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第4章 ライアンが最も憎む男

Author: Lilian fabro
last update publish date: 2026-10-10 00:29:06

全てを失った後に声を聞くことになるとは最も思っていなかった相手、それはライアンが結婚生活の全てを賭けて打ち負かそうとしていた男だった。

「エヴァ?」

歩みを止める。電話から聞こえるその声は低く、落ち着いていて、奇妙なほど聞き覚えがあった。

「……はい?」

「ダミアン・ナイトだ」

携帯電話を握る指に力が入る。その名前は知っていた。誰もが知っている名前だ。

ダミアン・ナイトは、単なるナイト家の一員ではない。ライアンが話題を変える理由を見つけずには語ることすら耐えられなかった従兄弟(いとこ)だ。

3年前、あるビジネス誌がダミアンを「国内で最も若い、叩き上げのマルチビリオネア(数千億円規模の資産家)の一人」と称した。

ライアンはその雑誌を朝食のテーブル越しに投げ捨てた。

鮮明に覚えている。たたき上げ。彼はその言葉を嘲笑した。

『家族が扉を開くのをやめた時、あいつがどれほど自力でやれるか見ものだな』

冗談だと思っていた。けれど、冗談ではなかったのだ。

「なぜ私に電話を?」

「離婚のことを聞いた」

可笑しくもないのに笑いが漏れた。「誰もが知っているようね」

「ライアンが口座に何をしたかも聞いた」

その一言で、私の顔から嘲笑が消えた。

アスファルトの地面を見つめる。「……ずっと動向を追っていたの?」

「家族に関わることには常に目を光らせている」

「ライアンはあなたの従兄弟でしょう。私は違うわ」

沈黙があった。

「ああ」ダミアンは静かに言った。「君は違う」

彼のその言い方に、言いようのない居心地の悪さを覚えた。

ハンドバッグを肩の上に担ぎ直す。

「もしこれが家族の問題なら、ライアンと話すべきよ」

「これはライアンの話ではない」

「なら、何の話なの?」

「君に会いたい」

「嫌よ」

即答だった。再び歩き出す。

「ナイト家の人間から、これ以上『気の毒に』なんて言葉を聞く必要はないわ」

「謝るために電話したのではない」

足が止まった。「……じゃあ、何のために?」

「ライアンが君に知られたがっていないことを教えたい」

胃がキュッと絞られる。彼がどうすれば私の気を引けるかを正確に把握していることが忌々しかった。「……何なの?」

「電話で話すことではない」

可笑しくて笑いそうになった。

「あんなことがあった後に、本気で私があなたに会うと思っているの?」

「君が答えを求めていると思っている」

「答えならもう持っているわ」

「本当にそうか?」

彼の声は静かだった。静かすぎるほどに。

私は固く目を閉じた。

ライアンについての話なんて、もう一言も聞き込みたくなかった。昨日という日を再び追体験させられるような情報なんて、何一つ欲しくなかった。

けれど、自分の中のどこかは、まだあの寝室のドアの外に立ち、愛した男が別の女性に向かって「金のために結婚しただけだ」と告げるのを聞いていた、あの時の女のままだったのだ。

私が尋ねなかった質問が、まだ残されているのかもしれない。

その答えを知るのが怖いのかもしれない。

「……どこにいるの?」尋ねた。

「君が見えている」

目を開け、周囲を見回した。

歩道を人々が行き交う。車が渋滞の中をノロノロと進む。女性が子供の手を引いて急ぎ足で通り過ぎる。

そして、目に入った。

道路の向かい側に停められた、一台の黒いロールスロイス。

後部座席のドアが開き、ダミアンが降りてきた。

彼の写真は以前にも見たことがあった。

けれど、写真など何の役にも立たないほどの存在感だった。

記憶よりも背が高く、何事かを誇示しようとする隙すら感じさせない、身体に仕立てられたダークスーツを纏っている。表情は読み取れず、その視線はまっすぐに私だけを捉えていた。

ライアンには似ていなかった。それが最初に感じたことだ。

ライアンは常に、自分が裕福であることを周囲に知らしめる必要があった。

ダミアンは、金など議論する価値すらないものとして忘れてしまったかのように見えた。

彼はゆっくりと通りを横切ってきた。

立ち去るべきだった。なのに、私はそこに立ち尽くしていた。

私のもとへ辿り着くと、彼の視線が私の顔の上を滑った。

服でもなく、ハンドバッグでもなく、私の顔を。

そして奇妙な一瞬、自分が今にも崩れ落ちそうであることを、彼に見透かされているような不快な感覚に襲われた。

「エヴァ」

彼の声で自分の名前を呼ばれ、予期せぬ感情が胸を突いた。

それが嫌だった。気づかれていることが忌々しかった。私は顎を上げた。

「わざわざ私を探しに来るほど重要なことって、一体何なの?」

ダミアンは私の視線を受け止めた。

「ライアンは、単に金目当てで君と結婚したわけではない」

心臓が一瞬跳ね上がった。

「君の家族が持っていた『あるもの』を手に入れる必要があったから結婚したんだ」

私は彼を凝視した。「……何ですって?」

彼の表情が硬くなった。

「そして私の見立てが正しければ、エヴァ、彼が奪おうとしているものは、まだこれで終わりではない」

私はダミアンを見つめ、説明を待った。

けれど、彼は語らなかった。

それが彼のやり方であるようだった。私の世界全体をひっくり返すような言葉を投げかけておきながら、まるで世界中の時間を手中に収めているかのようにそこに佇んでいる。

「……どういう意味?」

彼の視線は私から離れない。「君の夫以外にも、君の遺産について知っていた人間がいるということだ」

胃の奥が冷たくなる。「私の遺産?」

「君の祖父の信託財産だ」

私は完全に固まった。

そのことについて、ライアンに詳しく話したことは一度もなかった。最初から彼を信用していなかったからではない。祖父が「この金は他でもない君だけのものだ」と固く言い残していたからだ。結婚した後でさえ、私はその信託財産を、ライアンと二人で所有する全ての財産とは完全に切り離して管理していた。

少なくとも、自分ではそうしていたつもりだった。

ダミアンは隣にあるカフェの方に目をやった。

「座ろう」

「お腹は空いていないわ」

「腹が空いているかなど訊いていない」

その声に含まれた傲慢さにイラつき、私は結局彼に続いて店内に入った。

カフェの中は暖かく、混雑していた。ダミアンは窓から離れた奥のテーブルを選んだ。私は彼の向かいに座り、ハンドバッグを膝の上に抱え続けた。

彼は何も注文しなかった。私も注文しなかった。

「どうして私の祖父の信託について知っているの?」

「私が知っているナイト家の情報量は、君の想像以上だ」

「あなたもナイト家の一員でしょう」

「その通りだ」

私は言葉を待った。彼がわずかに背をもたれさせる。

「ライアンは昔から私を憎んでいた」

「気づいていたわ」

彼の顔に、かすかな面白がりが浮かんだ。

「なぜか理由を聞いたことはあるか?」首を振った。

「彼はあなたを傲慢だと言っていたわ」

「だろうな」

「誰も自分より下だと思っていると」

ダミアンの表情は変わらなかった。

「運が良かっただけだとも言っていたわ」

それには、彼からごく小さな笑みが漏れた。

「ライアンは人生の大半を、誰の助けも必要としないことを証明するために費やしてきた。あいにく、彼が打ち負かすべき対象として選んだのが私だったというわけだ」

私は彼を観察した。「で、打ち負かせなかったの?」

「ああ」

あまりにもシンプルな答えに、思わず笑いそうになった。

代わりに、ダミアンの名前が出るたびに見せていたライアンの顔を思い出した。

苛立ち。怨念。

ダミアンが現れるたびに、彼が親族の集まりから抜け出す口実を見つけていたこと。

「それで……それが私とどう関係あるの?」

ダミアンの表情が変わった。

「君のお祖父様は、亡くなる直前に信託の内容を変更した」

ハンドバッグを握る指に力が入る。

「どうしてそれを……?」

「ライアンがそれを突き止めたからだ」

周囲の空間から音が消え去ったかのように感じられた。「何を突き止めたの?」

ダミアンが身を乗り出す。

「ある期日より前に君たちの婚姻関係が解消された場合、信託財産は完全に君個人の管理下に移行するということをだ」

息が止まりそうになった。「……いつ? その期日っていつなの?」

彼はまっすぐに私の目を見つめた。

「明日だ」

全身の血が引いていくのが分かった。明日。

携帯電話の中で待っている離婚届。銀行口座の凍結。

あらゆる定額送金の突然の解除。ライアンは知っていたのだ。

彼は単に私への愛が冷めたのではない。

ずっと待っていたのだ。計画していたのだ。

そしてどういうわけか、動くべき「その瞬間」を正確に把握していた。

私は椅子を引いて立ち上がろうとした。

「どこへ行く?」

「家よ」

「エヴァ」

私も立ち上がった。「信託の書類を探さなきゃ」

ダミアンがテーブル越しに手を伸ばし、私の手首を掴んだ。触れ方は一瞬で、温かく、確かだった。自分の手首にある彼の手に目を落とし、それから彼を見つめ返す。

彼の表情の中で、何かが変化した。優しさではない。

もっと暗く、重い何か。

「あの家へ戻ってはいけない」

「なぜ?」

彼の手の力が緩んだ。

「今私が話したことをライアンが知っているなら、彼は君が来るのを待っているはずだ」

悪寒が走る。「どういう意味……?」

ダミアンも立ち上がった。

「これから24時間、私を信頼しろと言っているんだ」

彼を凝視した。私は彼のことをろくに知りもしない。彼はライアンの従兄弟だ。

ライアンを憎む理由を腐るほど持っている男。

欲しいものは何でも買い叩けるほどの金を持っている男。

その男が今、自分を信じろと言っている。

「どうして私を助けるの?」

彼の顎のラインが硬くなった。

出会ってから初めて、彼が怒りを露わにしたように見えた。

「君の夫が一線を越えたからだ」

「どの一線?」

ダミアンは窓の外に目をやり、再び私へと視線を戻した。

「これを『私情』に変える一線だ」

携帯電話が鳴った。ライアンからだ。体が凍りつく。

ダミアンの視線が画面へと落ちた。

コールが切れる。

私が動くより先に、新たなメッセージが表示された。

私は彼を見つめた。「どうして私を助けるの?」

彼の表情の中で、何かがシフトした。「君の夫が一線を越えたからだ」彼は言葉を切り、私と視線を交わした。「そして君は、ライアンが何を企んできたのか、その全貌を何一つ分かっていないからだ」

寒気が私を通り抜けていく。どういう意味か問い詰めようとしたが、それより早くダミアンが一歩踏み込んできた。彼の声のトーンが落ちる。

「これからの24時間、エヴァ、助けたいと言って近づいてくる人間は誰一人として信用するな。特に、ライアンに関わりのある人間は絶対にだ」

彼はもう一瞬だけ私の視線を繋ぎ止め、そして付け加えた。

「私の予感が正しければ……君の夫が奪ったのは、単なる金だけではない。彼は今、もっと遥かに価値のあるものを奪おうとしているんだからな」

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