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第5話

Auteur: 心の底
莉亜は眉を吊り上げて美琴をじろじろと見つめた。「あなたが財務部長?」

美琴は頷き、笑みを浮かべた。「ええ、莉亜さん、何が必要なのかおっしゃってください。じゅ……相馬社長は今会議中なので、心配しないでください、きちんと彼には伝えておきますので」

莉亜は笑った。「結構です」

莉亜は興味津々に美琴のほうへ目を向けた。「私は潤に会いに来たのではなくて、あなたに会いに来たんですから」

その瞬間、美琴の笑みが消え、顔をこわばらせた後、落ち着いた声で言った。「莉亜さん、昨夜のオークションのことを気にしているのは分かっています。だけど、私と社長の関係にそんなに構える必要はありませんよ。だって……」

美琴は手を上げて見せてきた。その薬指にはダイヤの指輪が光を反射してキラキラと輝いていた。それが恥ずかしそうに微笑む美琴まで輝かせた。「私はもう結婚しているんです。夫とはとても仲良しなんですよ」

莉亜はその指輪をじっと見つめ、呼吸すら忘れそうになった。

滑稽なことに、彼らにとっては自分こそが不倫相手の女だった。

その指輪は、昔潤が莉亜に求婚した時に贈ったものと、全く同じデザインだった。

しかしすぐに莉亜はその指輪から目を逸らした。

「とっても素敵な指輪ですね。だけど、勘違いしないでください」

彼女はゆったりと話し始めた。「今日はただ最新の財務報告書をもらいに来ただけです。それ以外に何も用事はありません」

莉亜は不愉快そうにしている美琴の顔を一瞥し、静かに笑った。「なんだかあなたのほうが何か構えている様子ですけど。ねぇ、生田部長」

美琴の表情が一変し、さっきまでの得意げな様子はこの時すでに消えていた。

彼女は唇を噛みしめ、暫く何も言わなかった。

莉亜は冷静沈着に彼女を見ていた。「生田部長、もう一度言いましょうか?」

彼女がそう言った瞬間、潤が急いで駆けつけてきて、このシーンを目撃すると顔を暗くさせた。

「莉亜、昨日はあんなに大騒ぎしといて、まだやるのか?」

彼の声は冷たかった。「一体いつまで続けるつもりだ。言っただろう、俺と生田さんとは何の関係もないって、もし信じられ……」

彼が言い終わる前に、莉亜が彼の言葉を遮った。

「もちろん、信じるわよ」

彼女は口角を少し上げて笑みを見せてはいるが、その目は笑っておらず冷ややかなものだった。そして美琴のほうを見ていた。「生田部長はもう結婚しているらしいわね。さっき彼女が教えてくれたのよ」

そう言うと、美琴だけでなく、潤までも顔色を変えて、ギロリと美琴を睨みつけた。

美琴の目はすぐに赤くなった。

莉亜はこの時もうこの状況を続ける興味がなくなり、淡々とした口調で言った。「今年の財務報告書をもらいに来たの。私は会社の四割の株を所有しているんだから、見られないとは言わないでしょ?」

潤はハッと我に返ると、焦って言った。「もちろん、問題ないさ!」

彼は秘書にすぐ手配するよう指示を出し、おそるおそる莉亜の顔色をうかがった。そして何もばれていないと確信すると、周りには気づかれないようにホッとため息をついた。

「莉亜、どうして突然そんなこと思い出したんだい?会社のことにはノータッチなんじゃなかったのか?」

それに対して莉亜は淡々と答えた。「昨夜、口座が凍結されたから、あなたとは違う口座を作っておいたほうがいいんじゃないかと思って」

潤の表情が凍り付いた。「莉亜……」

秘書はすぐに報告書を持って戻ってきた。莉亜は潤に構うことなく、ただサッとそれを確認し終わると、その場を離れようとして潤に手首を掴まれてしまった。

「莉亜、今夜のうちのパーティー、俺と一緒に行ってくれるだろう?」

莉亜に頼むようなその口調は、まるで彼女の反応を見て、何も気づかれていないことを確認するようだった。

莉亜は振り返ることなく、ただ落ち着いた声で返事をした。「ええ」

それを聞いた潤は喜んだ。「じゃあ、仕事が終わったら迎えに行くよ」

莉亜は視線を落とし、心は冷めてしまったが相手にはその感情を悟られないようにした。

彼女が潤の実家に一緒に帰ると返事したのは、ある目的があるからだ。

潤と結婚手続きをした時に受け取った結婚受理証明書は偽物だ。潤はそれをまるで何事もないかのように実家にしっかり保管していた。

証明できるものが何もなければ説得力に欠けてしまう。あれを取り戻せれば、潤が彼女を騙していたことを確実に証明できるのだ。

莉亜は潤が迎えに来るのを待たずに、自分で車を運転して彼の実家に向かった。

彼女はこの日は普通の家庭内で開かれるパーティーだと思っていたのだが、意外にも多くの人が集まっていた。先週まだ海外でバカンスを過ごしていた義父母も帰って来て、分家の親戚たちまで揃っていたのだ。

「莉亜さん」

莉亜が来たのを見ると、相馬薫子(そうま かおるこ)は彼女の後ろをちらちらと確認した。「潤はあなたと一緒じゃなかったの?」

莉亜は淡々と言った。「彼なら後から来ます」

薫子はふんと鼻を鳴らし、明らかに不満そうな顔をした。「潤ったら、本当にあなたを甘やかしすぎたわね。こんな大切な日に、余所者のあなた一人だけで来させてどういうつもりよ」

莉亜はわずかに眉をひそめた。

彼女と潤は小さい頃の許嫁だ。しかし、母親が他界してから小鳥遊家は一気に衰退してしまい、それとは真逆に相馬家は繁栄していった。その頃から薫子は彼らの婚約を破棄させようと何度も何度もその話をしていた。

ただ、相馬家のおじいさんは厳格な人で、そのように裏切るような行為には同意せず、潤のほうも頑なに彼女と結婚すると言い張った。それで薫子もぐっと堪えて、仕方なく莉亜が相馬家に嫁ぐのに同意したのだ。

そうであっても、二人が結婚した後は、薫子も何度も莉亜に嫌な態度を取ってきた。

彼女はまだ何か小言を言おうとしたが、その時執事が急いで入ってきて小声で伝えた。「いらっしゃいました」

薫子はもう莉亜に構っている時間がなくなり、サッと立ち上がると、他の分家の人間たちも後に続いて出て行った。

このように厳粛な雰囲気に、莉亜も驚いていた。

相馬家はここ涼ヶ崎ではトップクラスの名家に入る。そんな彼らがこのようにかしこまった様子で迎えに行くのは……

莉亜は人だかりの外から視線を上げて見ていた。遠くのほうに一台の黒いマイバッハが邸宅の前に止まった。そしてすぐに誰かがその車のドアを開けると、中からスラリとスタイルの良い人影がゆったりとした動作で降りてきた。

その男は全身真っ黒のスーツを身に纏っていた。はっきりとした端正な顔をしていて、周囲を圧倒するオーラを放っている。彼の動作の一つ一つから天性の高貴さと迫力が感じられ、直視するのも憚られるような感じだ。

多くの人が我先にと彼を出迎えようとした。しかし、その男は始終無表情で、美しいその顔からは、まるで冷たい氷の彫刻のように如何なる感情も読み取ることができなかった。ただ、何か思ったかのように、顔を上げて莉亜のほうへ視線を向けた。

莉亜がぼうっとしていると、つい彼と目が合ってしまい、その瞬間心臓が跳ね上がった。

彼は相馬朔也(そうま さくや)、潤の兄だ。

彼が帰国したのか。

兄弟であるが、朔也は相馬家の人間とはあまり親しくなかった。彼はかなり前に海外に行き、ここ数年はずっと海外で相馬家のビジネスを展開していた。そして父親の相馬辰雄(そうま たつお)は実力のない能無しで、ただ浪費するばかりで稼ぐ能力はなかった。祖父の相馬誠司(そうま せいじ)はビジネスの能力が高かったが、年も年なので、多くの事に構っている余力はなかった。それで、相馬家のことは早くから朔也に任せられていたのだ。

莉亜は息を潜めていた。それでこんなに多くの人が集まっているのか。

帰国した朔也を迎えるためなのだ。
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