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縁語り其の十一:暖かい手と、届かない声

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-18 18:59:47

 「先輩……!?」

 まぶしい光。

 同時に飛び込んできたのは、聞き覚えのある、けれどこんな場所で聞くはずのない声だった。

 混乱し、眩しさに目を細めながら、声の主を視界にとらえようとする。

 そこに立っていたのは──。

 夕暮れの桜の下で出会った、あの少女。

 どこか儚げな僕の後輩、月瀬美琴だった。

 「月瀬さん…!?」

 驚きと戸惑いが、胸の奥で渦を巻く。

 こんな場所で彼女と再会するなんて、想像すらしていなかった。

 「どうして先輩がこんなところに……? それに、すごい音が聞こえましたけど……」

 美琴は、不安げな表情で、けれど真っ直ぐに僕を見つめている。

 その揺るぎない視線に、僕は少しだけ肩をすくめて、努めて平静をよそおった。

 「……僕は、友達を探しに来たんだ」

 「お友達を……?」

 「うん。昨日の夜、面白半分でここに入った連中の中に、友人がいたかもしれなくてさ。まだ家に帰ってないから……何かあったんじゃないかって」

 「例の生配信…ですか……?」

 「……知ってるの?」

 「いえ……詳しくは知りません。今朝、学校で少し話題になっていたので。ただ、何かの……霊らしきものが映った、と」

 美琴は、どこか納得したように小さく呟き、そっと視線を落とした。

 その手に、ボロボロな小さな木彫りの人形が握られているのが目に入る。塗装とそうは剥げ、犬の足が一本もげてしまっている。けれど、長い年月を経ても失われない、どこか温かみのある形をしていた。

 「それで…月瀬さんは一体、どうしてここに?」

 僕が改めてそう尋ねると、彼女は、先程までの不安げな表情から一変し、静かに、そして決意を込めた口調で答えた。

 「私は……これを、届けに来たんです」

 「その人形を……届けに?」

 一瞬、言葉の意味が分からなかった。届ける、いったい誰に?

 でもその瞳には、微塵みじんの迷いもない。これは、決して冗談なんかじゃない。

 「先輩……実は、私は、霊が見えるんです」

 美琴の告白に、心臓を直接掴まれたかのように、鼓動が跳ね上がった。

 「えっ……」

 「私は……この病院にいる男の子の霊に、この人形を、どうしても届けなければならないんです」

 男の子の霊。間違いない。彼女は、僕がついさっき出会ってしまった、あの子供の霊を、確かに見ている。

 「実はさ……僕にも、霊が見えるんだ」

 自分でも驚くほど、自然に言葉が出ていた。

 親友の翔太にしか話したことのない、僕の秘密。けれど、なぜだろう……美琴には、どうしても、嘘をつけなかった。

 「……やっぱり、そうでしたか」

 彼女はまるで予想通りだった、というように、わずかに微笑んだ。

 (えっ……)

 「いつも、通りすがる霊達から必死に目をらすような、そんな仕草をしてましたから……」

 どうやら、僕のつたないい演技は、全てお見通しだったようだ。

 「先輩、あの子を……一緒に探しに行きませんか?」

 (…………!)

 美琴は、迷いのない、力強い視線で、僕をまっすぐに見据えてそう言った。

 「霊が見える以上、霊との関わりは、決して避けて通ることはできません。目を逸らしていても……苦しいだけだと思うんです」

 彼女は、僕の葛藤かっとう見透みすかしているかのようだった。

 (分かってる。分かってるんだ)

 目を逸らす度、心の底に罪悪感が芽生えている事も。

 でも……怖い。

 母さんが、幼い僕の目の前で何かに襲われた、あの夜の記憶が、冷たい染みのように意識の底から滲み出してくる。

 「それに、私と一緒にいれば……少なくとも、安全ですから」

 そう言って、美琴は、僕を安心させるかのように、小さく、けれどどこか頼もしげな笑顔を浮かべた。

 彼女の言葉には、根拠はないはずなのに……なぜか、不思議とそう信じられる何かがあった。

 今のこの状況で、誠也君から目を逸らすことは確かにできない。

 なら………彼女と共に行動した方が、翔タ達も早く見つけられるかもしれない。

 「……わかった。一緒に、あの子を、探そう」

 僕がそう答えると、美琴は、安堵したように微笑み、僕に手を差し出してきた。

 僕は、僅かに躊躇ためらいながらも、そっと、その温かい手を握り返す。

 立ち上がった瞬間、壁に打ち付けられた背中がまだズキズキと痛み、少しだけよろけた。

 美琴が、すっと僕の腕を支えてくれる。

 「ありがとう、月瀬さん」

 「……美琴でいいですよ」

 その、小さく、けれど確かな温もりが、凍り付いていた僕の心に、一筋の光を灯してくれたように、不思議と恐怖を和らげてくれた。

 「それで……これからどうする? あの子はどこかへ消えちゃったし、翔太たちの手がかりも……」

 僕が尋ねると、美琴は一度目を閉じ、静かに息を吸った。

 まるで、この廃墟全体の空気を肌で感じ取っているかのようだ。

 「……この病院の中で、今一番、悲しみが深い場所へ向かいます。あの子が今いる場所は……こっちです」

 そう言って目を開けた彼女の瞳は、さっきよりも強く、澄んでいるように見えた。

 「先輩の探しているお友達も、きっと近くにいるはずですから」

 美琴に導かれるまま、僕たちは、この廃病院の中で最も不吉な気配が漂う場所へと向かった。

 ***

 廊下の空気は、一歩進むごとに、ますます重たく、そして冷たくなっていく。古い消毒液の残り香と、錆びついた金属が軋む不快な音が、静けさを破った。

 気配が、ある。

 手術室の中央に、少年は立っていた。白い病衣を着た、誠也君。

 病的に痩せ細った体に、何かを訴えるかのような、どこまでも寂しげな瞳。

 その目が、ゆっくりと、僕たち、特に美琴の方を、じっと見つめていた。

 美琴が、一歩、前に出る。

 まるで、迷子の子供を迎えに行くかのように、ゆっくりと、しかし確実に、誠也くんに歩み寄る。

 彼女は、あの壊れてしまった犬の人形を、自分の胸元に大切そうに抱えていた。

 「寂しかったよね…もう大丈夫だよ」

 でも──

 『来ないでッ!!!!』

 次の瞬間、鋭く激しい叫び声が、手術室内にとどろいた。

 同時に、近くに置かれていた医療用のトレイが、弾丸のような速さで宙を舞い、美琴めがけて飛んでいく。

 カンッ!!

 耳をつんざくような甲高い金属音が、狭い空間に暴力的に響き渡る。

 「っ……!」

 美琴は、その衝撃を、真正面から受け止めていた。

 よろめきもせず、ただ真っ直ぐに。

 トレイを受け止めたその手には──

 まだ、しっかりと人形が握られていた。

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