LOGIN世界がゆっくりと輪郭を取り戻す。
夢の底から浮上するような、重く、ぬるい感覚。
重く沈んだまぶたが、ようやく上がった。
視界に広がるのは、見慣れた天蓋付きの寝台。
絹織物の天井が、ゆるやかに揺れているように見えた。
甘く焚かれた香のかすかな香りが鼻を掠め、ようやく“ここが現実”だと理解する。
――神殿。
それも、王族のために用意された最奥の特別室。
琉苑はゆっくりと身じろぎした。
けれど、動いた瞬間、身体中の節々が悲鳴を上げた。
だるい。熱い。
関節の奥が重く、肺の奥にまだ燃えさしのような熱がこもっている。
息を吸うたびに、咳が出そうになる。
あれは……夢だったのか。
それとも――
「ご無事で何よりです、殿下」
襖の向こうから、静かな声がした。
重い音を立てずに障子が開き、一人の神官が入ってくる。
入室の許可も待たずに姿を現したその所作に、焦りや動揺の気配はない。
白の長衣に金糸の縁取り。
額をきつく結い上げた白髪。
表情は穏やかで、整った所作と声の調子は訓練された者のそれだった。
琉苑の主担当――シェン。
琉苑が幼少の頃から神事に関わってきた、信頼も年季もある年長者だ。
「軽い気絶のようでしたが、神殿の加護もあって大事には至らず」
「……封印の間で、俺は……」
言いかけた言葉が、喉で詰まった。
何を、どう聞けばいいのか。
この現実の空気に、夢の中の出来事はあまりに馴染まない。
否定してほしいのか、肯定してほしいのか。自分でもわからなかった。
シュア=ラグナ。
紅黒の竜。
燃えるような瞳と、低い声。
首筋に触れられた熱と、あの言葉――
『おまえは、俺の番だ』
あれが夢であってほしいと願いながらも、心のどこかでまだ、その余韻に体が引きずられている。
「……封印の間では、とくに変化はありませんでしたよ」
シェンのその一言が、胸の中心に冷たく突き刺さった。
平静な声、動じていない瞳。
つまり、“何も起きなかった”という事実を伝えている。
「あなたが倒れられた直後、神殿の霊圧に若干の乱れがありましたが……想定の範囲内です。
番契の儀は、代々続く“通過儀礼”ですから」
通過儀礼――
祭事。形式。伝統。
すでに何百年と繰り返されてきた、意味を持たない神事。
その中に“本物”などない。ただの象徴。
だからこそ、誰にでも起こり、誰にとっても通り過ぎていくもの。
だが――
琉苑の中では、明確に“何か”が変わってしまった。
崩れた。
触れられて、熱を残されて、もう元に戻れなくなった。
「……俺以外の王族も、同じ経験をしてるのか?」
問いかけながら、自分の声が他人事のように遠く、乾いて聞こえた。
シェンは頷き、微笑んだ。
その笑みに、特別な意味は感じられなかった。日々、繰り返されてきた形式に対する、理解者の顔。
「もちろんです。火の神に選ばれしΩには、皆同様の祝福が与えられます。
ただ、それは“象徴”としての番契。
実際に神意が降りるなどということは……過去に一度も」
――起きるはずがない。
その言葉を最後まで聞くまでもなく、言外に伝わった。
いや、実際にはそう言っている。
自分が“本物の番契”などという考えを持ったこと自体、思い上がりだったのだ。
たしかに座学でも言われていた。“儀式には神意は伴わない”と。
理解はしていた。納得していた。
……あの時までは。
「お身体に違和感など、残っておられませんか?」
「……いや、別に」
嘘だ。
首筋が、今もじんわりと熱を帯びている。
痺れのような疼き。
脈動が続いているような奇妙な違和感。
まるで――そこに見えない“何か”が、刻まれているかのような。
琉苑はふらつく足取りで、鏡台の前へ向かった。
銀の枠が施された古い立鏡に、やつれた自分の姿が映る。
顔色は悪く、唇が少し乾いていた。
寝衣の襟元をそっと指でずらし、鏡越しに首筋をのぞき込む。
――そこには、紅い痕がうっすらと浮かんでいた。
燃え尽きる直前の炎のように、今にも消え入りそうな痕。
けれど、確かにそこにある。
これは、自分の幻覚ではない。夢の残滓ではない。
誰にも刻まれるはずのなかった、“本物の番契の痕”。
この世に存在しないはずの烙印。
「……何か、ご気分が優れないようであれば、後ほど改めて」
静かに、空気を乱さぬようにシェンが退室すると、
部屋に重い沈黙が落ちた。
琉苑は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
床に手をつき、乱れた寝衣が肩からずれ落ちる。
その肌は、熱を孕んだまま冷えず、誰にも触れられていないはずなのに、ひどく敏感になっていた。
とくに――首筋。
そこだけは、いまだに触れられているような感触が残っている。
(本当に、俺だけだったのか……?他のΩ王族には、こんなこと……)
どうして、自分だけ。
なぜ、あんな存在が、自分の前にだけ現れた?
夢の中だけでなく、現実にまで入り込んで――何を求めていた?
「……違う。あり得ない。全部、幻覚だ……」
震える声で呟きながら、自分の手を握りしめる。
爪が食い込むほど、力を込めた。
でも、そこには何の答えもなかった。
残されたのは、皮膚の奥に染みついたような熱と、抜けきらない痺れだけ。
そのまま、夜になった。
神殿の灯りが一つ、また一つと落とされていく。
外の虫の声も、風の音も、どこか遠い世界のことのように思えた。
静かすぎる部屋。
硬く冷えた床。
ひとりきりの空間。
琉苑が寝台に横たわろうとしたとき――
――リウ……
空気の中に、混じる“声”。
聞こえる、ではない。
頭の奥に、魂に直接触れてくるような響き。
「また……?」
肩がびくりと跳ねる。
呼吸が乱れ、心臓が音を立てて脈打つ。
反応するのは、身体の方が先だった。
首筋が、ひとりでに疼き始める。
――忘れるな。
おまえの身体は、もう俺を覚えている。
その声は、甘くて、恐ろしくて、
けれど、なぜか――優しさがあった。
拒絶したいのに、涙がにじむ。
感情の名前がつけられない。
「……あれが……夢じゃなかったなら……俺は……どうなる?」
琉苑のか細い声が、冷えた床にぽたりと落ちた。
夜が明けかけていた。けれど、それは朝のはじまりを告げる光ではなく、どこか夢の続きのような、仄かに漂う薄明かりだった。夜がまだそこに横たわっていることを、しぶとく、しなやかに主張してくるような──そんな、静かな曙。琉苑は、窓辺に寄りかかるようにして座っていた。いや、本当はそう見えただけで、実際のところ、彼がどこまで「そこに在る」のか、判然としなかった。視線を向ければ姿はある。だが、瞬きをして目を凝らせば、その輪郭は薄くなり、そこに差し込む光の線に紛れて、形を失ってしまう。それでも──シュアは、琉苑のそばにいた。腕をまわしても、もう、肌の温度は感じられない。それでも、手を伸ばすことをやめることはなかった。そこにいなくなったからといって、存在が消えるわけではない。そんな当たり前のことを、ようやく身体の奥で理解しはじめたばかりだった。「リウ」名を呼ぶと、琉苑はほんの僅かに、振り向いたように思えた。呼吸の気配がない。言葉の応えもない。だが、眼差しはあった。まるで、風がそっと瞼をなでるように、シュアの胸の中で、琉苑が振り向いたことが、確かに伝わった。「もう、そんなに遠いのか」呟くような問いに、答えはなかった。けれど、黙してなお、そこに応えは在った。空白の中に置かれた感情が、ただ静かに、しかし重く、二人の間に横たわっていた。寝台の隅に小さな箱が置いてある。蓋を開けば、銀の環が一つ、指輪の形で光っていた。「……これを、お前の指に通していいか?」答えはなかった。それでも、何も否定されていないことが、すぐに分かった。だからシュアは、そっと琉苑の左手を取った。それが本当に触れているのか、それとも空間をなぞっているだけなのか。判然としないままに、彼は指輪を琉苑の薬指に通した。銀の輪は、すこしだけ琉苑の身体に沈み、そのまま収まった。それが、「在る」ことの証だった。琉苑の口元が、ほんのわずかに、緩んだように見えた。目は閉じられ、まぶたは穏やかだった。唇にはもう色がない。それでも、シュアには分かっていた──彼が、満ち足りていたことが。「……ありがとう、リウ」それは本当に、心の奥から出た声だった。名前が、名前として、彼の中に焼きついていくのを感じた。そして──その瞬間だった。琉苑の身体の輪郭が、ゆるやかに崩れはじめた。細かな光の粒が、空気
夜は深く、しかし時間そのものが鈍っているかのように、どこまでも静かだった。シュアは隣にいなかった。どこかに出たのか近くにいるのか。身体の一部がわずかに透けて見えるその奇妙な光景を、琉苑は動かないまま見つめていた。触れようとしたら消えてしまうかのような輪郭が、そこにあるのにないようで、世界の外側へと引きずられていく気配。その時、空気が浅く震え、世界の奥の方から低い音が漂ってきた。風とは違う、空間そのものがひび割れるような音。琉苑の視線はその不協和音の方へ流れ、そしてそこに、マースがいた。マースはいつものように立っているが、その姿はどこか精彩を欠き、影が濃く落ちていた。目の奥に浮かぶ光は、冗談めいた色を含みながらも、どこか静かな焦燥を帯びている。「呼ばれた気がしてね」その声は遠くから聞こえるように、しかし確かにそこに存在していた。「……そうだな。呼んだかも」琉苑の声音は低い。胸の奥で、言葉よりも先に感覚がうずく。自分の身体が世界から薄れていくのを、ひどく実感していた。「正確には、もう時間がないって知らせが来たんだよ」マースは歩み寄り、琉苑の透けていく指先をじっと見下ろした。その視線は悲観とも諦観ともつかない静けさを持っていて、琉苑の胸に小さな棘を刺した。「……俺は、何をすればいいんだ」琉苑は問う。問いながら、それが自分自身への呼びかけでもあることに気づいていた。身体の熱は消え去る気配と拮抗し、魂はどこで終わり、どこから始まるのかをさまよっていた。「方法はある。だが、今からじゃ間に合わない」マースは淡い光を背にして言った。その声はやけに静かで、しかし重みを欠いていなかった。「……魂の輪郭が崩れすぎている」シュアが側にいないのに、その名前が胸の奥で震えた。琉苑は息を吸い、重みのある空気を吐き出す。「じゃあ……俺はどうなるんだ?」震えるのは恐怖ではなく、問いそのものの形の不確かさだった。シュアと過ごした時間の熱と冷たさが、身体の奥で渦を巻く。「ひとつだけある」マースは手をかざし、空間の奥から淡い器を取り出した。形の定まらぬ何かが柔らかく揺れ、光と影が混じり合っている。「これに魂を保存することができる。だが、これは君という存在の痕跡を留めるだけのものだ」琉苑の胸に、冷たい沈黙が重なる。「……その代償は?」問いはまっすぐだっ
朝ではなく、夜でもなかった。ただ、光の気配だけがぼんやりと天幕の布を透かし、時間というものが遠くの海の波のように寄せては返す、曖昧な時刻だった。琉苑は寝台の上で静かにまばたきをした。眠っていたのか、目を閉じていただけなのか、自分でもよく分からなかった。ただ確かなのは──身体の内側で、何かが熱を持って蠢いている、ということだった。それは微熱のようでいて、風邪とも違う。気だるさや鈍い重みの下に、ごく微細な疼きがあった。皮膚の奥からじわりと滲み出すような湿気、下腹を緩やかに押し上げるような圧。それは本来、身体が発しているはずの言葉のようだった。(……今、なのか。いや……今だからなのかもな)思考がまとまるより先に、身体はすでに知っていた。周期など知らぬはずのものが、魂の変容とともに姿を変え、いつしか不可逆な兆しとなって現れ始めている。あたたかく、けれど確かに自分を蝕む熱。寝返りを打つと、隣にいたはずの存在が気配だけを残していた。琉苑は片手を伸ばし、その空気の中に指を差し込む。誰もいない。だが、ぬるく残る残滓のようなものが、そこにはあった。思わず、首元に手をやる。首飾りがある。だが今は、それに触れようとしなかった。触れてしまえば、きっと何かが動いてしまうようで。「……俺、もう……どうなってるんだろうな」声は出た。けれど、それに応える者はいなかった。だからこそ、すぐに戸が開いて、シュアが静かに戻ってきたとき、琉苑の胸には奇妙な安堵が走った。「……目覚めていたのか」「ん。なんか……熱くて」言葉にすれば簡単すぎて、何も伝わらない気がしたが、シュアはただ近づいてきて、琉苑の手を取った。その手は、熱かった。琉苑の熱に応じるように、あるいは、それを映すように。まるで、ふたりの熱が互いに循環しているかのような──そんな錯覚さえ覚えた。「……発情期か?」「たぶん。周期がおかしい気がするけど……もう、そういう理屈じゃないのかも」琉苑は、目を閉じた。何よりも先に、身体が、感情が、何かを選び取ろうとしていた。シュアの指が首元を撫でる。ゆっくりと、丁寧に、柔らかく、琉苑という存在を確かめる指先。それだけで、もう充分だった。「……最後かもしれないからさ」ぽつりと漏れた言葉に、シュアの動きが止まった。「何が」「全部。お前、もう分
春だった。璃晏宮廷の庭に、白桃の花がはらはらと降る季節。枝の影が石畳にまだらな模様を落とし、風が吹くたびにそれがゆるく流れて、地面さえも夢を見ているように見えた。琉苑はその中に立っていた。かつて毎朝のように歩いていた、宮の裏庭。兄弟たちにとっては退屈な回廊も、彼には唯一無二の聖域だった。あの頃と何も変わらぬ配置のまま、花の香りと朝露の気配が漂っている。けれど、そこにいる人々──姉や兄たちも、幼い侍女も、下働きの書吏すら──誰ひとりとして、琉苑の存在に目を留める者はいなかった。琉苑は名を呼ぼうとした。けれど、喉からは声が出なかった。いや──声はあるのに、空気に届かない。音になる直前で消えていく。まるで、彼の「在る」が、この庭にとって“無”であるかのように。視線を下げると、縁の紙を束ねた書類が風で捲れていた。かつて自分の名が記されていた、璃晏皇族の系譜。そこには、もう「琉苑」という字はなかった。筆跡の歪みも、修正の跡もない。ただ、初めから、そこに名などなかったかのように。(──俺は、最初から……)その瞬間、胸元で何かが熱を持った。懐に手をやると、シュアから渡された小さな首飾りが、静かに輝きを放っていた。名を呼ばれるような、声が届く。──リウ。低く、深く、どこか遠い場所から、けれど確かにその名を抱き寄せるような声が、夢の淵を震わせた。※汗ばんだ額に指を当てながら、琉苑は目を開けた。寝台の上、まだ夜が明けきらぬ静かな空気の中。窓の向こうで鳥が鳴いている。朝が近い。首飾りを取り出し、指先で撫でると、そこには微かに残る温もりがあった。夢ではなかったのかもしれない、と琉苑は思う。あるいは、夢の形を借りて何かが告げられたのだ、と。「……俺の庭だったはずなのにな」ぽつりと呟いた声が、妙に薄く響いた。まるでこの部屋そのものが、彼の発した言葉を受け取りかねているかのように。外に出ると、空気は冷たく、早朝の石廊下に足音がひとつだけ響く。書庫に向かう途中、ルシェリアとすれ違った。彼女は目を見開きかけ、そして一瞬、何かに迷うように──言葉を飲み込んだ。「お……おはようございます」「……今、“お”の次、詰まったな?」琉苑の言葉に、ルシェリアははっとして伏し目になる。すぐに立ち去ってしまった背中に、何かを問いただす気には
夜の余韻がまだ室内の空気を曖昧に濡らしている頃、琉苑のまぶたは重く、けれど、まどろむほど安らかでもなかった。重なったままの布の感触や隣で眠るはずの温もりが、どうにもいつもとは違う圧をともなって肌に伝わる。それは、確かに感じるはずの呼吸の気配なのに、どこか遠く、響きだけが近くにあるような、不確かな距離感だった。琉苑はそっと目を開けた。視線の先で、シュアの身体はまだ睡りの中にあった。だがその胸の動きは、ふつうなら心臓の鼓動と連動するはずのリズムを、どこかたゆたうように刻んでいる。じっとしているのに、揺れが静かに波打つようで、時間そのものが粘度を帯びているようにも感じられた。(……なんか、おかしいな)眠気の膜が思考の芯を鈍らせようとしても、気配の違いを本能的に察してしまう。蜜月は深く甘く、魂の輪郭を溶かすような時間ばかりだった。それが今、皮膚の下でゆっくりと溶け残ったまま、薄い膜のように全身を包んでいる。寝台からゆっくりと身体を起こし、琉苑は隣のシュアの肩口にそっと触れた。その感触は温かい。だが、指先が皮膚をなぞるとき、そこにはじんわりと光が滲むような、不思議な反応が起きた。まるで世界の仕組みの一部がゆらいでいるかのようで、琉苑の胸を疼かせた。「……っ」その息に、シュアが低く唸るように目を開けた。視線は琉苑を捉えたまま、言葉を発することなく静かに起き上がる。ふたりのあいだで、言葉のない時間がゆっくりと流れた。止まっているようで、確実に進んでいる時間の中で、ふたりの周囲の空気だけが淡く揺れた。遠くから、折敷を整える音と淹れたての茶の香りが廊下越しに漂ってきた。ルシェリアが朝の支度を進めているらしい。ふだんなら当たり前のことが、不思議なほど遠い出来事に感じられた。琉苑がそっと布団から身体を起こしたとき、ルシェリアは静かに戸を開けて一礼をした。しかし、琉苑を視界に入れたルシェリアの手が止まった。目を細め、すぐに視線を逸らす。「おはようございます。お食事の用意ができておりますので」ルシェリアも何かに気付いたのだと、琉苑にもわかった。琉苑は軽く頭を振って、それ以上を問いたださなかった。食事の時間は静かだった。重い、というほどではないが、どこかに気まずさがある。沈黙が互いの距離を測るように漂い、食後、琉苑とシュアのふたり
寝台に横たわりながら、琉苑は仰向けのまま、天井の淡い影を眺めていた。夜は深く、窓の向こうでは風の音がささやいていたが、それすら遠く感じる。今、自分の周囲にあるのは──肌に触れる柔らかな掛布の感触と、左隣にいるあたたかな生き物の気配だけだった。その気配は、うごめくでも、じっとしているでもなく、ただ、重さと熱と呼吸だけで存在している。ふと、その呼吸が耳に触れた。低く、規則正しく。まるで焚き火のように。琉苑は少しだけ身体を傾けて、隣にいるシュアを見た。「なあ今までの俺って……どんなだった?」声は布団の中でくぐもった。視線を向けられたシュアは、ひとつまばたきをして、やや間を置いてから、唇の端をわずかに上げた。「それは……昔のお前の話か?」「そう。……俺にはあんま思い出せないけど、お前、知ってんだろ?」シュアは琉苑の頭にそっと手を置き、乱れた髪をなぞる。爪が当たらないよう、力加減はやけに優しくて──思わず、くすぐったくなる。「昔のリウは、今よりずっと無鉄砲だった。怒るとすぐ喧嘩を売った。なのに、誰より情に脆かった」「へえ……」シュアの指が耳の裏を掠め、琉苑は肩をすくめた。それを面白がるように、竜はもう片方の腕を伸ばして彼を引き寄せる。「……それに比べれば、今のお前はずいぶん慎重だ。よく考えるようになったし、言葉も選ぶ。だが、そのぶん迷いも深い」「それはどーも。成長したってことだろ」「そうかもしれん」「でもまあ、よく分かんないけど──きっと、俺は俺なんだな、今までも今も」「そうだな。リウはずっと、リウだ」ふたりの額がかすかに触れ、そこから体温がじんわりと交わる。ひとつの触れ合いが、どうしてこんなにも落ち着くのか──琉苑はそれを、考えるのが億劫になるくらいには幸福だった。「……いつも、オメガなのか?」ぽつりと、琉苑が口にした言葉に、シュアの動きが止まった。ふたりの身体の間に、ふわりとした沈黙が広がる。だがそれは、否定の重さでも、拒絶の冷たさでもなかった。「必ずしも、とは限らない。だが……お前は、幾度の生のうち、たびたび受け入れる側であった」「ふーん……そういうもんか」琉苑は、少しの沈黙の後、シュアを見上げる。「……じゃあさ、子供がいたことって、ある?」布団の中の空気が、少しだけ冷たくなる。それは、感情の揺れでは