Mag-log inレオン・ヴァルガスが初めてカメラの前に立ったのは、二十歳の時だった。
それまでの彼は、ただの大学生だった。アルゼンチンからフランスに留学し、経済学を学んでいた平凡な若者。
だが、平凡でいられたのは、ほんの短い期間だけだった。
ある日、パリの街を歩いていたレオンは、スカウトされた。
「君、モデルに興味ない?」
声をかけてきたのは、大手モデル事務所のスカウトマンだった。
「モデル? 俺が?」
「ああ。君の顔立ちは完璧だ。身長も申し分ない。業界で絶対に成功する」
最初は断るつもりだった。
モデルなんて、自分には縁のない世界だと思っていた。
だが、スカウトマンは執拗に食い下がった。
「一度だけでいい。事務所に来てくれないか?」
結局、レオンは好奇心に負けて事務所を訪れた。
そこで出会ったのが、後にレオンのマネージャーとなる佐藤だった。
「君は、素晴らしい素材だ」
佐藤は、レオンの顔を様々な角度から眺めながら言った。
「この顔立ち、この骨格、この雰囲気。すべてが完璧だ」
「でも、俺にはモデルの経験なんて……」
「教える。一から、すべて」
佐藤の熱意に押され、レオンはモデルの世界に足を踏み入れた。
最初の半年は地獄だった。
ウォーキングの練習。ポージングの訓練。表情の作り方。
すべてが新しく、すべてが難しかった。
だが、レオンには才能があった。
持って生まれた美貌に加え、努力を惜しまない姿勢。
半年後、レオンは小さなファッションショーでデビューした。
そして――成功した。
業界関係者たちは、レオンの登場に驚嘆した。
「新しいスターの誕生だ」
「完璧な男が現れた」
オファーが殺到した。
雑誌の撮影。ブランドの広告。ファッションショー。
一年後。 パリ。 レオンとアレクシスは、セーヌ川沿いのアパルトマンで暮らしていた。 朝の光が、窓から差し込んでくる。 レオンは、バルコニーでコーヒーを飲んでいた。 眼下には、セーヌ川が穏やかに流れている。 パリの街並みが、朝靄の中に浮かんでいる。「兄さん、コーヒー」 アレクシスが、もう一つのカップを持ってきた。「ありがとう」 二人は並んで座り、コーヒーを飲んだ。 静かな朝。 穏やかな時間。 かつて、レオンが夢見ていた日常が、今ここにある。「今日の撮影、楽しみですね」 アレクシスが言った。「ああ。久しぶりのパリのランウェイだ」 レオンとアレクシスは、再びモデルとして活動していた。 以前ほどのオファーはないが、それでも十分に仕事はあった。 特に、LGBTQフレンドリーなブランドからは、多くの依頼が来ていた。 二人は、カップルモデルとして、世界中で活躍していた。「兄さん、何考えてるんですか?」 アレクシスが、後ろから抱きしめてきた。「お前と出会えて、良かったって」「突然、どうしたんです?」「いや、本当に」 レオンは振り返り、アレクシスの唇に口づけた。「俺の人生で、お前と出会えたことが、一番の幸運だった」 アレクシスは嬉しそうに笑った。「俺もです。兄さんに出会えて、愛されて――これ以上の幸せはありません」 二人は抱き合い、朝日に照らされた。 かつて、レオンは完璧であろうとしていた。 完璧な容姿。 完璧なキャリア。 完璧な恋愛。 すべてが、虚像だった。 本当の自分は、不完全で、弱くて、男にしか反応できない欠陥品だった。 それでも――。 アレクシスは、そんなレ
撮影当日。 都内のスタジオには、前回とは違う雰囲気が漂っていた。 スタッフたちは、レオンとアレクシスを温かく迎えてくれた。「レオン、アレクシス、来てくれてありがとう」 編集長は、笑顔で二人を迎えた。「今日の撮影は、『愛の多様性』がテーマです。二人のありのままの姿を、美しく撮影したい」 レオンは、アレクシスと顔を見合わせた。 もう、隠す必要はない。 この関係を、恥じる必要もない。「よろしくお願いします」 二人は、揃って頭を下げた。 撮影が始まった。 最初のポーズは、二人が向かい合って立つもの。「もっと近づいて。そう、自然に」 カメラマンの指示に従い、レオンとアレクシスは距離を縮めた。「いい表情! 愛し合ってる二人の、自然な笑顔が素敵よ」 次のポーズは、抱き合うもの。 レオンはアレクシスを抱きしめた。 もう、ためらいはない。 これが、俺たちの関係だ。「完璧! 次は、キスシーンを撮りたいんだけど、いい?」 編集長の提案に、レオンは少し驚いた。 だが――。「ああ、構わない」 レオンは頷いた。 アレクシスも、嬉しそうに微笑んだ。「じゃあ、お願い。自然な感じで」 レオンは、アレクシスを見つめた。 琥珀色の瞳が、愛おしそうにレオンを見返している。 そして――レオンは、カメラの前で、アレクシスに口づけた。 優しく、愛情を込めて。 周囲からどよめきが起こる。 だが、レオンはもう気にしなかった。 これが、俺たちの愛だ。「素晴らしい! 完璧よ!」 編集長の興奮した声が響く。 撮影は続き、様々なポーズで二人の姿が撮影された。 手を繋ぐ姿。 見つめ合う姿。
数日後、週刊誌がスクープを掲載した。 『トップモデル・レオン、義弟と禁断の関係!』 大きな見出しとともに、レオンとアレクシスの写真が表紙を飾った。 記事は瞬く間に拡散され、SNSは炎上した。 「気持ち悪い」 「兄弟なのに、ありえない」 「モデルの仕事、全部キャンセルすべき」 批判、中傷、興味本位の視線――全てがレオンとアレクシスに向けられた。 レオンの事務所には、抗議の電話が殺到した。 いくつかのブランドは、契約解除を通告してきた。 ミラノのファッションショーも、出演をキャンセルされた。 レオンは、自宅に籠もっていた。 外に出れば、パパラッチが待ち構えている。 携帯には、知らない番号からの着信が続く。 すべて、ゴシップ記者だった。「くそ……」 レオンは、ソファに座り込んだ。 これが、代償なのか。 愛を選んだ、代償。 インターホンが鳴った。 レオンは警戒しながら、モニターを確認する。 アレクシスだった。 ドアを開けると、アレクシスが飛び込んできた。「兄さん、大丈夫ですか?」「……ああ。お前は?」「俺も、仕事がいくつかキャンセルになりました。でも」 アレクシスはレオンを抱きしめた。「兄さんが心配で」 レオンは、アレクシスを抱き返した。「すまない……俺のせいで」「違います」 アレクシスは顔を上げた。「これは、俺たちが選んだ道です。誰のせいでもない」「でも、お前の仕事まで――」「いいんです」 アレクシスは微笑んだ。「兄さんと一緒にいられるなら、何も怖くない」 その言葉に、レオンは胸が熱くなった。
母は、ソファに座り込んだ。 顔は蒼白で、手が震えている。「アレクシス……あなた、何を言ってるの?」「事実です」 アレクシスは母の前に立った。「俺は、兄さんのことが好きです。初めて会った時から、ずっと。この気持ちを抑えることなんてできなかった」「でも、二人は――」「血は繋がってません。法律的にも問題ない」 アレクシスの声は、静かだが力強かった。「それでも、ダメですか?」 母は言葉を失った。 レオンは、アレクシスの横に立った。「母さん、俺たちは本気だ」「レオン……」「最初は、俺も混乱した。義弟に惹かれるなんて、おかしいと思った」 レオンは母を見つめた。「でも、アレクシスは、俺の全てを受け入れてくれた。完璧じゃない俺も、弱い俺も、すべて」「……」「俺は、アレクシスを愛してる」 その言葉を聞いて、アレクシスの瞳が潤んだ。 母は、二人を交互に見つめた。「本気なの? 二人とも」「はい」 アレクシスが答えた。「でも、分かってるわよね? これが公になったら、二人とも大変なことになる」「覚悟はしてます」 レオンが言った。「仕事を失うかもしれない。世間から批判されるかもしれない。それでも」 レオンはアレクシスの手を握った。「俺は、この関係を守りたい」 母は深いため息をついた。「あなたたち、本当にバカね」 だが、その目には涙が浮かんでいた。「母として、賛成はできない。でも……あなたたちが本気で愛し合ってるなら、私が止める権利はないわ」「母さん……」 アレクシスは、母に近づいた。
翌週、レオンは大手ファッション誌のインタビューを受けていた。 都内の高級ホテルのスイートルーム。 窓の外には東京タワーが見える。 インタビュアーは、業界で有名な女性ジャーナリストだった。「レオンさん、最近雰囲気が変わったと話題ですね」「そうですか?」 レオンは完璧な笑顔で応じた。「ええ。以前はクールで完璧なイメージでしたが、最近は柔らかい表情が増えたような」 彼女はペンを走らせながら続けた。「もしかして、恋人でも?」「プライベートな質問には、お答えできません」 レオンの返答は、プロフェッショナルで完璧だった。「そうですよね。でも、読者は知りたがってますよ。レオン・ヴァルガスの恋愛事情」 彼女は意味深な笑みを浮かべた。「特に、義理の弟さんとの仲がいいって噂ですが」 レオンの心臓が跳ねた。「……義理の弟?」「ええ、アレクシス・ノワールさん。最近、よく一緒にいるところを目撃されてるそうですね」「兄弟なんだから、当然だろう」 レオンは平静を装ったが、内心では動揺していた。「そうですよね。でも、ちょっと親密すぎるんじゃないかって声もあるんです」 彼女はタブレットを取り出し、何枚かの写真を見せた。 カフェで手を繋ぐレオンとアレクシス。 レストランで見つめ合う二人。 夜のマンションに一緒に入っていく姿。 すべて、ゴシップ記者に撮られた写真だった。「これらの写真について、コメントをいただけますか?」 レオンの顔から血の気が引いた。 だが、表情は崩さない。「兄弟が一緒に食事をしたり、会ったりするのは普通だ。それ以上でも以下でもない」「そうですか」 彼女は満足げに頷いた。「でも、世間は興味津々ですよ。完璧なレオン・ヴァルガスの、完璧じゃない一面にね
レオンとアレクシスの秘密の関係は、さらに深まっていった。 だが、レオンは気づいていた――自分が、完全に変わり始めていることに。 仕事中、ふとアレクシスのことを考えている自分。 彼の声を聞きたくて、休憩時間に電話をかける自分。 次に会える日を、何よりも楽しみにしている自分。 これは――恋、なのだろう。 認めたくなかった感情。 だが、もう否定できない。 レオンは、アレクシスに恋をしていた。 ある日の撮影現場で、レオンは共演者の女性モデルと話していた。「レオンさん、最近雰囲気変わりましたね」「そうか?」「ええ。以前はもっと近寄りがたい感じだったけど、今は優しい雰囲気があります。恋人でもできたんですか?」 レオンは、アレクシスの顔を思い浮かべた。「……さあな」「秘密なんですね。でも、羨ましいです。そんな風に表情が柔らかくなるって、よっぽど素敵な方なんでしょうね」 素敵な方――。 確かに、アレクシスは素敵だ。 美しくて、優しくて、情熱的で。 ただ、義理の弟で、男だという問題があるだけで。 撮影が終わり、控室に戻ると、携帯にメッセージが届いていた。 アレクシスからだった。『今夜、会えますか? 久しぶりに一緒にディナーでも』 レオンは微笑みながら返信した。『ああ、いいぞ。どこに行く?』『兄さんの好きな店で。予約しておきます』 こんな風に、恋人のようなやり取りをしている自分が、不思議だった。 以前のレオンなら、考えられないことだ。 その夜、レオンとアレクシスは銀座の高級レストランにいた。 個室で、二人きり。 窓の外には、東京の夜景が広がっている。「兄さん、今日の撮影はどうでした?」「順調だった。お前は?」