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第676話

Author: 風羽
智也は芽衣と章真を連れていた。そばには、もう一人、小さな女の子が寄り添っている。智也の娘、瑶である。

公園の一角では、飴細工師が小さな人だかりの前で巧みに飴を形作っていた。

智也は三人の子どもを連れて列に並び、腕には芽衣を抱き、章真と瑶はぴたりと身体を寄せていた。その光景だけでも、彼がベルリンで長い間、子どもたちと過ごしてきたことがわかる。

本来なら彼の子どもであるのに、世話をしてきたのは智也だった。

澄佳は元妻だ。重い病に冒されていることを智也は知っていた。しかし翔雅は何も知らず、悠ですら承知していたのかもしれないのに、彼にだけは一言も告げられなかった。最後に知らされたのが翔雅だったのだ。

胸の奥が締めつけられる。翔雅は歩み寄り、声をかけた。

「章真、芽衣」

二人は振り返ったが、以前のように駆け寄っては来なかった。

周防家の誰も子どもに恨みを植えつけたわけではない。けれども、三、四歳の幼子でも感じるものはある。

——母は病に倒れ、父はずっと姿を見せない。その代わりに智也さんや悠さんが傍にいて、楓人さんもよく遊んでくれる。

芽衣は翔雅から身を逸らし、ぎゅっと智也の首にしがみついた。

大きな瞳でおそるおそる見上げるその視線は、どこかよそよそしい。

思えば翔雅が二人とまともに過ごしたのは、もう半年以上も前のことだった。

智也は腕の中の瑶を支え、猿のようにしがみつくのを受け止めたまま、落ち着いた調子で言った。

「来たのか」

驚いた様子もなく、むしろ予想していたかのように。翔雅は小さくうなずき、声をしぼり出した。

自分の子であるはずなのに、二人は懐かず、まるで他人のように距離を置く。その痛みに耐えながら、翔雅は必死に子どもの興味を引こうとした。

「飴細工が欲しいか?パパが買ってあげようか」

芽衣は思わず口にする。

「智也さんが買ってくれる」

呼吸が詰まる。翔雅は苦しく笑った。

「パパの買うのは、また違うんだ」

だが二人は口を閉ざし、小さな唇を固く結んだまま黙り込んだ。

その沈黙を破ったのは瑶だった。

「芽衣が言ってたよ。おじさんは悪い女と結婚したから、もうパパじゃないんだって」

翔雅は思わず芽衣を見つめる。娘は涙で目を潤ませ、顔を背けて智也にしがみついた。頼りきるその姿に、胸が深く抉られる。

「真琴おばさんは悪い人じゃない
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Comments (2)
goodnovel comment avatar
まかろん
早く真琴の策略が全て明るみに出て、翔雅がどん底に落ちて真琴にざまぁを与えてほしい
goodnovel comment avatar
fuo8123
半年振りに会ったのに子供から〘おじさん〙と呼ばれるのも無理ない。 真琴を庇う翔雅を子供たちは嫌悪してるってまだ分からないんだろうか?! ベルリンに来て真実を目の当たりにしても、翔雅だけは盲のままなんだね。
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