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動揺

Author: みゃー
last update Last Updated: 2025-12-19 19:51:13

信じがたい衝撃と、懐かしい鼓動が胸の奥で混ざり合う。

逃げ出したいほどの感情の波が押し寄せた。

だが、智也は必死に冷静を装い、深く息を吸って震えを押し殺した。

――あれは、もう何年も前のことだ。

彼は自分に言い聞かせた。

相手が、あの頃の自分を覚えているはずがないと。

けれど、胸の鼓動だけはあの日とまったく同じだった。

智也は背筋を伸ばし、視線を定める。

今は仕事の場であって、再会の舞台ではない 。

――そう、自分に言い聞かせた。

しかし、そう思いながら次の瞬間、やはり胸の奥に疑問がよぎる。

(……全く反応がない……?)

指先がかすかに震え、その震えは腕全体へと広がっていった。

だが智也は知らなかった。

不破大成の唇の端が、ほんのわずかに、意味深く持ち上がっていたことを。

「社長、鈴木智也と申します。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます。」

「……ああ」

大成は淡々とした声で応じた。

名前を聞いても、特に反応はない。

まるで、初対面の相手に対するような冷静さだった。

(……よかった。今日は“初めて会う”ということにしておこう……)

智也は大成の顔を見つめながら、心の中でそっとつぶやいた。

プレゼン用の機材はすでにAJ側のスタッフによって準備されていた。

まもなく会議室にはスーツ姿の幹部たちが次々と入ってくる。

皆、智也よりずっと年上で、圧のある雰囲気をまとっていた。

そして、智也のプレゼンが始まった。

テーマは、AJグループが東京の中心に建設予定の38階建て新ホテルの室内デザイン案。

智也は資料をめくりながら説明を続ける。

緊張で手がわずかに震えていたが、それでも視線とテンポを保ち、一人のプロとして職務を全うしようとした。

ただ、大成の鋭い視線が向けられるたび、心の奥がざわめくのを止められなかった。

プレゼンが終わると、会議室は一瞬、静寂に包まれた。

誰も言葉を発しない。

空気が張り詰め、時間が止まったかのようだった。

――そのとき。

パチ、パチ、パチ、パチ……

拍手の音が響く。

智也が顔を上げて見ると、それは大成だった。

彼が手を叩くと、周囲の幹部たちも次々と拍手を始め、会議室には温かな音が広がった。

智也は少し驚き、すぐに深く頭を下げて礼を述べた。

近くの中年幹部が笑顔で言う。

「素晴らしかったよ。これからも社長、そしてAJの期待に応えるよう、頑張ってくれたまえ」

 ――しかし、心のどこかで、智也はまだ引っかかっていた。

大成は本当に自分を覚えていないのだろうか。

仕事の関係としては、忘れられたほうがいいのかもしれない。

けれど、自分でもわからなかった。

“思い出してほしい”のか、“忘れていてほしい”のか。

AJの社長である不破大成。

そして、彼にとっては数多い取引先の一人でしかない自分。

かつて自分は、大成と本気で愛し合っていると思い込み、二人の未来に胸を膨らませていた。

自分には、大成が全てだった。

しかし、大成の目には、自分の情熱や献身は数え切れない恋の中の取るに足らない一幕に過ぎず、笑い話のように映っていたのだ。

今後、もう二度と会うことはないかもしれない。

――そう思うと、胸の奥がひどく締めつけられた。

会議を終え、智也は最後にもう一度だけAJ本社ビルを見上げ、帰路につく。

秋の夜風が静かなオフィス街を吹き抜け、同じ風が智也の胸にもそっと触れた。

最寄り駅まではすぐだった。

家路を急ぐサラリーマンやOLたちが行き交い、街は騒がしい。

――そのとき。

一台の黒い高級車が背後から静かに近づき、歩道の脇に止まった。

次の瞬間、後部座席のスモークガラスがゆっくり下がる。

そして、そこに現れたのは――

記憶の中に何度も思い描いた、あの微笑みだった。

風とともに漂ってきたのは、変わらぬあの人の香り。

それだけで、智也の心臓が強く締めつけられる。

――不破大成。

彼は窓枠に片肘をつき、どこか愉しげに、そして探るように智也を見つめていた。

「何年経っても、おまえは変わらないな……智也」

その声を聞いた瞬間、智也の身体が硬直した。

 胸の奥を、見えない手で強く掴まれるような感覚。

――忘れていなかったのだ。

短い沈黙ののち、智也は顔を上げ、わずかに震える声で言った。

「……お久しぶりです。不破大成さん」

形式的な口調で一礼し、早くこの場を終わらせようとした。

「うん」

大成は軽く頷いた。

智也は再び頭を下げ、立ち去ろうとする。

だが、大成の口元がふっと緩み、低く囁いた。

「このあと、AJのホテルプロジェクトの関係者で懇親会がある。フォルセスホテルだ。……緒に来い、乗れ」

「えっ……!?」

智也は言葉を失った。

今日の偶然の再会が、まだ終わっていなかったとは――

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