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禁欲系医者ー慎吾、今日も争奪戦!
禁欲系医者ー慎吾、今日も争奪戦!
Author: 風やすみ

第1話

Author: 風やすみ
結婚が間近に迫り、松本光希(まつもと こうき)の幼なじみが彼のためにバチェラーパーティーを開いた。

彼の仲間内はみんな、光希が私・木村由香(きむらゆか)を溺愛していることを知っている。

私を連れて行かないなら、彼は必ず十時前には家に戻る。

周りが盛り上がっていようがいまいが関係ない。

だから今回も、みんなは私を熱心に誘った。

でも入った瞬間、空気がどこかおかしいと感じた。

みんなは愛想よく挨拶しながら、こっそり光希に合図を送っていた。

私は事情が飲み込めなかった。

全員が席についたころ、ショートカットの女の子がのんびり遅れてやって来た。

「ごめん、渋滞で遅くなった!」

背が高くて細く、声は澄んでいて歯切れがいい。

隣の光希がその場で固まった。

誰かの顔に、鼓動が一拍抜ける表情を見たのはあれが初めてだった。

彼女が勢いよく私に手を差し出した。

「あなたは花嫁だよね?はじめまして、美雪っていうんだ!」

その名前を聞いた瞬間、すべてを悟った。

安藤美雪(あんどうみゆき)は光希が五年も想い続けた女の子だ。

当時の光希は今みたいに落ち着いていなくて、猛烈に彼女を追いかけていたらしい。

ビルの前に何万本ものバラを敷き詰めたこともある。

海辺で百メートルもの高さに届く巨大な花火を打ち上げたこともある。

彼の青春はまるごと彼女で満ちていた。

けれど三年前、彼女は迷いなく別の男の子を追って海外へ留学に行った。

私が光希と出会ったのは、その時期だ。

あの飲み会で、光希はけぶる照明を縫うようにしてこちらへ歩いてきた。

私は半分しか飲んでいないのに、もうぐでんぐでんだった。

慌てて周りの友だちに彼のことを聞き回った。

友だちに背中を押されて彼の前に出たとき、緊張で舌がもつれた。

「私は由香だよ。松本さん、苗字は?」

周りでどっと笑いが起きた。

何か月も寄せていた光希の眉間の皺が、その瞬間ふっとほどけた。

付き合ってからの光希は、ほとんどすべてのやさしさを私に注いだ。

私の好物も苦手も、全部きっちり覚えている。

どれだけ残業が遅くなっても、必ず自分で迎えに来てくれた。

どんな記念日でも、彼は必ず心を込めたプレゼントを用意してくれた。

SNSに私を載せ、親しい仲間みんなに紹介してくれた。

彼の友だちまでやっかみ始めた。

「先人の努力のおかげで楽をしているね。ほんといい時に来たよな!」

「光希は一番落ちない女の子を追い続けて、トップクラスのEQを身につけた。おいしいところは全部、君がもらってる!」

そんな言葉で心が揺れたことはない。

顔つきも性格も、私と彼女はまるで違うと言われていたからだ。

私は誰の代わりでもない。

それ以上に、光希の愛をちゃんと感じていた。

三年の熱愛ののち、彼は迷わず私にプロポーズしてくれた。

この恋はこのまま花開いて実を結ぶと思っていた。

なのにその時、現実が容赦なく殴りつけてきた。

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