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第4話

Penulis: カフェイン中毒男
葉月が借りたのは3LDKの部屋で、家賃は決して安くはないが、立地が良く、葉月の仕事場からも近く、則枝の家からも近い。そのため、この部屋を見つけた時、葉月はすぐに契約を決めた。

則枝は葉月が引っ越すのを知り、わざわざ一日休みを取って手伝いに来てくれた。

「私に言わせれば、あのクズ男とはとっくに離婚するべきだったわ!」則枝はドアに寄りかかり、腕を組んでいる。逸平のことを思い出すだけで不愉快になる。

逸平がこの数年やってきたことは、則枝も大体知っている。女癖の悪いろくでなしで、家にも帰らない。学生時代はあんな男だとは思わなかったのに、どうして葉月と結婚した途端、別人のようになってしまったのか。

娶っておきながら大切にしないなんて、やはり男はあてにならない。

葉月はベッドを整えながら、則枝の言葉には直接返さず、「今日はありがとうね。夜ご飯、何が食べたい?作ってあげるよ」と言った。

逸平と結婚して3年、葉月も3年間料理を作り続けてきた。

最初は逸平の好物を意識して作っていたが、次第に事務作業のように機械的に作るようになっていった。逸平が葉月の手料理を食べた回数も、指で数えられるほどしかなかった。

そしてついに、葉月は料理を作る気力も失ってしまった。

しかしこれからは、愛する人のために料理を作ることはあっても、その中に逸平は含まれないだろう、と葉月は思った。

食事を終え、片付けを済ませ、葉月と則枝はリビングでしばらく話をした。あっという間に21時を過ぎ、翌日も仕事があるため、則枝は帰宅することにした。

「葉月、明日の仕事が終わったら待っててね。一緒に外で夕飯を食べよう!」則枝はとても美味しいお店を見つけたので、葉月と行きたがっている。

葉月は笑って頷き、「わかった、明日仕事が終わったら連絡するね」と伝えた。

葉月は則枝がエレベーターに乗って降りていくのを見届けてから、ドアを閉めて部屋の中に戻った。

しかし2分も経たないうちに、またインターホンが鳴った。葉月は独り言のように「則枝、何か忘れ物でもしたのかしら?」と呟いた。

葉月はドアに向かい、そのまま開けた。すると、背の高い人影が重くのしかかるように入ってきて、廊下の光を完全に遮った。

葉月は驚き、思わず半歩後退りしたが、来訪者の顔がはっきりと見えた瞬間、葉月は凍りつくように動けなくなった。

「どうして来たの?」

男は気品があり、この世のものとは思えぬような雰囲気を纏っていたが、その眉目には隠しきれない疲れがにじみ、瞳は陰鬱に沈んでいる。どうやら急いで来たらしく、胸を激しく波打たせながら重苦しく呼吸をしている。

たった二日会わない間に、男は憔悴しきっており、全身には抑えきれない殺伐とした気配が漂っている。

葉月が言葉を続ける間もなく、男はすらりとした足を踏み出して部屋に大股で入り込み、前を向きながら手でドアを閉めると、腕にかけていた上着がすとんと床に落ちた。

もう一方の手で葉月の腰を抱き寄せ、強く自分の方へ引き寄せたため、葉月は男の体に密着せざるを得ない。

「逸平!」

逸平の力は強く、葉月が手で押しのけようとしてもびくともしない。

二つの成熟した肉体が密着し、葉月は逸平の体から伝わる熱気と、自分の頭頂に降り注ぐ吐息を感じ、不快そうに体を動かして逸平から逃れようとした。

「放して……」

言葉を言い終える前に、葉月の後頭部に大きな手が覆いかぶさり、葉月は仰け反ることを強いられ、腰を抱きしめる腕の力がさらに強くなった。

目の前の視界が暗くなった次の瞬間、逸平のキスが降ってきた。

唇が重なり合い、呼吸が絡み合って熱を帯びる。それは支配的で強引でもあり、切迫したものでもあった。これまでのような優しく淡いものとは異なり、今回のキスには強烈な独占欲が込められていて、まるですべての感情が注ぎ込まれているかのようだ。

そんな激しい感情に、葉月はたじろいでしまう。

逃げようとする葉月を、逸平は追いかけさらに執拗に追い詰めていく。

葉月はもう立ってもいられず、息もできなくなりそうになり、必死に逸平の腕をつかんで、なんとか倒れこまないようにした。

息継ぎをしている間、逸平はうつむきながら葉月の額に触れ、荒い息をしながら葉月の顔を凝視し、震える声で言った。「葉月、お前は本当にひどい」

葉月は無理やり顔を上げさせられ、深く澄んだ逸平の瞳と真っ直ぐに向き合った。そこには葉月には読み取れない感情が渦巻いていて、それは危険で激しい。

逸平は丸々二日間、葉月を探し続けていた。

葉月はこの瞬間、水を奪われた魚のように、大きく息を荒げている。

しかし、逸平のような情に溺れる混乱とは違い、葉月はすぐにその状態から抜け出した。

葉月は逸平を見つめ、発した声には一片の感情も込められていなかった。もし葉月の息がまだ乱れていなければ、逸平はさっきのキスが自分の妄想だったかと疑うところだった。

「放して」

逸平の瞳には陰りが見えたが、手を放すつもりはなかった。逸平は再び葉月にキスをしようと身を屈めたが、今度は葉月が顔をそらし、唇はほんのりと頬をかすめただけだ。

逸平は一瞬呆然とした。葉月の拒絶は、まるで針で心を刺されたような痛みだ。

「俺がそんなに嫌いなのか?」

葉月は顔を背け、逸平の胸を両手で押さえつけた。「私たちはもうすぐ離婚するのよ。あなたは適当に外で違う女を探せばいい。私は止めたりしないから」

どうせすぐに自分との関係が終わるから、逸平が誰を選ぼうと自由だ。

逸平は葉月の顎を掴んだ。「言ったはずだ。離婚には同意しない、この結婚は絶対に終わらせない」

「私は離婚する」葉月の態度は固い。

逸平の喉仏が上下に動き、こめかみに脈打つような痛みが走る。葉月は本当に逸平を殺すつもりかのように、いつも逸平の最も暴力的な感情を正確に刺激してくる。

逸平が呆然としている隙に、葉月は力を込めて逸平を押しのけ、数歩後退りして距離を取った。

「絶対離婚しないといけないわ。こんな風にだらだら引き延ばしても、お互いにとって良いことなんてないわ。早く別れれば、私たちはお互い早く新しいスタートが切れる。そっちの方がいいでしょ?」

逸平はそんな話を聞きたくなかった。逸平は葉月に向かって歩み寄った。

葉月は追い詰められ、ソファーに倒れ込んだ。

逸平は葉月に覆いかぶさり、葉月を身動きが取れないように締め付けながら、低い声で聞いた。「新しいスタートだと?どんな新しいスタートだ?他の男を探すつもりか?葉月、お前はまだ分かっていないようだな。この井上夫人の座は、お前が望めば座れるものでも、望まなければ降りられるものでもない」

葉月の目が赤くなった。「でも最初から私が望んでこの井上夫人になりたいわけではなかったわ!」

名門同士の政略結婚に自由などあるはずもなく、たとえ3年前に拒否したとしても、結局は井上夫人になる運命だ。

逸平は葉月の言葉に少し動揺し、空気が一瞬凍りついた。

そうだ、最初から葉月は自発的に嫁いできたわけではなかった。

「逸平、お願いだから離婚しよう。もうあなたのこと愛していないの」

部屋の空気は次第に氷点下まで冷え込み、逸平の荒れ狂った感情は消え、代わりになる言葉がないほど寂寥感が広がる。

「愛してない?」逸平は何かの冗談を聞いたかのように、嘲笑いながら暗い表情を浮かべた。

「葉月、お前は俺を愛したことがあったのか?」

3年間の結婚生活で、逸平は葉月の口から一度も「愛してる」という言葉を聞いたことがあっただろうか?

壁がけ時計の針は23時を指し、逸平が部屋から出て行ってからしばらく経っていた。

葉月は逸平が去ってからずっとここに座りこみ、逸平の言葉を反芻していた——「葉月、お前は俺を愛したことがあったのか?」

愛していた。もちろん愛していた。でもこの愛はあまりにも苦しくて、もう続けたくない。

葉月は時々思う。もし逸平を愛したことがなく、二人が単なる政略結婚の関係だったら、こんなに苦しまずに済んだのではないかと。

愛も憎しみもなければ、みんなもう少し楽に生きられたかもしれない。

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