LOGIN「あ、そう言えば
いつまでも袋の中から出し入れでは不便だ。
「ホント、俺って後手後手だよな。すまん」
はぁっと吐息を落としながら謝る
生活に必要なものを一気に買うだなんて土台無理な話なのだから、あ、あれも要る、となったものはその都度少しずつ集めていけばいい。
「そんなことない。私、
追加で買いに行ってくれた寝具一式。
と、不意にエプロンのポケットに無造作に入れておいたスマートフォンが着信を知らせてきた。 昨夜手にしたばかりのスマホは、まだ着信音などが初期設定のまま。 どこかで聞いたことのある電子音とバイブレーションに、結葉はポケットから白色のスマートフォンを取り出した。 画面を見ると「山波想」と出ている。 まだこのスマートフォンには想と芹、それから山波建設、そしてアメリカに住む両親の番号しか入っていない。 想と芹ふたりから、「これから少しずつ増やしていけばいいよ」と言われて。 もう自分がスマホに新しい番号を登録することを咎める人はいないんだと思ったら、凄く不思議な気持ちになった結葉だ。「もしもし?」 初めての着信にドキドキしながら出ると、「結葉、いま大丈夫?」と想の声。(えっ、嘘っ。もうお昼⁉︎) そんなに時間が経っているような気はしなかったけれど、家事に夢中になっている間に時間泥棒に遭ったのだろうか。 そんなことを思って壁の時計を見たら、十一時前。ランチタイムと呼ぶには、まだいささか早い時刻だった。「ごめんな、変な時間に」 家にいる自分に駄目な時間も変な時間もありはしないのに、(ホント、想ちゃんはどこまでも優しいなぁ)と思った結葉だ。「全然問題ないよ? どうしたの?」 自由人な自分はともかくとして、想はいま、仕事中のはずだ。 それを不思議に思いながら問いかけたら、「親父がさ、結葉連れて会社に来いって言うんだけど……。いまから迎えに行っても平気?」 言ってから「あっ、けど。もしそこじゃ不安だってんなら別のところで落ち合うんでもいい」と慌てたように言い募る。 想はきっと、山波建設と結葉の実家が隣り合わせなことを気にしてくれている
「もしっ、もしも何かあったら遠慮なく俺に電話――」 物凄く不安そうな顔で自分を見つめてくる想に、結葉は一歩踏み出すと、彼の唇を人差し指でそっと押さえた。「想ちゃん、私、大丈夫だから。そんなに心配しないで?」 言って、「偉央さんはもう私を連れ戻す気はないんでしょう?」と想の顔を見上げる。 想は「……ああ」とつぶやいて結葉をじっと見下ろすと、「本当に大丈夫なんだな?」と念押しをした。 結葉はニコッと微笑むと、 「雪日もいるし大丈夫よ」 言ってから、「でも……」とソワソワする。 想が「でも、何?」と落ち着かない様子で眉根を寄せるから、結葉は慌てて手を振った。「あ、あのっ。不安とかじゃないの。ただ、その……まださすがに一人ではお出かけする気にはなれないから……想ちゃんのお仕事が終わったら一緒に食材を買いに行けたらなって思って。何時くらいになりそうかなって」 材料がほぼ尽きてしまっている現状では、夕飯を作りたくても作れない。 それに、米すらないのはやっぱり不便だ。「ああ、何もねぇもんな、うち」 そこでハッとしたように結葉を見つめると、想が「昼飯……」とつぶやいて呆然とする。「あ。お昼! ごめんね。材料があったら想ちゃんにお弁当作りたかったんだけど」 その予定も総崩れしてしまう有様だった。 結葉がしゅんとしたら想が「いや、俺のじゃなくてお前の」と心底申し訳なさそうな顔をする。「俺、昼に戻ってくるから。それまで待てるか?」 聞かれて結葉はキョトンとする。「想ちゃん、まだ食パンが一枚余ってるし、私のお昼は何とかなるよ?」 言ったら「馬鹿! そんなんじゃ栄養偏るだろ!」って。 (それ、店屋物ばかり食べてる想ちゃんが言う?)
寝起きでいつもより声が低めな想が、目をこすりながら「結葉ぁ。もう起きてたのか? ……おはよぉ」とあくび混じりに朝の挨拶をしてきた。 結葉もそんな想に笑顔で「おはよう」と返す。「めちゃくちゃ美味そうな匂いしてんだけど……朝食作ってくれたの? 結葉、無理してねぇか? ちゃんと寝れたか?」 想は心配そうに眉根を寄せながら台所に立つ結葉のそばにくると、結葉の頭越し、キッチンに置いた皿の中を覗き込んだ。「わー、何これ。すげぇ!」 何だかよく分からないけど、そう思ってくれたらしい。「ごめんね。冷蔵庫の中のもの、勝手に使っちゃった」 結葉が申し訳なさそうに言ったら、「全然構わねぇよ。っていうか、結葉。お前マジすげぇな」って。「想ちゃん、さっきから〝すげぇ〟しか言ってないね」 結葉がクスクス笑ったら、想が鼻の頭を掻きながら照れ臭そうに「いや、だって……ホントすげぇから」とつぶやく。 結葉は寝起きでまだ少しぽやっとしている想に、「褒めてくれて有難う」と素直にお礼を言うことにした。 そこで、トースターのチンという音がして。 まるでそのタイミングに合わせたみたいに火にかけたヤカンがシュンシュン鳴って、お湯が沸いた旨を伝えてくる。 結葉が火を止めながらトースターをチラリと見て、「あ。パン皿」とつぶやいたら、想がすぐさま百均の買い物袋の中から皿の包みを解いてくれて、何も言わずに洗ってくれる。「想ちゃん、有難う」 結葉が思わず言ったら、「俺も食うんだ。作ってもらった恩義もあるし、礼には及ばねぇよ」とニヤリと笑う。 パン皿を洗い終えた想が、スッと手を伸ばしてシンク横上方のタオル掛けから白い布巾を手にしたのを見て、結葉は(あれが食器拭き用の……)と思った。 結葉は、|想《そ
結局あの後あれこれ話している間にいつの間にか眠ってしまっていた二人だ。 とは言え、結構な夜更かしをしてしまったことに変わりはない。 結葉は眠い目をこすりながらまだ眠っている想の横をそぉーっとすり抜けるようにして寝室を出た。(想ちゃん、寝顔変わってないなぁ) ほんの少し半目になっていると言ったら、想は気にするだろうか。 そんなことを思いながら少しまくれていた想の布団を綺麗にかけ直す。 (冷蔵庫、何があるかな) 食材を一緒に買いに行ったわけじゃないから、この家の冷蔵庫事情が分からない結葉だ。 そもそも昨夕も結局想が寿司を買ってきてくれたから、何も作ったりしなかった。(お世話になってるんだし、ご飯ぐらいは) 結葉はそう思って台所に向かったのだけれど。(わ〜。見事に材料がほとんどないっ) あるのは牛乳と卵が二個、それからウィンナーが一袋。 フードストッカーに芽の出かけたじゃがいもが三個。 米櫃を開けてみたら、お米も空っぽで。 ふと冷蔵庫の上を見たら、五枚切りの食パンが三枚入った袋が置かれていたから、それを使おうかなと思う。(想ちゃん、普段何食べてるのっ?) 一八〇センチもあるあの大きな身体を維持するのには、結構たくさん燃料が要りそうに思えるのだけれど。 ふと視線を転じた先、ゴミ箱にコンビニ弁当の空容器などがワチャッと捨てられているのを見つけて、そう言うことなのかな、と思って。(もぉ、体調崩しちゃうよ) 結葉は今更のように想の健康が心配になった。 とりあえず自分がいる間は想に手作りのものを沢山食べてもらおう、と思った結葉だ。(口に合うかどうかは分かんないけど) 少なくとも偉央は結葉が作るご飯に文句を言
「俺も……ずっと結葉のこと好きだけどな。……お前こそ知らなかっただろ」 極力何でもない風を装って告げたけれど、想の心臓は、口から飛び出しそうなぐらいバクバクいっていた。 *** (びっくりしたぁ〜っ) いきなり想から「好き」だのなんだの言われた結葉は、思わず呼吸をするのを忘れてしまうぐらい驚かされてしまった。 確かに想は幼い頃から、それこそ今日に至るまでずっと、結葉にとことん甘々で優しかったけれど、それは実妹の芹に対しても同様で。 大きくなってからも変わらず〝妹扱い〟されていると感じていた結葉は、想への恋心を持て余した結果、想のそういう言動に異性扱いされていないと感じて切なくなったりしていたのだ。 なのに――。 「もぉ、想ちゃんったらぁ! そんな素振りちっともなかったのに……。冗談が過ぎるよぅ! 危うく信じそうになっちゃったじゃない」 きっと、結葉が緊張のあまり変なことを言ってしまったから、想もそれに合わせてくれただけなのだ。(ちょっぴり変な間があいちゃったけど、ちゃんと冗談として受け止めたよって感じで返せたかな?) 薄暗がりの中。 自分はベッドの上。 想はそれより三十センチ以上低い床の上にいるから、きっとドギマギしてしまっている結葉の表情は見えないと思う。 思うけれど、何だか恥ずかしくて布団を額の辺りまで引き上げてしまった結葉だ。 一応自分の恋心は偉央との出会いをキッカケに一旦ひと区切りつけたよと言うつもりで、「好きだった」と告げた結葉だったけれど、想の方はまるで現在進行形ででもあるかのように「好き」表現だったことにも結葉はソワソワさせられている。 偉央とのこともまだ片付いていないというのに、元
静かにしているとお互いの吐息と壁掛け時計の秒針の音、それからキッチンの方から微かに聞こえる冷蔵庫のモーター音がやけに大きく聞こえてきて、こんなにこの部屋って色んな音してたんだな、と想は今更のように気付かされる。 下手したら自分の鼓動の音が結葉に聞こえてしまうんじゃないかと内心ドキドキの想だ。 だけど、〝鎮まれ、鎮まれ〟と意識すればするほど、心臓がうるさく騒ぎ立てる悪循環で。「ねぇ、想ちゃん。もう……寝ちゃった?」 だから結葉にポソポソとささやくような声音で話しかけられたとき、心臓が口から飛び出てしまいそうなくらいびっくりしてしまった想だ。 さすがに表には出さないように頑張ったつもりだけれど、「いいや」と応えた声が、自分でもやけに上ずっているように感じられて。(結葉は俺の今の声、変に思っていないだろうか) そんなことを思いつつ、「久々にお前と寝てるからかな。興奮してなかなか寝付けねぇわ」 努めて平常心を心掛けてそんなことを言ってみる。 「わぁ〜。想ちゃんも? 実は私も……なの」 結葉がゴソゴソと動く衣擦れの音がして。 彼女が寝返りを打って、自分の方を向いた気配を感じた。 想は自分だけが結葉に背を向けているのもおかしい気がして、一度だけ心の中でスーハースーハーと大きく深呼吸をすると、そそくさと結葉の方へ向き直る。 そうしてみて、ベッドの段差のお陰で向かい合う形になってもお互いの顔がよく見えないのが有難いな、と思った想だ。 これが横並びに布団を敷いて、だったりしたらと考えたら、それだけでザワザワと胸の奥が騒いだ。(昔は同じ布団に入って寝たこともあるっちゅーのにな) 想は子供の頃の無邪気な自分に戻れ、と頭の中で必死に念じた。 今はどうしても結葉を異性として意識してしまっていけない。







