Se connecterあれから数日が過ぎた。
私は屋敷の中で静かに過ごし、昼間は読書をしたり、庭を散策したりして時間を潰していた。ダリウスのことを考えないようにしようとしても、気がつくと彼の灰青色の瞳や、低い声や、大きな手のことばかり思い浮かべていた。
午後になって、私は居間でティーを飲んでいた。窓の外では春の庭園が陽光に照らされ、花々が風に揺れている。カップを手に取ろうとしたとき、玄関ホールから兄様の声が響いてきた。
「仕事から帰ったぞ!」
私は立ち上がり、居間を出て玄関ホールへ向かった。兄様は両手を広げて、私を待っていた。いつもの光景だ。
私は駆け寄り、兄様の胸に飛び込んだ。兄様は私を軽々と抱き上げ、くるりと回した。
「おお、可愛い妹よ! 仕事の疲れが吹き飛ぶ」
兄様の腕に抱かれながら、私は笑顔を向けた。兄様の胸に顔を埋めると、いつもの石鹸の香りがした。安心する香りだった。
ふと、視界の端に人影が映った。私は顔を上げ、玄関の奥を見た。
ダリウスが立っていた。
心臓が激しく跳ねた。数日ぶりに会う彼の姿。黒に近い濃紺の髪が、玄関に差し込む夕陽に照らされて、深い色を放っている。
灰青色の瞳が、じっと私を見ていた。無表情の顔は相変わらずだったが、瞳の奥に何かが燻っているのを感じた。
「なあ? 兄様が帰ってきたんだが?」
兄様の声が、頭上から降ってきた。私ははっとして、兄様の顔を見上げた。兄様は少し不機嫌そうに、私の額に指を当てて押した。
「おかえりなさい、お兄様」
慌てて私は言葉を返した。
「まったく、せっかく帰ってきたのに、視線は明後日の方向だったぞ」
兄様の言葉に、私は頬が熱くなるのを感じた。ダリウスの方をずっと見ていたことを、兄様に気づかれてしまっただろうか。
「ごめんなさい、お兄様」
「おお、可愛い妹よ」
兄様の声は弾んでいた。私は兄様の首に腕を回し、身体を安定させた。兄様の腕の中は、いつも温かくて安心する。幼い頃から何度も抱き上げられてきた、慣れ親しんだ感覚だった。
お兄様は、いつもように私を抱っこしたままの状態で、外であった出来事を話し始める。こうなると、なかなか解放されない。
今日はやけにそわそわしてしまう。
視界の端に映る無表情で見つめてくるダリウスの視線が痛いほど突き刺さってくる。
兄様の肩越しに顔を上げれば、ダリウスの顔が見えた。彼の灰青色の瞳が、じっと私を見ている。
彼の瞳の奥で何かが燃えているように感じた。あの夜、私を見つめていたときと同じ——熱を帯びた視線。
私は思わず目を逸らしてしまった。あの夜のことを思い出して身体が反応してしまったから。
彼に抱かれた記憶、身体中を触れられた感覚が蘇り、顔が熱くなって、心臓が激しく鳴り始めた。
ダリウスが静かに、近づいてくると手が伸びてきた。大きな手が、私の頬に触れる。温かく、力強い手。あの夜、何度も私の身体を撫でた手だ。
(え——?)
声を出す間もなく、唇が塞がれた。
ダリウスが、私にキスをした。
兄様の腕に抱かれたまま、ダリウスの唇が私の唇を捉える。柔らかく、温かい感触。一瞬、時が止まったように感じられた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
ダリウスの舌が、私の唇をなぞった。ゆっくりと、丁寧に、唇の形を確かめるように這う。私は息を呑んだ。兄様がすぐ隣にいる。なのに、ダリウスは——。
兄様は話に夢中で、私たちの行為には全く気付いてない様子だ。
舌が唇の隙間を探り、口を開けるように促してきた。私は抵抗することもできず、少しだけ唇を開いた。途端に、ダリウスの舌が侵入してきた。熱く、濡れた舌が、私の口内に入り込んでくる。
「んっ——」
小さな声が漏れそうになり、私は慌てて飲み込んだ。兄様に聞こえてしまう。ダリウスの舌が、私の舌に絡みついてきた。ゆっくりと、でも確実に、舌を絡め取られていく。
ダリウスの手が、私の頬から顎へ移動した。顎を掴まれ、顔の角度を変えられる。さらに深く、唇が重ねられた。舌が奥まで侵入してきて、口内の隅々まで蹂躙していく。歯茎をなぞり、上顎を舐め、私の舌を何度も絡め取る。
息ができない。ダリウスの舌が、容赦なく動き続ける。甘く、熱く、執拗なキス。あの夜にされたキスと同じ。いや、今日の方がもっと——濃厚で淫らだった。まるで、私を確かめるように。自分のものだと刻み込むように。
私の身体が熱くなっていく。兄様の腕の中で、身体の芯から熱が湧き上がってくる。ダリウスの舌に絡め取られるたびに、下腹部が熱く疼いた。あの夜に感じた、あの熱が蘇ってくる。
ダリウスのもう片方の手が、私の髪に触れた。金色の髪を優しく撫で、指を絡ませていく。あの夜、ベッドの中で何度もされた仕草。彼は私の髪を撫でながら、名前を呼んでくれた。
「んん——」
また声が漏れそうになり、私は必死で堪えた。唇を噛み締めようとしたが、ダリウスの舌が邪魔をする。彼の舌は、私の唇を優しく解きほぐし、さらに深く侵入してきた。
頭がぼうっとしてくる。酸素が足りない。息を吸おうとしても、ダリウスの唇が塞いでいて吸えない。私は小さく喘いだ。その呼吸を、ダリウスが奪っていく。彼の吐息が私の中に入り込み、私の吐息を彼が吸い込んでいく。
キスがさらに深まっていく。ダリウスの舌が、私の舌を巻き取るように絡みつく。吸われ、舐められ、何度も何度も攻め立てられる。私の舌は完全に彼のものになっていた。抵抗する力も、逃げる意志も、何もかも溶けていく。
ダリウスの手が頬を優しく撫でる。両手で顔を包み込まれ、身動きが取れなくなる。彼の手は大きく、私の顔を完全に覆い尽くしてしまう。包み込まれたまま、ただキスをされ続ける。
唇が痺れてきた。舌も痺れ、口の中が熱い。ダリウスの味が、口内いっぱいに広がっている。森を思わせる深い香りと、少しだけ甘い味。
私は目を固く閉じたまま、ただダリウスのキスを受け入れていた。兄様の腕の中で、別の男にキスをされている。
この背徳感が、さらに身体を熱くさせていく。してはいけないことをしている罪悪感と、でも止められない快楽が混ざり合い、頭が混乱した。
ダリウスの舌が、私の舌の裏側を舐めた。ゆっくりと、丁寧に、舌の付け根まで辿っていく。私の身体が、ビクッと震えた。そこは敏感な場所で、触れられると全身に痺れが走る。
「んぅっ——」
小さく喘ぎ声が漏れた。慌てて飲み込もうとしたが、もう遅かった。ダリウスの唇が、微かに笑みの形になった。彼は私の反応を楽しんでいる。兄様の腕の中で喘ぐ私を見て、楽しんでいるのだ。
羞恥心が込み上げてきて、顔が、耳まで熱くなる。
こんな場所で、こんなことをされて、私は声を漏らしてしまった。兄様に聞こえていないだろうか。気づかれていないだろうか。
でも、ダリウスはキスを止めようとはしなかった。むしろ、さらに深く、激しくなっていく。舌が何度も何度も私の口内を蹂躙し、唇が吸い付くように密着する。私の唇は完全に彼の唇に塞がれ、息をする隙間もない。
私の手が、無意識に動いていた。兄様の首に回していた腕が、力なく下がってくる。身体から力が抜けていき、兄様の腕にもたれかかる形になった。ダリウスのキスに、完全に支配されていた。
ダリウスの手が、私の髪を撫でる。
キスが、ゆっくりと終わりに近づいていった。ダリウスの舌が、少しずつ引いていく。最後に、私の唇を優しく吸ってから、完全に離れた。
唇が腫れているのが分かる。熱を持ち、痺れが残っていた。
ダリウスの手が、私の頬から離れた。最後に優しく撫でてから、完全に離れていく。私は目を開けた。視界がぼやけていて、ダリウスの顔がはっきり見えない。
彼の灰青色の瞳が、私を見つめていた。熱を帯びた視線。満足そうな色を浮かべている。まるで、獲物を手に入れた獣のような——そんな眼差しだった。
ダリウスは一歩下がると、何事もなかったかのように表情を戻した。無表情な顔。誰が見ても、今キスをしていたとは思えない人の顔だ。
(……ずるい、私だけ)
私は呼吸を整えようとしたが、うまくいかなかった。胸が苦しく、心臓が壊れそうなほど激しく鳴っている。身体中が熱く、ドレスの下の肌が汗ばんでいた。
「顔が赤いぞ?」
兄様の声が、頭上から降ってきた。私ははっと我に返った。兄様が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
兄様は——気づいていない。
私とダリウスがキスをしていたことに、まったく気づいていない様子だった。自分の腕の中で、妹が別の男にキスをされていたのに。
「っ……少し、体調がすぐれないので!」
私は兄様の腕から飛び降りた。足が地面に着くと同時に、階段へ向かって駆け出した。振り返ることもできず、ただ自室へ逃げ込みたい一心だった。
背中に、ダリウスの視線を感じた。熱く、重い視線。
階段を駆け上がり、廊下を走り、自室の扉を開けた。部屋に入ると同時に、扉を閉めた。背中を扉に預けると、その場に崩れ落ちた。
春の午後、エリオット伯爵家の中庭で剣の稽古をしていた。カレルと木剣を交え、基本の型を確認する。日差しは柔らかく、風が心地よく頬を撫でていく。「もう一本行くか」 カレルが木剣を構え直した。俺も構えを取る。互いに視線を交わし、間合いを測る。「お兄様、ダリウスお兄様!」 甲高い声が聞こえた。振り返ると、アリアが中庭に駆け込んできた。淡い金髪が風に揺れ、大きな淡緑色の瞳が輝いている。白いドレスの裾を翻し、息を切らしながら俺たちに近づいてくる。 九歳になったアリアはとても可愛い。心臓が、不規則に跳ねた。「お姫様ごっこしましょう!」 アリアが無邪気に笑う。俺とカレルを交互に見上げ、期待に満ちた瞳を向けてくる。「アリア、今は剣の稽古中なんだ」 カレルが苦笑しながら妹の頭を撫でた。アリアは頬を膨らませる。「いいじゃない。少しだけ」「仕方ないな」 カレルが俺を見た。俺は頷く。アリアの願いを断ることなど、できるはずがなかった。「それじゃあ、お姫様に結婚を誓うのは、勝った方よ!」 アリアが無邪気に提案した内容に俺の心臓が激しく打った。結婚を誓う。「妹のごっこ遊びに、そこまで本気になる必要はないだろう」 カレルが笑いながら言った。ごっこ遊び。子どもの戯れ。カレルにとっては、妹を喜ばせるための遊びでしかない。 だが俺は違う。 木剣を構え直した。視線をカレルに向ける。今日は負けられない。絶対に勝つ。アリアに誓いを立てる権利を、手に入れる。 いつもなら、ぎりぎりのところでカレルに勝利を譲っていた。友人の面子を潰さないように。兄として妹の前で格好をつけさせてやるために。俺が本気を出せば勝てる相手だと分かっていたが、それを表に出すことはなかった。 でも今日は違う。 カレルが剣を振るってくる。俺はそれを受け流し、反撃に転じる。速い。いつもより速い動き。カレルの目が見開かれた。「おい、ダリウス」 カレルが驚いた声を上げる。俺は答えない。ただ剣を振るい続ける。カレルの剣を弾き、隙を作る。 剣先が、カレルの首元に触れた。 勝った。「やったぁ! ダリウスお兄様が勝った!」 アリアの歓声が響く。俺は木剣を下ろし、膝をついた。アリアの前で、片膝をつく。 小さな手を取った。柔らかく、温かい手だった。華奢で、儚い。 手の甲に、唇を寄せた。「憎きライバルに
教会の扉が開く音がした。重厚な木の扉が、ゆっくりと左右に開いていく。中からオルガンの音色が聞こえてきた。荘厳で、美しい旋律。胸が高鳴り、心臓が激しく打ち始める。「緊張してるか?」 兄様が小声で聞いてきた。私の左腕に、兄様の右腕が添えられている。礼服姿の兄様は、いつもより凛々しく見えた。「――はい」 私は震える声で答えた。手が冷たく、膝が震えている。深呼吸をしても、緊張は解けなかった。「大丈夫。アリアは綺麗だ」 兄様が優しく微笑んだ。温かい眼差しが、私を包み込む。その笑顔に、少しだけ緊張が和らいだ。 バージンロードが、視界に広がった。真っ白な絨毯が、祭壇まで続いている。両脇には花が飾られ、甘い香りが漂っていた。参列者たちが座席に座り、私たちを見ている。 オルガンの音色が大きくなる。入場の合図だった。私は兄様と共に、一歩踏み出した。 白いウェディングドレスが揺れる。裾が床に触れ、レースが柔らかく広がる。胸元には小さな真珠が縫い付けられ、光を反射してきらきらと輝いていた。長いベールが背中から流れ、歩くたびに揺れる。 一歩、また一歩。ゆっくりと前に進む。参列者たちの視線が注がれているのを感じたが、私の目は祭壇だけを見ていた。 祭壇の前に、ダリウスが立っていた。 漆黒の礼服に身を包んだ姿は、圧倒的だった。濃紺の髪は丁寧に整えられ、鋭く整った横顔が浮かび上がる。胸には勲章がつけられ、侯爵としての威厳が漂っていた。 ダリウスの灰青色の瞳が、私を捉えていた。じっと、真っ直ぐに。私だけを見つめている。愛情が溢れている瞳。優しさと、喜びと、切なさが混ざり合った眼差し。 胸が熱くなった。涙が溢れそうになって、強く瞬きをする。 祭壇の前にたどり着いた。兄様が立ち止まり、私の手を取る。そして、ダリウスに手渡してくれた。「頼んだぞ」 兄様が小声で言った。ダリウスは頷き、私の手を握る。大きく温かい手。安心感が広がった。 兄様が席に戻り、私とダリウスだけが祭壇の前に残された。司祭が前に立ち、聖書を開く。「本日、ここに集いし皆様の前で、この二人は永遠の誓いを交わします」 司祭の声が、教会中に響いた。私は緊張で身体が強張っていたが、ダリウスの手が優しく握り返してくれる。「ダリウス・オルフェイン、あなたは、アリア・エリオットを妻とし、良き時も悪き時も、富める
朝日が眩しかった。窓から差し込む光が、目を刺すように感じられる。私は身体を起こし、ベッドから降りた。全身が痛い。昨夜、何度も激しく求められた痕が、身体のあちこちに残っていた。 ドレスに着替える。首元が広く開いていて、キスマークが隠しきれない。 ダリウスが寝室に入ってきた。整った身なりで、昨夜の激しさが嘘のように落ち着いた様子だった。「帰るのか」 低い声で聞いてくる。私は頷いた。「帰らないと、お兄様が心配します」 今まで、朝帰りをするのは兄様だった。舞踏会やパーティから帰らず、翌朝に上機嫌で戻ってくる。私はいつも、呆れながら出迎えていた。 今日は違う。私が朝帰りをする。初めての朝帰り――。 馬車が用意され、私たちは屋敷を出た。揺れる馬車の中で、ダリウスが私の手を握ってくれる。大きく温かい手。安心感が広がった。 私の屋敷に近づいてくると、胸が騒いだ。兄様に何と言えばいいのか。朝帰りを叱られるのは分かっている。「屋敷の前で大丈夫です」 私はダリウスに告げた。玄関まで一緒だと、兄様に見られてしまう。ダリウスは首を横に振った。「玄関ホールまで送る」 彼の声は決然としていた。「でも、兄様がいたら」「構わない」 ダリウスの灰青色の瞳が、真っ直ぐ私を見ていた。迷いのない瞳に私はドキリと胸が高鳴る。「もしかしたらお兄様も朝帰りでいないかもしれません」 兄様は昨夜の舞踏会で、綺麗な貴婦人と一緒だった。私よりも帰りが遅い可能性はある。 馬車が屋敷の前に止まった。御者が扉を開け、私は馬車から降りる。玄関に向かおうとして、足が止まった。 玄関前に、我が家の馬車が停まっていた。 心臓が冷たくなった。兄様が帰っている。今日に限って、早く帰ってきている。「まずい……かもしれない」 小さく呟いた。ダリウスが私の肩に手を置く。「大丈夫だ」 彼の声が、背中を押してくれる。私は深く息を吸い、玄関の扉に手をかけた。 扉を開けると、玄関ホールに兄様が立っていた。 腕を組み、仁王立ちしている。意外と髪は整っており、礼服姿のままだった。顔は怒りで紅潮し、眉間には深い皺が刻まれている。(ええ? もしかして昨日に限って真っ直ぐ帰ってきていたの?) しかも怒っている。すごく怒っている。「兄様、ただいま帰りました」 私は震える声で挨拶した。兄様はじっと私を
馬車が止まった。ダリウスの屋敷に到着したのだ。窓の外には、見慣れた石造りの壁と、立派な門が見える。 身体がぐったりとして、力が入らなかった。馬車の中で一度頂点を迎え、全身の力が抜けてしまっている。ダリウスの胸にもたれかかったまま、私は浅い息をついていた。 ダリウスが自分の外套を取り、私の身体にかけてくれた。乱れたドレスを隠すように、丁寧に外套で包み込んでくれる。彼の匂いがして、安心感が広がった。 御者が扉を開ける。ダリウスは私を横抱きにしたまま、馬車から降りた。外套に包まれた私を、しっかりと抱きしめている。「ダリウス様、お帰りなさいませ」 使用人たちが玄関に並んでいた。皆、驚いた顔をしている。侯爵様が女性を抱いて帰ってきたのだから、当然だった。 ダリウスは何も言わずに、屋敷の中に入っていった。階段を上り、廊下を進む。使用人たちが後ろで囁き合う声が聞こえたが、ダリウスは気にする様子もなかった。 寝室の扉を開け、中に入る。扉が閉まると、外の音が遮断された。静かな部屋。大きなベッドと、暖炉の火だけが灯る空間。 ダリウスが私をベッドに降ろした。柔らかい感触が背中に伝わり、天蓋が視界を覆う。ダリウスが私の上に覆いかぶさってきた。「ダリウス」「アリア」 彼の瞳が、熱を帯びていた。灰青色の瞳が、月明かりを受けて鋼色に見える。欲望と愛情が混ざり合った、熱い眼差し。 外套が脱がされた。次にドレスの紐が解かれ、布が肌から剥がされていく。冷たい空気が肌に触れ、鳥肌が立った。ダリウスの手が、私の肌を撫でる。肩から腕へ、腕から腰へ。大きく温かい手が、私の身体をゆっくりとなぞっていく。「綺麗だ」 ダリウスが囁いた。低く、甘い声。「今日、会ったときから、このドレスを俺が脱がすって決めてた」 頬が熱くなった。会ったときって――。「会ったときって、授与式の前」 私が言いかけると、ダリウスが頷いた。「ああ、侯爵になれば、アリアを自由に抱ける。妻にもできる」 彼の手が私の頬を撫でる。「あのときの約束が叶えられると、喜びで震えた」 あのときの約束。九歳の時の、ごっこ遊びでの誓い。 忘れられていたかと思ったが、ダリウスは覚えていてくれた? キスの雨が降ってきた。首筋に、鎖骨に、胸元に。ダリウスの唇が、私の身体のあちこちにキスを落としていく。熱く、甘いキス。
中庭は静かだった。噴水の水音と、風に揺れる木々の葉擦れの音だけが聞こえる。月明かりが石畳を照らし、庭園の花々に淡い光を落としていた。人気はなく、私たち二人だけの空間だった。 ダリウスが私の手を離し、振り返った。月光に照らされた彼の顔は、険しかった。さっき廊下でキスをした時、少しだけ緩んでいた表情が、また元の厳しさに戻っている。「お話とはなんでしょうか」 私から先に口を開いた。沈黙が怖かった。彼が何を言うのか、怖かった。ダリウスの灰青色の瞳が、じっと私を見つめている。「さっき、楽しそうに男たちと話していた」 ダリウスの声は低く、抑制が効いていなかった。怒りが滲んでいる。私は息を呑んだ。「アリアが他の男のところに行くのは、許さない」 一歩近づいてきた。私は後ずさりしたが、背中が壁に当たった。逃げ場がない。ダリウスの手が伸びてきて、私の肩を掴んだ。大きく、力強い手。逃がさないと言わんばかりに、しっかりと掴まれている。 壁に背中を押し付けられる形になった。ダリウスの大きな身体が、私を覆う。月明かりが遮られ、彼の影の中に私がいた。 ダリウスの手が、私の身体を撫で始めた。肩から腕へ。腕から腰へ。ドレスの上から、彼の手が私の身体をなぞっていく。熱が伝わってきて、肌が粟立った。「っ」 声が漏れそうになって、唇を噛んだ。ダリウスの手が腰に留まり、強く掴まれる。「アリアは、俺のものだ」 低く、獣じみた声だった。普段の落ち着いた声とは違う。抑えきれない感情が滲み出ている声。 俺のもの。 その言葉が、胸に響いた。嬉しかった。彼にそう言ってもらえることが、嬉しかった。彼に求められていることが、幸せだった。 でも。 彼の新しい人生を、邪魔しくはない。「ごめんなさい」 私は震える声で言った。ダリウスの手が止まり、彼の瞳が鋭く私を見た。「でも、立場をわきまえないといけないって感じたんです」 涙が溢れそうになるのを堪えながら、言葉を続けた。ダリウスの眉間の皺が深くなる。「立場ってなに?」 彼の声がさらに低くなった。不機嫌さが増している。ダリウスの手が再び動き出し、執拗に私の身体を撫でていく。肩、腕、腰、背中。触れられるたびに、身体が熱くなる。「侯爵様に、伯爵家の娘が交流するなんてできません」 私はダリウスの胸を押した。広く硬い胸板。筋肉が盛り上が
柱の影で息を整えていると、足音が近づいてきた。「アリア、すごく可愛かったよ」 兄様の声だった。振り返ると、兄様が笑顔で立っていた。上機嫌な様子で、グラスを片手に持っている。「まさかあいつが、最初に踊るのがお前だとは思わなかった」 兄様は驚いた様子で首を傾げた。私は慌てて笑顔を作った。涙が溢れそうになるのを必死で堪え、何でもないふりをする。「見知った顔がいたから、誘っただけじゃないかしら」 誤魔化すように言った。兄様は顎に手を当て、少し考え込む様子を見せた。「そうか? けっこう親密な関係に見えたけどなあ」 兄様がにやりと笑う。心臓が跳ねた。親密。兄様にそう見えていたのだろうか。顔が熱くなり、視線を逸らした。「あいつの手、こう、腰と尻の間の微妙なところに触れててイヤらしかったぞ」 兄様が手で位置を示しながら言う。顔が一気に熱くなった。確かに、ダリウスの手は通常よりも低い位置にあったのは確かだ。腰と臀部の境目あたりを、大きな手で掴まれていた。 それを兄様に見られていたのは恥ずかしい。「お兄様の脳内がおかしいです! ただのダンスですよ。イヤらしいだなんて……」 私は顔を真っ赤にして言い返した。兄様は笑いながら、肩をすくめる。「でもなあ、アリアは本当に可愛いから、変な男に声をかけられないように、もう一人の兄として牽制をかけてくれたのかなあ」 兄様が会場のダリウスの方を見て、微笑ましそうに呟いた。「あいつらしいなあ」 もう一人の兄として。 その言葉が、胸に突き刺さった。痛い。息が苦しくなる。「あいつの家、男ばっかりで妹がいないから、アリアのことは本当に可愛がってたんだよな」 兄様が懐かしそうに笑う。幼い頃の思い出を振り返るような、穏やかな笑顔だった。私は苦笑するしかできなかった。 綺麗な女性が兄様に声をかけてきた。豊かな金髪を編み上げた、妖艶な笑みを浮かべる貴婦人。兄様は私に軽く手を振ると、貴婦人の腰に手を回してその場を離れていった。 会場の隅で、兄様が貴婦人を抱き寄せる姿が見えた。人目も憚らず、キスをしている。貴婦人も嬉しそうに兄様の胸に顔を埋めていた。(やっぱり兄様は軽い人だ) 妻になる女性を本気で探す気があるのだろうか。 呆れながらも、少しだけ羨ましかった。堂々と愛情を示せる関係。隠す必要のない、正当な関係。私とダリウ