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【13】③

last update Last Updated: 2025-08-25 11:00:07

「いや、ちょっと妙だなと思って。検査室の技師から瑞希の評判を聞くと、みんな口をそろえて『真面目で優秀な学生』って言うんだ」

 そう言ったあと、兄が「あ」と小さく声を漏らし、申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん。瑞希の言葉を信じてないとか、興味本位で探ろうとしたわけじゃないんだ」

「うん、わかってるよ」

 うなずくと、兄の表情に安堵が浮かんだ。

 私が気を悪くしたと思ったのだろう。でも、そんな心配はいらない。

 兄はただ純粋に、私を心配して調べただけ――それくらいのこと、確認するまでもなく伝わっていた。

「厳しいことを言うのは、新庄さんだけなのか?」

「えっと……」

 告げ口みたいで迷った。

 けれど、兄の目が「本当のことを」と促しているようで、控えめにうなずいた。

「……そうか」

 兄は小さくため息をついて黙り込む。その様子は、なにか心当たりを見つけたようにも見えた。

「あの……お兄ちゃん。私も不思議に思ってることがあって」

 今しか聞けない。そう思って、意を決して口を開いた。

「新庄さん、私とお兄ちゃんに血のつながりがないって知ってるみたいなの。どうしてだと思う?」

「…………」

 返事はすぐには返ってこなかった。

 その沈黙は、答えを探しているというより、打ち明けるかどうか迷っているように感じられ、心臓がいやな鼓動を刻む。

 やがて、兄が意を決したように口を開いた。

「実は……新庄さんとは――綾乃とは、少しの間だけ付き合っていたことがあって。そのときに瑞希のことも話したんだ」

「……そうなんだ」

 なんとなく予想はしていた。プライベートなことまで知っている時点で、親しい関係だったのだろうと。

 だけど事実として耳に
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