Masukリムジンの車内。
車窓に映る、降り出した雨に濡れて淡く幻想的に輝く街の灯。 後部シートの智也と大成と運転席とを隔てる黒のガラスにより作られた、まるで智也と大成二人だけのような静かな秘めやかな空間。 ずっと智也の身体に触れつづける大成の肩から感じる熱。 それら全ても智也を更に酔わせているようにすら感じる。 智也は、そんな心と身体の昂ぶりを隠すように窓を見詰め続けた。 だがそこに、大成の静かな声がした。 「鈴木さん。君は明日からAJの本社で働いてくれ」 「えっ?!」 智也は、自分の聞き間違いかと耳を疑いながら大成に視線を向けた。 しかし、間違いでは無かった。 「AJのホテル建設のプロジェクトチームをAJ本社に作った。君専用の部屋も用意したし、必要な数、いくらでもAJの人間を君に付けるし、明日から送り迎えの車も君に付けるから電車通勤の必要はない。君がさっき一緒に来た部長とゼイン側には、私の部下からすでにその旨は伝えて了承は得ている」 あまりに突然で壮大な提案に、智也は思考が追いつかず混乱した。 「あっ……その……」 だが大成は智也を見詰めて、諭すように、まるで懇願するかのように言った。 「鈴木さん。AJには、君の才能が必要だ。そして、智也……私には……君自身が必要だ」 「?!」 その言葉から身も心も焼くような熱を感じ、智也は言葉が出ないまま体を硬直させた。 すると大成は智也と視線を交わらせながら、智也の様子を伺うように、座席のシートに置かれていた智也の右手を上からゆっくり大成の左手で覆い握り、囁いた。 「俺は、君と離れ離れになったあの時からこの6年間、1日も君を忘れられなかった。そしてこの6年間、毎日君に対して後悔し続けた」 大成の指に更に力が込められ、智也の手を強く握る。 大成の懺悔はつづいた。 「本当にすまなかった。頼む、もう一度、君とやり直すチャンスを私に与えてくれないか?」 「智也……」 大成の喉がかすかに震えた。 「あの頃の俺は若すぎて、本当に愚かだった……自分がどれほどお前を好きだったのかさえ、分かっていなかったんだ」 智也のまつ毛がわずかに揺れる。 「俺、あの頃は強がってばかりで……お前が近づくたびに心臓が壊れそうなくらい跳ねてたのに、平気なふりをして、わざと傷つくようなことをした……」 大成は伏し目になり、赤くなった目元を隠す。 「どれだけ酷い事をしたか、俺は知ってる。お前が離れていって、ようやく分かったんだ……悪いのはお前じゃない。あの時の俺が、お前に相応しくなかっただけだって」 智也の動きが止まる。 大成は顔を上げ、濡れたように熱い瞳でまっすぐ智也を射抜いた。 「お前、知らないだろ……俺がどれほど後悔したか。お前の会社のSNSで、お前が誰かと笑ってる写真を見た時胸が張り裂けそうになって……夜になるといつも考えてた。“もしあの時”俺が逃げずに手を握っていたら……全部違っていたんじゃないかって」 喉が上下し、彼はほとんど懇願するように絞り出す。 「智也……俺はただ“ごめん”と言って許してほしいわけじゃない。あの頃、お前に背負わせたものを……全部、少しずつ返していきたいんだ」 長い息を吸い込み、胸の奥に溜まった何年分もの痛みを押さえつけるように続ける。 「今の俺たちは、あの頃とは違う。もし……もしお前が少しでも許してくれるなら、やり直すための時間をくれないか。壊したものを全部、今度こそ俺が直す。俺たち……もう一度、最初から始められないかな?」 それを聞いた智也の驚きと混乱はあまりに激しく、すぐに答えなど出せなかった。 ただ呆然と大成を見詰めた。 するとそこに、ゆっくりと大成の顔が智也の唇に近付いた。 そして…… そっと、大成の唇が智也のそれに重なった。 甘く湿った熱が、触れた瞬間に智也の全身へ奔った。 思考は一瞬で焼き切れ、真っ白になった。 逃げる隙も、拒む余裕も奪われる。 やがて、大成の唇はただ触れるだけではなく、智也の呼吸ごと奪うように深く、甘く、じわりと押し広げてくる。 「ふぅっ……」 智也が、湧き上がる愉悦に、口付けしたままの唇の合間から甘く切ない吐息を漏らした。 すると大成は、智也の体を強く抱き締めさらに激しく口付けし、大成の舌が、恍惚とし開きかけていた智也の唇を察知し口内に忍びこみ、智也のそれを捕らえた。 大成の舌先が智也のそれにかすかに触れた瞬間、智也の背筋が跳ね上がり、身体の奥が熱く溶け崩れた。 (な、に……これ……) 胸の奥が痺れ、脚の力が抜け、指先まで熱に侵される。 微かな吐息さえ奪われ、大成の欲を帯びた呼吸が耳元で震えるたび、理性はひと欠片ずつ溶けていった。 残ったのは本能だけ。 求められている―― そんな錯覚を抱くだけで、智也の体温はさらに上がり、唇は無意識に甘く震えた。 大成の指が後頭部を包み込むように添えられ、逃げ道を塞ぐ。 深く、甘く、容赦なく。 溺れるほどの熱で、智也は完全に絡め取られていった。 やがて、車がゆっくりと智也の家の前に停まった。 けれど、その瞬間になっても、智也はまだ大成の腕の中に閉じ込められていた。 唇と舌は絡み、息は乱れ、もう自分が誰なのかさえ忘れてしまいそうだった。 「……お客様、到着しました」 運転手の声が仕切り越しに響く。 現実に引き戻すような、その言葉が車内の空気を切り裂いた。 (……帰らなきゃ。降りるべきだ) そう思っても、身体はまったく動かなかった。 大成がゆっくりと、前方の黒い仕切りガラスを下ろすボタンの上に指を持ってきた。 車内は一瞬にして、静寂が張りつめる。 大成は身をかがめ、智也の耳元に唇を寄せた。 微かにその耳朶を甘く噛み、熱を帯びた声で囁く。 「君の選択を、俺は尊重する」 低く、抑えた声。 その奥には、堪えきれない熱が滲んでいた。 「さあ……家に帰るのか、それとも……俺と一緒に来るのか」智也は、そっと涙を拭き、起き上がりベッドから出た。 「鈴木さん!」 それを見た大成は、いつものクールさの中にも目元が緩み、語尾にも弾むようなものがあった。 ソファから立ち上り、目の前のローテーブルの上にあったリモコンで部屋全体の明かりをつけて智也の側にすぐに来た。 手には、500ミリリットルのペットボトルの水を持っていた。 「喉が渇いているだろう?」 キャップを開け、 そっと智也に差し出す。 智也は、黙ったまま大成と目を合わせないようにする。 実は、 長時間何も口にしてなくて、もう喉はカラカラだった。 でも、大成が座っていた長ソファの上にあった自分のカバンと、背もたれにかかっていた自分のスーツの上着を取った。 「もう大丈夫です。お世話になりました。ありがとうございます」 ビジネスの相手としての声と雰囲気で頭を下げた。 周りにある、大成が6年もの間保存し続けた智也の私物の事すら、何も見なかったように一切スルーもした。 大成は、その粛々とした姿を、どんな感情なのか?目を眇めて見ていた。 智也は、大成の顔を一度もしっかり見ないまま、 その場から早足でドアに向かうため、彼に背を向けようとした。 だが大成は、左手に水を持ち替え、右手で智也の右腕を掴んだ。 すでに大成に触れられた瞬間から智也の鼓動は速ったが…… 二人の距離が近くなり、次の瞬間、大成の体から香るビターで冷たく甘い香りが智也の鼻腔を突き抜け、智也の心臓が爆ぜた。 だが、智也は、冷静になろうと勤めた。 「社長。社長はさっき、体調が良くなったらすぐに帰宅して良いと言っておられました。僕は帰ります」 だが大成は、掴んだ智也の部分に焦っているのかと思うくらい、痛いくらい強く力を込め離さない。 それなのに片や、智也の顔の近くに大成の唇を寄せ、いかにも大人の余裕ぽく囁く。 「鈴木さん。高井からは君の仕事に対してスケジュールなど充分配慮していると報告を受けてるが、じゃあどうしてスタートした直後からあんなに残業をしないとならない?」 それを聞き、智也が唖然として大成の目を見た。 あの高井の組み立てた智也のスケジュールの、一体どこにそれがあるんだろうか? 彼は、何を自分に都合のいい事を勝手に大成に報告してるんだろうかと…… する
智也は、ベッドから出て自分の作品の前に立った。 「大成……どうして?」 智也から、かろうじて声になっている、小さな小さな囁きが思わず漏れた。 それは、微かに震えている。 大成が、どうして6年間もこんなものを持っていたのだろうか? そう考えて…… 一瞬…… 5日前再会した日の夜、大成が智也に言ってたように…… 6年前、大成は確かに最初は智也を騙して近づいたが…… 本当は大成は、最終的には智也の事を愛してくれるようになっていたのかも…… と言う思いがよぎった。 だが…… 智也は、すぐに首横に振った。 6年前がどうだろうと、大成が6年間この絵を持っていようが、智也は、もう大成を一個人としては信用できない。 そして…… 大成も、車でのさっきの態度からしても、もう智也を協力会社の一社員として扱い始めてる。 (それで、もういいじゃないか……) 「もう……6年前の事は、俺は全部忘れたいんだ……」 でも、すぐに衝動に駆られた。 やはり僅かに震える指先で、絵の中の大成の、髪や輪郭、涼しげな瞳のラインをなぞる。 それが 終わるのがおしいのかと思うほどゆっくりと…… そして、又しばらく眺めた後、自然と智也の右口角だけ困惑気味に少し上がった。 やはり、今の智也の描く絵と比べたら、断然まだまだ子供で線や構図に未熟さを感じたから。 だが…… この絵の中に、あの頃の、何よりも強く真っすぐな智也の大成への感情を感じる。 今は確かに智也の絵の技能は上がったかも知れない。 比べ物にならない。 でも多分、これだけの気持ちと同等の熱量を今造る作品には絶対に込められないだろう。 この時以上の気持ちを持ち、再び自分は何かの、誰かの絵を描ける時が来るのだろうか? そんな疑問がふと湧いてしまった。 そうしている内にふと気が付くと、右目から涙が流れ落ちていた。 だが…… 「◯✕◯✕◯✕……」 「◯✕◯✕◯✕◯✕……」 閉まったドアの向こうの廊下の方から、何を言ってるかわからないが、大成と誰かが喋っている声が聞こえてきた。 雰囲気からだが、多分、大成とハウスキーパーが喋っているんだと思う。 6年前、智也が大成とこの家に住んでたからこそわかると言うのが…… 大成のプラ
黒塗りの高級車の中の後部座席。 「さあ、中に入れ」 大成が静かで低い声で、すぐ左横にいる智也に促す。 すでに、運転手もわざわざ車を降りて、 智也の横のドアを開けて近くに立っていた。 智也は、目の前にある「入れ」と言われた豪邸を、目を見開いて呆然と見詰める。 そして、ここで大成と暮らした高校時代を…… 自分が幸せだと勘違いしていた日々を思い出しかけて、恥辱と後悔から自己の心を護る為に思考を一旦止めた。 すると、硬直させていた体の一部、指先が震え出した。 そして、更にそうなりかけている唇で…… 世間の誰もが、そのあまりに整った精悍なマスクの大成に見詰められたら、畏怖から目を合わせていられないのに…… 智也は、真っすぐに大成を見て冷静な声で告げた。 「でも、やっぱりタクシーで帰ります。今日は自宅でちゃんと休みますから。僕がプライベートで不破社長の御自宅にいるなんておかしい」 すると…… 普段表情の全く変わらない…… 普段誰も変える事が出来ない厚い鉄面皮の大成の眉が、ピクっと一瞬したかも知れなかった。 それは、ほんの僅かでも、大成のどんな種類のものであれ感情の露出だろうか? でも、智也の見間違いかもしれない。 そして、返ってきた大成の声は、毅然として冷ややかで社長然としていた。 さっきの智也を心配そうにじっと見詰めていたのが嘘のよう。 「……なら……プライベートでなければいい。これは、私がAJの社長として、ホテルプロジェクトの成功のために、あくまで仕事としてしてる。目の前に仕事関係者がいて倒れそうになってるのを社長としてほっとけないだけだ。しっかり体調を整えて仕事してくれ。それが君と私の契約のはずだろう?契約は履行してくれ。少し眠って体調が良くなったらすぐに帰ってくれていい」 大成は、これは社長として……と、そう言うが、そもそも、大成が智也と同じ電車に乗っていた事からして偶然だったんだろうか? それでたまたま、智也を助けたのか? 聞きたいが…… 今の智也には、それすら大成に尋ねられない張り詰めた緊張感がある。 それに…… 確かに今、大成が仕事として智也を助けるだけと言ったのは、智也には有利だった。 そのはずなのに…… 智也は、心の奥で厶ッとしていた。 こ
次の日の朝。 智也の体調は悪くなかった。ゼインで働いている時も、顧客の急な対応などで残業はよくある事だし。 いつもと同じようにAJの迎えの車に乗り込む。 すると直後、これもいつものように横に座る大成の部下の木根が何気に呟くように言った。 「今日の不破社長は、朝から夜まで社用でAJ本社にはおられません。それを鈴木さんにお伝えするようにと社長から承りました。しかし何かあればわたくしを通じて社長に御連絡して欲しいとのご伝言です」 「……はい……」 それ以外は智也は返事する事なく、すぐに窓から外を眺めながら考えた。 まるで、智也が大成のスケジュールを知っていてさも当たり前のように一瞬聞こえたが…… でも、もしかしたら、他のプロジェクトメンバーの六人にも同じように言ってるかもしれないし…… 木根を通じて連絡しろと言う所に、大成は社長、智也はその配下のビジネスライクさを感じる。 だからただの普通の業務連絡だと思う事にした。 しかし…… 智也は、AJ本社に着いても、大成からの伝言の意味がずっと気になった。 そして、ふと気付くと、いないとわかってるのに、AJの従業員や客の人ごみの中の遠くに大成に似通った逞しい体型の男性を見ると振り返って見てしまっていた。 そんな自分を責めるように、振り払うように、智也はデスクに着くと仕事に集中し没頭した。 そのお陰で、かなり仕事は進んだ。 そして、今夜も7時近くになっても夕食をとらずデスクに向かっていて、この日は、誰も智也の残業を止める者はいないかに見えた。 なんならもう少し仕事を続けさらに前に進めたかった。 だが…… 7時を少し回った頃。 木根が、智也の仕事部屋をノックした。 今日はその音に気付き智也が返事をすると、入室してきたいつもは冷静な木根の声が慌てていた。 「こんなに寒いのに、どうして暖房をお付けにならないんですか?」 木根は、急いで空調のスイッチを入れた。 「寒い?」 智也は、思わず不思議そうにしたが、仕事に集中するあまり気温の変化に気付かなかっただけで、今ようやく部屋が冷えている事で体を震わせた。 本当に寒い。 でも、それはそうだ。 季節はもう秋で冬はすぐそこ。 昼間は空調無して過ごせても、夜は冷える。 やがて、智也が着
本当にメモを破ろうとした。 まるで大成にとって智也が特別であるかのように少しでも匂わすものは、智也には一切不要のはずだから。 でも、廊下に立ったまま、智也はいつまでもそこに書かれた大成の文字を見詰めて、指先が震えてそれができなかった。 会議は、9時半に予定通り始まった。 AJ側のホテルプロジェクト責任者高井と、智也も含めたホテルプロジェクトチームの七人で。 智也だけプロジェクトチームへの合流が遅く初参加。 だから、AJ責任者とプロジェクトチームの会議はもうすでに2回行われ、今回が3回目だった。 巷の中小企業と違い、AJほどの大きな企業の会議ならスムーズに全てが進むだろう。 そう、智也は事前にイメージしていた。 だが、それは違った。 大成がいない会議は、荒れた。 高井が、智也よりすでに先に仕事に着手していたホテルプロジェクトチームの広報デザイナーの女性筒井と運営総括責任者の男性木田の仕事の成果にあからさまに苛立ちをぶつけた。 三人は対立した。 木田が興奮して思わず椅子から立ち上がり暴言を吐こうとしたのを、その腕を掴み止めたのは横に着席していた智也だった。 止めてなければ、もっと争いは酷くなっていた。 そして、外装デザイナー西畠と建設部門責任者の指原が仲介をして、モメた件は、高井側も、筒井と木田側も再考して来週の会議に持ち越された。 「1回目の会議からあの三人は相性が悪かったから、高井さんだけでは全く話しにならないから、不破社長に仲介者として会議には毎回出席してもらうよう私から直に言ってみるわ」 会議が終わると、西畠が智也と指原と一緒にAJ本社の廊下を歩きながら二人に伝えた。 「三人共経歴は優秀でも、いざ仕事するまでは、相性こればかりはわからないから……」 続けて西畠はそう言うと、窓の外を何気に見ながら溜め息をついた。 会議が進まないと、西畠達や智也の仕事にも支障が出てくる。 ホテルプロジェクトチームは、結成最初から暗雲が漂っていた。 智也は、今も破られず智也のスーツの胸ポケットに入っている、大成から受け取ったものを思い出したーー 会議で何が困った事があれば、直に俺に言え。 会議だけでなく、何か困った事があれば、いつでも俺に直に言え。 そう書かれたメモ。 智也も大
迎えのハイヤーの中で聞いた通り、午前中は会議だった。 AJ側のホテル事業の総統括者と、ホテルプロジェクトの七人とのもので、週に必ず1回行われるらしい。 だが、ここに忙しい大成は1ヶ月に1回しか出席しないようで今日は出ない。 智也は、一度大成から与えられた自室に入り、会議の用意を始める。 やがてタブレットや他の資料のファイルを取り脇に抱え一人会議室に向かう。 もう緊張感はマックスだった。 しかし、社会人としての責任から自分を鼓舞し気合いを入れ直す。 この、厳しい環境のAJで、智也はこれから一人で戦わないとならない。 そう、望んだのは自分だ。 エレベーターで会議室まで行くため、その前で少し待つ。 やがてすぐに扉が開いたがーー すると、そこに大成と、その後ろに若い男女のAJ社員が三人で乗っていた。 「あっ……」 智也は、会社では冷静でいないとと思うのに、大成と目が合ってしまい、思わずギョッとして目を大きく見開いてしまいそうになったがそれを堪えた。 「おはようございます」 そして、何も感じてないかのような顔で、他のAJの社員と同じように普通に大成に対して社長として頭を下げた。 「ああ……おはよう」 大成もすぐに智也から目を離し前を向き、智也に対して普通の社員を扱うような態度をとる。 智也は乗り込んだが、その瞬間、微かに大成の纏う蠱惑的な香りがして脳を電気が走ったように刺激された。 大成の、匂い立つような男の色気から漂うその香りは、僅かとしても他人からしたらもはや劇薬ではないかと思う。 自分でもどうしようもなく、脈動が早くなるのを感じる。 だが、何事もない素振りで男女にも朝の挨拶をして、一番後ろに立つ。 二人の社員も、この大会社の社長であり、妖艶な大人の男の容貌を持ち、若くして厳粛な威圧感を放つ大成と同じ空間にいるのが緊張するのだろう。 シーン……と静まり返った狭い空間に、汗が滲んできそうな強い緊張感が漂う。 やがて、会議室のある階に止まり扉が開いた。 大成は降りない雰囲気だったので、社員二人が大成に頭を下げ先に出た。 智也も後を続こうと動いた。 すると、大成とすれ違いざま頭を下げたその時ーー 大成の香りが一瞬強くなって、智也の胸がギュっと締め付けられた。 そして、その瞬間ーー 大成が、そっと大成のスーツの内ポケ