秘密のリンク

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犬猿の仲の財閥御曹司・天城泰輝と主任学芸員・神崎絵奈。謎の古代遺物に触れた瞬間、二人の感覚は強制的にリンクしてしまう。十メートル以上離れれば暴走する呪いを解くため、同居と危険な実験を重ねるうち、嫌悪のはずの感情まで熱く変わり始めて――。

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Chapter 1

1話. パンドラの箱

天城財団美術館、地下二階。

恒温恒湿の機械が白いノイズを吐き続ける収蔵庫の修復室で、主任学芸員の神崎絵奈はラテックスの手袋を嵌めたまま、税関の特別通関を経て届いたばかりの桐箱を慎重に検めた。

表面を赤い絹紐で封じられた遺物の正式名称は『合璧印(ごうへきいん)』。東洋の古代王朝が、最も密やかな閨房の秘儀に用いたとされる一対の白玉の印である。だが学会の闇では、まったく別の名で呼ばれる奇物だった。

男女の陰陽を交え、催淫の神経を極限まで研ぎ澄ませて帝室の夜を支配したという、伝説の房中術の遺物――。

「検収はまだ終わっていないのか」

静寂を割る声に、絵奈の眉間が鋭く寄った。振り返らずとも分かる。この傲慢で冷たい足音の主は、天城グループの有力な後継者であり、財団統括理事の天城泰輝だった。

乱れひとつないチャコールグレイのスリーピース。刃物のように削いだ顎の線と、人を見下ろす冷たい目をひらめかせ、彼は長い歩幅で部屋へ踏み入った。

「理事、密輸疑惑ルートの追跡と考古学的な真偽判定には最低でも三日は必要です。精密鑑定が要ると、何度も報告しています」

絵奈は黒縁眼鏡を直しながら、一歩も引かずに冷たく返した。

「来週の財団三十周年VIPガラ、メインテーブルに据える核の収蔵品だ。三日も悠長に刷毛を動かしている暇はない」

「真偽も確認していない遺物をパーティに出せません。問題が起きたら学芸室が説明することになります。その原則は変えられません」

「私の決裁と権限で承認した展示だ。一学芸員は遺物の表面の傷でも拾っていればいい。余計な説教はよせ」

泰輝は作業台の端を指先で叩いた。絵奈の説明が終わるより先に、箱へ視線を移す。会うたび、二人のあいだではいつもこんなふうに張り詰めた火花が散った。

潔癖に近い完璧主義の統括理事と、規定と体面を命のように守るワーカホリックの主任キュレーター。入社初日からギャラリーの運営方針で事あるごとにぶつかり合う、天城財団公認の犬猿の仲だった。

泰輝は、絵奈が桐箱から取り出したばかりの遺物ケースへ、いきなり長い指を伸ばした。

「円筒アクリルから直接確認する。どけ」

「触らないでください! 表面の酸化防止処理がまだ終わっていません!」

ケースを守ろうとする絵奈の手と、奪おうとする泰輝の手が空中で激しく絡んだ。その反動で蓋が開き、噛み合っていた一対の玉印が掌を離れ、冷たい大理石の床へ落ちる。

「ちっ」

「だめっ!」

二人の体が反射的に遺物へ同時に覆い被さった。床にぶつかる寸前、泰輝の広く大きな掌が遺物の下端をかろうじて受け、その上を絵奈の指が包み込んだ。

――チャリン。

危うく受け止めた玉印が掌の中で傾く。遺物の上端に彫られた二匹の蛟龍の、鋭い角飾りが二人の指に引っかかった。

「くっ……」

「あっ……」

同時に漏れた、押し殺した短い声。角の先端が絵奈の手袋を裂いて通り過ぎる。泰輝の右手人差し指と、絵奈の左手人差し指の内側が深く切れ、赤い雫が噴き上がった。

そして嘘のように、触れ合った傷口から流れ出た鮮血が、半透明の白玉に刻まれた陰陽の文様へするりと吸い込まれていった。渇ききった古代の獣が血を求めるように、遺物の表面は赤い滴を一瞬で飲み込んだ。

――ウン。

空気を震わせるごく弱い低周波とともに、指先の傷を通じて高圧電流のような微熱が、稲妻のように二人の心臓へ走り込んだ。

「……何をした」

泰輝は眉間を歪め、絵奈の手を苛立たしげに振り払った。絵奈も荒い息をつきながら、ひりひりと燃える指を胸元へ引き寄せる。指先から始まった奇妙な温もりは、背骨を伝って一気に降り、下腹の奥をねっとりくすぐった。

だが二人とも、遺物落下の事故による極度のアドレナリンのせいだと片づけた。

「……本体に外見上の破損はありません」

絵奈は震える呼吸をどうにか押さえ、作業台の引き出しから消毒ガーゼを出して傷を止めた。泰輝はポケットの絹ハンカチで自分の血を拭い、絵奈を殺気だって睨む。

「明日午前九時までに一次状態鑑定レポートを書いて、執務室へ直接持ってこい。一分でも遅れたら、今度の企画展の総括から神崎の名前は永久に消す」

氷のような警告を投げると、泰輝は振り返りもせず収蔵庫の鉄扉を強く閉めて出ていった。密閉された収蔵庫に一人残された絵奈は、胸を撫で下ろして息を整え、作業台の上の玉印をぼんやり見下ろす。

二人の血痕は、遺物の表面から跡形もなく吸い尽くされていた。妙なことに、スカートの下、太腿の内側の筋がつっぱるように締まっていく、見知らぬ熱い緊張が容易には収まらなかった。

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1話. パンドラの箱
天城財団美術館、地下二階。恒温恒湿の機械が白いノイズを吐き続ける収蔵庫の修復室で、主任学芸員の神崎絵奈はラテックスの手袋を嵌めたまま、税関の特別通関を経て届いたばかりの桐箱を慎重に検めた。表面を赤い絹紐で封じられた遺物の正式名称は『合璧印(ごうへきいん)』。東洋の古代王朝が、最も密やかな閨房の秘儀に用いたとされる一対の白玉の印である。だが学会の闇では、まったく別の名で呼ばれる奇物だった。男女の陰陽を交え、催淫の神経を極限まで研ぎ澄ませて帝室の夜を支配したという、伝説の房中術の遺物――。「検収はまだ終わっていないのか」静寂を割る声に、絵奈の眉間が鋭く寄った。振り返らずとも分かる。この傲慢で冷たい足音の主は、天城グループの有力な後継者であり、財団統括理事の天城泰輝だった。乱れひとつないチャコールグレイのスリーピース。刃物のように削いだ顎の線と、人を見下ろす冷たい目をひらめかせ、彼は長い歩幅で部屋へ踏み入った。「理事、密輸疑惑ルートの追跡と考古学的な真偽判定には最低でも三日は必要です。精密鑑定が要ると、何度も報告しています」絵奈は黒縁眼鏡を直しながら、一歩も引かずに冷たく返した。「来週の財団三十周年VIPガラ、メインテーブルに据える核の収蔵品だ。三日も悠長に刷毛を動かしている暇はない」「真偽も確認していない遺物をパーティに出せません。問題が起きたら学芸室が説明することになります。その原則は変えられません」「私の決裁と権限で承認した展示だ。一学芸員は遺物の表面の傷でも拾っていればいい。余計な説教はよせ」泰輝は作業台の端を指先で叩いた。絵奈の説明が終わるより先に、箱へ視線を移す。会うたび、二人のあいだではいつもこんなふうに張り詰めた火花が散った。潔癖に近い完璧主義の統括理事と、規定と体面を命のように守るワーカホリックの主任キュレーター。入社初日からギャラリーの運営方針で事あるごとにぶつかり合う、天城財団公認の犬猿の仲だった。泰輝は、絵奈が桐箱から取り出したばかりの遺物ケースへ、いきなり長い指を伸ばした。「円筒アクリルから直接確認する。どけ」「触らないでください! 表面の酸化防止処理がまだ終わっていません!」ケースを守ろうとする絵奈の手と、奪おうとする泰輝の手が空中で激しく絡んだ。その反動で蓋が開き、噛み合っていた一対の玉印が掌を離れ、冷たい
last updateLast Updated : 2026-09-26
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2話. 身体異常
翌日午前九時、絵奈は徹夜でまとめた一次状態鑑定レポートを秘書室に提出した。そして一時間後。天城グループ本社、四十二階の大会議室。財団役員とグループ中枢の戦略幹部三十余名が並ぶ、下半期の基幹事業報告会が進行していた。発表者は財団統括理事・天城泰輝。巨大LEDスクリーンの冷たい青を背に、寸分の狂いもないプレゼンテーションを続けている。「今期、財団収蔵ラインの再編と海外オークション直輸入により、従来の流通コスト比で十八パーセントの予算削減を実現しました」整えたポマードの黒髪。欠点のない発音と、一座を圧する冷たいカリスマ。財閥の元老たちさえ息を殺して、彼の唇の先に視線を釘付けにしていた。完璧な後継者としての威厳と絶対的な統制力が会議室を支配していた、まさにその瞬間。***地下二階、美術館の収蔵庫。絵奈は厚いキャンバス地の作業用エプロンを腰にきつく結び、重い桐の古文書箱を整理していた。「はあ……なんでこんなに体がだるくて、熱いの」昨日指を切ってからというもの、夜通し下腹の奥に正体不明の微熱が残っていた。袖をまくり、深く腰を屈めて重い箱を高い棚へ持ち上げた瞬間だった。粗いエプロンの縫い目が、薄いスーツのHラインスカートを突き、いちばん内密な太腿の内側の肌をぴんと擦った。同時に、重い箱を支えるために骨盤底へ鈍く硬い腹圧がぎゅっと詰まった。――するり、ぬっち。「んっ……!?」噛み締めた唇の隙間から、短く鋭い息が漏れた。ただの裾ずれだったはずなのに、信じられないほど猛烈で淫らな快楽が、陰核を直接絞るように稲妻となって走った。見えない熱い舌が下着の内側へ割り込み、いちばん柔い突起を執拗に擦り、飲み込むような生々しい戦慄。「あ、うっ……んぅっ! ひっ……!」膝から関節が溶け、抱えていた箱を落としそうになりながら、絵奈は鉄の棚を必死に掴んだ。まずは棚にかけた箱を押し込む。手を離して遺物まで落とすわけにはいかない。壁時計の数字が目に入った。十時十四分。体を整えたら、必ずこの時刻から確認しなければならなかった。秘部が抑えきれないほど熱い愛液に濡れ、薄いシルクのショーツがねっとり張りつく。骨盤の奥が狂ったように痙攣し、膣口がきつく締まった。生まれて一度も味わったことのない絶頂の波が、下腹を荒々しく洗っていった。***そして同じ時刻。四十二階、大会議室
last updateLast Updated : 2026-09-26
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3話. 恥辱の診察室
「原因が分からない、だと。それが国内最高峰の泌尿器科専門医のセリフか」麻布の最高級プライベートVIP泌尿器科、院長室。泰輝はスーツのシャツのボタンを首まで閉め、診察デスクを砕きかねない殺気で睨みつけていた。担当医は高解像度の陰茎ドップラー超音波と緊急ホルモン分析のモニターを交互に見ながら、何度も唾を飲み込んだ。「天城理事、どうかお落ち着きを。海綿体の線維化検査、血流速度、テストステロン値まで多角的に見ましたが……」「だから、結果は何だと聞いている」「現時点の検査では明確な外傷は確認できません。ただ、症状が続いている以上、正常と言い切ることもできません」院長は泰輝の顔色をうかがい、声を落とした。「最近お飲みになった薬や、新たに使い始めた製品はありますか。原因を探るにはその情報も必要です。二時間以上続いた、というお話だけでは特定できません」「私がそんな下品で雑な薬物に手を出す人間に見えるのか」歯の隙間から凍りつくような殺気が漏れた。潔癖に近い自己統制と、厳格な私生活管理で一度のスキャンダルも許さなかった男だ。薬を飲んでいないかと聞かれただけでも、勃起薬の濫用を疑われたように聞こえた。侮辱が先に込み上げ、まともな説明も出ない。「今確認した検査だけでは原因を説明しきれません。症状が引かない、あるいは痛みが強くなるようでしたら、すぐ再診を」無力な所見に泰輝は舌打ちし、席を蹴って立ち上がった。ズボンの内側は、病院に着いてからかなり経った今も、不快なほど鈍く熱い脈動を抱えていた。***同じ時刻、広尾の予約制・女性専門産婦人科。カーテンの向こうの内診室から、乱れた襟元をどうにか直して出てきた絵奈は、顔を真っ赤に上気させたまま診察椅子に座った。鞄を膝の上へ引き寄せる。どこから話せばいいか分からず、まず症状が出た場所から口にした。収蔵庫で仕事をしていたことだけは、はっきりさせておきたかった。産婦人科の院長はチャートをめくり、奇妙そうに絵奈の顔色を眺めた。「神崎さん、膣壁粘膜にも子宮頸部エコーにも、外傷や炎症は見つかりませんでした」「じゃあ……さっき急に体が崩れ落ちたみたいな痛みと、下腹の収縮は何だったんですか」絵奈は羞恥に震える指でスカートの裾を握り潰した。収蔵庫の床に膝をつき、喘いでいた瞬間の、鳥肌が立つほど生々しい絶頂の記憶。誰かの熱い体温が
last updateLast Updated : 2026-09-26
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4話. 犯人は、お前だ
午後二時、天城財団美術館三階のプライベートVIP応接室。重いマホガニーの扉が荒々しく開き、天城泰輝が殺気をまき散らして踏み込んできた。スーツは替えていたが、充血した目にはひどい疲労と、抑えきれない怒りが滲んでいた。「勤務時間に統括理事を密室へ呼び出した理由は何だ、神崎」――タッ。カチリ。絵奈は泰輝が入るやいなや背後へ回り、応接室の扉を内側から二重に施錠した。ドアロックの音に泰輝の眉が上がる。絵奈は、先ほどより呼吸が少し楽になっているのに気づいた。泰輝の喘ぎも収まっていたが、睨み合うのに忙しく、その変化を問う余裕はなかった。「勤務時間に上司を二人きりで閉じ込め、鍵までかけるとは。辞表が書きたいのか」「辞表が大事ですか、今!」絵奈はかけていた眼鏡を乱暴に外し、木製テーブルへ叩きつける。きちんと上げていた髪が頰を乱したが、瞳は毒を含んだ炎で燃えていた。「天城理事。今日午前十時十四分、本社会議室で何があったんですか」「何」「役員会議の発表途中で突然休憩を宣言して、逃げるように出ていったそうですね。あのとき、体に何をしたんですか」泰輝の表情が氷壁のように固まった。完璧だった人生で最も密やかで屈辱的な瞬間を、最も軽蔑していた犬猿の仲の口から確認される。「言葉に気をつけろ。一学芸員がグループ後継者の私生活と動線を探るのは明白な越権だ」「私生活!? それが理事ひとりの私生活なら、私があなたの顔なんて見ますか!」絵奈が荒々しく踏み込み、スーツのラペルを両手で掴んだ。荒い吐息が頰に触れるほど危険に狭い距離。泰輝は反射的に絵奈の細い両手首を強い握力で攫い、冷たい壁へ押しつける。――ドン。背が壁に強く当たり、絵奈の唇から浅い悲鳴が漏れた。「手を離してください、今すぐ!」「一線を越えるな、神崎絵奈。その傲慢な態度をいつまで見てやると思う。私の胸倉を掴むのか」「十時十四分に急に体の異常が出たんでしょう。私もその時刻、収蔵庫で倒れました。偶然にしては正確すぎます」その瞬間、泰輝の完璧な冷静の仮面が砕けて崩れた。「……それを、お前がどう知っている」低く沈んだ声がわずかに震えた。会議が中断したことは知れ渡っていても、理由を絵奈に話した覚えはない。なのに目の前の女は、同じ時刻に自分も倒れたと言った。泰輝は掴んでいる手首を見下ろした。「どうしてかって? 十
last updateLast Updated : 2026-09-26
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5話. 最初の実験
マホガニーの扉が固く閉じられた、美術館三階のVIP応接室。壁に荒々しく密着した二人の胸が、張り裂けそうな呼吸で触れ合っていた。高級シャツとシルクのブラウス越しに伝わる体温は、すでに正常の範囲を遥かに超えていた。先ほどの一瞬の接触で爆発した破壊的な快楽の余韻で、二人の瞳はまだ衝撃と恐怖に細かく揺れている。「……馬鹿な。こんなことがあるはずがない」泰輝は絵奈の手首を掴んでいた力をゆっくり緩め、よろけるように一歩下がった。額を伝った冷たい汗が、鋭い顎の線を伝って床へ落ちる。「集団催眠か……極度のストレスによる一時的な末梢神経の撹乱だ。古代遺物に血が触れた程度で感覚が同期するだと? 現代医学と科学で、そんな非論理的な迷信を信じろというのか」泰輝は自らの潔癖な理性と統制力を守るため、必死に現実を否定した。国内屈指の財閥の後継者として、生涯を徹底した論理と冷徹な計算の中で生きてきた男だ。そんな彼に、今自分の体で起きていることは言葉にならなかった。手を離しても、痛みは残る。「非論理的な迷信、ですか」絵奈は乱れた髪を荒々しくかき上げ、冷たく吐き捨てた。「じゃあさっき、あなたの前が鉄みたいに硬くなって私の太腿を押し潰したのも幻覚ですか。私の奥が締まって震えたとき、あなたの顎が折れるみたいに固まったのも集団催眠ですか」「神崎絵奈、黙れ」「錯覚だとだけ言わないでください。同じ刺激に二人とも反応した。それを確認しなければ、解く方法も見つかりません」絵奈の冷たい目にひどい毒気が宿る。生涯、完璧な体面と学芸員としての名誉を守ってきた彼女も、この悍ましく屈辱的な事態から一秒でも早く抜け出さねばならなかった。「いいでしょう。科学的な錯覚なのか、本当の感覚同期なのか。今すぐ実験すればいい」「……何だって」泰輝が険しく眉を寄せた、まさにその瞬間。絵奈は迷いなく振り返り、Hラインのスーツスカートを太腿の半ばまで大胆にまくり上げた。そして白く柔い内側の肌を、自分の爪で強く捻って抓った。――ひねり。「くッ……!」その刹那、物理的な接触などしていない泰輝の口から、押し殺した獣のような声が漏れた。彼は反射的に右太腿の内側を掴み、ソファの肘掛けに体をぶつけた。焼きごてのピンセットで生身を引き裂くような、鋭く細い痛みがそのまま皮膚を裂く。「こ……狂ったことを……!」充血し
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6話. 十メートルの呪い
泰輝の硬い靴音が、冷たい大理石の廊下を遠ざかっていく。VIP応接室の床に座り込んでいた絵奈は、喘ぐ胸を押さえ、息を整えた。ブラウスの内側の先端はまだ熱く疼き、泰輝の手つきが残した刺激を生々しく吐き出していた。傲慢で潔癖な統括理事、天城泰輝。その無責任な背中へ呪いを浴びせたかったが、妙に胸の隅で、正体不明の不吉な予感が芽生える。三メートル、五メートル、七メートル……。遠ざかるほど、廊下の向こうの規則正しい足音は霞んでいく。同時に、絵奈の背骨の神経の奥で、奇妙で薄気味悪い現象が起き始めた。――チッ、チチッ。チューニングの外れた古いラジオのように、骨の奥で静電気が弾ける鋭い破裂音が神経を削る。「え……? これ、何……」ただごとではない兆候を察し、絵奈は震える手でソファを支え、よろめきながら立ち上がった。下腹の内側の温度が、異常な速度で跳ね上がる。単なる微熱や興奮のレベルではなかった。煮えたぎる油を血管へ直接流し込むような、猛烈で荒々しい熱が下腹の奥を揺さぶる。骨盤の内側がぴんと固まり、息が喉で詰まった。その時刻、エレベーターホールの角を曲がっていた天城泰輝も、歩みをぴたりと止めた。「……ッ!?」喉から押し殺した獣のような声が漏れる。応接室に残る絵奈との直線距離が、十メートルを超えた瞬間だった。――閃。目の前が白く漂白されるほどの、悍ましく破壊的な感覚の嵐が、二人の中心を同時に殴った。合璧印に隠されたルール。身体的距離が十メートルを超えると、神経信号に過負荷ノイズが発生し、感覚が一気に暴走する。「あああっ――!」絵奈は裂ける悲鳴を上げ、床へ乱暴に倒れ込んだ。見えない巨大な鉄棒で下腹を抉られるような、想像を超える超高密度の催淫刺激が頭の奥を残酷に切り刻む。下が抑えきれず溢れ、熱い体液がスカートの裏地を湿らせた。息もできないほどの巨大な絶頂の波が、一秒に何十回も全身を容赦なく絞る。視界が暗転し、舌が喉へ巻き込まれそうな極限の痛みを伴う快感だった。廊下にいた泰輝の状態は、さらに惨憺たるものだった。「げほっ……! くッ……うっ……!」大理石の壁を掴む暇もなく膝をつき、床へ無惨に突っ伏す。距離離脱で一気に増幅された残酷な神経信号は、彼のものを引き裂くほど大きく凶暴に膨張させた。生地が擦れるたびに、皮膚を金たわしで擦るような極限の快楽と痛みが脊髄を
last updateLast Updated : 2026-09-26
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7話. 非常事態宣言
冷たい大理石の廊下の床から、互いを支えるようにどうにか体を起こした二人は、よろめきながら再び応接室へ入った。泰輝は扉を閉めるなり、二重ロックをカチリと音がするまで掛けた。静寂の室内に響くのは、荒い息だけだった。革ソファに倒れ込むように腰を落とした絵奈は、震える手で乱れた襟元を整えようとしたが、指先に力が入らない。十メートルを外れたときに味わった、地獄のような距離を外れたときの感覚暴走が、まだ背筋を冷たく撫でていく。「……距離に反比例する呪い、ですね」絵奈が青ざめた唇を動かし、乾いた声で口を開いた。「そういう記録があるか確認しなければ。離れるとひどくなり、また近づくと収まった。今はっきりしているのはそれです」「そんな迷信が本当に俺たちの体で動くとはな」泰輝はテーブルのミネラルウォーターを乱暴に開け、一気に喉へ流し込んだ。喉仏を伝った水滴が汗に濡れた鎖骨と胸を濡らしたが、拭う余裕さえなさそうだった。空の瓶を置き、テーブルのメモパッドを見る。誰が悪いかを詰めても、この部屋は出られない。「状況を整理する。第一。俺たちの感覚と物理的な摩擦刺激は、ほぼそのままリアルタイムで同期する」冷たい指を一本立てた。「第二。距離が十メートルを超えると、まともに立っていられなくなる。さっき廊下で見たろ。外でまた起きたら、二人とも救急だ」「第三」絵奈がまだ震える声で続けた。「来週、財団三十周年のVIPガラがあります。グループ会長も役員も、政財界の主要人物が全員出席します。もし公式の場でこの醜態を一秒でも晒したら……」「天城グループの後継構想から、俺の名前は当日で永久に消える」氷のような声で泰輝が言葉を切った。「神崎も無事だと思うな。積み上げた経歴より、財閥のスキャンダルが先に付いて回る。この業界に残ること自体が難しくなる」二人とも、失うものが多すぎる完璧主義者だった。社会的抹殺。その言葉は死より悍ましい恐怖であり、実質的な破滅だった。「選択の余地はない」泰輝はテーブルの万年筆と革のメモパッドを引き寄せ、一気に書き始めた。【非常協力協定書】「第一条。遺物の完全な解除方法が見つかるまで、二十四時間、互いの直線距離を十メートル以内に保つ」紙を擦る鋭いペン先の音が、静かな部屋を裂いた。「第二条。相手の事前承認なき恣意的な刺激は一切禁止。私的な身体接触はも
last updateLast Updated : 2026-09-26
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8話. 潔癖理事の屈辱
非常協力の覚書は結んだが、退勤まで残る三時間のギャラリー業務が巨大な難関だった。十メートル・ルールを守るため、泰輝は四十二階の本社執務室へ戻れない。結局彼は、美術館地下一階の主任キュレーター室の真正面にある小さなガラス壁の小会議室を仮の居場所にした。壁一枚を隔てた距離は四メートルほど。安全圏の内側だったが、それが平和と安定を意味するわけではなかった。「はあ……くそっ」泰輝は机に決裁書類を広げたまま、万年筆を握る手を細かく震わせた。絵奈が向かいの執務室で書類を探すために立つたび、薄いストッキングとスーツスカートの裏地が太腿のあいだを擦る音が、そのまま彼の下腹を掻いた。――するり、するる。些細な裾ずれさえ、泰輝の中心では、羽根でいちばん敏感な一点をくすぐるようなひどい微熱に置換された。普段は潔癖に近いほど端正と品位を保っていた呼吸が、何度も荒くなる。ついにインターホンの受話器を乱暴に攫い、ボタンを押した。「神崎」――はい、理事。何でしょうか。「歩くときは歩幅を半分にしろ。裾が擦れる音で決裁に集中できない」――今、最小限の半径で慎重に動いてます。息もするな、ですか。「少し座っていろ。この書類に署名するまででいい」神経質にインターホンを置いた、まさにその瞬間だった。――バタン。予告もなく小会議室の扉が開き、重厚な声が廊下を轟かせた。「天城理事、ここにいたか」天城財団の監査委員長・榊専務と、本社監査チームの元老幹部三名が不意に踏み込んできた。泰輝は反射的に背筋を伸ばし、仮面のような冷たい笑みを口元にかける。「榊委員長。事前の連絡もなく、どうされたんです」「ガラに出品する海外特別収蔵品の管理状態を見に来た。ちょうど神崎もあそこにいるな」榊の視線が、向かいのガラス戸の向こうの絵奈へ向く。「神崎君、今回搬入した収蔵品図録十種の束と、保険評価書の原本を全部持ってきてくれ」「はい、委員長。少々お待ちください」絵奈は丁寧に頭を下げ、資料室の大型キャビネットへ向かった。問題は、その資料がハードカバーの豪華本図録十冊を束ねた十五キロの鉄塊のような重さだという点だった。絵奈は深呼吸し、重い図録の束を両腕で力いっぱい抱き上げた。その瞬間。下腹の骨盤底に鈍い荷重がかかり、重さを支えるため太腿の内側の筋がぴんと締まった。――ドン。小会議室で監査委員た
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9話. 収蔵庫の密会
ギャラリーの職員がすべて退勤し、冷たい静寂に包まれた美術館のロビー。中央照明の落ちた涼しげな闇の中を、絵奈と泰輝は秘密作戦を遂行する影のように並んで歩いた。二人の間隔は一〜二メートルほど。他人から見れば平凡な同行だが、角を曲がるたび互いの位置を確認する。この間隔を保てば、十メートルの限界線を超える心配は減る。「警備室には言ってありますか。二人でこの時間に下りてきたのを不審がられたら困ります」絵奈がセキュリティエレベーターのカードキーをかざし、緊張した声で低く囁いた。「夜間特別、遺物保存状態の精密点検だと事前公文を落としてある。外に雑音は出ない。急げ」泰輝の声は相変わらず傲慢で冷たいが、刃物のように整った顎の線には、抑えきれない疲れが滲んでいた。地下二階、特殊収蔵庫の重厚な三重防火鉄扉が鈍い機械音を立ててゆっくり開く。夜間点検に先立ち、収蔵庫の非常プロトコルも改めて確認した。言葉で通じにくい状況に備え、短い拍と長い拍で状態と移動方向を知らせる非常信号が含まれていた。修復室へ入るなり、絵奈は特殊恒温恒湿の密閉金庫へ近づき、暗証番号を入力した。――ピピピッ、シーッ。金庫の奥深く、昨日二人の人差し指から流れ出た血を跡形もなく飲み込んだ半透明の白玉印『合璧印』が、冷たい光を放って置かれていた。その傍らには、古びて色褪せた赤い絹の巻物が、古代帝室の蜜蝋で封じられたまま眠っていた。「これが箱に一緒に入っていた文書か。通関リストにはなかった、と」泰輝がラテックス手袋の長い指で巻物を指し、訊いた。「はい。税関の正式通関リストからは完全に漏れていた、古代王室の閨房秘書です。昨日検収しようとした瞬間に事故が起きて、確認できていませんでした」絵奈が慎重な手つきで巻物を取り出し、広い桐の修復作業台へ長く広げた。長さは二メートルほど。百年単位の歳月で色褪せた赤い絹の上に、びっしりと古代の篆書体漢字が朱砂の墨で悍ましく記されていた。「何と書いてある」泰輝が内容を確認しようと、絵奈の傍へ一歩近づいた。狭い作業台の上で、広い肩が絵奈の細い肩と荒々しく擦れる。――パチッ。一瞬の襟すれだったのに、二人の背骨の神経を伝って細かい高圧の火花が散った。「んっ……!」絵奈の唇から、意図せず浅い嬌声が漏れた。泰輝も唾を飲み込み、険しく眉を寄せる。「神崎。呼吸を整えろ。耳
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10話. 古文書の警告
収蔵庫修復室の空気が氷のように冷たく沈んだ。絵奈は震える手で黒縁眼鏡を直し、赤い墨の秘文を一字一字、声に出して訳した。「陰と陽の結束を解かんと欲せば……ただ一つの道のみ存在す……」声が徐々に細くなり、頰が真っ赤な羞恥に染まり始める。泰輝は焦りに負け、絵奈の肩越しに上体を寄せた。「次は何だ。間を持たせるな。早く読め」絵奈は唾を飲み込み、とても口に出せない恥ずかしい文を、たどたどしく読み下した。「二つの宿主が身体を完うに結合し……互いの息と脈が極限の合一に至る瞬間……」息が喉で詰まった。「……二つの宿主の息と脈が一つに重なった同じ瞬間、ともに極楽に達してこそ、過負荷した神経回路は完全にリセットされる」「……何」冷たい白い顔が、雷に打たれたように青ざめた。「完璧な……同時の極楽。その極楽というのは」「はい。性的な絶頂です」絵奈は諦めたようにルーペをテーブルへ置いた。指先は怒りと羞恥で小刻みに震えている。「二人が直接体を交わした状態で、互いの呼吸と絶頂がほぼ同じ瞬間に重ならなければ、この呪いは解けない、という意味です」「狂ってる……」泰輝は短く毒づき、巻物の端を再び検めた。生涯、徹底した潔癖と品位を守ってきた財閥の後継者にとって、最も軽蔑していた犬猿の仲と体を交え、同時絶頂を合わせろというのは死刑宣告も同然だった。「馬鹿げた戯言だ。他の方法はないのか。遺物を叩き割るとか、浄化の儀式とか!」「後ろを見てください。警告文のほうがもっとひどいです」絵奈が巻物の末尾を震える指先で示した。「もし片方が先に絶頂へ達する、あるいは各自別々に終えようとした場合……解除の試みは初めに戻り、感度は以前よりさらに過敏になる」「……何だって」「失敗するたびに呪いは解けないどころか、体がより淫らで敏感に改造される、ということです」目尻に悔しさと絶望で熱い涙が浮かぶ。仕事に憑かれて青春を捧げてきたエリート主任キュレーターだ。なのに古代遺物のせいで、この傲慢な上司とベッドでタイミングを合わせる訓練をしなければならないだなんて、これ以上の悪夢があるだろうか。「できません。死んでも、理事とそんなことは」「誰がお前の体に触りたくて気が狂ったと思ってる!」泰輝が怒鳴り、髪を荒々しくかき上げた。だが二人ともよく分かっていた。この呪いを解かなければ日常生活はおろ
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