تسجيل الدخول「嬉しい……っ、凄く嬉しいわ、誠司……!だけど……本当にそんな事をしてもらってもいいのかな……」 「何を遠慮しているんだ?胡桃は素晴らしいデザイナーだ。だが、まだ学生の身で伸び代はまだまだある。そこを、プロのデザイナーに見てもらえば、胡桃はもっと素晴らしいデザイナーになれるだろう?」 誠司の言葉に、胡桃は嬉しいけど悲しそうな表情を浮かべて見せた。 「……だ、だけどお姉ちゃんが……」 「──もみじ?」 胡桃の口から、怯えたようにもみじの名前が紡がれて、誠司は不快そうに眉を寄せた。 「お姉ちゃんだって、デザイン学科にいたじゃない……だけど、誠司との結婚で大学を中退したわ……お姉ちゃんもデザイナーを目指していたのに、私だけ誠司に……」 「そんな事は気にしなくていい。もみじには所詮そこまでの実力しかなかったんだ。実力があれば、俺と結婚した後だって独学でデザインの勉強は出来る。立派なデザイナーにだってなれているはずだ。だが、もみじにはそこまでの能力も才能もなかったんだよ。所詮、そこまでの女だったんだ」 誠司は鼻で笑うように吐き捨てると、胡桃を抱きしめる。 「でも……この事がバレたら、私怖いわ……。私がお姉ちゃんが通っていた大学を受験した時だって……」 「──ああ、確かもみじが邪魔をしたんだったな……。受験票をわざと隠されたり、家の力を使って受験当日の試験の得点を改ざんしようとしたんだろう?」 「うん……。だから、私が誠司にこんなに良くしてもらっているって知ったら、またお姉ちゃん……」 「大丈夫だ。もみじには今はもう実家の力は使えないだろう?それに、もみじに余分な金は渡していない。金に物を言わせて、胡桃を陥れるような真似は絶対に出来ないから安心してくれ」 誠司の言葉に、胡桃はそっと上目遣いで誠司を見上げた。 「ほ、本当……?私、お姉ちゃんを怖がらなくていいの……?」 「ああ、大丈夫だよ胡桃。俺が絶対に胡桃を守ってやるからな」 胡桃の大きな瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっている。 誠司の言葉を聞いた瞬間、その大きな瞳からは耐えきれなくなった涙が零れ落ち、胡桃は声を上げてしまわないように声を殺して泣いた。 その姿が酷くか細く、今にも倒れてしまいそうなほど儚く見えて、酷く庇護欲を誘う。 誠司は胡桃を掻き抱くように腕に力を込めて胡桃の体を引き寄
◇ 場所は変わって、E国。 胡桃が入院している病院。 バタバタと慌ただしく走る音が廊下から聞こえてきて、胡桃はにんまりと口端を持ち上げた。 「胡桃!大丈夫か!?」 「──誠司ぃ!」 胡桃が入院している病室に、血相を変えて誠司が駆け込んで来る。 その瞬間、胡桃は瞳にじわりと涙を浮かべ、走り寄ってくる誠司に向かって自分の腕を伸ばした。 誠司は胡桃の電話を受けてから相当急いで出国したのだろう。 衣服も乱れ、普段はキッチリとセットされている髪の毛も無造作に乱れていた。 「ごめんなさい、誠司。お仕事で忙しいのにこんな事で呼び戻しちゃって……」 「気にするな、胡桃。それより体は?大丈夫なのか?」 「うん、さっき検査結果を聞いたところよ。腹痛は、ストレスだろうって……。慣れない環境での勉強やご飯が体に合わなくて、ストレスが溜まってお腹が痛くなっちゃったんだろうって、お医者様が……」 「そうか……可哀想に、胡桃」 ほろほろ、と静かに涙を流す胡桃を誠司は自分の胸に抱き寄せると愛しげに目を細め、頭を撫でた。 そして誠司は胡桃を抱きしめたまま、行きの飛行機の中でずっと考えていた事を胡桃に話す事にした。 「胡桃。飛行機の中でずっと考えていたんだけどな……?」 「うん、なあに?」 涙で濡れた瞳が、誠司を見上げる。 誠司は思わず胡桃にキスをしてから言葉を続けた。 「俺も、ずっとこっちに居る訳にはいかないだろう?会社もあるし……」 「ええ、そうね……。だから、誠司がお仕事を頑張っている間、私はこっちで──」 「だが、また今日みたいに体調を崩してしまったらどうする?重要な会議や、取引があった場合、胡桃の元にすぐに駆け付ける事が出来ない」 「で、でも最初はその予定だったのだし、私1人でも頑張れるわ。昨日はパニックになっちゃって、誠司に電話しちゃったけど、次からは大丈夫よ。私1人ででも──」 「いや、胡桃に何かあった時に俺が傍に居られないのが耐えられないんだ。胡桃の身に万が一の事があったら?その時俺は仕事で何も知る事が出来なくて……胡桃が1人で苦しんでいると後から知ったら……辛すぎて、どうにかなりそうだ」 「誠司……!」 誠司の言葉に、胡桃は感動したように涙を零し、自分の口元を両手で覆う。 そんな胡桃の肩に手を置いた誠司は、迷いのない目で真っ直
◇ 翌日。 病院で退院の準備をしていたもみじは、病室をノックする音に扉に顔を向けた。 「──はい」 「おはようございます、新島さん」 「髙野辺さん!」 おはようございます、ともみじが笑顔で挨拶をすると、髙野辺は病室に入って来てもみじの荷物をさり気なく持った。 「退院手続きは済んでいます。今日この後少し時間はありますか?久保田と話した事を伝えたくて」 「あっ、ありがとうございます!はい、時間はあるので大丈夫ですよ」 「分かりました。それじゃあ……話す内容が内容なので……個室のレストランを予約しても大丈夫ですか?」 髙野辺の言葉に、もみじは頷いた。 髙野辺が退院手続きを済ませてくれていたお陰で、病院の退院は驚くほどスムーズに済んだ。 駐車場まで一緒に向かい、髙野辺が助手席のドアを開けてくれる。 もみじはお礼を言いつつ助手席に乗り込んだ。 髙野辺も運転席に乗り込み、2人は雑談をしながら髙野辺が予約しているレストランに向かった。 ◇ レストランに着き、食事をしつつ髙野辺が久保田からの話をもみじに告げる。 「新島さん。昨日久保田と話をしたんですが、新島さんが今まで提出した証拠と、昨日暴力を受けた診断書でどうにか動く事が出来ると久保田が言っていました」 「──本当ですか!?」 「ええ、本当です。それで、久保田はこれから先の事をどうしたいか……それを新島さんから聞いて欲しい、と。久保田に任せていただければ、旦那さんに1度久保田の方から連絡を入れるそうです」 「──私が離婚について動き出している、と言う事が夫にも分かるって事ですよね?」 「ええ、そう言う事になりそうですね」 髙野辺の言葉を聞いたもみじは、少し考える素振りを見せてから再び口を開いた。 「それでしたら、少しだけ待ってもらってもいいですか?あの家から出る準備をします。夫に知られないようにどこか賃貸を借りますので、10日ほど待っていただいてもいいですか?」 家を出る──。 もみじの言葉を聞いた髙野辺は、微笑んだまま頷いた。 「ええ、分かりました。そうですよね、離婚するために弁護士を雇っているのだから、一緒の家では暮らしたくないですよね」 「すぐに離婚したいと言ったくせに、時間がかかってしまい申し訳ないです」 しゅん、と肩を落とすもみじに髙野辺は慌てて首を横に振った
「どれぐらい、早く──……」 髙野辺から言われた言葉を、もみじは繰り返す。 なるべく早く、一刻も早く離婚したい。 自分がデザイナーの「Sea」だとバレる前に一刻も早く誠司から離れたい。 自分の妹と。 血の繋がった妹と体の関係を持っている、汚らわしい人とは早く離れたい。 もみじは髙野辺を真っ直ぐ見つめ返して改めて口にした。 「出来るなら、明日にだって離婚したいんです。夫が、離婚届と離婚協議書にサインをしてさえくれれば……。本当だったら今すぐにでも離婚したいんです」 もみじの言葉を真正面から受け止めた髙野辺は「そうですか」と頷いた。 「……髙野辺さん、どうしてそんな事を?」 「──いえ。ほら、俺は久保田の代理で今日ここに来たでしょう?ですから、新島さんの意志を再確認しておきたいな、と思って」 「そうだったんですね。久保田先生には、今お伝えした内容を話してください」 もみじの言葉に髙野辺は「ええ、分かりました」と笑顔で答える。 そして、時計を確認するともみじに向き直った。 「すみません、新島さん。俺はそろそろ……明日新島さんが退院される時に迎えに来ます」 「──えっ!?だ、だけどご迷惑じゃ……」 「大丈夫ですよ。今日、これから久保田に報告をして……明日、久保田からの説明を新島さんにお伝えしますね」 「わっ、本当に何から何まですみません……!ありがとうございます!」 「いえいえ。それでは、お大事にしてくださいね?」 「はい!髙野辺さんも気をつけて帰ってください」 笑顔で見送ってくれるもみじに軽く手を上げて扉を閉めた髙野辺は、廊下を歩く。 (──新島さんの実家が、どうやら妹のために動いているんだよな……。嶋久志 忠、か……。どうする?奴の会社に駅舎立て替えの情報を握らせるか?) 髙野辺は考えつつ廊下を進む。 病院の正面玄関から駐車場に向かうと、そこには既に秘書の田島が待機していた。 「社長、お帰りなさいませ」 「ああ。何も問題は無かったか?」 「はい、社の方は何も」 田島が車のドアを開け、乗り込む。 後部座席に髙野辺が座った後、田島はすぐに運転席に乗り込み、エンジンをかける前に口を開く。 「社の方は大丈夫ですが……どうやら嶋久志の家に駅舎の情報が漏れたようです」 「……早いな」 田島がそう言いつつ、茶封筒を髙野
【胡桃ちゃん、大丈夫!?】 【彼氏さん、胡桃ちゃんを心配してすぐに戻ってくるなんて凄い!愛されているね、だけど心配だよ】 【早く良くなるように願っているよ!】 などと、沢山のコメントが胡桃の投稿に寄せられている。 「特に誠司だと分かるような投稿でもないし、写真も無いわね……あ、でも待って……!」 胡桃の投稿には、何枚も写真が載せられていて、スワイプして複数の写真を表示させていく。 すると、画像の端っこ。 隅の方に英語で何かが記載されているのが分かった。 その画像をスクショしたもみじは、画像を開いて拡大する。 その英語はE国にある病院名が記載されているのが分かった。 「──!これで、今日誠司がE国に向かったって分かるような出入国履歴を久保田先生に取得してもらえれば……!」 証拠としては弱いが、数が多いに越したことはない。 もみじがスクショを取って証拠を保存した時、病室の扉が開いて髙野辺が戻って来た。 「新島さん、手続きが終わりましたよ。明日の朝に退院です」 「ありがとうございます、髙野辺さん!何から何まですみません……!」 「いえいえ。少しでもお役に立てて良かったです。これが新島さんに頼まれた食べ物と本です」 「ありがとうございます!お支払いは──」 「これくらい大丈夫ですよ」 「えっ、でも以前もカフェで……」 「また次の機会で大丈夫です」 にっこりと圧の強い笑顔で断られてしまったもみじは、これ以上引き下がっても髙野辺に申し訳ない、と思い素直に受け取った。 「ありがとうございます。色々と助けていただいて……もし良ければ、今度お礼にご飯でもご馳走させてください」 「ありがとうございます。食事を楽しみにしていますね」 髙野辺と話していると、もみじはほんわかとした優しい気持ちになれる。 それは髙野辺が優しい雰囲気を醸し出しているからだろうか。 癒されていたもみじだったが、さっき胡桃の画像で見つけたE国の病院名が映り込んでいる写真の事を髙野辺に話そうと口を開いた。 「そうだ、髙野辺さん!そう言えばさっき胡桃の投稿に、E国の病院名が映り込んでいる写真が上がっていて……!」 「──!本当ですか!?その画像、俺に送ってもらっていいですか?すぐに久保田に連携します」 「わ、分かりました!すぐに送りますね」 もみじが画像を送
もみじは、夫・誠司との通話記録や帰って来た時間、話した内容、そして怪我をした経緯をメモに書き出して髙野辺に渡した。 髙野辺はもみじが書いたメモをしっかり保管すると「久保田に渡しておきますね」と言いながら鞄にしまった。 「新島さん、俺は入院手続きに行ってきます。何か欲しい物や食べたい物はありますか?買ってきますよ」 「えっ、髙野辺さんにお任せする訳にはいきません!私も一緒に行きます!」 「頭を打っているので、今日はあまり動かず安静にしていてください。もし食べたい物があれば、俺のスマホに連絡を入れておいてください」 真剣な表情で動いたら駄目だ、と告げられたもみじは申し訳なさそうに謝罪しつつ髙野辺に入院手続きと買い物をお願いする事にした。 ◇ もみじの入院手続きのため、病院の受付に向かった髙野辺は、途中で電話が出来るスペースにやって来るとスマホを取り出して電話をかけた。 かけた先は、弁護士の久保田だ。 数コールですぐに髙野辺からの電話に出た久保田は、慌てたように話し出す。 〈──新島さんは大丈夫だったか!?〉 「ああ、今のところは大丈夫そうだ」 〈それは良かった……。彼女から連絡があった時は肝が冷えたよ〉 「本当にな。まさか、暴力まで……。今回の件で離婚を早める事は出来そうか?」 〈……診断書を取ってもらうのと、あとは相手が怪我をさせた事を認めれば、だな……。だが、不倫と離婚がバレたら経営者として致命的だ。必死に隠すと思うから、どうだろうな……〉 「やっぱり証拠がないと難しいか……?なら、相手に認めさせればいいのか……。久保田、新島 誠司の出入国履歴を入手してくれ」 〈分かった。すぐに取りかかろう〉 「助かるよ、頼んだ」 その後も久保田と二、三会話をした髙野辺は、通話を切ると今度こそ入院手続きに向かった。 ◇ もみじの病室。 髙野辺が入院手続きをしてくれている間、もみじはベッドに腰掛け、胡桃のSNSを確認していた。 「何か……誠司だと分かるような手がかりが投稿されていればいいんだけど……」 今までも誰が見ても「誠司」だと分かるような写真への映り込みは無かった。 「流石に胡桃も誠司の顔が映り込んでしまうような写真の撮り方はしていないわよね……」 そう呟きつつ新しい投稿はないだろうか、と確認していると、案の定胡桃は新しい投
◇ 誠司の会社。 「──ぐぅっ」 「しゃ、社長……大丈夫ですか?」 「……胃薬を。今すぐ手配してくれ」 「か、かしこまりました!」 誠司は、社長室でキリキリと痛む胃を押さえ、脂汗を浮かべていた。 誠司の秘書──田島は、真っ青な顔で辛そうに唸る誠司を見て慌てて薬局に走った。 「──くそっ、昨夜の飯が……」 少々、脂っこい感じがしたのだ。 その事に気付いた誠司は、全て食べる事はせずに捨てたのだが、それでも胃がキリキリと痛み辛い。 「こんな風になる事は、ここ最近無かったのに……」 もみじと結婚してから。 この数年、胃が痛むと言う経験は殆ど無かった。 それなのに、昨夜は
◇ その日の、夜──。 もみじを病室まで送り届けた髙野辺は、もみじにまた明日と挨拶をして部屋を出た。 そして、髙野辺はそのまま病院を出る事なくある場所に向かって歩いていた。 髙野辺が向かったのは、病院の「院長室」 院長室のドアをノックすると、院長自ら扉を開けた。 「髙野辺様!」 「院長、急にすまない」 「いいえ、いいえ!髙野辺様でしたらいつでも!いつもご支援いただき、本当に感謝しております!」 室内に案内された髙野辺は、促されるままソファに腰を下ろした。 院長が髙野辺の目の前にコーヒーの入ったカップを置くと、不安そうに視線を向けてくるのを感じる。 髙野辺は淹れてもらっ
どさり、ともみじの体が倒れ込んだ先は、男性の腕の中だった。 ふわり、と香る男性の香水。 鼻に届いたのは、どこか刺激的だけど爽やかでもあって、もみじは急いで男性から離れようとした。 「すみませ……っ、ありがとうございます」 ぐっ、ともみじが男性の胸を押すと、素直に男性はもみじの体を離した。 だが、離れた事でもみじの顔が良く見えるようになり、そこでもみじの額を流れる血を見て更に慌てたように声を出した。 「額から血も出ていま
「わざわざ会社まで押しかけて、何のつもりだ?」 社長室に向かい、入室したもみじを迎えたのは、誠司のそんな心無い冷たい言葉だった。 呆れたように額を手のひらで抑え、溜息を吐き出す誠司。 そして、誠司の後ろにあるソファには胡桃が当然のように座っていて。 もみじは、まさか開口一番、誠司にそんな言葉を言われるとは思っていなかった。 「何のつもりって……。どうして私が誠司の会社に来ただけで、そんな事を言われなくちゃ……」 「俺は仕事で忙しいのに、どうして俺を煩わせる?話があるなら、帰ってからでもいいだろう?急ぎの用事なんてもみじには無いだろうに……」 はあー、と深い溜息







