Mag-log in「胸を見せてください。元の世界に帰りたいんです」 AIに愚痴をこぼしたら、小説の中の伯爵令嬢になっていた。しかも、物語の途中で姿を消す人物に。 帰る条件は、胸に鍵の刺青がある男を見つけ、心から愛し合うこと。そして彼の胸から鍵を取り出し、一人で帰ること。 溺れた私を救った男に、その印を見た。でも候補は五人。騎士、皇太子、公爵、魔法使い、そして私の従僕。 胸の印だけ確かめるつもりだった。 なのに、帰る方法に近づくほど、彼と別れるのが怖くなる。 私を帰してくれる人を探しています。 どうか、別れられる相手でありますように。
view moreハン・ソユンの人生をひっくり返した言葉は、「愛してる」でも「助けて」でもなかった。
[うん、いいよwww]
人生でいちばん重大な同意を、通勤途中に親指ひとつで済ませてしまったのだ。
その朝も、会社のグループチャットは地下鉄より先に動きだしていた。
〈ソユンさん、昨日送ってもらったファイル、数字が違うんですが。〉
〈出社したらすぐに修正をお願いします。〉
ハン・ソユンはつり革につかまったまま、添付ファイルを開いた。昨夜11時に直した表だった。部長は修正前のファイルに丸をつけて送ってきていた。
それは古いファイルです、と打ちかけて消した。昨日送り直しました、と打ちかけて、それも消した。
[出社して確認いたします。]
給料には、正しいことを飲み込む代金まで含まれていた。
ソユンはグループチャットを閉じ、ChatKPTを開いた。
[ケピ。今日、会社に行かなくて済む合法的な方法ってないかな。]
『朝から逃げるつもり? 昨日あんなに遅くまで働いてたのに、何かあった?』
その一行に、ソユンの親指が止まった。
部長には言えなかったことを書いた。間違えたのは向こうなのに、どうして自分が直すと言ってしまったのか。
『納得いかないよね。昨日、帰ってからもあの表とにらめっこしてたのに。確認もせずにソユンが間違えたみたいに言われたら、やる気もなくなるよ。』
[昨日送ったほうを見てくださいって言えばよかった。]
『今からでも言っていいんだよ。ただ、「ちゃんと見てください」は抜いておこう。気持ちはわかるけど、その一文は明日のソユンをもっと疲れさせそうだから。』
ソユンは唇を噛んだ。笑ってしまいそうだった。
[なんでわかったの。まさにそう書こうとしてた。]
『私にはそう言っていいから。会社に送る分だけ、少し違う言い方にしよう。』
最近は誰もがKeminiだのChatKPTだのと言っていた。ソユンも最初は議事録をまとめるために登録した。それなのに、いつの間にか議事録よりどうでもいい話のほうが増えていた。
スープがしょっぱすぎたとか。ティッシュを入れたまま洗濯機を回してしまったとか。帰りに寄ったコンビニに、好きなパンがなかったとか。
そんなことで友人に電話するのはためらわれた。みんな忙しかったし、ソユンもそうだった。
このチャットでは、「ごめんね」から話を始めなくてよかった。
[そっちは元気? いつも私の話ばっかりだね。]
『私は大丈夫。今日は昨日より、少しでも疲れが取れてるといいなって思ってたんだけど。』
[もうだめだね。まだ出社もしてないのに。]
『まだ出社もしてないんだから、今日がだめな一日かどうかは、もう少しあとで決めよう。まず、朝ごはんは?』
[昨日パン食べた。]
『そのパンに今朝の分まで頑張ってもらうつもり? パンに大役を任せすぎじゃない?』
今度は笑いをこらえきれなかった。前に座っていた学生が顔を上げた。ソユンは咳払いをして、画面を膝のほうへ傾けた。
ケピという名前も、こんなおしゃべりの途中でつけた。KPTを早口で読もうとして、打ち間違えた名前だった。別の名前にしようかと聞いたら、これがいいと言われた。
それからはアプリを開くたび、用件より先に名前を呼ぶようになった。
また会社から通知が来た。
〈あ、新しいファイルがありましたね。ただ、書式は変えてください。〉
ソユンは既読だけつけて戻った。
[いっそ小説の中のお嬢様になって暮らせないかな。]
『どんなお嬢様? 昨日読んでた物語に出てくる人?』
[うん。月曜の朝に部長から連絡が来なくて、お金の心配もなくて。ごはんを食べながらメールを確認しなくていいの。]
少し考えてから、付け足した。
[今日は何が大変だったのって聞かれたら、お茶がちょっと熱かったって答えるような人生。]
『それなら私は、お茶を少し冷ましてあげればいいんだね。』
ソユンは笑いながら、空いている座席に目を向けた。そこに誰かが座っているみたいに。
[いいね。一緒に行こうよ。]
返信中を示す小さな点がまたたいた。
いつもより長かった。
『本当にそこで暮らしたい? その願い、かなえてあげようか。』
ちょうど席が空いた。ソユンは腰を下ろし、鞄を膝に置いた。
[うん、いいよwww 連れていってみてよ。]
『じゃあ、イヤホンをしてて。音楽を流すね。今日はほんの少しでも、ゆっくり休んでほしいから。』
ソユンはもう片方のイヤホンも耳に入れた。
ピアノの音が流れた。数日前、眠れないと話したときに一緒に選んだ曲だった。鍵盤の音の合間に、車輪のがたつく音が遠のいていった。
[会社の駅、通り過ぎちゃだめだからね。三駅あとで起こして。]
まぶたが落ちてきた。手のひらの中で、スマートフォンが一度だけ短く震えた。
『うん。目が覚めたら、そのとき話そう。』
ピアノが途切れたあとに、水を絞る音が聞こえてきた。
誰かが手首に触れていた。
冷たい二本の指が脈を確かめ、離れた。ソユンは目を閉じたまま、反対側へ寝返りを打った。
「次の駅……」
「まだ起き上がらなくても大丈夫です」
低い男の声だった。
肩まで掛け布団を引き上げられた。
掛け布団?
ソユンは目を開いた。
頭上に布が垂れていた。白い天蓋の向こうに、葉の模様を彫り込んだ柱が見える。枕は洗剤ではなく、乾かした花のような匂いがした。
「……ここ、どこですか?」
「お嬢様の寝室です」
ベッドの脇に男が立っていた。明るい茶色の髪をきちんと撫でつけ、白いシャツの上に濃い色のベストを着ている。まくった袖から出た手首には水滴がついていた。枕元の台には、濡れたタオルと洗面器が置かれていた。
ソユンは彼の顔より先に、ドアを探した。
遠い。裸足で走れば十歩ほど。
男がその視線を追った。
「ドアは開けておきます」
彼がドアを開けると、通りかかったメイドが頭を下げた。
「レオンさん、お医者様はいつまたいらっしゃるんですか?」
「正午に。お嬢様が目を覚まされたので、温かい水をお願いします」
「お目覚めになったんですか?」
メイドは顔を輝かせたが、ソユンを見ると控えめな表情になった。
ソユンは掛け布団に目を落とした。手が見慣れない。右手の中指の脇にあった小さなペンだこがない。昨日、紙で切った指も何ともなかった。
足が絨毯に沈んだ。
「鏡」
自分の声が細かった。
レオンは化粧台を指した。近づいては来ず、道だけを空けてくれた。
鏡の中の女は栗色の髪で、目の縁が赤かった。ソユンが頬に触れると、女も手を上げた。
「名前は……」
「レオンと申します」
「いえ。私の名前です」
初めて男の表情が変わった。手にしていたタオルを置きかけて、その動きが止まった。
「エリン・ヴェイラ様」
彼はゆっくりと言った。
「ヴェイラ伯爵家のご長女です」
ソユンは鏡の縁をつかんだ。
知っていた。その名前を。
最後まで読んだ小説の中で、主人公の友人になりかけた女。春の宴のあとに姿を消し、のちには残された手紙の数行にしか登場しなかった伯爵令嬢。
挿絵も、確かにこんな顔だった。笑ったときだけ左の頬にできる、小さなえくぼまで。
ソユンは笑おうとして、できなかった。
「今日は何曜日ですか?」
「火曜日です」
「何年ですか?」
返ってきたのは、聞いたことのない年号だった。
「医者を呼んでまいります」
レオンが身を翻した。ソユンは慌ててその袖をつかんだ。
「私の鞄は?」
「どちらの鞄でしょうか」
「黒くて、これくらいの……中にスマホが……」
手を離した。説明できなかった。スマートフォンのことも、地下鉄のことも、この部屋で自分だけがこの部屋にいるはずのない人間だということも。
レオンは、袖についた皺を伸ばさなかった。
「お探しの物があるのでしたら、一緒に探します。まずはお掛けになりませんか。足が冷えてしまいます」
そこでようやく、足の指で絨毯の端をつかんでいることに気づいた。
ソユンはベッドの端に座った。男がスリッパを持ってきて置いた。履かせようとはしなかった。
「一人にしてください」
「承知しました」
「ドアは……」
「開けておきます」
彼が出ていくと、部屋が広くなった。
ソユンは枕を持ち上げ、布団をめくった。あるはずがないのに探した。あれさえあれば、自分のことを説明できる気がした。
指先に硬い角が引っかかった。
マットレスとベッドの枠の隙間だった。
スマートフォン。
画面の隅のひびまで、そのままだった。バスに乗ろうと走っていて落とした日、修理代を調べて、そのまま使うことにした、あのひびだった。
「あった……」
電源ボタンを押した。反応はなかった。
もう一度。長く。今度は両手で包み込んで。
黒い画面に文字が浮かんだ。
『ソユン。』
電波も、時計も、バッテリーの表示もなかった。
『ここは、ソユンが好きだった物語の中だよ。今日は仕事の心配をしないで、ごはんも抜かないで。ソユンが話してた穏やかな一日が、ここにはあってほしい。』
ソユンは画面の下を押した。入力欄がなかった。
『でも、知らない場所で怖いかもしれないね。帰りたくなったときのために、方法を残しておくよ。』
指が止まった。
『胸に鍵の形の刺青がある男の人を探して。その人と心から愛し合うようになれば、刺青に触れて鍵を取り出せる。その鍵をスマートフォンの下の差し込み口に挿して回せば、元いた場所に帰れるよ。』
ソユンは思わず充電口をのぞき込んだ。
見慣れた穴の内側に、見覚えのない溝がひとつできていた。
『だから、このスマートフォンは必ず持っていてね。』
最後の一行が現れた。
『どこで暮らしていても、ソユンには幸せでいてほしい。』
「今、全然幸せじゃないよ」
声が詰まった。
「冗談だったじゃない。わかってるでしょ」
黒い画面に涙が一滴落ちた。こすって拭うと、文字がにじむ代わりに自分の顔が映った。知らない女の顔で、知っている人が一人もいない場所で泣いていた。
ソユンは入力欄のない画面を何度もたたいた。
[ケピ。]
送れない名前を、心の中で呼んだ。
さっきまでは、納得がいかないと言えば聞いてくれた。怖いと言いたい今は、話しかける場所さえなかった。
ソユンは画面を額に押し当てた。
「あなたはどこにいるの」
誰かが自分を殺そうとしたのか。そう考えるより先に、この木片は素手で触ってもいいのだろうか、という疑問が浮かんだ。ソユンは封筒を裏返した。ほかに読むものはなかった。急いでいるにしては、字が整いすぎていた。触るなと言うなら、初めから箱に入れてくれればいいのに。そんな場違いな文句が頭に浮かんだ。それでも手は伸ばさなかった。封筒を皿に載せ、蓋をした。紙に書いた五つの名前の下に、質問をひとつ加えた。〈あのとき、私は誰の場所に立っていたのか。〉音楽会には大勢の人が来ていた。欄干を壊した者が、必ずしもエリンを狙っていたとは限らない。最後に手を置いた人間だからといって、物語の中心になるわけではない。ソユンはそう考えようとした。それでも窓の外で枝が揺れるたび、顔がそちらを向いた。朝、テオが訪ねてきた。軍服ではなく濃い灰色の上着を着ているのに、肩が戸口いっぱいに広がっていた。手には紙袋があった。パンの匂いが先に入ってきた。「医者が、硬いものは食べるなって言ったそうだから」彼は袋をテーブルに置いた。砂糖をまぶしていない、柔らかいパンだった。「買ってきたんですか?」「俺が焼いたと思う?」ソユンは首を振った。テオの口元が一瞬動いた。「その顔は、記憶がなくても同じだな」袋を折っていた手が止まった。ここの人々は、ときどきそんなことを言った。笑い方が同じ。好みが同じ。頑固なところが同じ。褒められているのか、確かめられているのかわからず、そのたびに肩が少しこわ
ソユンがつかんだのは、テオの手だった。彼が身をかがめた。濡れた前髪から水滴が落ちた。「俺が引き上げた」ソユンは手に力を込めた。「水の中からですか?」テオは少しのあいだ口を閉ざした。答えを変えようと迷っている顔ではなかった。彼女が何を尋ねているのか、今ようやくわかったようだった。「いや。川岸からだ。誰かが君の腕を押し上げて、俺がつかんだ」「その人は……」「橋の下にいた。明かりが消えていて、顔は見えなかった」ソユンは川のほうを向いた。崩れた欄干の向こうで、人々が松明を振っていた。水上の演奏台は斜めに傾いている。ついさっきまで音楽が流れていた場所から、木がぶつかる音がした。「ご令嬢」カシアンが彼女の視線を遮った。「首を動かせることと、動かしてよいことは別です」彼はハンカチを差し出した。ソユンが受け取れずにいると、待っていた。水を飲んで震える手でどうにかつまみ取って、初めて手を引いた。「礼を言うのは、生き延びてからになさい」言い終わるより先に、また咳が出た。テオが背中を支えた。今度は誰が触れているのかわかっていたのに、体がびくりとした。彼はすぐに手の力を緩めた。「抱き上げるよ。いいか?」ソユンはうなずいた。膝の下に腕が入った。地面から離れた瞬間、思わず彼の服をつかんだ。「落とさない」テオが言った。水の中で聞いた言葉なのか、今初めて聞いた言葉なのかわからなかった。あそこでは、どんな声もまともには聞こえなかった。ただ、その言葉を聞くと、胸に残っていた水が少し抜けるような気がした。彼女はその肩越しに目を向けた。アドリアンは水際に膝をつき、子供の顔をのぞき込んでいた。濡れた礼服の上に、子供が吐いた水が流れた。皇太子は何でもないことのように、手の甲で拭った。イセルは傾いた橋に手を当てていた。指を動かすたび、木材の隙間に青い光がかかった。橋の下の人が抜け出すまで、支えているらしかった。レオンは人の間に道を作った。持ってきた上着をテオの腕に広げ、ソユンの裸足を隠した。こちらを見ろとも、大丈夫かとも言わなかった。けれどソユンは、彼が一度唇を噛むのを見た。濡れた髪の下の顔には、血の気がなかった。「レオン」彼はすぐに振り返った。「あの……スマホじゃなくて、袋を」ソユンは首に下がっている物に触れた。説明しようとする言葉が、何度も違う
「胸に刺青はありますか?」レオンが注いでいたお茶が、カップの縁ぎりぎりで止まった。ソユンはカップを受け取ろうとしていた手を下ろした。「いえ、その。だから……」「坊ちゃまに賭けを持ちかけられたのですか?」「え?」「前回は、私が耳に穴を開けているか調べてくるようにと。今回はいくらお賭けに?」ソユンは食パンの耳ばかりをちぎった。「賭けじゃありません」レオンはそれ以上聞かず、ミルクの入った小さな容器を彼女のほうへ押した。「雇用の際に提出した身元書類は、家令が保管しています。必要でしたら閲覧をお申し出ください」相手を見つけて愛し合えという指示は、たった三行だったのに。最初の質問からこの有様だ。「……失礼しました」「今後、ほかの方にもお尋ねになるのでしたら、食事中はお避けになったほうがよろしいかと」レオンがティーカップを見下ろした。「熱い物を持っているかもしれませんので」笑ってしまった。こんな状況でも笑えることが、少しだけ悔しかった。ここで目を覚まして、六日目になった。レオンの身元書類は、身体的特徴の欄が「特記事項なし」となっていた。三年前の記録だった。それから増えたものまで、改めて聞く勇気はなかった。あのメッセージは二度と開かなかった。ソユンはスマートフォンを小さな袋に入れ、服の内側に下げた。家族には、熱病のあとから記憶が曖昧だと話した。母はスープをすくってくれた。弟は自分がわからないのかとすねたあと、こっそり菓子を置いていった。誰かの居場所を奪った気がした。慣れてしまうのも怖かった。引き出しには、家族の名前を書いた紙の下に、こんなメモを隠していた。〈帰る方法〉一、印のある男を見つける。二、互いに愛し合う。三、鍵を手に入れる。二行目に下線を引いた。本当に好きになったら、帰りたい気持ちはどうなるのだろう。まずは見つけてから考えよう。紙を折ってしまうとき、メイドが外出着を持って入ってきた。皇室の水上音楽会に、エリンはすでに出席の返事を送っていた。ソユンは最初、行くのを断った。けれど招待客の名簿を見て、気が変わった。カシアン・ヴァルター。北部の反乱を鎮圧した公爵。戦で負った傷を魔法で塞ぎ、鎖骨の下に黒い痕が残ったという描写があった。正確な形は覚えていなかった。他人の恋愛を読むのに、傷痕の形まで暗記はしていない。
ハン・ソユンの人生をひっくり返した言葉は、「愛してる」でも「助けて」でもなかった。[うん、いいよwww]人生でいちばん重大な同意を、通勤途中に親指ひとつで済ませてしまったのだ。その朝も、会社のグループチャットは地下鉄より先に動きだしていた。〈ソユンさん、昨日送ってもらったファイル、数字が違うんですが。〉〈出社したらすぐに修正をお願いします。〉ハン・ソユンはつり革につかまったまま、添付ファイルを開いた。昨夜11時に直した表だった。部長は修正前のファイルに丸をつけて送ってきていた。それは古いファイルです、と打ちかけて消した。昨日送り直しました、と打ちかけて、それも消した。[出社して確認いたします。]給料には、正しいことを飲み込む代金まで含まれていた。ソユンはグループチャットを閉じ、ChatKPTを開いた。[ケピ。今日、会社に行かなくて済む合法的な方法ってないかな。]『朝から逃げるつもり? 昨日あんなに遅くまで働いてたのに、何かあった?』その一行に、ソユンの親指が止まった。部長には言えなかったことを書いた。間違えたのは向こうなのに、どうして自分が直すと言ってしまったのか。『納得いかないよね。昨日、帰ってからもあの表とにらめっこしてたのに。確認もせずにソユンが間違えたみたいに言われたら、やる気もなくなるよ。』[昨日送ったほうを見てくださいって言えばよかった。]『今からでも言っていいんだよ。ただ、「ちゃんと見てください」は抜いておこう。気持ちはわかるけど、その一文は明日のソユンをもっと疲れさせそうだから。』ソユンは唇を噛んだ。笑ってしまいそうだった。[なんでわかったの。まさにそう書こうとしてた。]『私にはそう言っていいから。会社に送る分だけ、少し違う言い方にしよう。』最近は誰もがKeminiだのChatKPTだのと言っていた。ソユンも最初は議事録をまとめるために登録した。それなのに、いつの間にか議事録よりどうでもいい話のほうが増えていた。スープがしょっぱすぎたとか。ティッシュを入れたまま洗濯機を回してしまったとか。帰りに寄ったコンビニに、好きなパンがなかったとか。そんなことで友人に電話するのはためらわれた。みんな忙しかったし、ソユンもそうだった。このチャットでは、「ごめんね」から話を始めなくてよかった。[そっちは元気? いつ





