Mag-log in大きな船の中に船で入って、
「香織っ!」
パイプだらけの物々しい廊下を掛けてきたのは、一人の美青年。
どこか可愛げがあるけど、顔はまるで覚えていない。
でもこの声の感じ。昔どこかで聞いたことあるような。
「オサ! 連れてきた」
私を連れてきた男が言うと、
「ご苦労だったね。仕事詰めで疲れてるだろう。少し長めに休んでいいぞ」
優しく男達に促した。
目の前で起こり続けた事がまだ信じられない私は呆気に取られている。
「どこか具合悪いかい?」
「う、ううん。でもごめんなさい」
そして俯きがちになった私。
彼の心配そうな顔が下からから覗いてくる。
「なんで謝るの? 何か悪いことしたかな」
「違うんです。声に聞き覚えはある。でも、貴方のこと思い出せなくて」
私が言うと、
「まぁかれこれ二十年ぶりだもんね。引っ越しで離ればなれになっちゃったし」
考える素振りを見せたけれど、
「ここじゃなんだしさ。ゆっくりできるとこで話そ?」
コクリと頷く。
「その前にシャワーへ連れて行かれた方がよろしいかと」
「じゃ、案内してあげて」
「かしこまりました」
いつの間にか彼の背後にいたコンシェルジュ。
彼にシャワーへ案内され、ひとしきり潮を落とした後、
「主がお待ちです」
連れられたのは、船の格納庫の無骨さとは打って変わった執務室だった。
刺繍で模様付けされたレッドカーペットに応接用のシーツが掛かったソファ。
彼に押されるように、
「座って座って」
ソファへ身を預けた。
「さっぱりした?」
「はい・・・・・・着替えまで用意していただいて。でもこれ、新品ですよね?」
用意されていた紺のパーティードレスは、シワもヨレもない新品。
サイズもぴったりで少し驚く。
私が彼の目を真っ直ぐ見ていると、どこか懐かしそうに、
「引っ越す直前も、こうやって向き合ったよね」
彼の言葉に少しだけ記憶の糸が解けていく。
「もしかして、慎ちゃん?」
「そうそう! 思い出した?」
「えっと、隣の魚屋さんの・・・・・・?」
「うん! 慎太郎だよ」
無邪気に慎ちゃんが返す。
二十年ほど前だ。
父が社長になる前、経営の勉強で港町の支社へ赴任したときのお隣さん。
魚屋さんを構えていて、親同士の仲も良かった。
そういえば、彼の名字って綱島だったような・・・・・・。
「もしかして綱島グループの?」
「綱島グループ現社長の『綱島 慎太郎』様でございます」
コンシェルジュが淡々と言うが、
綱島グループと言えば、水産業で成り上がった大企業だ。
子供の頃は気にしてなかったけれど、本当に慎ちゃんなの?
「ほらおばさん料理好きだったじゃん。うちのマグロで自家製のツナを作ってくれて。アレ凄く美味しかったなぁ」
慎ちゃんは無邪気なまま言っていた。
私の母が料理好きで、お隣さんからよく魚を貰っていたこと。
それでツナや色んな魚料理を振る舞ってくれていたことも合っている。
本当に慎ちゃんだ。
「なんでここに? ここ地球のほぼ裏側、海外だよ?」
「決まってるじゃん。迎えに来たって」
「迎えにって。どうして」
「それは・・・・・・」
慎ちゃんの顔が僅かに赤らめる。
照れ笑みを浮かべながら、言うか言わないかと迷っていると、
「子供の時、約束したでしょ? 僕と結婚するって。今も有効だよね?」
耳元で甘く囁いた。
ドキリと肩を振るわせた私に、彼はフフフと小さく笑って、
「悪戯しちゃった」
と満足そうに言った。
「慎太郎様、まもなく到着です」
「分かった。下がって良い」
お辞儀してコンシェルジュを下がらせる。
「着くってどこに?」
「どこ? フフフン」
得意げな慎ちゃんが咳払いを一つすると、
「僕の島さ」
「ちょっと来なさい」 仕切り直しとなった会議の後、『石橋 文香』の声で足が止まった。「なんでしょう?」「貴方に興味があるの。専務室でちょっと話さない?」 一見すれば仲の良い場面かもしれない。 けれど薄ら笑う顔には、何か裏があると直感する。 上に階を跨ぐと、社長室と同じ階に専務室が並ぶ。 通されたデスクは質素で飾り気がない、モノクロの家具や雑貨が置かれている。「早速だけど、社長にどうやって取り入ったの?」「取り入った?」「えぇ。日野内と言えば、今や世間を大騒ぎさせている会社じゃない。その社長様が、清き綱島グループに入れるなんておかしな話よ」 会議の時から薄らと気づいてはいた。 私はその意味を考える素振りをした。「分からない? なら単刀直入に言うわ。社長の隣にいるなんて生意気よ」 笑みが一瞬で凍りつき、軽蔑の目へと変わる。(やっぱりね。不正の話が嘘だと知ったら、改めるかもしれない。でも) 弁明をしたところで、現状じゃ証拠が出せない。 それではただの推測や憶測、下手な言い分に過ぎないことは分かっていた。 世間様と同じで。「弁明の一つもできないのね。情けない。恥を知りなさい」(辱めるためだけに呼んだのね) 石橋 文香は言いたい放題言うと、半ば追い出すように私を専務室から退場させた。「恥を知れ・・・・・・ね」「慎ちゃん?!」 扉一枚挟んで、廊下の壁に寄りかかっていたのは慎ちゃんだった。「ここで待っていたの?」「石橋君と歩いて行くのが見えてね。どんな話をしてたの?」「ちょっとした世間話よ。何でも無い」 私は誤魔化して会議室に戻ろうとするが、「ちゃんと話さなきゃダメ。じゃないとここは通れない」 抱擁で通せんぼされてしまう。「恥を知れっていうのが、日野内での世間話だったの?」「そんなわけないじゃない。でも、ここだとちょっと話づらいから後でも良い?」「うん。でも」 慎ちゃんがコクリと頷いて、「後があればだけど、ね?」 ボソリと呟いた。 再び会議は幕を開ける。 しかし会議室の椅子と人の数が休憩前よりも増えていた。「早速だが、我が社に潜り込んだスパイの件で進展があった」 どよめきの中、慎ちゃんは話を続けた。「これは先日の日野内グループの株価暴落とも関係している。株式部『工藤』部長、うちが買った日野内の株は
綱島グループの本社に着くと、ビルのガードマンが車の扉を開けてくれた。 エントランスの案内図にはズラリと綱島グループの関連会社が並び、テナントは一切入っていない。(これを慎ちゃんが?) 驚かされてばかりだった。「細道。すぐにうちの製品とこのメモ通りに作ったツナを用意しろ」「かしこまりました」 走り書きしたメモが細道に渡り、彼が忍びのように消えていく。 ・・・・・・これで本当に合ってるかは分からない。 薄れていく記憶を必死に引っ張り出して出した答えは、食べてみないと分からない。 一抹の不安は残る。それを察してか、慎ちゃんは手をぎゅっと握って、「少し散歩しよっか」「散歩?」 尋ねる間もなく、慎ちゃんは興奮した足取りで引かれ、エレベーターに乗せられた。(みんな目も暮れずに働いてる) 慎ちゃんに気づかないままの社員さんもいれば、「お疲れ様です社長」 と、声を掛けられたりもする。「先日の案件、上手くまとまりました。頂いた助言が大変助かりました」 そう言って、飴ちゃんを渡してくる社員もいる。 けど偉ぶる素振りも見せず、「みんなの頑張りのおかげだよ。ありがとう」 仏のような笑みと優しい言葉で労っている。 だけど、私に見せるような甘さはない。(敏腕社長って感じ。ちょっと寂しいかな) 格好いいと思う反面、寂しさも感じる。 フロアを一通り回った後に、社長室へ到着する。「緊張、解れたかな?」「うん。気を遣わせちゃったかな」「全然! お仕事するにも、緊張は取った方がいいから。それに」 一拍置いて、彼は耳元で囁く。「怖い顔より笑っていた方が素敵だから」 ポッと耳が赤くなる気がした。 ・・・・・・やっぱり、この子が慎ちゃんっていうのが信じられない。「香織のデスクを用意しないとね。秘書だから、ここで仕事して貰った方が都合良いな。あっパソコンも新しくしないと。今度のパーティーで会うからそのときに」 固まっている思考が舞い戻ってくる。 そして慎ちゃんに微笑んでいた。(格好いいお兄さんになったんだね) 甘えん坊を見る瞳が、急に一人の男を見る瞳に変わった。 社内の電話でデスクや椅子を頼むと、すぐに用意が始まった。 まるで用意していたかのように、私の仕事場が整っていく。「魔法みたい」「香織のためならどんな魔法でも起こしてあ
日本の景色をまたこの目で見れるとは思わなかった。 それも慎ちゃんが手配したプレイベートジェットでだ。 広大な大海原を彷徨っていた私が、今度は空飛ぶ妖精になって舞い戻ってきた。「長旅お疲れ様です」 コクピットから出てきたのは細道。 飛行機を操縦できるコンシェルジュなんて聞いたことはなかったけど、「素敵な部下をお持ちで」「香織には敵わないさ」「左様でございますか」「いいや比べるのはナンセンスか。細道はうちの優秀な部下だよ」 クスっと笑った。 ここでも慎ちゃんは特別なオーラを放っていて、「あの人ヤバくない?」「超イケメン・・・・・・しかも連れてる人も綺麗」「どこかの富豪さんかな?」 と道行く女性陣からは黄色い声が聞こえてくる。「人気ね」「まぁね」 小さい頃だったら、人見知りで私の後ろに隠れていたと思う。 そんな幼い男の子が私、今はの手をぎゅっと握って堂々と歩いているのだ。 その成長がどことなく嬉しい。「お車を手配しております」「助かる。すぐに取締役会を開きたい」 空港の出口で黒塗りのリムジンが待っていた。 豪奢な内装で一際目立っている。「乗って乗ってー」 るんるんな慎ちゃんだけど、私の驚きはそれを差し置いていた。 日野内グループでも社用車はあったし運転手もいた。 けれどリムジンのような豪華さはなく、移動のための質素な車だった。 私が知らない間に、慎ちゃんは桁外れのお金持ちになってしまったのかもしれない。「あぁそれと、例の物は?」「ご用意しております」 乗り込む直前に慎ちゃんが聞いていた。 例の物って? 私は疑問を抱いたまま、中へ乗り込むと、「・・・・・・ツナ?」 シャンパンの横に置かれていたのはツナの缶詰。 しかもフォークまで用意されていた。 私は唖然とした。「これは綱島グループが売ってるツナ缶。品質、価格、全て申し分ない」 車のシートに身を預けながら、慎ちゃんはビジネスモードの口調で教えてくれる。「中身のマグロはサマリア産。香織を迎えに行った船で加工して日本へ輸出してるんだけど」 彼はツナ缶を開け、一欠片を口に運ぶ。「問題は味だ。役員やお客様には美味しいと評判なんだけど、何かが足りない」「何かって?」「それが分からないんだ」 なんとも不思議な話ではある。 今までの慎ちゃんか
「どぉして行っちゃうの?!」「遠くへ引っ越すの。お父さんの仕事の都合で」 そんな理不尽を跳ね返すように僕は叫んだ。 激しく動く機械の音の中で――。 大好きな人が遠くへ行ってしまわないように、必死に手を掴んだ。 その子は困惑しながら、「ごめんなさい。私にはどうすることもできないの」 大人びた口調で宥めるように言い、掴んだ手を両手で包んでくれる。 温かいこの手も、今日でお別れなんて、そんなの嫌だ。「嫌だ嫌だ! 香織が行くなら僕も行く!」「わがまま言っちゃダメよ? ご両親が困るわ」「お別れなんて嫌だよ!」 もう、と彼女――『香織』はため息をつく。「ねぇ慎ちゃん。遠くへ離れても遊びに来るし、ずっとってわけじゃないの。分かる?」「うん」「それに私たちは見えなくても繋がってるの。だから、泣かないで」 ぎゅっと抱きしめられて、僕はいっぱい泣いた。 初めて顔を見たときから、落ち着いたお姉さんって感じだった。 美人で綺麗だし、見つめられると不思議と照れてしまう。人見知りなところもあって、最初はちょっぴり怖かった。 一緒に過ごしていくうちに、香織は強くて優しくて、僕の事をずっと見てくれている。そんな一面がたまらなく好きで嬉しかった。 でも、それが今日で終わってしまう。 擦り傷に絆創膏を貼ってくれたり、いじめっ子から守ってくれる人がいなくなってしまう。 辛くて、哀しくて、そして怖い。「いじめられたら、僕どうしたら良いかわかんないよ」 服に埋もれた口はそんな不安を漏らしていた。 すると香織は僕の目を真っ直ぐと見て。「立ち向かいなさい。慎ちゃんは強い男の子でしょ。遠くからでも、ずっと見てるから」 立ち向かう。 そんな勇気が僕に持てるんだろうか。 意気地無しで弱腰の僕に。「じゃあさ・・・・・・」「なーに?」「立ち向かって大人になったら、香織と結婚する。約束だから!」 一瞬、香織の頬が赤くなったように思う。 でもすぐに居直って、「頑張ってね」 肩を叩いて、長い髪を振り回した。 ゆっくりと離れていく背中を、あのときの僕は見ていることしか出来なかった。 それが二十年前の記憶。 暑かった夏の港街で交わした小さな約束だった。「慎太郎様。一条グループの工場で動きが」 エルアリナイトのオフィスで、僕はタブレットに目を向ける。
なんで島に入れなかったんだ! 俺は船のスイートルームで地団駄を踏んでいた。 『エルアリナイト』は一流企業の社長や財界の重鎮、ハリウッドスターなんかのセレブが訪れる高級リゾートで、一条の名では入ることも許されない。 しかし日野内は違う。 国内でも利用権を持っているリストに名前を連ねている。 だからそれを利用して、こうやって客も集めた。 日野内を乗っ取って、俺達一条がエルアリナイトに正体した。その名声を得られるはずだった。 なのに・・・・・・!「ねぇ純。こんな汚いところぉ、嫌なんだけどぉ」 羽海は機嫌を損ね、事あるごとに文句をつけてくる。 苛立って仕方がない。「うるせぇ! 文句言う暇があったら、何か考えろ!」「いやぁ怖ぁい。でもぉ」 羽海が耳を近づけ、「あんまり私を怒らせないでね? 株価操作が犯罪だってこと、分かってるよね?」 その言葉に俺は慌てて、「あ、あぁすまねぇ。ちょっと焦ってた」「分かってくれたなら嬉し。純大好き」「俺もだよ羽海」 間一髪というところだった。 俺は内心ヒヤつきながら、言葉を継ぐ。(だんだんと烏滸がましくなってきやがった) そんなぼやきすら、言葉には出せない。「それよりもぉ、ちょっと散歩しましょ。ずっと海の上でつまらなかったし」「あぁ? 一人で行けよ。外に出る気分じゃない」「こんな危険な国をか弱い女一人で回らせる気? あーあ、純の意地悪ぅ」 羽海が不満を溢し、「じゃあぁ、私も意地悪しちゃおっかなぁ」 また脅しを掛けてくる。「あぁもう分かった。行くよ」「やったぁ」 俺は完全に手玉に取られていた。 渋々、船から港に下りた。 桟橋にはゴミと血の跡、得も言えぬ生臭さ。(致し方なしとは言え、こんな汚い国に来るとはな) 港の傍の市場は、昼下がりというのに閑散としていて何もない。「ひっでぇ国だな」「やぁね。ここに元恋人がいるんでしょう」 そうだったな。あんまり悪く言うのも良くない。 だってここは、もう香織の母国なんだ。 俺を扱き下ろした男の娘にはお似合いの場所だ。 庶民的で見窄らしい。「エルアリナイトで買えなかった分、ここでたんと買ってやる」「こんなとこにお前を満足させられるだけの店があるかよ」 大声でそんな話をしていると、通りかかる人々の視線が集まる。 その目はまるで
VIP席の仕切りの向こう側で、少女は恥ずかしげもなくこちらに手を振ってくる。 それを見るや、慎ちゃんがあからさまにため息をついた。「どうしたの?」「ごめん香織。厄介事だ」 声色は低く、煩わしそうに顔を顰めている。 フリルスカートを揺らし、私たちの座る席へ近づいてくる。「お引き取りを」 細道が遮るも、「退いて。コンシェルジュに用はないの」 少女は言って、彼を退かそうとする。「お久しぶりです。まさかオーナーの慎太郎様がいらしてたなんて」「仕事があったものでね大曲さん。そちらは?」「小町で良いんですわよ慎太郎様。私はバカンスで・・・・・・失礼ですが、そちらの女性は?」 大曲 小町は睨めつけるように私を見る目が鋭くなる。「こちらは日野内グループのご令嬢『日野内 香織』様だよ」「あぁー一昨日、一条グループに吸収されたあの日野内さん」 わざとらしく言い、慎ちゃんの腕へ手を添えた。 名前を聞いてピンと来た。 『大曲 小町』。日本の造船業では知らない者はいない、老舗造船所のご令嬢。「汚い仕事をする人をそばに置いておくと、綱島家の名前にも傷がついてしまいますわよ?」「すまない。まだ仕事が溜まっていてね。悪いけど、君の相手をしてる暇はないんだ」 手を解いて慎ちゃんは私の方へ来ると、「行こうか香織」「え、えぇ」 慎ちゃんはあしらって私の手を握ると、レストランから連れ出した。(初対面の人間をいきなり罵倒するなんて品性の欠片もない)「待ってください! 私の父から伝えねばならないことが!」 ピタリと足が止まる。「なんだい?」「我が家から綱島家に嫁げることを期待している、と。私たち、もうお父様から認められておりますから」「ははは。面白いね君」 乾いた笑いで私も思わず苦笑いしてしまう。「何よアンタ!」「ごめんなさいお嬢さん。でも、慎ちゃんと一緒で、なんだか面白くて」「どうやって籠絡したか知らないけど、慎太郎様は私のお父様に認められた」「僕に嫁ぐ? 君のお父様が本気で言ったのかい?」 私に向けられた敵意を慎ちゃんは跳ね除けて、「だから君は、大人になれない」 絶対零度とはこのことだと、私はこの目に見せつけられた。 心の底から吐き出した冷徹。けれど小町にはどうも真意が伝わっていないようだった。「良いかい? お嫁さんという
「私が慎ちゃんの秘書に?」 朝食を食べ終えた折りに、慎ちゃんは興奮気味に言う。「秘書になれば、ずっと一緒にいられるし、仕事に精が出る。勿論、タダでってわけじゃないよ? 細道」「こちらが秘書としての働いて頂いた場合の年俸になります」 額面を見て唖然としてしまう。 日野内グループの取締役を優に超えていたからだ。 けれど、私は秘書の経験もないし、むしろお願いしていた側。 慎ちゃんの仕事の足手まといにならないか心配で、表情が険しくなる。「仕事の事は心配しないで香織。細道もサポートしてくれるし、日野内のおじさんの元でやってた仕事と同じようにしてくれれば良いからさ」「そ、そう・・・・・
二十年分の思い出話。 ディナーの時間も忘れ、僕たちは語り合って、「それでね。保健室に運ばれたって聞いた香織のお父さんが教室に飛んできて」 そんな話の折り、彼女がコクリ・・・・・・コクリと頭を揺らしていた。 その隣に行くと、ビクリと肩が上がる。「ごめんなさい。ちゃんと聞いてるから、大丈夫」「ううん。長旅で疲れたよね」 彼女の頭を肩へ寄せると、数分としないうちに寝てしまった。 髪がふわりと揺れ、毛先がうなじに触れる。「優しいよね。いじめられたときも転んだときも、ずっと優しくしてくれて」 昔からずっとお姉さんみたいだったけれど、「大きくなって、綺麗になったね」 耳元で呟く
邪魔者が消えた客船で、「んんぅもっとよぉ純」 寝言を言う羽海の隣で、俺は人生最高の朝を迎えた。 日野内グループの不正が世に出回り、暴落した株を俺達『一条グループ』が買い占めた。 これで莫大な資産、そしてこの船は俺の物。「お前は最高の女だよ羽海」 成功の喜びで恋人と唇を交わし続けた俺は、横に寝る女の頬を撫でる。 『田沢湖 羽海』が不正の話を手にしていなかったら、俺はあいつの言いなりになっていただろう。 親父の代から、日野内の奴らは気に食わなかった。 俺達が築き上げてきた業績を、まるで自分の功績のように語ってのし上がりやがって。 だが、あそこまで蔑まされて、反撃の一つもでき
船が港に着く。 そこはサマリア沖にある小さなリゾート島だった。 その名は、「ようこそ『エルアリナイト』へ」 慎ちゃんが両手を広げて歓迎してくれる。 背景にはリゾートホテルやコテージが建ち並ぶ。 そして誰もが、足を止めて彼を見つめていた。「慎ちゃんの島って、ここが?」「そうだよ。驚いた?」 驚くなんて言ったものじゃない。 この島は国内外のあらゆる富豪やセレブが一度は訪れたいと口にする高級リゾートだ。「でも海賊が出るんじゃないの? この辺りって」「その辺は心配ご無用。我が社の警備がついてますから」 見渡すと、来島する人達の船とは別に乗ってきた船のような無骨な船が数隻留







