INICIAR SESIÓN招待メッセージを三回読んで、やっと気づいた。
"披露宴開始 13:00" 式の時刻が書いていない。私は披露宴にしか呼ばれていない。 駅から会場まで、十分ほど歩いた。招待状を持って、一人で歩いた。 歩いて、何度か立ち止まった。 (あれ、なんで私こんなことしてるんだろう) もっと怒っていいはずなのに、邪魔しようと考えてもいいはずなのに。 それより心にあるのは"無"だった。 感情より足が動くことがあるんだな、と瑠衣は自分自身に感心していた。 (一番バカなのは、私かもしれない)受付に並んで、順番が来た。
「江品家で招待されている、江品瑠衣です」 スタッフの女性が名簿を確認した。一瞬だけ、表情が固まった。ほんの少しだけ。しかしわかった。 「新婦様より、ご祝儀は不要とのご連絡を承っております」 「……そうですか」 後ろに並んでいた女性が、隣の友人に何か囁いた。 聞こえた。含み笑いまで聞いてしまった。自分の耳の良さが恨めしい。 足は止めなかった。親族控室の前まで来て、ドアに手をかけようとしたところで、スタッフに呼び止められた。
「申し訳ございません。こちらはご利用いただけません」 「私は親族ですが」 「新郎新婦からのご指示ですので」 スタッフは丁寧に頭を下げた。感情のない、訓練された角度だった。 ちょうどそのとき、ドアが少し開いた。中から笑い声が漏れた。真衣の声だった。母の声だった。 ドアは閉まった。 三十一日後に挙式予定だった人間が、結婚式の親族控室に入れない。我ながら、すごい状況だと思った。案内された席は、披露宴会場の一番端の円卓だった。
席次表が置いてあった。自分の席を確認して、周りの名前を見た。 大学の友人たちの名前。高校の同期の名前。会社の同僚の名前。 全員、欠席だった。 「行けない」と言ってきた子はいなかった。全員「行かない」という返信だった。みんな、怒っていたのだ。私の代わりに。 胸の奥が少しだけ痛んだ。怒っていてくれた人たちが、この会場にいないことが。同じ円卓に、初老の男が一人いた。
安物のスーツ。古い革鞄。片耳にイヤホン。スマホの画面を見ている。よく聞くと、電子書籍の読み上げ音声が流れていた。 周りが花とシャンデリアと白いテーブルクロスで埋まっている中、この男だけが完全に浮いていた。 ただ、座り方が変だった。姿勢が綺麗で、鞄の置き方も、グラスの扱い方も、妙に洗練されていた。スーツと所作が合っていなかった。 席次表を確認した。披露宴が始まった。
新郎新婦が入場した。会場が拍手した。瑠衣も拍手した。自分でも驚くほど、無表情で。 スクリーンにプロフィールムービーが流れ始めた。真衣の子供の頃の写真、雅之との旅行写真、家族写真。 自分の写真を探した。姉として映っている写真、家族として映っている写真。 一枚もなかった。 なぜか泣けなかった。怒りも悲しみも、どこかへ行ってしまっていた。ただ空っぽだった。 会場を見渡した。遠くの円卓では親族たちが笑っていた。スクリーンに見入っている雅之の両親。真衣の友人らしいグループが、すでにグラスを傾けていた。どの顔も知っていて、どの顔も知らなかった。 隣の灯はまだ本を聞いていた。新郎新婦のことを一切見ていなかった。この会場で、自分と同じくらい場違いな人間が一人いる。それだけが、妙に落ち着いた。料理の一品目が運ばれてきた。男は本を聞きながら、特に急ぐでもなくフォークを取った。その動作がまた妙に様になっていた。
しばらくして、スクリーンに「新婦の生い立ち」というテロップが出た。真衣の子供のころの写真が次々と映った。真衣が笑っている。母が笑っている。父が笑っている。 家族写真が一枚映った。 瑠衣も写っていた。ただし端だった。フレームの隅で、少し体が切れていた。 いつ撮った写真だろう、と思った。真衣の成人式だったかもしれない。あの日も瑠衣は着物を着ていなかった。準備で忙しいからと、自分から言い出した記憶がある。 誰かが「かわいいー」と声を上げた。別のテーブルから笑い声が起きた。 瑠衣はグラスの水を飲んだ。味がしなかった。 乾杯のアナウンスが入る少し前、男がイヤホンを外した。 「面白いですよ、これ」 誰かに話しかけているとは思わなかったので、一拍遅れて顔を向けた。男は瑠衣を見ていた。 「……結婚式より?」 「比べるものではありませんが」少し考えてから、続けた。「今日は、あまり興味のない結婚式でしたので」 真顔だった。悪気がなかった。社交辞令もなかった。ただ事実として言っていた。 吹き出した。 人生最悪の日なのに、今日ここで初めて、本当に笑った。 「それ、当事者の前で言います?」 「当事者?」 「新婦の姉です」 灯は少し黙った。 「それは失礼しました」 表情は変わらなかった。謝罪というより、情報の訂正に近かった。 「でも本当のことを言いました」 「知ってます」 また少し笑えた。「乾杯!」
司会の声で全員が立ち上がった。シャンパングラスを持つ。 隣の灯も、少し遅れて立った。グラスを持ちながら、特に誰かを見るわけでもなく、瑠衣の方へ向けた。 「せっかくグラスがありますし」 「何にですか」 少し考える間があった。 「今日を生き延びたことに」 冗談なのか、本気なのか、判断できなかった。顔を見てもわからなかった。 「そうですね」 小さくグラスを上げた。灯のグラスと、静かに当たった。 会場の乾杯の音に紛れて、その音は消えた。料理が運ばれてきた。灯はまたイヤホンをつけて、本の続きを聞き始めた。
話しかけてくるわけでもなく、気を遣うわけでもなく、ただそこにいた。 遠くのテーブルから笑い声が届いた。スクリーンでは真衣と雅之の馴れ初めが流れていた。瑠衣はフォークを持ったまま、特に何も考えていなかった。 またいつか話しかけてくるだろうか、と思った。思ってから、なぜそんなことを考えたのか分からなかった。披露宴はまだ続いている。
頭に残っているのは受付の顔でも、親族控室のドアでも、空席だらけの席次表でもなかった。 「今日は、あまり興味のない結婚式でしたので」 変な人と、隣に座っている。結婚式の端っこで。招待メッセージを三回読んで、やっと気づいた。 "披露宴開始 13:00" 式の時刻が書いていない。私は披露宴にしか呼ばれていない。 駅から会場まで、十分ほど歩いた。招待状を持って、一人で歩いた。 歩いて、何度か立ち止まった。 (あれ、なんで私こんなことしてるんだろう) もっと怒っていいはずなのに、邪魔しようと考えてもいいはずなのに。 それより心にあるのは"無"だった。 感情より足が動くことがあるんだな、と瑠衣は自分自身に感心していた。 (一番バカなのは、私かもしれない) 受付に並んで、順番が来た。 「江品家で招待されている、江品瑠衣です」 スタッフの女性が名簿を確認した。一瞬だけ、表情が固まった。ほんの少しだけ。しかしわかった。 「新婦様より、ご祝儀は不要とのご連絡を承っております」 「……そうですか」 後ろに並んでいた女性が、隣の友人に何か囁いた。 聞こえた。含み笑いまで聞いてしまった。自分の耳の良さが恨めしい。 足は止めなかった。 親族控室の前まで来て、ドアに手をかけようとしたところで、スタッフに呼び止められた。 「申し訳ございません。こちらはご利用いただけません」 「私は親族ですが」 「新郎新婦からのご指示ですので」 スタッフは丁寧に頭を下げた。感情のない、訓練された角度だった。 ちょうどそのとき、ドアが少し開いた。中から笑い声が漏れた。真衣の声だった。母の声だった。 ドアは閉まった。 三十一日後に挙式予定だった人間が、結婚式の親族控室に入れない。我ながら、すごい状況だと思った。 案内された席は、披露宴会場の一番端の円卓だった。 席次表が置いてあった。自分の席を確認して、周りの名前を見た。 大学の友人たちの名前。高校の同期の名前。会社の同僚の名前。 全員、欠席だった。 「行けない」と言ってきた子はいなかった。全員「行かない」という返信だった。みんな、怒っていたのだ。私の代わりに。 胸の奥が少しだけ痛んだ。怒っていてくれた人たちが、この会場にいないことが。 同じ円卓に、初老の男が一人いた。 安物のスーツ。古い革鞄。片耳にイヤホン。スマホの画面を見ている。よく聞くと、電子書籍の読み上げ音声が流れていた。 周りが花とシャンデリアと白いテーブルクロスで埋まっ
瑠衣は今日も仕事で帰りが遅くなった。 "江品"という表札の門をくぐった時に、違和感を感じた。実家なのに、自分が住んでいる家なのに、何か違う感じがした。そしてそれは、玄関に入った時に確信した 玄関に靴が多い。 父のスリッパ、母のパンプス、妹の真衣のスニーカー、それから男物のローファーが二足。 仕事帰り、鍵を回す手が一瞬止まった。いやな予感というより、答えの見えた数式を解く前の感覚に近かった。 リビングのドアを開けると、全員いた。父、母、真衣、婚約者の深内雅之、そして見覚えのある顔が二つ——雅之の両親だ。テーブルを囲んで座っている。誰も笑っていない。誰も瑠衣を見ていない。 「座れ」 父が言った。椅子を引いて座った。 「驚かないで聞いてね」 母が続けた。 驚かないで、と言う前置きを使う人間は、たいてい相手が驚くことを言う。瑠衣はコートも脱がないまま、正面を向いた。 最初に口を開いたのは真衣だった。 「お姉ちゃん、ごめんね」 そう言いながら、無意識に腹に手を置いた。 「赤ちゃん、できたの」 「そうなんだ」 「雅之さんとの」 沈黙。 テーブルの上に湯呑みが並んでいた。全員分の湯呑みが。瑠衣の分はなかった。 雅之が話し始めた。視線をテーブルの一点に固定したまま、用意してきた言葉を読み上げるように。 「本当に申し訳ない。でも責任を取らなきゃいけない」 「子供には罪がない」 父がさらっと告げた。 「まず赤ちゃんを優先しないと」 母も当たり前のように流した。 全員が正しいことを言っていた。 反論できる言葉がひとつもない。それが不思議なほど、反論できる言葉がひとつもなかった。 「私との結婚は」 「ごめん」 雅之はそれだけ言って、また黙った。 真衣が補足した。顔は申し訳なさそうだったが、声は明るかった。 「でも結果的には良かったと思うんだ。だって赤ちゃん来てくれたんだし」 悪意がなかった。 それが一番怖いことだと、瑠衣はこの瞬間に理解した。 「式なんだけど」 母が口を開いた。まったく悪いという意識のない声色だった。 「そのまま使おうと思うの」 「何を」 「式場よ」 「キャンセル料も馬鹿にならないから」 母の声に父が重







