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第5話

作者: 風羽
舞は、真実を口にしたその瞬間、自分と京介の関係にはもう戻る道がないことをはっきりと悟っていた。

けれど、人は心の中に積もった失望が限界に達したとき、すべてを投げ出してしまいたくなるものだ。

彼女は、かつて深く愛した夫を見上げ、己の傷口を自らの手で残酷に剥ぎ取るようにして、すべてをさらけ出した。言葉を発するときには、胸が痛みすぎて、もう何も感じなくなっていた。「京介、もう酌量なんてしなくていい。栄光グループの職も、周防夫人という肩書きも、私はもういらない。だって、私は子供を……」

「産めない」という言葉を、舞は最後まで口にすることができなかった。

そのとき、京介の携帯が鳴った。

彼は舞の顔を見つめたまま、電話に出る。受話器の向こうから、秘書の中川が焦った声で叫んでいた。「京介様、白石さんの容態が非常に危険です。すぐに来てください!」

「わかった」

京介は携帯を切ると、舞に向かって一言だけ言った。「用件はあとで話そう」そう言って、彼は黒のロールスロイスに向かい、ドアに手をかけて乗り込もうとした。

舞はその場に立ち尽くしていた。夜風が吹きつけ、全身が冷え切るような感覚に襲われた。

彼の背に向かって、最初はかすかに名を呼んだ。その声は次第に大きくなり、やがて彼女の人生すべてをかけるような絶望を込めて叫んだ。「京介……あなたは、私に一分すらくれないの?四年も夫婦でいて、私はその一言を最後まで聞いてもらう価値もないの?」

京介はドアハンドルを握ったまま、冷えた声で答えた。「愛果が危機を乗り越えるまでだ」

その言葉を残し、彼はアクセルを踏み、舞を置いて走り去った。

……

夜の冷たさは、舞の心の冷えには遠く及ばなかった。

彼女はじっと、夫が去っていった方角を見つめたまま、あの言葉をかすかに、しかし最後まで紡いだ。「京介……私は、子供を産めないの」

夜風が激しく吹き、彼女はもう一度言った——

「京介!私は、子供を産めないの!」

……

それを口にするたびに、かつて京介を愛した自分自身への容赦ない鞭打ちとなり、すべてを懸けた自分の人生への、冷酷な嘲笑のように響いた。

青春を、すべてを捧げたのに。それでも、京介にとっては、何の価値もなかった。

彼女の悲しみと苦しみは、いつも京介とは無縁だった。

ふと、舞は思った。もういい、すべてを放り出したい。この四年間、周防夫人として背負ってきた鎖を断ち切ってしまいたい。今夜が明けたら、彼女はもう周防京介の妻ではない。彼女は、ただの舞になる。

舞はうつむき、身にまとったスーツを見つめた。

ビジネスの場では、京介がそれを求めた。けれど、一歩外に出れば、彼はそれをつまらないものだと吐き捨てた。今や舞自身でさえ、この堅苦しい装いが可笑しくてたまらなかった。たった一人の男の愛を得たいがために、自分を曲げてまで迎合しようとしていたなんて。

本当に滑稽だ!

……

彩香が来たとき、

舞は上着を脱ぎ、中に着ていたシルクのブラウスのボタンをふたつ外した。淡く白い肌がわずかにのぞき、黒く長い髪が背中にさらりとかかっていた。その姿はどこか儚く、けれど抗いがたいほどの官能を湛えていた。

彼女は車体にもたれかかり、すらりと伸びた白い脚を無造作に投げ出していた。

横目で彩香を見やりながら、静かな声で尋ねた。「タバコある?一本吸いたいの」

彩香は鼻の奥がつんとした。

彼女は舞の秘書で、舞について4年、舞がどれだけ京介を愛しているかを最もよく知っていた。舞が今どれだけ惨めな状態かも彼女は目の当たりにしていた。彩香の手元にタバコはなかった。けれど、彼女は走り回って一箱のタバコを手に入れた。

舞は、今まで一度もタバコを吸ったことがなかった。

彼女はむせて涙を流した。

そのむせる煙の中で、彼女は笑いながら涙を流し、京介への愛を一片一片の恨みに変え、自分の骨髄や心臓に刺し込んでいった……

……

舞は初めて羽目を外した。

薄暗い照明、酩酊を誘う空気。すべてが、どこか退廃的だった。

彼女は酒に酔っていた。だがもう、どうでもよかった。京介の視線も、周防家の決まりも、何ひとつ――気にならなくなっていた。

舞はテーブルにうつ伏せになり、指先でグラスをコツンと叩いた。「もう一杯ちょうだい」――そんな合図だった。

バーテンダーが応えようとしたとき、長い指がそのグラスを軽く押さえ、そして清々しい姿が舞の隣に座った。

上原九郎――上原法律事務所の上原九郎だった。

男の黒い瞳には一抹の思慮深さがあり、舞をじっと見つめていた。彼女は前回よりもさらに奔放で魅惑的だった。体は柔らかく無骨にうつ伏せになり、ブラウスのボタンが二つ外れ、簡単に柔らかな春の光を覗かせていた。

舞の肌は、陶磁のように白く透き通っていた。

九郎の瞳が、静かに深い色を帯びていく。数秒の沈黙のあと、彼は自分の上着を脱ぎ、そっと舞の肩にかけた。

舞は驚き、彼を見上げた。

揺れる照明の下、彼女は、その深い瞳に吸い込まれた。まるで、底知れぬ深淵に堕ちていくようだった。

九郎の声は淡々としていたが、どこか距離を保っていた。「酔っているようだ。送ってあげる」

舞はバーカウンターに身を預けたまま、まっすぐ九郎を見つめ返す。彼は意外なものを見た。舞の目元――とくに内眼角には、普段のきっちりとした装いでは隠されていた、女としての妖艶な魅力が、わずかに滲んでいた。

舞の声は酒に揺られ、いつもの気品が崩れていた。「……あなた誰?なんで、あなたについていかなきゃいけないの?」

酔った女に、理屈は通じない。

九郎はポケットから革の財布を取り出し、中から現金の束を取り出して、そのままバーカウンターに音を立てて置いた。そして、何も言わず舞の身体を横抱きに抱き上げた。本能的に舞は抵抗しようとするが、彼はその足をしっかりと押さえ込んだ。口調は鋭く、まるで犯人を取り押さえる刑事のようだった。「明日のトップ記事になりたくないなら、今すぐここを出るんだ」

舞は男の腕の中に押し込まれた。

彼女の顔は九郎の首筋に触れており、その肌の熱さに思わず身をよじった。不快そうに顔をずらし、肩甲骨のあたりへと移す。シャツの布越しにようやく少し落ち着いたものの、それでも彼女は必死に訴えた。「九郎、私を降ろして……」

駐車場。

空一面のネオン、残るは星の光だけ。

九郎は腕の中の舞を見下ろし、その瞳にどこか奇妙な光を宿していた。舞が、自分が誰であるかをちゃんと分かっている――それがわかった瞬間だった。

だがすぐに、九郎はその胸のざわめきを押し殺す。舞は、京介の妻――軽々しく関係を持っていい相手ではなかった。

五分後、舞は車の中へと放り込まれた。

女は本革のシートに寄りかかり、軽く目を閉じた。彼女の顔には一抹の蒼白さが浮かび、眠っている姿は完全に弱々しい様子だった……

九郎は彼女に目をやりながら、ゆっくりと京介の携帯へ電話をかける。

――が、二台あるはずの携帯はどちらも電源が切れていた。

九郎は、きっと愛果と関係があるのだろうと察した。でなければ、舞がここまで酒に溺れる理由がない。彼は中川に連絡を取ろうと、携帯を持ち直したそのとき。

舞が目を覚ました。

そして、伸ばした手で九郎の携帯を叩き落とした。

「家に帰りたくない」

彼女は少し上を向き、胸が激しく上下していた。薄く柔らかいシャツの生地が彼女の体に揺れ、女の体香と混ざり合って、言葉にできないほどの誘惑を醸し出していた。

九郎の喉仏が、静かに上下する。

彼は視線をそらし、車窓の向こうに広がる寂しげな夜景を見つめた。そしてまた、隣に目を戻すと、舞は再び、眠りに落ちていた。

九郎は、しばらく黙ったまま彼女を見つめ、数秒後にそっとドアを開け、車を降りた。

夜が更けていく……

男の長身はランドローバーのボンネットに寄りかかり、黒い服が夜と一体化していた。彼はタバコを一本取り出し、唇に挟み、ライターの火をかざしてタバコに火をつけた。

淡い青い煙が立ち上り、すぐに夜風に吹き散らされ、彼の凛とした眉目を和らげた。

タバコを半分ほど吸ったあと、九郎はふと顔を巡らせ、車内の彼女をもう一度見やった。

月の光のような白い服をまとい、眉目は絵のようで、目尻には一抹の艶やかな色が漂っていた……

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