LOGIN市ヶ谷の出張に向けて準備をしていた真壁は、スマホに受信したメールに顔をほころばせた。
(やった! 守さんも休み取ってくれた!)
築城の仕事はそれなりに充実している。
松島で世話になった山城隊長が、わざわざ副隊長として呼んでくれたのも嬉しい。 が、同期も知り合いもない土地での暮らしは、それなりにストレスが溜まっていた。「今度の会議、おまえ代わりに行っとけ」
と山城が言ったのは、幕僚監部に呼ばれた面倒さもあるだろうが、半分は真壁の息抜きを考慮してのことだろう。
(仕事だから、ゆっくりは出来ないけど。守さんに会えるのは嬉しい)
ワクワクしながら輸送機に乗った真壁だったが、入間で降りた時に、そこに響野がいたのに驚いた。
「どうしたんだ?」
「どうって……、俺も同じ会議に呼ばれてるんだから、いたっておかしかないだろ?」「いや、響野なら関東圏内だから自転車で市ヶ谷まで来るかと……」司令部棟の廊下を歩いていると、向こうから恰幅の良い男が歩いてくるのが見えた。 姿勢はゆったりしているが、あの目の鋭さは昔と変わらない。「おう、真壁。頑張ってるか?」「これは、埴生さん。お久しぶりです」 敬礼を返しつつ姿勢を正すと、埴生はにやりと笑った。「時間あるか? 次の会議まで、三十分ほど待たなきゃならんのだ」「はい、構いませんよ」 廊下を並んで歩く。 途中、通りすがりの隊員が真壁に軽く会釈していくのを見て、埴生が肩で笑った。「やっぱり目立つなぁ、おまえは」「物理的にデカいですからね」「そういう意味じゃない。松島で広報やって、築城で副隊長務めて、どっちでも結果出してんだ。一時(いっとき)は映えだけで選ばれたなんて言われてたが……」「言われてましたね、ええ」「出る釘は打たれるってやつだな。でも、ああいう華やかな場所を任されて、ちゃんとやりきったやつは、上から見りゃ使いやすい」 言いながらバンッと背中を叩かれる。 肉厚の手のひらの重みが、まだ現役の力強さを物語っていた。 基地の喫茶ルームに入り、冬の日差しがガラス越しに差し込む窓際へと腰を下ろす。 カウンター奥では、スチームの白い湯気が静かに揺れていた。「ま、そんなんだから、将補候補に名前が上がるのも、俺は早すぎるとは思わねぇ」「……将補……候補?」 一瞬、心臓の拍が強くなる。「早すぎるのでは?」 真壁の問いに、埴生は声を上げて笑った。「なに言ってんだ。当然の結果だろ? 若桐も目を掛けてるから、自然と注目も集まるしなぁ」「それ、本人に言ったらすごく嫌がりますよ?」「分かってる。あいつは自分がどんだけとんでもない人脈持ってるか、自覚ねぇからなぁ」 埴生が手放しで若桐を褒めるのが、胸の内で誇らしい。「……そういえば、若桐教官。お元気
朝の庁舎は、まだ空気が冷えている。 浜松基地の司令部棟に入ると、壁際に並ぶ掲示板には今週の行事予定と訓練計画、そして人事異動の内示が貼られていた。 真壁は、それを横目に廊下を進む。 築城で三年。 転勤願いが通り、浜松へ戻って二年目。 今は一佐に昇進した真壁は、飛行隊長としてもっぱらデスクワークに縛られていた。 相変わらず、真っ直ぐに背筋を伸ばし、片手には資料の入ったバインダー、もう片方には蓋付きのタンブラー。 執務室に入ると、机の上には昨夜メールで届いた報告書が山積みになっていた。 燃料消費量の月次報告、訓練空域の調整依頼、広報イベントの警備計画──書類の見出しだけで一日が終わりそうだ。 真壁は椅子に腰を下ろし、まずは人事関係の書類に目を通し始めた。 この一枚の紙切れが、数十名の隊員の配置を変え、訓練計画を左右し、場合によっては部隊の士気を上下させる。 その意味も責任も、真壁は充分理解していた。 部隊運営の数字は順調で、ミスも滞りもない。 ふと手を止め、真壁はデスクの端に置かれたスマホに目をやった。 胸の奥にある、小さなざらつき。 それが個人的な理由に偏っていて、それを今考えてはいけないことも、分かっている。 しかし── ここ二週間ほど、若桐から、連絡が一切ないことが、引っかかっていたのだ。 若桐との付き合いは──既に十六年。 真壁も今年で三十九歳になる。(なにか、したんだろうか……?) 最後に会ったのは、先月。 御前崎の堤防で釣りを楽しみ、夜は若桐が釣ったアオリイカが夕食を彩った。 いつものささやかな休日。 若桐は、変わりなく真壁を甘やかしてくれた。 そう。 若桐はいつだって、真壁を甘やかしてくれる。 間違っているときは叱咤し、落ち込んでいるときは鼓舞し、真壁の気づかないところではそっと支えて。(次は、いつ会えますか?) そんなとりとめのな
「それで、なんでおまえはあそこで仰向けになってたんだ?」 その問いは、結婚式の二次会の席で真壁が発した問いだった。 問われた響野はもごもごと口ごもり、目をそらしている。「だって奏汰くんが〝女性は全部、自分の背中で守ります〟とか、言うから。なんか、カチンときちゃったのよ」「それで、投げちゃったの?」 若桐は、呆れた顔で麗子を見る。「あの一本背負いは、美しすぎた……」 ほうっと溜息を吐きながら、響野はキラキラの眼差しで麗子を称賛する。「お似合いだ、おまえら」「なんか、若桐さんの言い方トゲがある!」 怒る麗子に、若桐はへらっと笑う。「なんか、若桐さん。麗子さんのおじさんみたいだな」「篠原医官とは、付き合いが長いらしいから。麗子さんとの初対面は五歳のときだったらしい」「五歳の麗子さん! 俺も会いたかった〜」「惚気るな。面倒くさい」 そこで戯れる若桐と麗子の様子を眺め、悔しそうな響野を真壁がすっぱりと切り捨てる。「あのさぁ。ホントは俺よりおまえのほうが、よっぽどノンデリじゃね?」 問う響野を、真壁はさらっと無視をする。「おい、響野。おまえ真壁に絡んでないで、嫁さん押さえとけ。俺は号泣してる篠原医官を慰めてくるから」「式の間中、泣いてましたもんね」「茨城県なんて、それほど遠くないのに。なんで泣くのかしら?」 麗子の返しに、若桐は肩をすくめるだけだった。─築城の章:終わり─
「守さん! 響野連れてきました」「おう、ご苦労。響野も、ご苦労さん」「こんな高級なホテルに呼び出して、なんなんすか?」「服装は……、まぁ、そんなもんか。タイは曲がってねぇな。よしよし……」「なんすか、その品評会みたいなの!」「品評会そのものだよ。おまえはこれから、見合いすんだから」「はっ?」 予告もなしの奇襲に、響野は開いた口が塞がらない。 が、横で真壁もぽかん顔になっている。「見合い……って、誰が?」「響野が」「誰とですか?」「篠原医官の娘さんだ。今年三十歳。美人だぞ」「えっ? 篠原医官の娘さんって、浜松の医療棟で事務やってる人ですよね!」「なんだ、知ってるのか? おまえみたいな頑丈人間が、医療棟の世話になることあったのか?」「噂は知ってますよ! 篠原医官が鉄壁の防御してて、声も掛けられないって有名じゃないすか!」「カレシの一人もいないとか言って、自分で追っ払ってるのかよ、先生……」 若桐が、呆れ顔で呟いた。 ラウンジの奥の席に、篠原医官夫婦と、白いワンピース姿の女性が立っている。「お待たせしました。こちらがお話した響野です」「初めまして」 双方の挨拶と紹介を終えたところで、夫妻と若桐が立ち上がる。「では、二人で話を……」「真壁、おまえもこい」「あ、はい」 立ち上がり、篠原夫妻は別の席に移った。 だが若桐はそのまま、庭園へと進む。 真壁はそのあとを追った。「あの、守さん」「ん〜?」「これ、お見合いなんですよね?」「そうだよ」「響野、結婚するんですか?」「気が合えば、するだろ」「あの……、響野の親を呼ばなくて良かったんですか?」「あいつ、親と折り合い悪
会議を終えた真壁と響野は、幕僚監部を出て、椿山荘に向かって歩いていた。「疲れた……。マジで疲れた……。ホテルレストランで飯とかより、もっとこう……ラフな呑み屋行きたい……」「どうせスーツで来てるんだ。レストランで食事の後、飲みに行けばいいだろう?」「嫌だ! おまえと若桐さんがイチャイチャしているとこに、一人ポツンとか絶対ありえない」「僕と守さんは、公共の場でそんなことはしない」 革靴の底に金属でも入っているのかと聞きたくなるほど、正確かつ金属的な音を立てて、真壁が先を行く。 現場の緊張感は心地よいが、上層部を相手に報告をする時の張り詰めた空気はどうにも苦手だ。(しかも、呼ばれてるのがそこらのシティホテルじゃなくて、椿山荘ってのがなぁ。どうにも引っかかるんだよなぁ……) 歩きながら、息苦しさにネクタイを緩めたら。 信号で立ち止まった時に、チラとこちらを見た真壁がキッと眦を釣り上げて、タイをキュッと直してきた。「なんなんだよ!」「着崩すな! 勤務が終わっても、公共の場では自衛官としての自覚を持て!」「どこの鬼隊長だよ!」「僕はまだ、隊長じゃない」 ぷいっとそっぽを向く真壁に、響野は疲労感がかさ増しされる。(うわ、めんどくせぇ。こいつ……、若桐さんと会えるのに、俺がいるのが気に入らないんだ……) とはいえ、じゃあここで別れて……と言おうものなら、若桐から〝響野捕獲命令〟が出ている真壁が、見逃してくれるわけもない。(なんなんだ、この状況……) 放課後の小学生たちが遊ぶ校庭を横目に、椿山荘の庭木が見えてくる。 そうしてホテルのロビーに入っていくと、そこに若桐が待っていた。
市ヶ谷の出張に向けて準備をしていた真壁は、スマホに受信したメールに顔をほころばせた。(やった! 守さんも休み取ってくれた!) 築城の仕事はそれなりに充実している。 松島で世話になった山城隊長が、わざわざ副隊長として呼んでくれたのも嬉しい。 が、同期も知り合いもない土地での暮らしは、それなりにストレスが溜まっていた。「今度の会議、おまえ代わりに行っとけ」 と山城が言ったのは、幕僚監部に呼ばれた面倒さもあるだろうが、半分は真壁の息抜きを考慮してのことだろう。(仕事だから、ゆっくりは出来ないけど。守さんに会えるのは嬉しい) ワクワクしながら輸送機に乗った真壁だったが、入間で降りた時に、そこに響野がいたのに驚いた。「どうしたんだ?」「どうって……、俺も同じ会議に呼ばれてるんだから、いたっておかしかないだろ?」「いや、響野なら関東圏内だから自転車で市ヶ谷まで来るかと……」「本気か?」「冗談だ」「おまえの冗談、分かりづらいんだよ」 真壁は微妙に拗らせている筋肉コンプレックスが詰まった目線で、スーツ姿の響野を眺めた。「ぱっつんぱっつんだな」「ぴったりって言えよ」「送迎車に席が一つ空いてるから、響野も乗って行くか?」「それ、最初から俺の席だよなぁ?」「三佐に迎えはないだろう」「へーへー、オエライ一佐様の隣に小さく乗せていただきます」「響野が小さくなれるなら、みてみたい」 付き合いの長さゆえ、軽口が出る。「そういや、若桐さんが、会議のあとに時間くれつってたけど、なんか知ってるか?」「なにがなんでも、響野を椿山荘まで連れてこい……って、言われてる」「なんか、あやしーよなぁ。だいたい、若桐さんが俺を指名するって、おかしくね?」「幕僚監部につくまでに、敬語を思い出しておけよ」「この、堅物が……」
教官室に戻り、鍵の掛かる引き出しからスマホを取り出す。(業務連絡みたいなメールが、びっしり来てるな……) メッセージの着信画面には、休憩毎に真壁が送ってきた履歴が並んでいた。 流石に任務や訓練の内容はないが、水を何リットル飲んだかまで書かれている。 アドレス交換をした時に、都度の返信は出来ないし、こちらが送ったものにもする必要はないと言っておいたが……。(あのカタブツでも、恋愛に浮かれることがあるんだなぁ……) 謎の真壁理論で押し切られた……というよりは、自分は既にあの背中の色香に狂っているのだろう
熱が引いていく感覚に、若桐はゆっくりと真壁から体を離した。(ああ、全く……) 甘い余韻よりも先に来たのは、「やらかした」という後悔の念。 訓練生ではないが、教え子に手を出すことになるとは……。「若桐さん……」 若桐が起き上がり、体温が離れて気付いたように、真壁がこちらに意識を向ける。 その様子に、己の後悔より真壁への労りが先んじた。「待ってろ。今、ユニットバスに湯張ってやるから」 ベッドから離れようとした若桐を、引き止めるように真壁が手を取る。「おい……」「やっぱり、……若桐さんじゃないと駄目です」 真壁は、へにゃりと笑った。 端正な顔が、突然、少年のように見えた。
仄かな香りに、真壁が気付いたように視線を寄越す。「なん……ですか?」「おまえに、痛い思いはさせたくないからな」 足を開かせ、たっぷりとオイルを馴染ませた指先を、窄まった場所に当てた。「ひゃっ!」「冷たかったか?」「ち……違います……。でも……そんなところ、は……恥ずかしいです……」「どうなっても知らんと、言っただろうが」 クルクルと円を描くように指先で撫で、時々先をつぷつぷと抜き差しする。「わか……若桐さ……」「いやか?」「……その聞き方は、……ずるいです」「痛みは?」「……ないです」「辛かったら、言え」「だい……じょうぶ……です」 真壁が落ち着くのを待って
若桐は、真壁の体をベッドに押し倒した。「本当に、どうなっても知らんぞ……」「若桐さん……」 見上げてくる真壁の瞳が、微かに濡れて揺れている。 若桐は、なんとなく意味も無く、真壁に向かって微笑んだ。 そして真壁の服のボタンに手をかける。 一つ一つ外される様を眺め、真壁は見様見真似で手を伸ばし、若桐の服に手を掛けた。 ベッドの上で、黙々と互いの服を脱がせ合う。 その時間が、二人のあいだの空気を熱く膨らませた。「もう……止められないからな……」 シャツを脱ぎ捨て、真壁の肌を晒したところで、若桐は最後の確認をするように言った。「……はい……」 答えを確認して、若桐は真壁に覆