Share

第4話

Auteur: 心の底
「ごめんよ、莉亜、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。君とあの男に嫉妬するなんて、どうかしてたよ」

潤は目に涙を浮かべた。「でも、俺と生田さんは本当にそんな関係じゃないんだよ。ただ彼女に感謝してここに連れてきただけなんだ。俺を許してくれる?」

それを見て、美琴は申し訳なさそうにうなだれて、嗚咽交じりに話し始めた。「そうよ、莉亜さん。あなたから誤解されないように、きちんと彼とは距離を保つようにしてきたんです。

他の何も彼に望んでなんかいません。ただ、少し自慢できるような誕生日プレゼントが欲しかっただけなんです。うちはあなたの家ほど裕福な家庭ではなくて、あなたみたいに小さい頃から恵まれてはいませんでした。あなたは相馬社長のような素敵な方と結婚できたでしょう。それとも、私にはこんなプレゼントをもらえるような資格はないとおっしゃるんですか?」

「ただプレゼントが欲しかったですって?」

莉亜はじりじりと彼女のほうへ詰め寄っていった。「生田さん、私はあなたの口から出たあのプレゼントの話をしているのではなくて、相馬グループの一社員のくせに、出過ぎた真似をしていると言いたいんですけど」

二人の距離が近づいていくと、潤は咄嗟に美琴の前に出て優しく莉亜を落ち着かせようとした。「莉亜、もし君が気になるって言うなら、オークションが終わったら、彼女には子会社に行ってもらうよ。

だけど今日は俺のためにも、そのブレスレットは生田さんに譲ってくれないか。帰ってから君が欲しい物ならなんだって買ってあげるから」

美琴はその言葉に同意するように頷き、目には涙の粒を浮かべて懇願した。「莉亜さん、本当にそのブレスレットを気に入ったんです。あなたにはもうなんだってあるでしょう、どうして私の物を横取りしようとするんですか?

それとも、私のことが気に食わないから、私に意地悪をしたいんですか?」

「あなたね、一体どの面下げて、そんなセリフが言えるわけ?」莉亜は冷ややかに笑った。「これはもともと私の物だったの。それをどうしてあなたにあげないといけないわけ?」

莉亜はスタッフが持って来たブレスレットを受け取り、軽蔑するように言った。「生田さん、身の程をわきまえたほうがいいわよ」

莉亜がいつまでたっても譲ろうとしないので、潤は我慢の限界に達し、厳しい顔つきに変えた。「莉亜、こんなに多くの人の前で、そうやっていつまでも意地を張るのか?俺に恥をかかせようっていうのか?

それはただの古いブレスレットだろう。まさか君にとって、そんな物が俺よりも大事だとでも?」

彼は何の疑いもなくそう言った。

潤が莉亜に求婚した時、必ず莉亜の母親の持ち物を全て取り戻すと誓ったことを彼はすっかり忘れているらしい。

莉亜は手を上げて、バチンと彼に一発お見舞いした。

鋭い音が会場に響き渡り、来客が驚いた様子で二人の様子を見ていた。

潤は顔を傾け、怒りに燃える瞳で彼女を睨みつけると、喉から絞りだすように声を出した。「莉亜、これで満足か。ずっと君を甘やかしていたせいで、こんなふうに理不尽な女になってしまったのか?」

莉亜はなんとか自分の怒りを抑え込み、平然とした顔をした。「潤、今日の事を後悔しないといいけど」

そう言うと、莉亜は彼に振り返ることも、立ち止まることもなくその場を去っていった。

彼女の後ろ姿が遠ざかると、美琴が潤の顔にくっきりと残った赤く腫れた部分を触って心配そうに言った。「相馬社長、大丈夫ですか?

莉亜さんったら、ひどすぎます。どうしてこんな大勢の前であなたを叩いたのでしょう」

潤は彼女の手を払いのけ、爪が肉に食い込むほど拳を握りしめて、莉亜が去っていった方角をギロリと睨みつけていた。「彼女を甘やかしすぎたんだ。今の彼女があるのは誰のおかげなのか、それすらも忘れてしまったようだな」

美琴は潤の顔色を伺い、探るように言った。「社長、あのブレスレットは……」

潤は赤く腫れた頬をさすりながら、ポケットから銀行カードを取り出して彼女に渡した。「この中には一億入ってる、欲しい物は何でも買っていい」

二百十七番の個室にて。

莉亜がブレスレットを落札した人物に直接お礼を言うために来て、扉をノックした。

しかし、返事はなかった。

彼女は通りすがりのスタッフを呼び止めた。「すみません、この個室の方はどこにいらっしゃいますか?」

「最後の商品を落札されてから、こちらのお客様はお帰りになりましたよ」

それを聞くとがっかりした様子で、莉亜はその人物のことが知りたくて再び尋ねた。「その方は誰か知っていますか?」

スタッフは申し訳なさそうに笑って言った。「申し訳ございません、お客様、私たちは顧客情報を勝手に誰かに教えることはタブーとされています。どうかご理解ください」

それを聞くと、莉亜は自分のその行いは間違っていたと気づき、スタッフに道を開けた。「ありがとうございます」

オークションから帰宅して一時間経った。

莉亜はそのまま二階の書斎へ行き、パソコンを開いて自分と潤名義の資産を調べた。

その金額を整理すると、携帯を取り出して藤井弁護士の携帯に電話をかけた。

「もしもし、私と相馬潤の資産を分割したファイルを整理してあなたに送りました。明日までに財産分与の手続きをお願いしたいのですが」

弁護士はすぐに彼女から送られてきたファイルを受け取り、恭しく頷いた。「かしこまりました。今すぐそのように手配いたします」

莉亜はパソコン画面をじっと見つめ、マウスを握る手に力を込めた。「あの男が私との結婚を騙していた状況で、私と彼の財産はどのように分配されるんですか?」

「通常であれば、彼が小鳥遊さんと結婚してから得た財産は、小鳥遊さんのほうがそれを返すよう要求することができます」藤井弁護士は正直に答えた。

潤が今持っている半分の財産は、全て当時莉亜が彼の起業が成功するように出資したおかげで手に入れたものだ。

莉亜は不機嫌そうに目を暗くさせ、すぐに潤と美琴が婚姻関係にある証明書類を送った。「藤井さん、法律に則って、私が得るべき全ての財産を取り戻してください」

莉亜は電話を切った瞬間、全身の力が抜けたようにソファに座り込んだ。疲弊困憊してゆっくりと目を閉じたが、眠気はなかった。

潤は絶対に自分を放しはしないはずだ。自分が得るべきものを余すことなく確保できるまで、彼に気づかれないようにしなければならない。

この時、書斎の扉が外から乱暴に開かれた。

潤は手に持っていたコートをデスクの上に放り投げて、パソコンの前に座っている莉亜の腕を掴んだ。「お前が後先考えずにあんな身勝手な行動を取ったせいで、俺は社交界でもう堂々としていられなくなったんだぞ!

一体何がしたいんだ?まだあの件をうじうじと引きずってるのか?」

莉亜はゆっくりと両目を開け、落ち着いた眼差しで潤を見つめたが、何も答えなかった。

潤の怒りは増すばかりで、気持ちを抑えられず声を荒げた。「結婚してから、お前に申し開きできないような事を俺がしたか?毎日仕事が終わったら同じ時間に帰宅してたし、ビジネス上の付き合いがある時には事前に伝えていた。そこに女が来ると分かった時は、全て断わっていたんだぞ!俺はお前のためにここまでやっていたというのに、それでも満足できないってか」

彼の言葉の中に出てくる小さな細々した事なら、潤はしっかりと記憶しているらしい。莉亜と結婚するために多くを犠牲にしてきたと彼自身は思い込んでいるのだ。

莉亜は突然本当に滑稽に思えてきた。

莉亜はこれ以上潤の顔を見たくなくなり、スッと立ち上がると彼に視線を向けることなく、書斎を出ていった。

しかし、後ろから潤の沈んだ声が聞こえてきた。

「莉亜、お前がどう思おうが、俺にはやましい事は一切ないからな」

鋭いナイフで刺されたかのように心がズキズキと痛み、その痛みが全身に広がった。鈍器で殴られたように頭が重くなり、この時潤が放ったあの言葉が絶え間なく頭の中にこだましていた。

やましい事などない。

彼が取った行動の全ては彼にとって、やましい事などではなかったのか。

翌日、莉亜が目覚めた時、潤はすでに家にいなかった。

テーブルには莉亜が食べ慣れたあの朝食が並べられていた。

それを見て莉亜は言葉には言い表せない複雑な心境になり、唇を噛みしめた。

昨晩、二人は喧嘩して終わったというのに、潤は今朝も彼女のために朝食を作っていた。

しかし、このようなことができてしまう男だからこそ、こんなに長い間彼女を騙し続けられたのだ。

何があっても、彼女は潤との関係を終わらせなければならない。

莉亜はその朝食を一口も食べることなく、そのまま会社に向かった。

ここ数年、彼女はもうほとんど潤にビジネス上の事は聞いてこなかった。手元にある財務に関する報告書はすでに何年も前のものだ。彼女は新しい財務報告書を手にする必要があった。

秘書が莉亜に会った時、明らかに驚いた表情で一瞬固まり、口を開いた。「奥様、こちらへは社長をお探しに来られたのですか?」

「いいえ」

莉亜は感情のこもっていない声で答えた。「財務部長に会わせてちょうだい」

彼女が所有する株は潤の次に多いので、会社の細かい事に口を出す権利はある。

秘書は少し躊躇してから、頷いた。すると秘書は顔を背けて電話をかけようとした。

恐らく潤に連絡するのだろう。

莉亜はそれを止めることはなかった。

彼女は財務部のオフィスに座り、優雅にコーヒーを一口飲み、そして適当にその辺にあった雑誌を手に取った。ほとんどがその時流行りの娯楽雑誌だったが、中には小説や漫画もあった。

莉亜は眉をひそめて、しっかり見渡してみると多くの細かな違和感に気がついた。デスクの上のテーブルクロスはピンクと赤のチェック柄で、可愛らしいぬいぐるみが雑に置かれている。その中でひときわ目立ったのはカップルの人形だった。その人形の服には英語のイニシャルのJとMが印刷されていた。

莉亜が突然何かを思い立った瞬間、後ろの扉が開かれ、美琴が焦った様子で入ってきた。

「ごめんなさい、莉亜さん」

彼女はミルクティーを手に、莉亜に謝った。「まさか急に来られるとは思わなくて……」
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Latest chapter

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第10話

    玲衣は大声で潤の悪口をまくし立てた。彼女の怒鳴り声を聞くと、莉亜はここ数日強気でいた心の緊張の糸がプツンと切れてしまった。悲しみがこみ上げて、莉亜は瞬時に涙をこぼした。莉亜は呼吸をし、平静を保とうとした。「あなたにお願いがあるの。お母さんが私とあの男のために買ってくれた月花湖の家をどうにかしたいんだ。不動産屋に頼んで売りに出すから、あなたが購入してくれない?無事に離婚したら私がまた買い戻すから」「もちろん問題ないよ。準備ができたらまた私に教えて」玲衣はすぐに快くそれを受けた。電話越しでも莉亜の辛さが伝わってきて、玲衣も苦しくなってきた。莉亜はこれでようやく安心できた。日を改めて会う約束をしてから電話を切った。すでに夜中の一時過ぎだった。莉亜は眠気がなく、家の売却資料を整理して不動産屋に送った。この時、携帯に突然LINE友だちの申請が届いた。莉亜は携帯を持ち上げて、その申請してきた相手を確認した。キャミワンピースを着た女の後ろ姿がアイコンで、名前はハートマークが一つだけで、それ以外の情報はなかった。莉亜は目を細めて、申請を許可した。その後、相手からはある写真が送られてきた。ピンクのシーツのベッドで、結婚指輪をはめた二人の手が絡み合っている。莉亜はそれを見て怒ることはなく、逆に笑えてきた。つまり、挑発しようということだろう。ちょうど気分を害されて怒りが燃えていたところだ。やってやろうじゃないか。すると莉亜はパソコンを開いた。パソコン画面の光が莉亜の美しい顔を照らした。彼女の瞳の底には怒りが燃え上がっている。彼女がハッキングもできることを潤は知らない。彼女が前回潤を許した時、彼には十分すぎるほどの信頼を寄せた。彼と美琴は完全に関係を断ち切ったと思っていたので、一度もハッキングして彼の事を調べたことはなかった。今思えば、滑稽でしかない。潤は莉亜から信用されていることを逆手に取り、彼女を裏切った。そして何も恐れることなく、永遠に彼女たち二人からチヤホヤされながら、妻もいて不倫相手もいる生活を満喫しようと思っているのだ。永遠に夢でも見ていろ!莉亜は素早くキーボードを打ち込み、たった数分で潤のいる場所を特定した。そしてそこに表示された「月花湖」の文字を見た瞬間、彼女の顔が一瞬にして青ざ

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第9話

    莉亜は潤が美琴にした返事にショックを受けて、目を閉じた。潤は莉亜のほうへ視線を向け、彼女の頬を触り、彼女が完全に寝ているのを確認してから立ち上がってコートを手に取り出ていった。ドアが閉まる瞬間、莉亜はすぐに体を起き上がらせて、トイレに駆け込み吐いた。彼女は胃の中のものを全部吐き出すと、冷たい床によろよろと座り込んだ。その時突然携帯が鳴った。莉亜は調子の悪い体を支えながら立ち上がり、携帯を取りに行った。それは弁護士からの電話だった。「小鳥遊様、相馬潤氏の資産は全て確認いたしました。訴訟を起こせば、家は五戸、土地二つに、一千億の財産分与が約束できます」莉亜は携帯をぎりぎりと握りしめ、かすれた声で言った。「それから私の株も合わせて、たったそれだけしか得られないのですか?」「そうです。相馬氏はすでに彼のほとんどの資金を会社の運営のほうへつぎ込んでいます。小鳥遊様がもっと多くのお金を得ようと思ったら、彼の過失や、法に触れるような行為を見つけてそれを証拠に争うしかありません」その言葉を聞き、莉亜の頭にはパッと潤とあの女が結婚していることが浮かんだ。結婚証明書の偽造。彼女を騙し、会社に投資させ、人生で最も輝く年齢の数年間を無駄にしてしまった。これらを合わせれば、潤の大部分の財産を賠償として受け取ることができる。そして目下、引き続きその証拠集めをしなければならない。それで潤に弁解の余地すら与えず、おとなしく賠償させて、全てを奪ってやるのだ。それでやっと彼女の心の中に居座り続ける怒りを発散させることができる。莉亜が目を閉じると、ふともう一つの家のことを思い出した。その屋敷のことを思うと、胸がチクチクと痛んだ。当時、母親は重い病を罹っていた時、莉亜と潤が結婚することを知り、月花湖付近にある高級別荘地の川沿いの屋敷を購入してくれたのだ。それは二人が結婚した後に暮らすためにと思い、共有名義で買っていた。母親が逝去し、莉亜はその家に行くと母親のことを思い出してしまうのが怖くて、どうしても近づけなかった。この家は唯一、莉亜と潤の共有名義となっている家だ。しかし、この家の一ミリ、一円たりとも潤に財産分与させるわけにはいかない。莉亜は声のトーンを落とした。「私名義の月花湖の家は、相馬潤と共有名義になっています。この

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第8話

    潤は体をこわばらせ、そっと莉亜を掴む手を離した。力がかなり入っていたらしく、関節部分は血の気がなく白くなっていた。彼は皮肉な笑みを漏らしたが、何を思っているのかは読み取れない。「莉亜、お前は大したもんだよ」次の瞬間、彼はアクセルを踏み込んだ。その途中、どちらも言葉を発することはなかった。家に帰ると、潤はすぐシャワーを浴びた。莉亜は結婚受理証明書の入ったカバンを手に、二階に上がろうとし、一歩踏み出した瞬間後ろから携帯の呼び出し音が響いた。彼女は足を止め、その携帯を取りに行った。携帯画面には、ただイニシャルの「M」だけが映っている。 莉亜はそれを見て目を細めた。女の勘が告げている。その相手は絶対に美琴だ。莉亜は携帯画面をタップし、その電話に出た。すると携帯越しに甘えた声が聞こえてきた。「あ・な・た~、私寂しいわ。ちょっと潤、なんで何も言わないのよ?」それを聞いた莉亜はバカバカしくなり、冷ややかに皮肉の言葉を吐き出した。「生田さん、タイミングが悪かったですね。潤なら今シャワーを浴びてますから、ちょっと待っててください。今彼を呼んで来ますので」電話の向こうの美琴はギクリとした。「なんであなたが出るんですか?」莉亜はそのまま二階へ上がっていった。すると、潤が焦った様子でバスローブをまとって出てきた。鍛えあげられた胸板にはまだ水滴が残っている。彼は少し慌てていて、莉亜が携帯を手に持っているのを見ると、驚いた。「莉亜……」「生田さんからよ」莉亜は眉を吊り上げて、携帯を彼に渡した。潤は居心地が悪そうにその携帯を受け取ると、すぐに上の階にある部屋に行って電話に出ようとした。その後ろから、ゆったりと彼を呼ぶ莉亜の声が聞こえてきた。「どうして私に隠れてコソコソ電話するわけ?」潤は全身を硬直させ、彼女の前に立ち止まった。「そんなことないさ。うるさいかなって思って」「そんなことないわよ。スピーカーモードにしたらいいじゃない。私も彼女がこんな夜遅くに何の用なのか知りたいし。さっき、電話に出たらすぐに『あ・な・た~』とか叫んでたわよ」莉亜は階段の手すりに寄りかかり、落ち着いた様子で腕を組んで見ていた。潤は体の動きをピタリと止め、すぐに言った。「きっと俺と旦那さんを間違えて電話しちゃったんだ

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第7話

    莉亜も隠す気がなくなりはっきりと言った。「あそこにある結婚証明を取りたいんです」それを聞いて、朔也は一瞬だけ動きを止め、あの結婚証明を取って何をするのかは尋ねず、椅子を押しのけた。彼は背が高い。少しつま先立ちしただけで、簡単に手に取った。朔也は証明書の字に目を通すと、少し驚いて口角を上げたが、微々たる変化なので人には気づかれない。彼はそれを莉亜に手渡した。「そういうことか」莉亜はその言葉ははっきりとは聞こえておらず、受け取った後、小声で言った。「ありがとうございます」彼女の手のひらには冷や汗をかいていて、結婚受理証明書を手にした時には寒気を感じた。この目障りな証明書がはっきりと、この結婚はただの笑い話だと告げていた。最初から最後まで、潤が莉亜を愛するふりをしている間、常に美琴という存在もあった。朔也は視線を下に落とした。彼と莉亜の身長差はかなりあって、上からはただ彼女のつむじしか見えなかった。彼にとっては彼女が小柄で可愛く見えた。あの雪のように白い手で証明書をきつく握り締めているせいで、手から血の気がなくなっていた。「その結婚証明書を取ってどうするの?」朔也の声からは感情が読み取れなかった。「えっと、持って帰って飾っておきたいんです」莉亜はすぐに適当に嘘をついた。朔也は彼女を抱きしめたい衝動に駆られ、その瞳は燃えるように熱い感情を宿していたが、実際に行動に移すことはなかった。その後、彼はただ優雅に袖口のボタンをしっかりと留め、背を向けて去っていった。莉亜はホッと胸を撫でおろし、冷たい棚に寄りかかった。太ももはまだ熱く感じた。彼女は急いでスカートを整えると、結婚受理証明書をカバンの中にしまい込み、気持ちを落ち着かせて何事もなかったかのように部屋を出た。この時、潤は庭で誰かとおしゃべりをしていた。莉亜は表情一つ変えず、彼の隣にやって来た。数人の親戚が潤と話していた。「まったく、朔也君は二日前に帰ってきたらしいけど、今日になってようやく我々に連絡したらしいね」それを聞いて潤は驚いた。「兄は今日のフライトだったんじゃないんですか?」「違うよ、彼は確か何かのオークションに参加したらしい。ただの噂だけど、一昨日グランツオークションホールに現れたって」「きっと違います。その日は私もいま

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第6話

    莉亜はリビングの片隅に立っていた。周りにいる親戚たちがモゾモゾと動き出し、堪らず朔也のほうへと押し寄せた。潤は薫子の傍に立ち、礼儀正しく兄に声をかけた。さっきまでその潤の周りでご機嫌取りをしていたおじたちが一斉に向きを変え、親密な笑顔で朔也に近づき挨拶をした。「朔也さん、どうして突然帰国したんですか?」「朔也君は最近、国内企業の買収に忙しいんだろう?本当に実力をつけてきたな」「さあさあ、こっちに来て座って。これは高級茶葉を使って淹れたんだよ」潤はおじたちが我先にと熱心な態度を取る様子を見て、笑みを少し消し、すぐに気持ちを整えて先導した。莉亜は黙ってあの注目を一身に集めるスラリと背の高い端正な顔をした男をちらりと見た。そしてまた無意識に後ろに少し下がった。この時、彼女は完全に大勢の人から距離ができた。彼女は体を横向きにして中に入ってくる人に道を開け、できるだけ自分の存在感を消そうと努力していた。すると朔也が一歩ずつ近づいてきた。朔也は潤と性格や態度は違っている。彼はさらに神秘的で冷たい雰囲気を持ったイケメンで、高貴さを漂わせている。自分に媚びを売る周りに朔也はただ少し会釈して返すと、誰にも気づかれないように人だかりを見渡し、一人ずつ確認していた。そして視線が再び莉亜のほうに向くと、急に足を止めた。彼が立ち止まると、潤もそれに合わせて動きを止めた。「兄さん、どうしたの?」朔也は潤を気にも留めず、静かに目線を莉亜に一瞬向けた。ただ一目見られただけなのに、莉亜はドキッとした。その一瞬の眼差しから表現し難い独占欲のようなものを感じたからだ。しかし、彼女は朔也とは何回か会ったことがあるだけだ。潤は周りと同じように、朔也の視線の先を確認すると、訝しそうにしていた。「莉亜、こっちへ来て兄さんに挨拶して」莉亜が一歩踏み出そうとした時には、すでに朔也のほうから向かってきていた。潤は周りと同じくその様子に驚いていた。さっきまで、この場にいた人間がこぞって朔也に声をかけに行ったが、朔也自ら動いて誰かに近づいてはいかなかった。朔也の深い瞳からは彼の感情が読み取れなかった。「莉亜さん?」莉亜は呼吸を少し止め、なんだかその言葉がくすぐったく感じた。莉亜は朔也から話しかけられるとは思っていなかった。

  • 私の代役を愛したことを一生後悔すればいい   第5話

    莉亜は眉を吊り上げて美琴をじろじろと見つめた。「あなたが財務部長?」美琴は頷き、笑みを浮かべた。「ええ、莉亜さん、何が必要なのかおっしゃってください。じゅ……相馬社長は今会議中なので、心配しないでください、きちんと彼には伝えておきますので」莉亜は笑った。「結構です」莉亜は興味津々に美琴のほうへ目を向けた。「私は潤に会いに来たのではなくて、あなたに会いに来たんですから」その瞬間、美琴の笑みが消え、顔をこわばらせた後、落ち着いた声で言った。「莉亜さん、昨夜のオークションのことを気にしているのは分かっています。だけど、私と社長の関係にそんなに構える必要はありませんよ。だって……」美琴は手を上げて見せてきた。その薬指にはダイヤの指輪が光を反射してキラキラと輝いていた。それが恥ずかしそうに微笑む美琴まで輝かせた。「私はもう結婚しているんです。夫とはとても仲良しなんですよ」莉亜はその指輪をじっと見つめ、呼吸すら忘れそうになった。滑稽なことに、彼らにとっては自分こそが不倫相手の女だった。その指輪は、昔潤が莉亜に求婚した時に贈ったものと、全く同じデザインだった。しかしすぐに莉亜はその指輪から目を逸らした。「とっても素敵な指輪ですね。だけど、勘違いしないでください」彼女はゆったりと話し始めた。「今日はただ最新の財務報告書をもらいに来ただけです。それ以外に何も用事はありません」莉亜は不愉快そうにしている美琴の顔を一瞥し、静かに笑った。「なんだかあなたのほうが何か構えている様子ですけど。ねぇ、生田部長」美琴の表情が一変し、さっきまでの得意げな様子はこの時すでに消えていた。彼女は唇を噛みしめ、暫く何も言わなかった。莉亜は冷静沈着に彼女を見ていた。「生田部長、もう一度言いましょうか?」彼女がそう言った瞬間、潤が急いで駆けつけてきて、このシーンを目撃すると顔を暗くさせた。「莉亜、昨日はあんなに大騒ぎしといて、まだやるのか?」彼の声は冷たかった。「一体いつまで続けるつもりだ。言っただろう、俺と生田さんとは何の関係もないって、もし信じられ……」彼が言い終わる前に、莉亜が彼の言葉を遮った。「もちろん、信じるわよ」彼女は口角を少し上げて笑みを見せてはいるが、その目は笑っておらず冷ややかなものだった。そして美琴のほうを見

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status