからもう!!! 車の陰にひとりいるんだよっ!!!」「それ、今殺ったから!!!」「え、倒したの俺じゃない?? 悠馬より俺の方が強いし」「お前、本気で言ってんのそれ」「仕事は早いんだけど、うるさいんだわ……まじで……」ハルさんが呆れたように言って、敵の消えたフラッグのエリアに乗り込んでくる。配信を見ている人たちも『うるさい』『本当にそれw』と便乗していた。同じチームでプレーするようになって、そろそろ1年が経つ。こうしてプロの世界でプレーするようになっても、俺たちが仲間になると賑やかなのは
伊織と同じ部屋に住むことになった。特に、何か大きなきっかけがあったわけじゃない。話を切り出されたのは、ある日突然って感じだった。「前にした約束って、憶えてる?」「そろそろ……一緒に住まない?」ちょうど、カシラゲームズに移籍して半年が経った頃だった。そう言われた俺がどれだけ嬉しかったかなんて……伊織には絶対にわからないだろう。高校のとき。合鍵を断ったあいつが言い放った言葉を、俺はずっと忘れられずにいた。『先輩より多くの賞金稼いで……先輩を俺の家に住まわせるので』。稼ぐ賞金の額で伊織に負けるつもりなんて、さらさらない。だけど、「いつかそうなったら嬉しいな」という気持ちだけは持ち続けていて――。『一緒に俺の家に住んでよ』なんて言われた日には心臓が止まるかと思ったし、その日の夜は嬉しすぎて一睡もできなかった。我ながら単純だとは思う。それでも、俺にとっては心の底から嬉しい出来事だった。好きな奴と四六時中、一緒にいることができる――。そのふわふわとした幸せは、新居に移ってからもずっと続いているようで。ゼログラのワールドチャンピオンシリーズ、ZGWSプロリーグ予選が春に始まり、昨日の夜はその振り返り配信を個人でしていた。雑談も交えて話していたとき、視聴者のひとりが急に変なことを書き込んできた。●引っ越してからyuma、ずっと何か嬉しそうだよねそんなコメントが目に留まったけれど、普通にスルーしようと思っていた。それなのに――。●それな●機嫌がいい気がする●すぐ怒んなくなったよね●幸せそう●何かいいことでもあった?●口元ゆるんでるぞみんなその話題に触れたかったらしく……何故か盛り上がるコメント欄。「べつに……そんなことないけど」否定したにもかかわらず、流れるコメントは止まることがなくて――。●ひとり暮らし?
「うわっ……これ、PCの配線やばすぎね?」「2台分だもんなぁ。繋ぐだけならいいけど……掃除できんのかな、これ」「って、なんかインターホン鳴ってない?」「鳴ってる! ソファー届いたかも」引っ越しは、世界大会の予選が終わった5月の連休にした。その日は朝から慌ただしくて……午前中から悠馬の荷物の運び込み、午後からは俺の荷物と家具が届くようなスケジュールだ。「悠馬、ソファーってここでいい?」「もうちょい手前~」業者の人にお礼を言って、設置までしてもらう。まだ何もないリビングだけど、テーブルとソファーが揃えば何だかそれっぽくなるから不思議だった。「こうやって見ると、テレビも欲しくなるかも」「でっかい画面でゲームやるのも楽しそうだよなー。映画とか観るのもいいし」「悠馬も映画とか観るんだ」「そりゃあ、見るよ。アニメも観るし」「ちょっと意外かも。一緒にいるとき、観てたこととかなかったから」「たしかに、伊織といるときは話したり、ゲームしてたりすることの方が多かったかも……」「じゃあ、新しいの買ったら、一緒に観る?」「いいね。注文しよ」ネットで良さそうなテレビとテレビ台を見つけた悠馬が、さっそくスマホで情報を送ってくる。新居の入居にかかる費用と引っ越しの費用、家具の購入にかかった費用……。銀行の預金残高を思い浮かべつつ、ざっと計算しようとしたけれど――途中から具合が悪くなってきたので、やめることにした。(使った分は、また頑張って稼げばいいわけだし……)そう言い聞かせて、ゲーム部屋の作業に戻る。部屋に入ると、悠馬が待っていて「こっちこっち」と手で招かれた。PCの電源がついていて、配信で使うカメラがオンになっている。「配信用の画面、今のところこんな感じなんだけど……。ドアとドアノブが映ると、家がバレる気がしない?」「うわっ、たしかにそうかも……!」盲点だった。