تسجيل الدخول蒼人に勧められた教育学部のある大学へ足を運んでみた。
「教育って……先生になるための学部でしょ?」 そんな軽い気持ちで説明を聞き始めた。 けれど、話を聞くうちに、そのイメージは少しずつ変わっていく。 教育は学校だけじゃない。 企業で人を育てることも、地域で子どもたちを支えることも、人が成長する仕組みを考えることも、全部教育に繋がっているらしい。 「……楽しそう。」 思わず声が漏れた。 そのあと他の学部の説明も聞いてみたけれど、不思議なくらい頭に入ってこなかった。 帰り道、スマホを開く。 『蒼人、ありがとう! おかげで少し方向決まったよ!』 送信すると、今度は教育学部のある大学を片っ端から調べ始めた。 「あ、こ一学期の行事も終わり、夏休みに入った。 とはいえ、受験生に夏休みなんてものは存在しない。 朝起きて勉強。 昼も勉強。 夜も勉強。 気づけば一日が終わっている。 「つまんない……。」 参考書を閉じて、天井を見上げる。 何となく、このまま一日を終わらせたくなかった。 思い立ったように家を飛び出し、そのまま蒼人の家のインターホンを押す。 しばらくしてドアが開いた。 「……なに。」 寝癖だらけの蒼人が顔を出す。 「遊ぼ!」 「勉強しないの。」 「今日だけ! お願い!」 蒼人は呆れたように息を吐く。 「……準備するから、自分家で待ってて。」 それだけ言ってドアを閉めてしまった。 数分後。 スマホが震える。 『行くぞ。』 家を出ると、さっきまで爆発していた寝癖は綺麗になくなっていた。 「で、どこ行くの。」 「コンビニ!」 「それだけかよ。」 「それだけ!」 結局いつものコンビニでアイスとお菓子を買い、公園へ向かう。 ベンチに並んで座り、アイスを食べる。 蝉の鳴き声だけが響いていた。 「ただ息抜きしたかったんだよね。」 「そう。」 蒼人は溶け始めたアイスを黙々と食べている。
体育祭当日。 ここ最近は勉強ばかりの日々だった。 その分まで発散するように、大声で応援する。 気づけば喉が少し痛くなっていた。 そして、いよいよ二人三脚。 蒼人と並び、お互いの足をしっかりと結ぶ。 「あー……緊張するぅ……。」 「今さら。」 蒼人はいつも通り落ち着いている。 私はというと、頭の中で嫌な想像ばかり膨らんでいた。 転んだらどうしよう。 私のせいで蒼人まで巻き込んでしまったら。 そんなことを考え始めると止まらなくなり、頭をぶんぶんと振る。 「何してんの。」 「考えないようにしてるの!」 「余計怪しい。」 そのやり取りに少しだけ緊張がほぐれた。 いよいよ私たちの番。 スタートのピストルが鳴る。 「いくよ!」 「おう。」 練習した通り、息を合わせて走り出す。 右、左。 右、左。 不思議なくらい足が合う。 前にも横にも誰もいない。 ――今、一位だ。 このまま。 このまま行ける。 ゴールが近づく。 あと少し。 その瞬間だった。 「あっ――」 足元がずれた。 視界がぐらりと揺れる。 転ぶ。 そう思った次の瞬間。 肩にぐっと力がかかった。 蒼人の手が私を支えていた。 倒れかけた体勢を立て直し、そのまま最後まで走り切る。 「一位!」 歓声が上がる。 ゴールテープを切ったあと、息を整えながら蒼人を見る。 「……ありがとう、蒼人。」 本当は少し悔しい。 助けられたのが蒼人っていうのが、なんだか癪だった。 でも、救われたのは事実だ。 「さすがに転んだら見てられないだろ。」 「……。」 やっぱりムカつく。 さっきまで一瞬だけ格好よく見えた時間を返してほしい。 私は何も言わず、蒼人の腕を軽く小突いた。 「いった。」 「知らない。」 そのまま二人で観客席へ戻る。 ◇ 今年は実行委員じゃない。 終礼が終われば、そのまま帰れる。 校門を出て、いつもの帰り道。 「今日ほんと危なかったぁ……。」 歩きながら何度も思い返す。 あんなに練習したのに、最後の最後で転びそうになったこと。 そして。 蒼人に支えられた、あの一瞬。 ――ほんの一瞬だけ
三年生になった。 新しいクラス分けが廊下に張り出され、生徒たちが一斉に集まる。 人混みをかき分けながら自分の名前を探した。 「あった!」 視線を横へずらす。 「……また蒼人と一緒じゃん!」 思わず笑ってしまう。 幼稚園からずっと一緒。 高校に入ってからも、結局一度も離れなかった。 蒼人が同じクラスにいる。 それだけで、少し安心した。 そのすぐ上には、樹くんの名前もあった。 一瞬だけ視線が止まる。 けれど、すぐに目を逸らす。 もう受験生。 今年は恋よりも、自分の進路と向き合わなきゃいけない。 樹くんに自分から挨拶をすることもなくなった。 話す機会も、気づけばほとんどなくなっていた。 今年は体育祭実行委員にも立候補しない。 あの頃みたいに、“樹くんと少しでも一緒にいたい”という理由は、もうなかった。 それでも、体育祭が楽しみなことに変わりはない。 ◇ 三年生の種目は、二人三脚。 当然のように、私は蒼人と組んだ。 家が近いから、休みの日にも公園で練習する。 「いっ、た!」 開始十秒で転びそうになる。 「だから歩幅合わせろって。」 「合わせてるもん!」 「合ってない。」 「蒼人が速いの!」 思って
休日。 第一志望の候補に決めた〇〇大学のオープンキャンパスへやって来た。 駅からキャンパスへ向かう道には、同じように説明会へ向かう高校生がたくさん歩いている。 正門をくぐった瞬間、思わず目を輝かせた。 「わぁ……。」 手入れの行き届いた芝生。 広々としたキャンパス。 ガラス張りの校舎が青空を映している。 「こんなところで勉強できたらいいなぁ……!」 自然と頬が緩んだ。 キャンパスマップを探して辺りを見回していると、人混みの向こうに見覚えのある横顔が見えた気がした。 「……えっ。」 黒い髪。 少し猫背気味の立ち姿。 「まさか……。」 目を凝らした頃には、その姿は人の波に紛れて見えなくなっていた。 「……そんなわけない、よね。」 首を振り、説明会の教室へ向かう。 ◇ 教育学部の説明は、前回以上に心を惹かれた。 講義の内容。 実習の話。 学生たちの雰囲気。 どれも想像していた以上に楽しそうだった。 説明会が終わる頃には、心はもう決まっていた。 「……ここにしよう。」 ようやく見つけた。
蒼人に勧められた教育学部のある大学へ足を運んでみた。 「教育って……先生になるための学部でしょ?」 そんな軽い気持ちで説明を聞き始めた。 けれど、話を聞くうちに、そのイメージは少しずつ変わっていく。 教育は学校だけじゃない。 企業で人を育てることも、地域で子どもたちを支えることも、人が成長する仕組みを考えることも、全部教育に繋がっているらしい。 「……楽しそう。」 思わず声が漏れた。 そのあと他の学部の説明も聞いてみたけれど、不思議なくらい頭に入ってこなかった。 帰り道、スマホを開く。 『蒼人、ありがとう! おかげで少し方向決まったよ!』 送信すると、今度は教育学部のある大学を片っ端から調べ始めた。 「あ、ここ面白そう。」 一つだけ、やけに惹かれる大学を見つける。 次のオープンキャンパスに行ってみよう。 そう決めた。 ◇ 翌朝。 目を覚ましてスマホを見ると、蒼人から一件だけ返信が届いていた。 『良かった』 それだけなのに、少し嬉しかった。 ◇ その日も放課後、いつものように教室に残って勉強する。 静かな教室に、シャーペンの音だけが響いていた。 「ここ、分かんないんだけど。」 ふいに、蒼人が参考書をこちらへ差し出してきた。 「ん? ここはね――」 気づけば、自分の勉強そっちのけで説明していた。
数日後。 進路希望調査票を提出していない私を見て、先生が声をかけてきた。 「とりあえず大学の説明会に行ってこい。話を聞くだけでも違うから。」 その言葉に押されるように、模試で適当に名前を書いた大学のオープンキャンパスへ足を運んだ。 せっかくだし、いろんな学部の話を聞いてみよう。 そう思っていた。 ……思っていたのだけれど。 最初の全体説明が思った以上に長かった。 ようやく終わった頃には、もう体力も集中力もほとんど残っていない。 「もう一学部だけでいいや……。」 そうして聞いた学部の説明も、なぜか心には引っかからなかった。 興味がないわけじゃない。 でも、「ここで学びたい」と思えるほどではない。 帰り道。 その学部は静かに候補から消えた。 駅へ向かう途中、スマホを取り出す。 気づけば、蒼人とのトーク画面を開いていた。 『私って何に向いてるのかな』 送信。 数分後。 『自分で考えなよ』 「……はいはい。」 思わず苦笑する。 いつも通りの返事だった。 スマホをカバンへしまおうとした、その時。 もう一度通知が鳴る。 『教育系とか見に行ってみれば』 一瞬、画面を見つめた。 珍しい。 蒼人が自分から何かを勧めてくるなんて。 その一言だけなのに